第76話 北園の超能力トレーニング
「ここは……?」
北園は狭山に連れられ、マモノ対策室十字市支部の一室にやってきた。その後ろから、日向と日影もついて来る。
部屋の中は、何やら神秘的で厳かな雰囲気に包まれていた。部屋の中心にはマットが敷かれ、そのマットを囲むように絢爛な装飾が置かれている。
そのどれもがアジアンテイストな置物で、さながらタイかインドの寺院のような様相である。ちなみにこの置物、狭山の私物らしい。
「今から北園さんには、ここで二時間ほど瞑想をしてもらうよ」
「瞑想を?」
北園が首を傾げて聞き返す。
狭山は、話を続ける。
「超能力とは、使用者の肉体に基づく力ではなく、魂、及び心に基づく力だ。超能力を鍛えるにあたり、身体を鍛えるのはあまり意味がない。鍛えるならば魂だ。その点において瞑想や座禅、つまり精神統一は効果てきめんだ。これを続けていれば、必ず超能力も強くなる」
「そうなの?」
「……と、自分の知り合いは言っていた」
「へぇー……」
北園は部屋を見回しながら呟く。
「……ところで、部屋が妙に豪華なのは、何か理由があるんですか?」
「いや、特にないよ。瞑想するなら、とりあえず形から入るべきかなって」
「そ……そうなんだ……」
狭山の答えに、北園が呆れたような表情で呟く。
その後ろで、日向は少し不安な思いを抱いていた。
(北園さんって、最近はけっこうにぎやかなイメージがあるけど、二時間も大人しく瞑想なんてできるのか……?)
日向の不安も知らず、北園はマットの上で禅を組み始める。
「さて、それでは始めるよ」
そう言って狭山は、手元のタイマーを作動させた。
北園もピタリと会話を止め、瞑想を始める。
「……さて、北園さんの瞑想が終わるまで、自分たちは英語の勉強を再開しようか」
「あ、やっぱりそうなるんですね?」
「勉強もいいが、そろそろ体を動かしたいんだけどな」
狭山の言葉に、日向と日影がそれぞれ言葉を返しながら、部屋を出ていった。後には瞑想を続ける北園がポツンと取り残される。
しかし、そんな三人のやり取りに耳もくれず、北園は瞑想に集中していた。
◆ ◆ ◆
一時間後。
(うわ、すげぇ。しっかりやってるよ)
勉強の合間にこっそり北園の様子を見に来た日向が、小声でそう呟いた。日向の不安も余所に、北園はちゃんと瞑想を続けていた。
(けどホントに? 本当に北園さん、瞑想してる? 寝てない? アレ寝てない?)
(いやバッチリ起きてるだろあれは。お前じゃあるまいし)
(なんだとこの野郎)
その日向の後ろから、日影も様子を見に来ていた。
(確かに北園さんって、いい子というか、あれで妙に真面目なところがあるんだよなぁ)
と、日向は考える。
普段の言動がアレなだけに、時おり見せる真剣な振る舞いには、日向もよく驚かされた。ライジュウ戦の後とか。ブラックマウント討伐を狭山に頼むときとか。その真剣さで今の彼女は瞑想に取り組んでいるのだろう。確実に超能力を鍛えるために。
(こりゃオレたちも負けてられんな。勉強に戻るぞ、日向)
(嫌だぁ~、勉強嫌だぁ~)
(ガキかお前は。さっさと来い)
日影に引きずられながら、日向は部屋を後にする。
北園は、やはり無反応だった。
◆ ◆ ◆
「変な読み方に騙されてはいけないよ。要は『マジョリティー』は『メジャー』の仲間。『マイノリティー』は『マイナー』の仲間だ」
「ああ、なるほど。そうやって覚えればいいのか。よく見る単語なのに、いっつも忘れちゃうんだよなぁ……」
「これらの単語は忘れたころに現代文にもやって来ることがあるから、よく覚えておくといい。いちいち意味を確認しながら問題文を読む手間が省けるからね」
北園が瞑想を続けている間、日向と日影は引き続き狭山から英語を習っている。
と、その時、狭山のスマホが着信音を発した。
「おっと。ちょっと失礼」
そう言って狭山はリビングから退出する。
その間、日向は日影に話しかける。
「……お前、妙に英単語覚えるの早くないか? ズルくない? 俺、全然覚えられないのに」
「いやぁ、本体より優秀で悪いねぇ。このままいけばオレが存在を奪う日も近いな」
「こ、こいつ……」
日影は未だに、虎視眈々と日向との成り代わりを狙っているようだ。
一瞬、日影を警戒した日向だったが、ふと別のことを考える。
(日影は、身体能力はもちろんだし、このままいけば、頭も俺より良くなるかもしれない。見た目は俺と変わらない。仮に俺と日影が成り代わっても、コイツが『日下部日向』として生きていく分に何も問題は無いだろう。……もしかして、俺より日影が残る方が、世のためになるんじゃ……)
日向が物思いにふけっていると、狭山が部屋に戻ってきた。
「やぁみんな、朗報だ。本堂くんがセンター試験を突破した」
「え!? 本当ですか!?」
「まだ自己採点の段階らしいけれどね。でも、まず間違いなく大丈夫とのことだ。今度の2月下旬の二次試験をクリアできれば、本堂くんは晴れて大学生だ」
「すごい! 本堂さん、東大生だ! ……あれ? でもその場合、本堂さんは間違いなく東京に行くことになるから、この町からは離れるわけで、マモノ退治はどうなるんです?」
「うーん、そこなんだよねぇ……。一応、東京はマモノ対策室の本部がある。そこには日本最強のマモノ討伐チーム、『松葉班』が待機しているから、彼らに面倒を見てもらうこともできるけど……けれどやはり、君たちとはしばらく離れてしまうことになるかもね……」
「そうですか……。うーん、けれど引き留めるワケにもいかないし……」
「そうだね。本堂くんは一年間頑張ってきたんだ。自分たちの都合でその努力を無駄にはできない。もし彼が無事に合格した時は、皆で快く送り出してあげよう」
「そうですね。そうしましょう」
日向と狭山がやり取りを交わす中、日影は別のことを考えていた。
(日本最強のマモノ討伐チーム、『松葉班』か……。ソイツらの戦い方を学べば、オレはもっと強くなれるかもしれないな)




