外伝10話 そして影は日向と出会う
「ここまで来れば安心か」
燃え上がる森から離れたオレは、一息入れるために座り込んだ。
しかしまぁ、怪物を倒すためだったとはいえ、さすがにアレはやり過ぎた。結構な規模の山火事になってしまった。下の町に被害が及ばないといいが。
「……一息入れたら、眠くなってきたな……」
無理もない。今は虫も寝静まるくらいの真夜中だ。そんな時間に叩き起こされ、あれだけの大立ち回りを演じてみせたのだ。
疲れがどっと押し寄せてきて、忘れかけていた眠気も一気に噴き出す。心なしか、身体も冷えてきた。
「……寝るか」
そう呟くより早く、オレの意識は飛んでしまう。
柔らかい腐葉土の上で、泥のように眠りこけてしまった。
◆ ◆ ◆
夜が明けてきて、眩い日差しが差し込んでくる。
日影は、まだ眠っている。
「クルルルルル……」
その日影を見つけた巨影が一つ。
青い大鷲が、バサリと日影に覆い被りその足で掴み上げ、日影を持ち去ってしまった。
青い大鷲はぐんぐんと飛び続ける。
あっという間に山を離れ、十字市を離れ、日本海の真上にやって来た。
大鷲はなおも飛び続け、一時間ほど経過すると、中国の上空に差し掛かった。
「……んあ?」
日影が目を覚ましたのは、ちょうどその時である。
「……おわぁっ!? 何だこれ!? はぁぁ!? 何で飛んでるんだ!?」
眠った直後とは打って変わった異常な景色に、思わず声を上げる。
そしてすぐに、自分が巨大な鳥に連れ去られていると理解した。
「テメ、何してんだ! 下ろしやがれ!」
剣を手元に呼び出し、大鷲の足を斬りつける。
「クァァァッ!?」
突然の攻撃に、大鷲は思わず足を離してしまった。
高度数千メートルという上空で、日影を掴んでいた足を、離してしまった。
「あ、ああ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………」
日影は、悲鳴を上げながら落ちていった。
◆ ◆ ◆
「クソが、酷い目に会った」
高高度から放り投げられたオレは、地面に激突して無事死亡。
そのまま何事も無かったかのように蘇り、活動を再開した。
周りを見れば、ここはどこかの山の中。
しかし、今まで過ごしてきた裏山とはどことなく雰囲気が違う。
「なんか、その辺に生えている木からして、今までとは別種のものに見えるな」
周辺の草木を観察しながら歩いていると、何かの気配を感じ取った。不快感さえ覚えるような、こちらを無遠慮に舐め回すような視線。
振り返って見てみれば、四本の腕を持ったサルがいる。
その数、五匹。
「やれやれ。別の山に来ても、オレのやることは変わらないらしいな。……さて、先ほど衝撃的な目覚ましを体験したおかげで忘れていたが、オレってさっき起きたばかりなんだよな。つまり朝メシがまだなんだが、サルって食えるのかね……?」
言って、オレは剣を構える。
四本腕のサルたちが、一斉に襲い掛かってきた。
◆ ◆ ◆
その後も、オレは今まで通りサバイバルで過ごした。
なにせこの山は土地勘が無いので、ときどき人里に下りてしまうことも何度かあった。そこで知ったのだが、どうやらここは中国らしい。あの裏山と雰囲気が違うなとは思ってたが、まさか異国に叩き落とされるとはな。
国が違えど、やることは変わらない。オレは各地の山を転々としながら、怪物たちを倒してまわった。
トレーニングも欠かさず行い、最初に比べれば身体能力も随分と上がった。今ならもう一度日向と闘り合っても負ける気はしないな。
……んあ? 四本腕のサル? 食ったぞ。マズかったけどな。
そんな調子で、オレが中国に来てから四日くらい経過した。
「ここの山は比較的、人の手が入っているみたいだから、化け物はいないかもと思ったが、なかなかどうしてウジャウジャいるじゃねぇか」
オレは目の前で群がるキノコの化け物の群れを見ながらそう言った。
昨日からこのキノコどもがわんさか湧いてきやがる。化け物にしては味も悪くない。
メシに困らないことは良いことだが、この辺に暮らしている人々はたまったものではないだろう。
日本で戦ったあの黒いハチのように、ボスに率いられ、あるいは生み出される化け物もいるようだ。そいつらは大抵、数が多い。
なら、このキノコの化け物の数の多さも、コイツらを生み出しているボスがいると見るべきだ。
キノコの化け物たちが飛びかかってくる。
それらを全て切り裂き、蹴飛ばし、撃退した。
それにしてもコイツら、弱い。
メシのためだけに生まれてきたかのような弱さだ。
「朝メシはさっき食ったし、コイツらは放っておくか」
そう言って、オレはコイツらを生み出したボスを探すため、歩き出す。
しばらく進むと、地面に何かが落ちているのを見つけた。
「なんだこれ」
見れば、それは先ほど戦ったキノコの化け物の死骸。だが、オレが倒した奴らじゃない。
死骸をよく観察すると、何かに斬られたり、ぶん殴られたような跡が見受けられる。
「オレ以外の誰かが、ここで化け物と戦った……?」
その時、オレの頭の中に一筋の考えが浮かんだ。
このキノコの化け物は弱いから、それを倒した奴らも調子に乗ってどんどん山の中へと足を踏み入れたのではないか? そして、どこかでキノコの化け物のボスに出会ってしまい、そして……。
そう考えた瞬間、オレは走り出した。
手遅れになる前に、助けてやらないと……!
「チッ、どこの誰だか知らないが、無事でいろよ。すぐにオレが駆け付けるからな……!」
キノコの化け物の死骸が、点々と道の先へと続いている。それらを辿りながら走っていくと、やがて長い石段に辿り着いた。
先が見えないほどの長さだが、へこたれている暇も休んでいる暇も無い。息を吐き出し、一気に駆け上がる。
石段は、本当に長かった。
今までのトレーニングで体力をつけておいて良かったと、心から思った。
息を切らしながらも、オレはなんとか頂上まで上りきった。
頂上に建っていたのは、寺のような建物だ。
そして中を見てみれば、誰かが巨大なキノコの化け物に襲われているのを見つけた。
「ああ、クソ! 言わんこっちゃない!」
剣に炎を灯し、走る。
巨大キノコが『何者か』に気を取られている間に―――
「おらぁぁぁぁぁ!!」
―――駆け寄り、その大きな傘に燃え盛る剣を叩き込む。
巨大キノコは、真っ二つになって絶命した。
なんだ、随分と手ごたえが無いな。弱ってたのか?
とにかく、助けたヤツに声をかけねば。
しかし、オレは中国語なんて分からない。どう声をかけたものか。
……まぁいいや。フレンドリーに話しかければ、言葉は違えど心は伝わるだろ。
「よう! 随分ひどくやられてたが、大丈夫か?」
倒れている男に振り返り、ニッと笑ってみせる。
だが、その男は信じられないモノを見たかのような表情でこちらを凝視し、呟いた。
「え……? 俺……?」
ソイツの顔を見て、オレもまた、同じような表情で固まってしまう。
「お前……は……」
思わず、そんな言葉を呟いていた。
ああ。運命ってのは、存外バカにできないな。
いずれは出会うつもりだった。
どこかで出会うつもりだった。
いま出会ったところでこちらに不都合などは無い。ただ、なんとなく座りが悪かったので、今まで後回しにしていただけ。
気分が乗り次第、ちゃんとコイツの前に現れて、オレのこととか、寿命のこととか、しっかり説明してやろうと思ってたさ。
それがお前……!
なんでまた、こんな異国の空の下で出会っちまったのかね……!
「お前は、誰だ」
そいつは率直にそんなことを尋ねてきた。
お前も薄々気づいているだろうに、今さらそんなことを質問してくるのか。
だからオレは、ニヤリと笑って、答えてやった。
「オレは、お前の影だよ」
―――日影の軌跡 完




