外伝5話 影はヌシ釣りに挑戦する
「さあて、どう料理してやるかね……」
広くなった川を元気に泳ぐ川の主(仮)を眺めながら、オレは呟いた。
一見すると、家くらいデカくなっただけのただの魚だが、人間への敵対心はしっかり持っているようで、オレが近づこうとすると先ほどのように尾ひれで引っぱたこうとしてきやがる。
こんな凶暴生物、放置しておくわけにはいかない。ここで排除する。それが世のため人のため、ついでにオレの飯のためだ。
しかし。
「……ホントにどう料理すればいいんだ……?」
川の主はさっきから水の中を泳いでばかりで、陸に上がってくる気配は無い。そりゃそうだ。自分からまな板に上がってくる魚がこの世のどこにいるというのか。
水中は、あちらのフィールドだ。オレの元になった日下部日向は、泳げないというワケではないが特別泳ぎが上手いわけでもない。水中でやり合うのは分が悪い。
「この勝負、どちらが相手を自分の土俵に引きずり込むかで勝負が決まるな」
早速オレは、ヤツを川の中から引っ張り出す方法を思案する。
しかし、水の中の魚を引きずり出す方法など、オレに思い当たるのは一つだけ。
「……釣るか」
そう、フィッシングだ。
あの川の主を釣り上げ、こちら側に引っ張り上げる。
そして無抵抗になったところを剣でスパッとさばく、というワケだ。
……あの巨大な魚を人間の力で釣れるのか、とか、そもそも釣り竿はどうするんだ、とか、考えてみれば色々と問題だらけだが、現状それ以外の方法は思い浮かばない。
それに、オレはどうせ死なないのだ。結果として水の中に引きずり込まれたら、諦めて水中で相手をするだけだ。
そうと決まればさっそく行動開始だ。
まずは釣り竿を調達せねば。
……そういえば、ちょうど山の上の方に、糸代わりに使えそうなツタが生えてたな。
「いいか、川の主! ちょっと釣り竿作ってくるから、そこを動くなよ! 絶対だぞ! フリじゃねぇからな! 待ってろよ!」
川の主に再三念を押すと、オレは山の上へと登っていった。
この辺りもここ数日でガッツリ歩き回り、地理は完璧に頭に入っている。
今のオレの知識と体力なら、行って戻って二十分もかからないだろう。
◆ ◆ ◆
「よーし、戻ったぜ」
自作の釣り竿を引っ提げて、オレは川に戻ってきた。
長めのしなる枝を探し、それにツタを括りつけて、簡単な釣り竿に仕立て上げた。これならきっと、堅いだけの枝を竿にするよりも、折れにくくて頑丈だろう。
ツタの先端にはウキ代わりに、小さな松ぼっくりをつけておいた。こうして見ると何かのお守りのようにも見えて、なかなかに愛らしい。
うーむ。我ながら素晴らしい出来栄えだ。
この釣竿をフィッシャー3号と名付けよう。
1号と2号は、技術の進歩のための尊い犠牲となった。
具体的に言うと、失敗作だったので捨てた。
川の主は相変わらず水中を元気に泳ぎ回っている。
それがお前の最期の淡水浴だ。せいぜい楽しむことだな。
「あとは、あの主を食いつかせるためのエサが必要だな」
そう呟き、オレは近くの木の下の土を掘り返してみる。
すると予想通り、冬眠中のミミズが見つかった。
さっそく拾い上げ、釣り竿のツタの先端に括りつける。
今からこのミミズさんには、ひとしきり寒中水泳を楽しんでもらった後、川の主のエサとなって死んでもらう。
……うーん、惨い。
冬眠中にいきなり叩き起こしておいてこの仕打ち。オレの血は何色だ。
しかしこれも人々の平和のため。ついでにオレの飯のため。
ミミズさんには、エサとしての役目を立派に果たしてもらおう。
意を決して、ミミズさんを括りつけたツタを川の中に投げ入れる。
あとは食いつくのを待つだけだ。
チャポンと、重石が水に落ちた音に反応し、川の主がミミズさんに迫る。
そして川の主が大口を開き、勢いよくミミズさんに食らいつくと……。
「お――――?」
オレの身体は宙に浮いていた。
そして次の瞬間、オレは自らの意思に反して川の中へとダイブした。
これはあれだ。川の主の引っ張る力に、オレが全く耐えられなかったのだ。やっぱりあの巨体を釣り上げようというのは無理があったか。
フィッシャー3号は無残に引きちぎられ、ウキ代わりの松ぼっくりは水底に沈み、ミミズさんは食べられた。許せ、三人とも。仇は取ってやる。
オレは剣を構え、戦闘態勢を取る。
さあて、ここからは水中戦だ。




