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第72話 泥沼を泳ぐ怪物

 泥沼となった地面に足を取られる日向たち四人。

 その泥沼を悠々と泳ぐウィスカーズ。

水害ウォーターハザード”の星の牙なら、地面の液状化くらいお手の物、ということか。


「うわわわ……この沼、どんどん沈んでいくよ……!」


 北園が声を上げる。


 この泥沼は、家ほどの体躯を誇るウィスカーズが泳げるほどの深さなのだ。その底の深さは、推して知るべし。


「もうダメだぁぁ! 一番小さいボクが先に沈むんだぁぁぁぁ!」


「ま、まるで底なし沼だな……! なんとかして抜け出さないと……!」


 日向も焦りを覚える。

 しかし、沼は既に大きく広がっている。

 とてもこの場から引き返して抜け出せるようなものではない。

 早くも万事休すか。


 そんな状況を打開したのは、狭山だった。


『焦らないで。北園さん、氷結能力を。泥を凍らせて足場にしよう』


「あ、なるほど! りょーかいです!」


 狭山の指示を受け、北園が足元の沼に氷結能力を使う。

 泥はみるみるうちに凍っていき、北園がその上に昇る。

 凍った泥は割れることも沈むこともなく、北園を乗せた。


「よーし! 成功!」


「よっしゃ、良いぞ北園さん! そのままこっちにも足場を伸ばしてくれー!」


「りょーかい!」


 喜ぶ北園に、日向が声をかける。

 その声を受け、北園が再び泥を凍らせる。

 泥はどんどん凍っていき、三人が乗っても余りある面積になる。

 泥沼のど真ん中に、広い足場が作られた。


「よし、脱出!」


「ああ、陸って最高……」


 足場となった泥に日向とシャオランも乗ってくる。

 その向こうから日影も寄ってきているが、最初に先行した分、日向たちより距離がある。


 そして、その向こうからウィスカーズが大口を開けて迫ってきていた。まだ沼に足を取られている日影を狙って。


「日影っ! 後ろだ! 急げーっ!」


「ちぃ! 分かってる!」


 日向の呼びかけにぶっきらぼうに応じる日影。

 しかし、ウィスカーズのスピードが圧倒的に早い。

 このままでは、間違いなく追いつかれる。


「ヴォオオオオオオオオッ!!」

「クソが! これでも食ってろ!」


 日影は、迫るウィスカーズに向かって、持っていた『太陽の牙』を投げつけた。


「ガアアアアアアッ!?」


『太陽の牙』は、見事にウィスカーズの口内に突き刺さった。


「あ、投げた!? 『太陽の牙』を!?」


 突然の反撃に驚き、慌てて引き返すウィスカーズ。

 それを見て、日向も驚いている。

 今まで『太陽の牙』を投げるなどという使い方をしたことが無かったからだ。


 ウィスカーズが退いた隙を突いて、足場へ上る日影。

 その後、『太陽の牙』を再び手元に呼び寄せた。


「呼べば戻ってくるんだから、こういう使い方もアリだろ?」


「それはそうかもだけど……無茶苦茶するなぁ……」


 得意げに語る日影に、呆れたような表情で返す日向。

 その間にも、ウィスカーズは四人の様子を窺うように泳ぎ続けている。

 まるでサメ映画だ。

 漂流した船を取り囲むサメの構図だ。


『北園さん、もっと周りの泥を凍らせるんだ。今の足場にウィスカーズが上陸してきたら、君たち四人が弾き出されかねない』


「りょーかいです!」


 狭山の指示を受け、北園は足場の端へ行き、両手を泥沼につける。

 すると、再び泥沼が凍っていき、日向たちの足場が広がっていく。

 だが、それを見逃すウィスカーズではない。


「ヴォアアアアアアアッ!!」

「わーっ!? わーっ!!」


 足場の端にいる北園を狙って、口を開けて迫るウィスカーズ。

 そのウィスカーズを見て、北園は慌てて足場の中央へと引き返してくる。


 ウィスカーズは北園を逃がし、しかしその勢いで足場へと上陸してきた。

 北園の働きにより、すでに足場は日向たちが立ち回れるほどの広さになっている。


「やっとご対面ってワケだ!」


 日影がウィスカーズに向かって走り出す。

 そして、ウィスカーズの顔面目掛けて『太陽の牙』を振り下ろす。


「おるぁッ!」

「ガアアアアアアアッ!?」


 日影の一撃に怯むウィスカーズ。

 しかしすぐさま頭を振って日影を叩き飛ばす。


「ぐっ!? まだまだ……!」


 吹っ飛ばされ、足場を転がる日影だが、ダメージは小さい。

 すぐさま立ち上がり、もう一度ウィスカーズに斬りかかる。


 日影にばかり戦わせてはいられない。

 日向も、自分の『太陽の牙』を構える。


「よし、俺たちもやるぞ!」


「無理だよぉぉぉやっぱり帰ろうよぉぉぉぉ!」


「その場合、ウィスカーズの目を盗みながら周りの泥を突っ切るという、難度の高い逃走を成功させないといけないけど、いいの?」


「うわー! やっぱり戦うよぉぉぉぉもおおおおお!」


 日向とシャオランも、日影に続く。

 日向が燃え盛る刃でウィスカーズの頭を斬りつけ、シャオランが頬を殴りつける。その後ろで……。


「やああああああっ!!」


 北園が両手を合わせ、ウィスカーズに向かって電撃を放つ。

 水の異能力者たるウィスカーズに、電気は実によく効くだろう。

 そして電撃は見事、ウィスカーズの横腹に命中した。


「ヴォオオオオオオオッ」


「……あれ? 効いてない?」


 電撃を受けたウィスカーズは、しかし全く堪えた様子が無い。

 それを見た日向は、一つの推察を立てる。


(あ、そうか。ヤツは泥沼を泳いでいたから、身体には泥が大量に付着している。それが電撃に対するバリアーになったのか……!)


 そのことを伝えるため、日向は北園に向かって叫ぶ。


「北園さん! みず・じめんタイプだ! ナマズとドジョウはみず・じめんタイプなんだよきっと!」


「……え? なにそれ」


「あ、ダメだ伝わってない」


 数あるゲームの中でもとりわけ有名な『カプセルモンスター』をたとえに出した日向だったが、どうやらそれも通じなかったようだ。


「ええとつまり、ソイツに電撃は効かないから、発火能力パイロキネシスでもぶつけてやれ!」


「なるほどりょーかい!」


 今度は即座に指示を理解し、北園は両手から火球を生み出す。

 初めからこう言えば良かったかな、と後悔する日向。


「くらえーっ!」

「ヴォオオオオオッ!?」


 ウィスカーズの背中に三発、四発と火球が叩き込まれる。

 今度は間違いなく悲鳴を上げた。


「ヴォアアアアアアアアッ!!!」


 日向たちにいいように翻弄され、遂にウィスカーズは怒り出す。

 そして、ウィスカーズの咆哮に応えるように、泥沼から新たなマモノが出現した。


「ゲコッ!」

「ゲロゲロ!」


「うわっ!? カエル!? カエルのマモノか!」


 日向の言う通り、現れたのは茶色のカエルのマモノだ。数は三匹。

 その体躯は通常のカエルの比では無い。下手な大型犬より大きい。


『む、そのマモノはデータがあるよ。識別名称は”ビッグトード”。ヒキガエルがマモノとなった姿だ!』


 狭山の通信が入る。


『気を付けて! ヤツは耳の後ろから神経性の毒を出すんだ。そこに触ると危ないのはもちろん、最も警戒すべきは……』


 狭山が話す間に、ビッグトードは口から舌を出す。

 ビッグトードの舌は恐ろしく長い。

 その長さでもって自分の耳の後ろを舐め始める。


『……ああやって自分の舌に毒を付着させて、獲物を打ち据える攻撃だ!』


 狭山が言い終わると同時に、ビッグトードが毒を付けた舌を伸ばしてきた。狙いはシャオランだ。


「うわああああ!?」


 悲鳴を上げるシャオラン。

 しかしシャオランは、目前に迫った舌をしっかりと回避すると、逆にその舌を右手で掴む。拳に巻いた包帯のおかげで、毒はほとんど気にならない。


「危ないだろぉ!? おりゃあ!」


 掴んだ舌を思いっきり引っ張り、ビッグトードを引き寄せる。

 ビッグトードは宙に浮き、成す術無くシャオランに引き寄せられる。

 そして……。


「……はぁッ!!」


 その勢いを利用して、シャオランはビッグトードに鉄山勗てつざんこうを叩きつけた。

 ビッグトードは破裂したかのように身体中から体液を噴出させ、泥沼へと叩き込まれた。


「うわぁ……相変わらずヤバい威力だ……」


 その様子を引き気味に眺める日向。

 シャオランの『地の練気法』は、使い手の肉体を鎧の如く頑強にする。単純な物理攻撃力においては、日向たちの中で今のシャオランに勝てる者はいない。


「ゲロォッ!!」

「っと!?」


 その日向に向かって、別のビッグトードが飛びかかる。

 しかし日向はすんでのところでそれを避け……。


「隙ありだっ!」

「ゲロォッ!?」


 ビッグトードの頭頂部を突き刺した。

 あえなく即死するビッグトード。


「焼きガエルになれーっ!!」

「ゲロォォォッ!?」


 最後の一匹は北園が発火能力パイロキネシスで燃やした。

 これでビッグトードは全滅。


 一方、日影は怒り狂うウィスカーズを抑えていた。

 ウィスカーズの側面へ回り込みながら斬りつけ、その注意を引きつける。


(あっちもカエルを片付け終わったみたいだな)


 日向たちをチラリと見て、日影は状況を確認する。

 と、その時。


「ヴ………ヴォオオオオオオオオッ!!!」


「な、何だとっ!?」


 ウィスカーズが垂直に飛び上がった。

 そのまま真っ直ぐ足場へと激突すると……。


「ぐわっ!?」

「うわぁ!?」

「きゃあ!?」

「わぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 四人全員が、物凄い衝撃によって足場から吹き飛ばされた。



『日向くん!? みんな!? 大丈夫かい!?』


 狭山が通信越しに皆に呼びかける。



「な……何とか……痛ってててててて……何が起こったんだ……」


 最初に起き上がったのは日向だ。

 状況を確認するため、周囲を見渡すと……。


「え……? 何だこれ……?」


 辺りの様子は、一変していた。

 日向たちが立っていた足場は粉砕され、沼のあちこちに漂っている。


 ……いや、というより、まるで別の足場がそこら中から生えてきたようだ。「漂っている」と形容するにはあまりに不自然な足場が、沼のあちこちに現れている。この場が全く別の地形に上書きされてしまったかのようだ。



「……狭山さん。一つ、思ったのですが」


『……うん。自分もたぶん、同じことを考えている』


 日向の言葉に、狭山も応える。



 これは、言うなれば、()()()()()

   

 思えば、最初に地面を泥沼に変えたのも『地形操作』と言えるだろう。

 日向たちは事前に、『川を溢れさせた』星の牙と聞いていた。

 だから俺たちはウィスカーズを”水害”だと思い込んでいた。


 だが、きっとそれは、周りの地形をいじったのだろう。

 そして水路そのものを、水の流れそのものを変えた。

 そうして川の水を下の村まで誘導し、水没させた。


 水量を増加させて村を沈めたのではない。川の流れをそのまま利用して、村を沈めた。だからこそ、村を飲み込んだ洪水の勢いは弱く、人々は助かった。


 つまり、ウィスカーズが操っているのは水ではなく、地形だ。

 だから、このウィスカーズの能力は……。


「間違いない! コイツは”地震アースクエイク”だ! ”地震”の星の牙だ!!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] シャオランくんの叫びが可愛いです( *´艸`) でも頑張る姿にキュンです! 日影くん、まさかの投げちゃった!? 「カプセルモンスター」でも通じない北園さん( ´ ▽ ` ) 私はそう例えら…
2022/05/18 21:59 退会済み
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