第73話 激震の泥沼
ウィスカーズは”地震”の星の牙だった。
この周囲の地形を一瞬で変えてしまったのが、何よりの証拠だ。
「考えてみりゃあ、ナマズに地震って、ありがちな組み合わせだよな……!」
己の見通しの甘さを嘆く日向。
と、そこへ……。
「ヒューガ! 大丈夫!?」
「シャオラン! 良かった、無事だったのか!」
「できればもう死んだふりしていたかったんだけどね……」
シャオランがやってきた。
多少ボロボロだが、大きな怪我はしていないようだ。
さらに、狭山の通信が入る。
『こちらでも日影くんと北園さんの無事を確認したよ。両名、怪我の治療も終わっている。しかし、二人はそれぞれ皆と孤立してしまっているみたいだね。ルートを提示するから、何とか合流してくれ』
狭山がそう言うと、日向たちが装着しているコンタクトレンズ型カメラ、その視界の左端に映っている簡易マップに、日影と北園との合流ルートが表示される。
「おお、これは助かるなぁ。よし、行こうシャオラン!」
「わ、わかった!」
二人は足場を伝って移動を始める。
現在このフィールドは、大きな泥沼に点々と足場が浮いているような状態だ。
(足を滑らせたりしたら、また沼にハマっちゃうな、これは……)
息を飲んで、日向は移動を続ける。
「ヴォアアアアアアアアアッ!!」
「うわ!? ウィスカーズッ!?」
しかしそこへ、泥沼を潜行していたウィスカーズが襲い掛かってきた。
日向たちの右方向から飛びかかってくる。
オマケに日向たちの周りは足場が悪い。逃げることもできない。
このままでは、再び泥沼に叩き落とされる。
「くそっ、日影じゃないけど、これでも食らえ!」
日向は、目の前まで迫ったウィスカーズに向かって、『太陽の牙』を投げつける。
「ヴォアアアアアッ!?」
『太陽の牙』は、ウィスカーズに命中した。しかし投げ方が悪かったか、あるいは日向の腕力が足りなかったか、『太陽の牙』はウィスカーズに突き刺さらず、その体皮を傷つけるだけに終わる。
ウィスカーズは悲鳴を上げるも、日向の攻撃を突っ切って、体当たりを仕掛けてきた。
「や、やばい! 跳ね飛ばされる!?」
「う、うわあああああこっちに来るなああああ!!」
するとシャオランは、泣き叫びながら前に出て、体当たりを仕掛けてきたウィスカーズの顎を、拳を振り上げて打ち抜いた。
「ヴォアアアアアア!?」
鉄の塊をぶつけられたかのような、鈍い音が鳴り響く。
悲鳴と共に、ウィスカーズはもんどり打って、沼の中へ叩き返された。
”地の気質”を纏ったシャオランの拳の威力は、やはり凄まじいものがある。
「うわぁ……普段の言動がアレだけど、やっぱりシャオラン、強いなぁ……」
「ま、まぁいちおう、鍛えてるし……」
「カッコいいぞシャオラン! 武を極めし者!」
「そ、そうかなぁ。へへ……」
「その調子でウィスカーズを引き付けておいてくれ! 二人と合流して、すぐ駆けつけるから!」
「うん、分かっ……はぁぁぁぁぁぁ!?」
シャオランは抗議の声を上げるが、既に日向は移動を開始していた。
そしてウィスカーズもまた、自分を攻撃したシャオランにターゲットを定めている。
「ヴォアアアアアアアアアア!!」
「ぎゃああああああああああ!?」
シャオランは、足場から足場へと飛び移り、ウィスカーズから逃げ出した。情けない悲鳴を上げているが、その身のこなしはまるで忍者か何かのように軽い。
悲鳴を上げるシャオランを、ウィスカーズも追撃する。
それが図らずとも、ウィスカーズの注意を引きつけ、囮役を見事にこなしていることを、シャオランは知らなかった。
◆ ◆ ◆
一方、日影は北園と合流するべく移動しているところだ。
日影の位置なら、日向たちより北園との距離が近い。
しかし……。
「コイツら、まだいやがったか!」
その日影の行く手を、ヒキガエルのマモノ、”ビッグトード”が阻む。
その数、二匹。
「邪魔だ!!」
「ゲロォッ!?」
まずは一匹、『太陽の牙』で斬り捨てる。
「ゲロォォォッ!!」
「ふんッ!!」
二匹目のビッグトードが伸ばす舌を避け、カウンターで剣を投げつける日影。
「ゲロッ!?」
『太陽の牙』は見事にビッグトードの口内に突き刺さった。
剣を呼び戻しながら、日影は北園の様子を見る。
(ちっ……。あっちにもビッグトードが湧いて来てるな……)
北園もビッグトードに囲まれているようだ。
日影は急いで援護に向かい始める。
「ゲロォッ!!」
「ぐぁっ!?」
その時、何かが背後から日影の首を絞めた。
ビッグトードの舌だ。
ビッグトードの長い舌が、日影の首に巻き付いている。
(クソが、まだ残っていたのか……!)
日影は、現れた三匹目のビッグトードと対峙し始める。
◆ ◆ ◆
その一方で、北園は……。
「やあっ!!」
「ゲロォッ!?」
北園が右手で放った火球がビッグトードを焼き尽くす。
「ゲロッ!!」
「よっと!!」
伸ばされた舌を、念動力のバリアーで弾く。
「そして、これでトドメ!」
北園が再び右手を真上にかざし、火球を生み出す。
「ゲロォッ!!」
しかし、その北園の後ろから、もう一匹のビッグトードが舌を伸ばしてきた。
伸ばされた舌は、かざされた北園の右手を打ち据える。
「痛ったぁ!?」
突然の不意打ちに、生み出した火球がかき消えてしまう。
さらに……。
「あ、何これ……? 右手が痺れて……」
北園の右腕から力が抜け落ちる。麻痺毒だ。
(あ、これヤバい……。右手で超能力が使えない……)
右手の超能力が封じられ、左手のみで戦わざるを得なくなった北園。
その北園を、合わせて二匹のビッグトードが取り囲む。
「ゲロォッ!!」
「このーっ!!」
ビッグトードが伸ばした舌と、北園が左手で放った火球が交差する。
「ゲェェエーッ!?」
「あうっ!?」
お互いの攻撃は相打ちとなった。
北園の火球がビッグトードを燃やし、ビッグトードの舌が北園の左手をはたく。
「あ……また……!?」
はたかれた左手から力が抜ける。
今度は左手が麻痺してしまった。
(え、つまりこれ、私ってば今、超能力が使えない……?)
だらりと両腕がぶら下がってしまう北園。
そして、ビッグトードはまだ一匹残っている。
「ゲロォッ!!」
「あっ!?」
ビッグトードの舌が北園の首を捉える。
体勢を崩され、地面に引き倒される北園。
ビッグトードはそのまま北園の首を引っ張り、自身の元へと引き寄せる。人ひとり呑み込めそうな、大きな口を開けて。
「あっ!? やだ! やだっ!!」
ビッグトードの意図を察知し、必死に抵抗する北園。
しかし、両腕が使えない北園に、ビッグトードから逃れる術は無い。
「ゲロォォォッ!!」
「んむーーーーっ!?」
ビッグトードは北園を引き寄せると、その上半身を咥え込んだ。
北園はくぐもった悲鳴を上げ、脚をばたつかせて必死に抵抗する。
しかしビッグトードはまるでビクともしない。絶望的状況だ。
◆ ◆ ◆
「「やっべぇ!?」」
その様子を、日向と日影がそれぞれ見ていた。
「うおおおお!? 急げ、急げーっ!!」
北園を助けるために、全力で足場を移動する日向。
「放せ、クソガエルがぁ!!」
「ゲロォッ!?」
首を絞める舌を斬って捨てて、日影も移動を開始する。
日影がいる足場から北園がいる足場まで、直線的な距離は短いが、その間には丁度いい足場が無く、沼が広がっている。日影が北園の元へ行くには、大きく迂回するしかない。剣を投げるのも、捕まっている北園に当たると危ない。
(この分なら日向の方が早いか……!?)
日影は日向のいる方向を見やる。
一方の日向も、日影の意図を察知していた。
(これは、日影より俺の方が早いな……!)
と、その時である。
「ぎゃああああああああああああああ!?」
「んっ!?」
突然、横の足場からシャオランが跳んできて、日向の横を通り過ぎてしまった。
シャオランがやってきた方向を見てみれば……。
「ヴォアアアアアアッ!!」
「ウィスカーズ!? ウッソだろ!?」
ウィスカーズだ。
シャオランはパニックになってウィスカーズから逃げ回るあまり、日向の元までウィスカーズを連れてきてしまったらしい。
ウィスカーズが大口を開けて迫ってきている。
このまま呑み込まれれば北園を助けるどころではない。
かと言って、この足場の悪さでは逃げ切ることもできないだろう。
「……追い払うしかない! 燃えろ、『太陽の牙』!!」
「ヴォオオオオオオオオッ!!」
『太陽の牙』に炎を灯し、日向はウィスカーズを迎え撃つ。
『日向くん! 迎え撃つなら縦斬りだ! 飛びかかってきたところを叩き切ってやりなさい!』
「ラジャー!」
狭山の通信に返事をし、剣を構え、ウィスカーズを待ち構える日向。
そして……。
「おぉぉぉぉぉぉっ!!!」
ウィスカーズの口が日向を覆う。
その口につっかえる形で、『太陽の牙』がウィスカーズの口を焼き切った。
「ヴォアアアアアアアアアッ!?」
悲鳴を上げ、身を翻すウィスカーズ。
しかし、タダでは退かなかった。
「ヴォオオッ!!!」
「がふっ!?」
身を翻した勢いを利用し、ウィスカーズは巨大な尾ひれで日向を打ち飛ばす。
尾ひれをマトモ喰らってしまった日向は、大きく吹っ飛ばされ……。
「ぶぁ!? しまった、沼に!?」
その先の泥沼に叩き込まれてしまった。
沼にはまり、身動きが取れなくなる日向。
オマケに、今のウィスカーズの一撃で肋骨が何本かやられたらしい。
激痛で、沼からもがくこともままならない。
しかし、その日向の目の前に……。
「あ! 日影!」
「……おう」
日影がいた。
北園の元へ向かうため、足場を迂回していたところだ。
北園がいる足場と日影がいる足場の間に、日向が沼にはまっている。
「……なぁ日向」
日影が日向に呼びかける。
「な、なんだ!?」
「北園を助けたいか?」
「そりゃもちろん!!」
「どんな手を使っても?」
「当たり前だっ!!」
「よっしゃ。言質取ったからな」
「……え?」
話を終えると、日影は泥沼に向かってジャンプした。
そして……。
「ぐぇぇ!?」
沼にはまっている日向を踏み台にして、北園のいる足場へと着地した。
「おっま!? ふざけ……!? お、溺れる……!」
日影に踏みつけられた日向は、その衝撃でさらに沈む。
もはや、自力で抜け出すことは完全に不可能となった。
「どうせ死なないから我慢しろ! 後で助けてやるから!」
そう言い残し、日影は日向を置いて走り出した。
日影は、今にも北園を呑み込もうとしているビッグトードへと駆け寄る。
北園は、もうくるぶしの辺りまで呑み込まれていた。
「何やってんだテメェ!!」
「ゲロォッ!?」
北園を斬りつけないようにビッグトードの頭頂部を斬り飛ばす。
その一撃で、ビッグトードは動かなくなった。
「ぎ、ギリギリだったな……」
日影はビッグトードの口を開き、北園を引っ張り出した。
「ぷはぁっ! あ……ありがと日向くん……」
「いや、残念ながらオレは日影だ」
「あれぇ……?」
焦点の定まらない眼で日影を見つめる北園。
彼女の服は、ビッグトードの唾液にまみれてベトベトに引っ付いている。
(め、目のやり場に困る……)
そんな北園から目線を逸らし、日影は気まずそうな表情で頬を掻く。
「ヴォオオオオオオオオッ!!」
「ぎゃああああああああああああ!?」
そこにウィスカーズと、それに追いかけられながらシャオランもやってきた。
「ああああああああ!! ああああああああああああああああああ!!」
「落ち着け」
「ぎゃんっ」
日影は、やってきたシャオランの頭をはたいて大人しくさせる。
そして、北園を庇うように前に出た。
「おい北園。超能力は使えるか?」
「ごめん……。この通り、毒にやられて……」
北園はぶらりと垂れ下がった両腕を見せる。
指先にさえ力が入らない、といったような具合だ。
「くそ、やっぱりか。安心しろ、守りながら戦ってやる」
「う……うん……!」
「ボクも守って!」
「お前は戦え」
「なんでだよぉぉぉ!?」
戦えなくなったことを申し訳なく思っていた北園だが、日影の一言で元気を取り戻す。
そして、日影とシャオランの両名が、ウィスカーズの前へと立った。
この地震ナマズとの戦いも、最終局面へと近づいていた。




