表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/1700

外伝3話 影は人間になった

 狼どもを殲滅したオレは、近くの川で休んでいた。

 この山の大体の地形は、日向の記憶に入っている。


 とはいえ、ここは日向の自宅からかなり離れている。ギリギリ分かる範囲、というやつだ。ここから先の地理はちょっと記憶に無い。


 それにしても、日向アイツの身体であの数の狼を相手にしても、何とかできるモンだな。


 一息ついたオレは、現状を確認することにした。


 まずオレは、日下部日向の影だ。本来ならただの自然現象として、人格はもちろん、思考能力すら持たない存在。だがオレは、現にこうして実体化している。


 その原因はコイツだろう。

 確かな認識が、オレの中にある。


 冷静に頭の中を整理して、分かったことがある。

 まず、オレは日下部日向の記憶を受け継いでいるようだ。

 生まれたばかりのオレだが、この世界の基本的な知識は備わっている。


 だがそれとは別の、日向の記憶には無い知識が存在しているのが分かった。

 一つは、影であるオレの機能について。

 もう一つは、この剣の持つ、ふざけた能力について。


 オレの機能についてだが、オレが日向から離れたことで、日向は鏡に写らなくなった。

 影も鏡像も、光が作り出す像だ。だから、影が無い人間が鏡にだけ写るのはおかしいのだ。日向のやつ、きっと鏡を見たら大騒ぎするに違いない。


 それと、この剣の持つ能力についてだが、先ほどの身体が燃え上がったものと、傷を燃やして治すもの、そして剣に炎を灯したものとは別に、もう一つ能力が備わっていることを認識した。しかし、これはとびきり厄介な代物だ。


「およそ一年ほどで、日向は、オレに存在を取って代わられる、か……」


 影と本体の成り代わり。


 このままいけば、日向がオレの影となり、オレが新しい「日下部日向」となる。止めるには、オレが死ぬしかない。

 オレの身体は傷を焼いて治す能力が付与されているようだが、これは自分の意思で停止させることもできるようだ。成り代わりに関する知識が、オレの頭に初めから備えられていた。


「さて、どうしたもんかね……」


 日向にとっては、実に迷惑な話だろう。

 突然、残りの寿命を一年にされてしまったんだからな。


 オレが自ら命を断ち、日向の影に戻ることも可能だ。

 だが、それで良いのか、オレは。

 せっかく転がり込んできた、自分の人生だぞ? 無下にして良いのか。


「……まぁ、あと一年あるし、今すぐ決めることもないか」


 そう自分を納得させることにした。

 その時、ふと気づいたことがあった。


「……そういえば、今のオレ、普通に言葉を喋ってるな?」


 先ほどまでは、口を開いても全く声を発することができなかった。

 だが今は、自在に言葉を話すことができる。

 さらに、よく見ると自分の身体が真っ黒ではなくなっている。


 川の水面を覗き込むと、そこには日向に瓜二つの顔が写っていた。


「……そりゃそうだ。オレは日下部日向の影。顔だってアイツと全く同じになるだろうよ」


 水面に写る自分の顔を見ながら、そう呟いた。


 顔も記憶も借り物だが、こうしてオレは正真正銘、一人の人間として確立された。だが、最後に気になることがある。それは、オレが生み出された目的。


 オレが実体化したのは、日向があの剣を手に取ったからだ。

 で、なぜあの剣にそんな機能があったのか?

 オレはこれからどうすればいい?

 オレはこれから、何を目標に生きていけばいい?

 日下部日向の影であるオレの、生まれた意味とは?


 ……それはきっと、あるいは………。



 そんなことを考えていると、視界の端に何かがチラリと映った。


 振り向いてみると、そこにいたのはイノシシだ。

 それも、ただのイノシシではない。


 まず目を引くのはその体躯だ。大きい。二階建ての家くらいはありそうだ。長く伸びた二本の牙には、さらに無数の棘が生えている。まるで棍棒のような牙だ。


 日向の記憶に、イノシシに関する詳しい知識は無いが、あれはちょっと自然に生息するイノシシではないだろうと、何となく分かった。


 大猪は、両前脚を持ち上げ、地面を踏みつける。

 その衝撃が地鳴りとなり、離れているこちらにも伝わった。

 まったく、どういうパワーをしているんだ、アイツは。


「……となると、アレもさっきの狼と同じ、何かの怪物ってところか」


 大猪は後ろ足で地面を蹴り、鼻息を荒げている。今にも突撃してきそうな勢いだ。オレも剣を構え、大猪を見据える。


 両者、構えたまま相手の出方を窺う。

 緊張した空気が、場を包み込む。


 ぐー。


 不意に、オレの腹が鳴ってしまった。


「……そういや、腹ペコだ。参ったなぁ。空腹で運動したくはないんだが」


 苦笑いしながら、再び大猪に向き直る。


「んじゃ、今日はイノシシ鍋だな」

「ブモォォォォォ!!」


 大猪が、牙を剥いて突進してきた。

 オレも、真正面から大猪に立ち向かった。




◆     ◆     ◆




「……思ったより、あっさり終わったな」


 目の前でぶっ倒れている大猪を見つめながら、オレは呟いた。


 勝負は速攻で片が付いた。


 オレの身体は傷が治るのだ。だから、その能力任せに真正面から大猪に突撃し、衝突と同時に脳天に剣をぶっ刺してやったのだ。大猪はひとしきり暴れまわった後、絶命した。何だかんだで、勝負は一撃で決したのだ。


「さて、それじゃあどう料理してやろうかね」


 そう言って、オレは大猪の亡骸に歩み寄る。肉の調理について、日向は詳しい知識を持っていないようだった。なので、調理は完全に手探りだ。


 まずは剣で大猪の肉を切り出す。野生のイノシシの肉なんて、そのまま食べていいのかちょっと心配だったので、川の水で軽く洗った。


 その後、近くの草むらから、適当に乾燥した草木を拾い集める。それを一か所に集め、剣に炎を発生させ、集めた草木に火をつける。

 この剣があれば、刃物と火の両方をクリアできるのは便利だ。どちらもサバイバルにはかかせない。


「イノシシ鍋なんて言ったが、そういえば鍋が無いな。仕方ない。普通に焼くか」


 拾った枝に肉を括りつけ、火で炙る。

 肉の焼ける香ばしい臭いが鼻を突き抜ける。

 ジュウジュウという音が耳を楽しませてくれる。

 赤色が抜け落ち、白く焼き上がったら完成だ。


「さて、いただきます」


 そう言うと、オレは枝に括りつけた肉にかぶりついた。


「……思ったより淡泊な味だ」


 ちょっと期待外れだった。もっとジューシーな味かと思っていたが。塩でもかければもっと変わるのだろうか。


 だが、オレには塩を買う金は無い。日向が持っている金をコピーしているなんてこともなかった。アイツ、あの剣を拾った時は一文無しだったのか?

 そもそも、塩を買う金と施設があるなら、肉も水も手に入る。こんなサバイバルをする必要も無い。


「……だが、悪い気はしないな」


 口に入れた肉を頬張りながら、オレは呟いた。


 傷を治す能力もあってだが、オレは自力でこの大猪を倒し、その肉を手に入れた。そして、自分なりの方法を模索して、肉を調理し、馳走にありつくことができた。大変だが、とても楽しい。生きているという感じがする。


「こんな経験、日向の記憶には無いようだな。どうだ見たか。さっそくオリジナルを超えてやったぜ」


 満足げに微笑みながら、オレは空を見上げてみた。

 気が付けば、既に空は夕焼けに染まっていた。

 焚き木の燃える音と、川の水の流れる音が静かに響く。

 そうしていると、第二、第三の肉が焼きあがった。

 相変わらず淡泊な味だが、なぜか胸がいっぱいになる。



 ああ、生きるって、楽しいモンだな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 日影くんの生きたいという想いが強く伝わってきて色々と考えさせられました。 日向くんにしてみたら迷惑な話だけど、日影くんの気持ちにも共感できて。 ラストのセリフが切ないですね。 ちょっとしん…
2022/02/01 23:19 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ