外伝9話 影は食らいついたら離れない
燃え盛る森の中、立ちはだかるは巨大な黒いハチ。
ハチの親玉なのだから、きっと女王バチかなにかなのだろう。
「ギギギギギィ!」
女王バチは金切り声を上げながら、こちらに向かって突進してきた。
いくらハチと言えど、大きさはこちらの背丈とそう変わらない。そんな体躯から繰り出される体当たりは、当たれば強烈な衝撃を受けるだろう。オレは横に跳び、それを回避する。
「ギギギギィ!!」
再び女王バチが突進してくる。
今度はギリギリまで引き付け、回避と同時にその身体を斬りつけた。
「ギギャーッ!?」
悲鳴を上げ、地面に転がり落ちる女王バチ。
その女王バチに追撃を仕掛けるべく、オレは駆け出す。
そして女王バチに近づくと、剣を振り上げ、袈裟に斬り下ろす。
「ギギィッ!!」
「うおっと!?」
だが女王バチもただではやられなかった。
尻から杭のような巨大な針を出し、サマーソルトの要領でオレの剣を弾いた。
「ギギギギギーッ!!」
女王バチの猛攻は止まらない。
尻の針を、最小限の動きで連続して突き出す。
時おり身体を大きく動かし、横切りや縦斬りも織り交ぜてくる。
まるでレイピアだ。受ける側としては、フェンシングでもやっているような気分だ。
「っと! くそ、器用な、ヤツだな! っとぉ!」
こちらも繰り出される針を躱し、弾き、防御する。
幾度となく剣戟を交わすオレと女王バチ。
しかし、押しているのは女王バチだ。巣と仲間を滅ぼされた怒りか、執念めいた勢いでこちらを追い詰めてくる。
ジリジリと下がり続けたオレは、やがて背後に立っていた木にぶち当たった。
「チッ! しまった!」
「ギギギギギィ!!」
ここぞとばかりに、女王バチが飛びかかってくる。
ヤツめ、トドメを刺しに来る気か。
「そうは行くか!」
女王バチの接近に合わせ、剣を右から左へと振り抜く。
しかし、それと同時に女王バチがオレから距離を取った。
オレの剣はあえなく空を斬る。
「まだまだぁ!」
空を斬った勢いのまま、オレは反時計回りに回転を始める。
「おるぁぁッ!!」
そのままハンマー投げの要領で、飛び上がった女王バチに剣を投げつけた。
回転しながら飛んでいくオレの剣。
その剣とすれ違うように、オレに向かって何かが飛んできた。
ドス、という音と共に、腹に何かが突き立てられた
「ぐ……?」
嫌な感覚に、思わず自身の腹を見る。
なにか、杭のようなものが、オレの身体に突き刺さり、背中まで貫通している。
「ぐ……ごぼっ……!?」
次いで、口から大量の血を吐いた。
あらゆる内臓が悲鳴を上げる。身体が燃えるように熱くなる。
それで理解した。
オレの身体に突き刺さったのは、女王バチの針だ。
ヤツの針は、銃弾のように飛ばせるらしい。
そして、ヤツの針には毒があるようだ。いくら身体に太い針が突き刺さったとはいえ、吐血の量が尋常ではない。
おぼろげな視界で女王バチを見てみれば、ヤツは悠々と宙を飛んでいる。
オレがぶん投げた剣は外れたらしい。
「ク……ソが……」
悪態を付きながら、身体中を蝕む激痛で、オレは膝をついてしまった。
「ギギギギギ……」
女王バチは地面に下りてきて、顎をガチガチと鳴らしながら、こちらに向かって歩み寄ってくる。
そうか、針はもう射出してしまったから、代わりにその顎で噛み殺そうってワケか。よく見れば顎も中々に凶悪な形状をしてやがる。
「ギィィィィィィッ!!!」
そして、その顎を大きく開いて、オレの胴体を挟み込んだ。
まるでギロチンのように、オレの身体に大顎が食い込む。
「がッ……ふっ……ッ!」
大針と、猛毒、そして強靭な顎を受け、もはや身体はすでに死に体。炎による回復も追い付いていない。身体を貫通している針が邪魔をして、治療を阻害している。このまま回復する暇もなく、殺され続けてしまうのか。
「……じゃあ、別に回復する必要、無くなくない?」
無くなくないって、無いんですか?あるんですか?
無ぇんだよぉぉぉぉ!!
オレはガシッと女王バチの頭を掴むと、剣を手元に呼び戻し、その首筋に思いっきり突き立ててやった。
「ギギャアアアアアアアッ!?」
これだけでは終わらない。
突き立ててやった剣を、無理やり動かしてどんどん傷を広げていく。
「ギギャアッ!? ギギギギギギィッ!!」
女王バチは、オレを咥えたまま思いっきり振り回す。
オレも、突き立てた剣を握りしめ、ヤツから離れない。
「剣よ、燃えろ……!!」
「ギギャアアアアアアアッ!? ギャアアアッギャアアアアッ!!」
剣から炎を発生させ、ヤツの内側から傷を焼いてやると、たまらずヤツはオレを噛み潰していた顎を離した。
大顎から解放されたオレは、ヤツの身体から剣を引き抜き、少し距離を取る。
「ギギギギギギ……ッ!!」
ヤツは羽を動かし、この場から飛び立とうとする。
「逃がすと思ってんのか?」
すぐにその背中を押さえつけ、羽の根元に燃え盛る剣を突き刺す。
「ギャアアアアアアアッ!!」
女王バチの悲鳴も介さず、そのまま力任せに背中の羽を引きちぎった。
「はぁ……っ! はぁ……ッ! ぐッ……ごほっ……!」
身体が死ぬほど熱い。
身体を貫く針は未だにそのまま、オレの身体に毒を流し続けている。
それを意地と気合いで耐え抜き、女王バチを殺しにかかる。
「ギアアアアアアアアアッ!!!」
羽を毟り取られ、とうとう女王バチも覚悟を決めたか、顎を開いてこちらに飛びかかってきた。
「ぐ……ッおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
オレも力の限り声を張り上げ、真正面からヤツと取っ組み合う。
身体を包む炎はさらにヒートアップし、とうとうオレ自身が炎上し始めた。
火だるまになりながら、女王バチと殺し合う。
脇腹を食いちぎられ、腹に剣を突き刺し。
肩を抉られ、複眼を潰す。
我ながら凄まじい光景だと思うが、オレはあくまで回復しているのだ。猛烈な熱に身を焼かれながら、傷はみるみるうちに回復している。だから、先に力尽きるのは女王バチの方だ。
「グ……ギギ……」
女王バチが、見て分かるくらいに弱ってきた。
勝機だ。一気に決める!
「うぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
オレはヤツのどてっ腹に燃え盛る剣を突き刺し、そのまま体当たりの要領で押し込む。
剣はヤツの身体を貫通し、その後ろで燃えている木に繋ぎ止めた。
「ギギャアアアアアアアアッ!?」
剣に串刺しにされ、木に固定され、動けなくなる女王バチ。
剣と木の両方に身を焼かれ、文字通り虫の息になる。
「それと、これは返すぜ」
オレは、黒焦げになった毒針を身体から引き抜くと、それをヤツの頭に突き刺した。
女王バチはとうとう動かなくなり、オレの腹に空いた風穴はすぐに塞がった。
「ふー……勝ったか……。今回もまた、泥仕合だったな」
オレが怪物と戦うと、大体こんな感じだ。怪物どもの強力な能力に蹂躙されながらも、再生能力に物を言わせて無理やり勝利する。
再生能力が無ければ、既に十回は死んでいるのではなかろうか。まったく。再生能力サマサマだな。
「じゃ、とりあえず……」
ここから逃げるか。
ちょっと凄まじい勢いで燃え上がる森を見ながら、オレは呟いた。




