第77話 北園、浮く
「ふいー、おわったー」
「あ、北園さんだ。おかえりー」
北園が瞑想を終え、リビングに戻ってきた。
日向が声をかけ、北園を出迎える。
「どう? 北園さん。超能力、強くなった?」
「んー、どうかなぁ? ちょっと強くなったような、なってないような」
日向の問いに、北園は曖昧な答えで返す。
そんな北園に、狭山が言葉をかける。
「まぁ、トレーニングは一日にしてならずだ。頑張った者は必ず報われるとも。それともう一つ、北園さんに超能力について提案があるんだ。これが上手くいけば、北園さんは新しい力を手に入れられるかもしれない」
「え!? ホントですか!?」
「うん。ここで試すのは危ないから、庭に出ようか」
そういって狭山はリビングを出ていった。
北園に日向、そして日影もついて行く。
狭山の家の庭はかなり広い。下手な公園より広い。
池や花畑と言った装飾は無く、一面に青い芝生が敷き詰められている。
身体を動かすには最適だ。
「新しい力って、具体的に何をするんですか?」
位置についたところで、北園が狭山に問いかける。
狭山もうなずき、北園の質問に答える。
「北園さんの超能力、”念動力”についてアドバイスを送ろうと思う」
「念動力に?」
「うん。北園さんの念動力は、無機物相手には使えるけど、生き物相手には使えない。そうだったね?」
「そうですよ。念動力の力で人を包むことは出来るんですけど、そこから全く動かせないんです。小さな虫すら動かせませんでしたよ?」
「そういうものなんだ。北園さんの波長と、動かそうとする生物の波長、これらの異なる波長同士がぶつかり合って、北園さんの念動力に抵抗してしまうんだ」
「抵抗?」
首を傾げる北園に、狭山は話を続ける。
「念動力とは、目には見えない自分のエネルギーを放出し、操作する力だ。これで物体を包めばその物体を動かすことができるし、エネルギーを集中、展開させることでバリアーにすることもできる」
「確かにそんな感じですよね。でも、そんなに簡単に抵抗なんてできるんですか? 超能力を知らなそうな人でも?」
「対象が意識的に抵抗しているというより、あらゆる生物が普通に生きているだけで、北園さんの念動力に対する妨害電波を発しているようなものなんだ。超能力にとって、他人の波長とはそういうものだ」
「だから、逆に心の波長を発しない無機物とかは動かせたんですね」
「まぁ超能力の中には、そんな『相手の波長』にも囚われない種類もある。たとえば相手の波長を自分の波長に無理やり合わせて洗脳する能力や、相手の波長を読み取ることで心を読む能力もある」
「いろいろな超能力があるんですねー」
「うん。中には、北園さんと同じ念動力を使っていながら、相手の波長を力ずくで抑え込んで、それこそ自分の意のままに相手を動かしてしまう能力者もいる。けれど、これはもう完全に個人の才能だね。恐らく北園さんが努力を積み重ねても、同じことはできないだろう」
超能力が使える北園ですら知らない知識を、狭山はつらつらと語ってみせる。これもおそらくは「超能力が使える古い知り合い」から聞いた受け売りなのだろうが、この男、もはや知らないことは何もないと言わんばかりの雰囲気さえある。
北園と狭山のやり取りを、日向と日影は遠い眼で見守っていた。
(やべぇついていけねぇ。謎理論が展開されている)
(理解が追い付かねぇ。もう完全に二人だけの世界だな)
超能力など使えない彼らにとって、北園たちの会話は同じ人間の会話の内容とは思えない感覚であった。
狭山の話は続く。
「……さて、そこでなんだけどね。例外というものは常にあって、それは念動力にも当てはまる。つまり、北園さんでも念動力で動かせる生き物が、この世には存在するんだよ」
「え!? そうなの!? どこの誰!?」
「うん。それはね……」
そう言って狭山は、北園を指差した。
北園は、目をぱちくりとさせた。
「……へ? 私? つまり自分?」
「その通り。北園さんの波長が相手の波長と違うから、抵抗される。けれど北園さん自身に北園さんの波長を当てれば、それは同じ波長だ。だから抵抗されることなく自分自身を動かすことができる」
「けど、私、試したことありますよ? 自分に念動力を。けど、何も起こらなかったですよ?」
「コツがいるんだ。心を穏やかにして、雑念を払い、自身の身体が宙に浮いてしまうくらいに全身から力を抜くイメージをしてみて」
「り、りょーかいです」
少し戸惑いながらも、言われた通りにやってみる北園。
深呼吸をして、全身をリラックスさせる。
しかし、北園の身体は動かない。
「できませーん……」
「あとはもう練習あるのみだよ。本来なら超能力のパワー自体もけっこう必要なんだけど、北園さんの超能力はその水準を満たしていると思う。頑張れ!」
「は、はい!」
狭山の言葉を受けて、再び念動力を行使する北園。
……すると、ここで日向が手を挙げた。
「あのー、ちょっと質問が。例えば対象の服とかに念動力をかければ、『相手の波長』とやらに妨害されることなく、その服を着ている人を動かせるのでは? 理論上は」
「おお、日向くん、柔軟な発想だね。素晴らしい。でも、それはちょっと難しくて……そうだよね? 北園さん」
「そうなの日向くん。私の念動力は、なんというか……エネルギーのイメージが『膜』なの」
「『膜』?」
「うん。柔らかくて、伸び縮みする、エネルギーの『膜』。これをピン、と張ることでバリアーにしたり、対象に被せることで動かしたり持ち上げたりするの。あとは、この『膜』をクシャクシャに丸めて撃ち出すこともできるよ」
「へぇ、そんなイメージだったのか」
「……ただ、この『膜』は大雑把にしか動かせなくて、モノを動かしたいなら『膜』で包むしかない。人を動かしたいなら、服だけつまむって器用なマネはできないの。人ごと包むくらいじゃないと」
「そうか、それで人を包めば、結局『相手の波長』に妨害されるってワケか。だから北園さんは念動力で人を動かすことができない、と」
「そういうこと。せっかくいい考えを出してくれたのに、ゴメンね」
「いや、大丈夫だよ。こっちこそゴメン。話に割り込んじゃって。部外者が口出しするべきじゃなかった」
そう返事して、日向は口を閉ざす。
……と、その時だった。
北園の身体が宙に浮いた。
「え、うわっ!? 北園さんが浮いてきてる!?」
「おお、すげぇ……。ちょっとずつ浮いていってるぞ?」
「……え? え? 私、浮いてるの?」
日向と日影が声を上げ、北園自身も驚いている。
始めは地面から数センチ程度だったのが、どんどん高く浮いてきて、今では狭山の頭上ほどの高さまで上がった。
「わ、わ、誰かおろして~」
「ははは。びっくりしたかい? 初めてだから、まだちょっと制御に慣れないだろう?」
そう言いながら、狭山は北園を引き寄せ、地面に下ろした。
「これが上手く制御できるようになれば、さながらピーターパンのように自由に空を飛べるようになるはずだ」
「へぇ~……! 念動力、そんなにすごい能力だったんだ……!」
「先の瞑想と合わせて、しっかり練習しておくといい。きっとマモノ退治にも役立つはずだよ」
狭山はそう言い残すと、庭を去っていく。
そんな狭山を、日影はなぜか怪訝な表情で見つめている。
そんな日影を余所に、目を輝かせる北園に日向が声をかける。
「凄いぞ北園さん! もともとすごい能力だったのに、さらにパワーアップするなんて!」
「うん! 見ててね日向くん! 私、もっと強くなるから!」
満面の笑みで、北園は日向に宣言した。
「それにしても狭山さん、すごかったなぁー。私の超能力でなんとなく感じていた感覚を、ちゃんと言葉にして説明してくれるんだもん。すごく分かりやすかった」
「にしたって、詳しすぎる気がするけどなぁ……。なんで北園さんしか使えない念動力を、さも知り尽くしているように説明できたのか……」
「……実はアイツも超能力者だったりしてな」
「いやまさかー……と、言い切れないのが恐ろしいな……」
後日、狭山本人に確認したところ、「最初に話した古い知り合いが念動力の使い手だったから、他の能力より詳しい話を聞いていた」とのことだった。ともあれ、彼は超能力に幅広い知識を持っているのは間違いない。
今までは何の気なしに超能力を行使していた北園だが、これからは狭山の知識によって正しくその威力を伸ばしていくことができるだろう。
先日、4件目のブックマークをいただきました!
登録してくれた方、ありがとうございます!
どうか、4件目の登録者様がここまで読み進めて、このメッセージをご覧になっていただけますように……。




