第75話 狭山に学ぼう
「あの、狭山さん」
「なんだい日向くん?」
「これ、マモノ退治に必要なの……?」
1月の半ば。午前11時ごろ。
日向は狭山の家のテーブルに座っている。そのテーブルには、英語がビッシリと書き込まれたテキストが置かれている。つまるところ、日向は今、狭山から英語を習っている。
「もちろんだよ。……まぁ、マモノ退治と直接的には結び付かないかもだけど」
「つまり、何に使うんです? 英語なんて……?」
「日向くんと日影くんが持つ『太陽の牙』は、今のところ、あらゆる『星の牙』に対して高い威力を発揮する。ゆえに、その力を欲する国は多い。それがあれば、マモノ退治は格段に楽になるからね。自国の戦力では『星の牙』に勝てない国というのもある。だから、日向くんたちにはいずれ、海外にも飛んでもらってマモノと戦ってほしいと思ってる」
「海外に……!?」
「そうだよ。君たちには、グローバル的な活躍を期待しているんだ。その時に、英語ができる設定になっておけばとても便利だよ」
「『設定』って」
「まぁ自分に任せておきなさい! 二か月ほど付き合ってくれれば、普通の会話くらいはできるようにしてみせるよ!」
自信満々に宣言する狭山。
しかし実際、狭山の授業はかなり分かりやすかった。なにせ、日向や北園、それぞれに合わせて勉強法を変えてくるのだ。
日向の英語の場合、日向がよく遊ぶゲームのボーカルBGMを使って、和訳させたりリスニングさせたりする。好きなものを教材に使ってくれる分、日向もかなり早く知識を吸収できる。
「おーい狭山。できたぞー。これで良いのか?」
「おぉ、お疲れ、日影くん。どれどれ……」
そして、日向の影、日影も同じく英語の授業を受けていた。
あの戦闘狂のような性格の日影が、大人しく勉強しているという事実に驚かされた日向だったが、「むしろ勉強なんて、今までお前の記憶でしか知らなかったから、新鮮で楽しい」という日影の言葉を聞き、勉強嫌いな日向はさらに困惑した。
(何度も思うが、コイツ、本当に俺か……?)
日向は、懐疑的な表情で日影を見やる。
ちなみに日影の教材は、ずばり『口喧嘩で学ぶ英語』。
アメリカならではの皮肉の利いた言い回しで楽しく英語を学ぶという、狭山謹製の参考書だ。口の悪い日影にはピッタリだ、と日向は思った。
「……それにしても、北園さん、遅いね。何かあったのかな?」
狭山が呟く。
今日は日向だけでなく北園の勉強も見るつもりだったのだが、その北園が予定より30分以上経ってもまだ来ない。と、その時。
「おはようございまーす!」
元気な挨拶と共に、北園がリビングに入ってきた。
そして、これまた元気良く、口を開いた。
「狭山さん! 私に、超能力の修業を付けてください!!」
「…………え? 自分?」
◆ ◆ ◆
北園曰く、今朝、また予知夢を見たらしい。
内容は、今まさに北園がしてみせたこと。
つまり、狭山に超能力の修業を付けてもらうよう頼みこむことだった。
ちなみに、遅刻の理由は、ただの寝坊とのことだった。
「なるほど、事情は分かったよ、北園さん」
狭山はテーブルに座り、その向こうに座る北園を真っ直ぐ見つめる。
「……けど北園さん。自分は、この通り――――」
「分かってます。狭山さんが超能力を使えないことくらい。けれど、予知夢で見たから、一応聞いてみたんです。けど、狭山さんってすごく頭良いし、超能力を鍛える方法も思いつくかなって」
「そうか……。うーん……」
「……それに、この間のウィスカーズと戦った時は、私はみんなに助けられちゃったから。私の超能力がもっと強かったら、あんなカエルなんかバーン!ってやっつけて、沼地も一瞬で凍らせて、ウィスカーズも一発で焼きナマズにできたと思うんです」
「焼きナマズ。」
「はい! 焼きナマズです!」
言葉選びはともかく、北園の表情は真剣だ。
彼女は本気で、自分の超能力を高めたいと考えている。
「…………分かった! やってみよう!」
「え!? ホントですか!?」
「ちょ、狭山さん。大丈夫なんですか? 何か方法が?」
安請け合いしてはいないか、と日向が狭山に尋ねる。
「恐らく大丈夫。実は世界各国のマモノ討伐チームにも、北園さんのような超能力者が所属しているんだ。自分が超能力者を見るのは、初めてではないんだよ。超能力というのは、マモノが出現する以前から、あらゆる機関が研究してきた人類の神秘だからね」
「普通に生きていたら絶対に知りえない世界の裏事情を知ってしまった気がする……」
「それに実を言うとね、自分自身にも古い知り合いに、北園さんと同じような超能力者がいる」
「マジすか」
「マジだよ。彼らからの見聞を参考にして、北園さんのトレーニングメニューを組み立ててみよう。それじゃあ、ちょっと準備してくるから、待っててね」
そう言って、リビングを出ていった。
日向と北園は、唖然としながら、狭山の背を見送った。
「……あの人、本当に何でも出来るな……」
「そうだねー……。私もダメもとで言ってみたけど、ホントにどうにかしてくれそうだなんて……」
狭山の知識量、技術量は、尋常ではない。
中国でも様々な知識、技術を披露して見せ、この間のウィスカーズと戦った後も、北園の麻痺毒は彼が治療してみせたらしい。医学にも精通しているというワケだ。
北園や本堂、シャオランが特別な能力を持つ『力』の超人だとしたら、彼はあらゆる事柄に精通する『知識』の超人だ。
と、ここで狭山の部下の的井が三人に声をかけてくる。
「皆さん。そろそろお昼ですよ。何か昼食を作りましょうか?」
「お、待ってたぜ。的井の料理は美味ぇんだよこれが。この間のステーキとか最高だったぜ」
「お手柔らかにね、日影くん。あなた、本当によく食べるんだから」
「善処する。だから肉だ。肉がいい」
「たくさん食べる気満々じゃない」
その後、四人の協議の結果、昼食はチャーシューたっぷりの炒飯となった。
山のような炒飯がテーブルの真ん中に置かれ、その六割を日影が平らげた。北園と的井はそれぞれ合わせて一割ほど。残り三割を日向が食べた。
「的井さん、的井さん」
北園が的井に声をかける。
「なにかしら? 北園さん」
「日向くんも、日影くんと同じくらい食べるって言ったら、驚く?」
「……………何それ」
驚愕の表情で、的井は日向を見つめたあと、声をかける。
「ゴメンなさい日向くん。きっと足りなかったでしょう?」
「ああ、いや、大丈夫ですよ。その気になれば普通の食事量で満腹感を感じることもできます。他人の家でバクバク食べようとは思いませんよ」
「……何気にすごい特技じゃない? それ」
「いや、言うほどすごい特技でもないと思うんですよ。俺」
食事を終えた三人は、再び英語の勉強に移る。
しかし、程なくして狭山が北園の超能力トレーニングを考案し、戻ってきた。よって午後の授業は、狭山による北園への個人レッスンと、その見学会となった。




