外伝1話 影が差す
あくまで外伝なので読まなくても本筋に影響が無いように組み立てていますが、もしよろしければ読んでいってくださいな。
つまるところ、日影をぽっと出の新キャラにしたくなかったのです。
これは、実体化した日下部日向の影、日影が生まれ、日向たちと出会うまでのお話。
彼は、この物語を誰に見せた訳でもない。
何らかの痕跡を残した訳でも、偉業を成し遂げた訳でもない。
きっと、この世が終わりを迎えても、誰にも知られることは無い、取るに足らない冒険譚。
しかしそれでも、確かに彼が自らの足で歩んだ軌跡である。
彼が刻んだ、儚い足跡である。
◆ ◆ ◆
――ん? 何だ? 何があった?
オレは、影。
日下部日向の影。
影とは、ただの自然現象だ。光が遮られた痕跡だ。
それ以上でもそれ以下でもない。
だが、なぜ影であるオレが、こうやって人並みに思考している?
手元には、見覚えのない大ぶりの剣。
何だ? オレに一体何があった?
……目の前に誰かいる。アイツは……
「な…何だこいつ……?」
――日向だ。
日向が、影を見ている。
それで何となく察しがついた。
影は、実体化したのだ。
オレは今、日向の影ではなく、一人の人間としてこの世に生を受けたのだ。
しかし、目の前の日向を見ていると、なぜか無性にムカついてきた。
いや違う。『なぜか』というのは誤りだ。理由はハッキリしている。
オレは自分が嫌いだ。日下部日向である自分自身が嫌いだ。だからムカつく。
そんなことを考えていると、さらにムカついてきた。
……よっしゃ、殺すか。
どうせこんな奴、生かしておいても世のためにならねぇしな。
日向は自分が嫌いだが、自殺するような勇気は無い。
だがオレは、お前であってお前じゃない。
そんなに自分が嫌いなら、お望み通り殺してやる。
お前に代わって、このオレが。
そう思い、剣を思いっきり振り下ろす。
「う、うわわわっ!?」
だが日向の奴は、生意気にも剣でオレの攻撃を受け止めやがった。
「こ、このっ! 何するんだ!」
日向が剣を振るってくる。しかし。
「お、重い……!」
自身の剣の重さに負け、放たれた剣閃はフラフラとした情けないものだった。これ見よがしに余裕を持って避けてやる。
「くそ、舐めるな!」
今度はしっかり振りかぶって斬りかかってくる。
それに向かって、オレも同じく剣を振り下ろす。
ガギンと、お互いの剣が音を立てて衝突する。
そのまま思いっきり身体を押し込むが、ビクともしない。
筋力に関しては、お互い全くの互角か。
まぁ、あっちもオレだから当たり前なのだが。
「力は互角か……。だったら技で……!」
そう言って日向が後ろに下がる。
しかしあれだな。なんでわざわざ口に出すかね、そういうことを。
言葉が伝わっていないと思ってるのかね。バッチリ伝わってんぞ。
とにかくオレは、後ろに下がった日向を追撃すべく、駆け出す。
剣を真っ直ぐ構えながら、日向に迫る。
日向もまた、剣を真っ直ぐ構え、何やらブツブツ言いながらこちらを見据える。
さきほど技が何とかと言っていたが、オレの攻撃に合わせて突きでも繰り出してくるつもりだろうか。まったく、甘いぜ。その突きを横に避けて、空いた腹をすれ違いざまにぶった切って決着だ。
日向の間合いまで、残り三歩。二歩。一歩。今だ。
まずは軽く剣を振り上げる素振りを見せ、突きを誘発させる。
その次のタイミングで横に跳び、剣を横一文字に構え、切り裂く。
……そのはずが、なぜかアイツは剣を横に構え、こちらが跳んだ方向と同じ方向に飛び込んできた!
「ウッソだろ!?」
そりゃこっちのセリフだクソったれが!
お互いの身体を衝突させるように、構えていた剣をぶつける。
金属音が鳴り響き、再びオレたちは距離を取った。
「こ、こいつ……。さっきから俺の動きに合わせてばっかり……」
それもこっちのセリフだスカタンが!
どうやらお互い、すれ違いざまにぶった切ってやろうとしていたらしい。
日向と思考パターンが被るとか、何たる屈辱……。
と、何やら急に日向がこちらをジロジロと見つめ始めた。
しばらくこちらを全体的に眺めた後、疑問に満ちた表情でこう言った。
「……まさかこいつ、俺の影なのか?」
いま気づいたのかよ。それ以外に何があるんだよ。
そう言ってやりたかったが、あいにく、今のオレは言葉を話すことができないらしい。
すると突然、後ろの茂みがガサガサと揺れる音がした。
そして出てきたのは、五頭の白い狼だ。
こちらを見るや否や、牙を剥き出しにして威嚇してきている。
なんだコイツらは。この山にこんな奴らはいなかったはずだ。
オマケに、牙と爪が氷で覆われてやがる。何だコレ化け物か?
オレがいないところで日向を襲ったのならば、それで構わなかった。
だがオレたちがやり合うならば、一対一で決着を付けたいんだよ。
やるからには真正面から、全力でやり合わないとオレが納得いかねぇ。
ここに居合わせたのは運が悪かったな狼ども。だが、邪魔しないでもらおうか。
先頭の狼目掛けて、剣を振り下ろす。
「ギャウン!?」
悲鳴を上げて、先頭の狼は絶命した。
「ガルルルッ!」
「バウ!! バウ!!」
残り四頭の狼が、一斉にこちら目掛けて襲い掛かってくる。
それらを切り払い、拳で突き飛ばす。
狼たちに囲まれないよう、距離を離していく。
気が付けば、日向のいる場所から離れてしまっていた。
四匹の狼たちは、なおもしつこくオレを追って、飛びかかってくる。
まぁそりゃそうだ。先に威嚇してきたのはそちらだが、先に仕掛けたのはこちらだからな。
そんなことを考えながら狼たちを迎撃していると、狼たちの動きがピタリと止まった。さっきまであれだけこちらに攻撃してきていたのに、何を考えてるんだ?
その時、周りの茂みがガサガサと揺れる。
そして出てきたのは、多数の白い狼。その数六頭。
これで狼たちの数は、合わせて十頭。
……あぁ、なるほど。うまく立ち回っていたつもりだったが、誘い込まれてたのか、オレは。この世に生を受けてはや数分。さっそく命のピンチに陥ってしまったか。
「グルルルル……」
「バウッ! バウッ!」
狼どもはオレを囲み、牙を剥いたり、吠えたてたりしている。
勝ち誇っているつもりか、コイツらは。
だが、こちらも諦めるつもりは毛頭無い。
剣を構えなおし、狼たちを睨みつける。
教えてやるよ、クソ犬どもが。
人間は、追い詰められてからが怖ぇんだ。
それは影だろうと変わらないってことを、その身に刻んでやる。文字通りな!




