第74話 ウィスカーズ、決着
「オラァッ!!」
日影が燃え盛る『太陽の牙』を振り抜く。
ウィスカーズの左目を焼き切った。
「はぁッ!!」
シャオランが強烈な肘を叩き込む。
ウィスカーズの横腹がミシリとへこむ。
「ヴォアアアアアアアアッ!!」
「ちぃっ!」
「わあああああああ逃げろおおおおおお!?」
ウィスカーズも負けじと暴れ出す。
尾ひれを叩きつければ足場が崩れ、身体を叩きつければ地面が隆起する。
暴れるたびに、文字通り地形が変わっていく。
これが”地震”の星の牙の威力ということか。
(しかもコイツ、オレばかり狙ってくるな……! 北園が巻き込まれないのは助かるが!)
日影の分析通り、ウィスカーズは先ほどから、しつこいくらいに日影に攻撃を集中させていた。
『星の牙』は、その驚異的な生命力でもって、戦車の砲撃やヘリのミサイルにも耐えるほどの生命力を持つ。しかし『太陽の牙』なら、その高い生命力を『星の力』ごと焼き切ってしまうため、意味を成さない。そのためウィスカーズにとっては、シャオランや北園よりも、『太陽の牙』を扱う日影が何よりも脅威なのだ。
よって、日影さえ排除してしまえば、ウィスカーズは勝ったも同然。
それを知ってか知らずか、ウィスカーズは日影ばかりを狙っていた。
「ヴォアアアアッ!!」
「っとぉ!?」
ウィスカーズが、その巨大な尾ひれで足場を薙ぎ払う。
足場から叩き出されては、日影もたまったものではない。
尾ひれの軌道上にいた日影は、高跳びの要領でそれを避ける。
迫る尾ひれを跳び越えた日影は、背中から足場に落下する。
「……ふッ!!」
しかしウィスカーズは忘れていた。
シャオランもまた、人の範疇には収まらない超人だということを。
逃げてばかりのこの獲物も、恐るべき牙を隠し持っているのだと。
ウィスカーズの攻撃の隙を突き、その懐に潜り込むシャオラン。
その身体からは、薄い砂色のオーラが漂っている。
ズシン、と震脚を踏む音が鳴り響く。
そしてシャオランは身を翻し……。
「当たって砕けろぉー!!」
ウィスカーズの横腹に、凄絶な鉄山靠を叩き込んだ。
「ヴォアアアアアッ!?」
ウィスカーズの巨大な身体が、二回、三回と横転する。
その様子は、あえて例えるなら、ハリウッド映画でバズーカ砲を撃ち込まれた自動車のような。
とにかく、シャオランはその小さな身体で、ウィスカーズの巨体を吹っ飛ばした。これが彼の練気法と八極拳の威力だ。
「そんでもって、コイツでトドメだッ!!」
仰向けに倒れたウィスカーズの腹に、日影が『太陽の牙』を突き立てた。
「ヴォオオオオオオオオ………!!」
それが最期の断末魔となり、ウィスカーズは息絶えた。
◆ ◆ ◆
「…………はっ!? ここは!?」
日向が目を覚ますと、そこは沼地の近くの岸だった。
正確には沼地というか、もとは川だった沼地、だ。
ウィスカーズの大暴れにより、川はすっかり泥の沼地と化していた。
「お、よかった。気が付いたね」
日向の顔を覗き込むように、狭山が現れた。
「あ、狭山さん! ウィスカーズは!?」
「安心して。日影くんたちが倒したよ」
「あ、ヒューガ! 気が付いたんだね! 心配したよぉ……」
「お、ようやく起きたか」
シャオランと日影も寄ってきた。
しかし、北園の姿が見えない。
まだ北園の無事を確認していない日向は、不安になって狭山に尋ねる。
「……北園さんは?」
「通信車の中で着替え中だよ。ひどい有様だったからね」
「な、なるほど……」
事情を察した日向。
とりあえず、北園が無事だと分かって安堵する。
麻痺毒も、すでに狭山が治療したらしい。
「しかし日影くん。あれはちょっといただけないよ。いくら日向くんが死なないからって、彼を犠牲にするような行動に出るなんて……」
狭山が日影を咎める。
理由は間違いなく、日向を踏み台にした件について、だろう。
「仕方ねぇだろ? アンタはあれ以外に何か妙案を思いついたのかよ?」
「そうだねぇ……こっそり待機させていた的井さんにビッグトードを狙撃させてたかな」
「それは反則だろ……というか、的井も来てたのかよ……」
「うん。万が一のために、ね。北園さんの予知夢の時まで君たちを育てるのが自分の役目だけど、その間に君たちに何かあったら大変だからね。みんなのご家族にも申し訳が立たない」
「その辺のケアも万全ってワケだ……」
「そういうことだね」
狭山と日影のやり取りを聞いている間に、日向は自分の身に何があったかを思い出していた。
「そういえば俺、なんで意識を失ってたんだっけ…………あ。」
そして、無事に思い出した。
目の前の日影に、踏み台にされて沈められたことを。
途中から完全に意識が無くなったことから、恐らくあの後、自分は溺れ死んだであろうことを。
「ひぃ~かぁ~げぇ~……」
「うおっ、お前にしちゃスゲェ剣幕だな……。やっぱり、怒ってる?」
「怒ってる」
恨めしそうに迫る日向。
思わず気圧される日影。
「ま、まぁまぁ、待ちなさい日向くん……」
そこに狭山が一応の仲裁に入る。
「一応、日向くんが沈んだことでちょっとした収穫もあったんだよ?」
「え? 俺が沈んで収穫? なんで?」
「『太陽の牙』の……というか、”再生の炎”について、少し分析が進んだ」
「”再生の炎”の……?」
「うん。日向くんが沼に沈んだ後、確かに日向くんは死んでしまった。そこで一応聞いてみるけど、自分たちに引っ張り上げられるまで、日向くんは沼の中で意識は回復したかい?」
「えっと……いえ、今までずっと気を失ってた、と思います……」
「やっぱりか。つまり日向くんたちが溺死した場合、水から引き上げてあげないと”再生の炎”は機能しない……つまり日向くんたちは復活しないのだと思われる」
「え、それって、つまり……」
「うん。今回は大丈夫だったけど、例えば日向くんがマリアナ海溝の底まで沈んだりすると、本当にヤバい」
「…………。」
完全無欠と思われていた”再生の炎”に見つかった、思わぬ弱点。
その事実に日向は、サーッと血の気が引いていくのを感じた。
一方の日影も、以前、魚の『星の牙』と戦ったことを思い出していた。
あの時、日影は川の底へと沈み、意識を失った。
その後、運良く下流の岸まで流され、意識を取り戻したが、もしあのままずっと沈んでいたらと思うと……。
日影は、日向に声をかけた。
「まぁ、あれだな。結果論ってヤツだけどよ、お前が沈んだおかげでオレたちは今後、深い水に特に注意しなければならないということが明確に分かった。”転んでもタダでは起きない”ならぬ、”沈んでもタダでは浮かばない”ってヤツだな。流石だぜ日向」
「日影……」
日向はゆっくりと立ち上がり、そして…………。
「……上手いことを言ったつもりかぁっ!!!」
「ぐあっ!?」
日影の背中を思いっきり蹴飛ばし、目の前の沼に叩き込んだ。
岸に近いので沼は浅いが、日影はすっかり泥まみれである。
「はあぁぁ!? おま、何するんだテメェ!! せっかく泥を落としたのに!」
「やかましいっ! 何が『沈んでもタダでは浮かばない』だ! お前が沈めたんだろうがっ! しかもちょっと名言っぽく言いやがって! お前も沈めっ!」
「ふざけんな! ”再生の炎”はこびりついた泥までは落とさねぇんだぞ!!」
「知っとるわそれくらい!!」
「なら話は早ぇ!! クリーニング代出せこの野郎!!」
「うるせー馬鹿!! 自分で洗え!!」
日影を沼に沈めようとする日向。
その日向を引きずり込み、逆にもう一度沈めようとする日影。
「……やっぱり、あの二人、仲良いよね?」
「うん。そうかもね」
その様子を、シャオランと狭山は、生温かい眼で見守っていた。




