外伝2話 影は炎に揺らめく
オレの周囲には、合わせて十頭の白い狼。
目の前にいる一匹に向かって、剣を振り下ろす。
「バウッ!」
避けられた。
振り下ろした剣の切っ先が、地面にめり込む。
それを見た先ほどの狼が飛びかかってくる。
だが。
「ギャンッ!?」
オレは地面にめり込んだ剣を、そのまま力任せに思いっきり振り上げた。
切っ先は地面を抉り、その真上にいた狼を切り裂いた。
打ち上げられた狼は、地面に墜落すると動かなくなった。
「バウッ!! バウッ!!」
「ガルルルルッ!!」
仲間がやられたのを見て、他の狼たちも一斉にこちらに襲い掛かってくる。
そこから先は、もう大混戦だ。飛びかかってくる狼を叩き落とし、蹴り飛ばし、回り込んでくるヤツは剣で払う。とにかく気圧されたら負けだ。何が何でも攻め続ける。
だが、数の有利というものは中々に凶悪で、それを覆せるほどの力を、オレは持っていない。
オレの一瞬の隙を突いて、一匹の狼がオレの足に噛みついてきた。
氷の牙がオレの足に突き立てられる。
貫くような痛みと冷たさに、足の痛覚が悲鳴を上げる。
そのまま、狼はオレの足を噛みちぎらんばかりの勢いで引っ張ってくる。
オレは思わず狼を振りほどこうと躍起になる。
それこそ狼たちの思うツボだとも知らずに。
足に食いついた狼に気を取られている隙に、残りの狼たちも一斉に飛びかかってきた。地面に押し倒され、腕を、脚を、腹を、首を、食いちぎられていく。
やってしまった。最悪のパターンだ。もう助からない。このまま狼たちに食い散らかされ、ぐちゃぐちゃの死体となるのだろう。いや、オレは全身真っ黒だから、死体とさえ認識されないのかもな。
全身を激痛が襲い、しかし頭は冷静に、そんなことを考えていた。
しかし、だ。
ここで死ぬのは構わない。
だが、お前たちに良いようにやられて殺されるのは腹が立つ。
だから、地獄まで付き合ってもらうぞ。
力を振り絞り、頭の方にいた狼に掴みかかり、剣を突き刺す。
「グ……ゥン……」
力無く吠えて、狼は絶命した。
次は右にいるヤツだ。倒れたままの姿勢で、剣を突き出す。
切っ先は狼の首を捉え、その命を断った。
さあ次は――――
「ガアアアッ!!」
背後から、狼が飛びかかり、オレの喉笛を噛み潰した。
力が抜けていく。
氷の牙が、残っていた体温を根こそぎ奪っていくかのようだ。
視界が暗くなっていく。
これで、今度こそ、終わっちまった――――
ふと、身体の底が、熱くなるのを感じた。
肉が、骨が、燃えるように熱い。
なんだ? 人間、死ぬときは身体が冷えるもんじゃないのか?
そんな考えをよそに、オレの身体はどんどん熱を帯びてくる。
熱い。熱すぎる。オレの意思に反して、身体はどんどん熱くなる。
それこそ、まるで火が噴き出して燃えているかのように。
真っ暗になった視界が、だんだん明るさを取り戻していく。
見ると、狼たちがオレの身体を貪っている。
コイツら、それが腹が立つって言ってるだろうが。
調子に乗るんじゃ………
「ねぇぞ!!!!」
力の限り、叫んだ。
それと同時に、オレの身体から凄まじい炎が上がり、周りにいた狼たちを吹っ飛ばした。
「ギャンッ!?」
「キャウンッ!!」
何匹かの狼は、オレが発した炎に巻き込まれ、絶命したようだ。
身体は、まだ燃えている。普通に熱い。だが、力が湧いてくる。
よく見ると、身体から噴き出した炎が傷を焼き、消し去っていく。
怪我を焼いて治すのか。便利な身体じゃないか。
オレはゆっくりと立ち上がり、残った狼たちを見据える。
残りは五匹か。今なら、負ける気がしねぇな。
「バウゥッ!!」
正面の一匹が、こちらに向かって飛びかかる。
「遅ぇよ!」
オレは剣を振りかぶり、思いっきり横に振り抜いた。
「ギャンッ!!」
まるでバッターに打ち返された野球のボールの如く、狼は吹っ飛び、その先の木に叩きつけられた。その間に、二匹の狼がこちらの後ろに回り込んでくる。
「させるかッ!」
オレは背後に向かって剣を薙ぎ払う。
剣は炎を上げ、その後ろの草木を焼き、炎の壁を作り出した。
「バウッ!? ワウッ!?」
「ガルルルルル……!」
炎に行く手を阻まれ、背後に回った狼たちは立ち往生する。
しかし、やはりこの剣、炎の力を持っていたか。
影は、身体から炎を噴き出す機能なんて持っていない。だから、先ほど身体が燃え上がった現象は、なぜかオレが実体化した時から持っているこの剣の力だと思った。それで、オレが燃えるなら剣も燃えるだろうと思ったが、ビンゴだ。
「バウッ!!」
正面の二匹が、こちらに襲い掛かってくる。
まずは一匹、こちらの喉笛に噛みついてくる。
オレは身体を屈めてそれを回避し、狼が頭上に来たタイミングで一気に立ち上がる。そのまま狼をオレの背後に投げ飛ばし、その先で燃え上がっている炎の海にぶち込んだ。
「ギャウッ!? キャウンッ! キャウンッ!!」
狼の悲鳴が聞こえる。あれはもう助かるまい。
もう一匹が、こちらの足元に向かって走ってくる。足に噛みつくつもりか。
「近寄るんじゃねぇッ!」
地面をこするように剣を振り上げ、迎え撃つ。
しかし狼はこれを横っ飛びで回避し、今度はオレの上体目掛けて飛びかかる。
「馬鹿が」
振り上げた剣は、背負うように構えたままだ。
ならば後は、飛びかかってきた狼に振り下ろすだけ。
「ギャウンッ!」
炎の刀身に叩き潰され、狼が燃え上がる。
これで残り二匹……!
背後を見れば、狼たちを隔てる炎の壁が弱まり、消えかかっている。だがそれでも狼たちは、こちらに飛びかかるのを躊躇し、近づけないでいる。
「そっちが来ねぇのなら、こっちから行くぞぉ!!」
炎を突っ切り、手前にいた狼に飛びかかり、剣を突き刺した。
深々と身体に剣を突き刺された狼は、断末魔の声すら上げず、燃え上がる。
その燃え上がる狼ごと剣を振り上げ――――
「コイツで、終わりだぁぁぁッ!!」
「ギャンッ!!」
もう一匹の狼に、燃える狼もろとも剣を叩きつけた。
叩き潰された最後の狼に炎が移り、燃え上がる。
これで、終わりだ。




