第66話 その剣の名は
ブラックマウントとの戦い、そして星の巫女との問答を終えた日向たちは、峨眉山の中腹に戻ってきていた。
周りではマモノ討伐チームの人たちが撤収の準備をしている。
しばらくしたら日向たちもヘリで空港まで送ってもらい、今日の夜、日本に帰る予定である。
日向たちを護衛してくれていた実働部隊の人たちは皆、あのゼムリアいう大狼にやられてしまった。しかし全員、一命は取り留めており、一か月も休めば問題なく復帰できるとのことだ。
日向たちは狭山に、星の巫女とのやり取りについて報告した。
あれだけの情報量、ちゃんと伝えられるか心配だったが、本堂が星の巫女との会話をスマホでこっそり録音していた。こういう時に機転が利くのは、さすが英才といったところか。
ちなみに道中で本堂の全身放電を受けて、なぜ彼のスマホは無事だったのかというと、スマホのカバーがちゃっかりゴム製だったのだ。
撤収作業が行われている端で、日向は近くの木に背中を預け、腰かけていた。
傍らには例の剣を地面に刺している。
「この剣が、『星の牙』ね……」
この剣は、炎を宿し、身体の傷を焼き尽くし、呼べば手元に現れ、影を勝手に切り離す。
思えば、この星の『星の牙』はどれもこれも凄まじい力を持っていた。尋常ではないほどの生命力を持ち、天候や災害をも操ってみせた。それらと比較した場合、この剣も『星の牙』として申し分ない能力を持っていると言えるだろう。
(とは言え、こちらにダメージを与える機能が多すぎだろ。確かに、”再生の炎”にはよく助けられている。けど、傷を焼いてくるのはマジでつらい。オマケにあと一年ほどで日影を倒さないと消えちゃうんだよ? 俺。この剣は俺に何か恨みでもあるのか)
そんなことを考え、悩んでいると……。
「日向。何してるんだ?」
そう言って声をかけてきたのは、本堂だ。
「ああ、本堂さん。見てのとおり、休んでるんですよ。本堂さんは何を?」
「俺も今は暇を持て余しているところだ。さっきまでは狭山さんに、星の巫女について質問攻めを喰らっていたんだがね」
そう言って本堂さんは、日向がもたれかかる木の横側に背中を預ける。構図としては、木の正面に日向が座っていて、本堂がその右後ろで立っている。
北園の治癒能力のおかげで、マグマに焼かれた足はすっかり治っているようだ。
「……今さらだが、俺たち、大変なことに巻き込まれたな」
「ははは……なんか、スミマセン」
「別にお前は悪くないさ。むしろ俺が、好きでお前たちに協力してるんだからな。……それと、一つ、話しておきたいことがあった」
本堂が、真剣な面持ちで続ける。
「もうすぐセンター試験だ。その次が二次試験。この日のために、俺は一年間勉強してきた」
「そっか、もうすぐでしたね、センター試験」
「ああ。それで相談なんだが、受験が終わるまではマモノ退治から外れていいか? 受かる自信はもちろんあるが、それでも念には念を入れたいんだ」
本堂の頼みはもっともだ。
彼らは皆、マモノと戦う戦士である以前に、一人の学生なのだから。
本堂は学生というか、浪人生だが。
「もちろん、大丈夫ですよ。……たぶん、北園さんも同じことを言うと思います」
「そうか? 俺たちを中国まで引っ張りまわしたような子だぞ? 『受験もマモノ退治も頑張ってください!』と言ってきてもおかしくなさそうだがな?」
「うーん、言いかねない。北園さんなら言いかねない」
本堂の言葉に、日向は思わず呆れたような表情を見せてしまう。
「けど、その時くらいは俺が食い止めて見せますよ。本堂さんは、この時のために一年間頑張って来たんでしょう? その努力を台無しにはできませんよ」
「……そうだな。ありがとう、日向」
日向を見下ろしながら、しかし真っ直ぐと、本堂が礼を言ってきた。
(やっぱり、こう真っ直ぐ他人からお礼を言われるのは、なんかこそばゆいなぁ。……けど、悪い気持ちはしないかな)
「では、俺は先にヘリに戻る。中で勉強でもしておくかな」
そう言って本堂は去っていった。
日向は、再び一人になる。
「……あ、ヒューガ!」
すると今度はシャオランがこちらへやってきた。
やってくるなり、日向の正面に座る。
「シャオラン、お疲れ。怪我とかはもう大丈夫?」
「まぁ、大丈夫だよ、一応……」
「一応って」
「体の傷は治っても、心の傷は消えないの! ブラックマウントの身体、本当に熱かったんだからね!」
シャオランは、素手でブラックマウントを攻撃してきた。
その際、ブラックマウントの高い体熱によって火傷を受けていたが、既に北園から治癒能力を受けているようだ。
「そういえば聞きそびれていたけど、シャオランの日本行きについて、両親は何て言ってた?」
「誠に残念だけど、オーケーだって……」
「何が残念なものかい。歓迎するよ。盛大にな」
「はぁぁぁぁぁ……。『痛い目に合わないように、怖い目に合わないように』と思って武道を始めたのに、そのせいでマモノとの戦いなんかに巻き込まれるなんて……今ほど武道を習い始めて後悔した日はないよ……」
「まぁ確かに『あなたはいずれ世界を救う、という夢を見たので日本に来て化け物と戦ってください』とか、傍から聞いたら理不尽以外の何物でもないよなぁ……」
「まったくだよ……。けど、それを乗り越えたら、ボクも臆病な性格を治せるかもしれない。それに、ヒューガにもお世話になったし、その恩返しもしないといけないし……」
「シャオランって、やっぱりいい奴だなぁ」
「自分を誤魔化してるだけだよ。そうでもしないと、心不全で死にそうだよぉ……」
「ははは……」
すると討伐チームの隊員の一人がシャオランを呼ぶ。
あの隊員は、シャオランを町まで送ってくれる役目の人だ。
「ああ、そろそろ時間かぁ。じゃあヒューガ、またニホンでね」
「うん。待ってるよ、シャオラン」
「……ニホンに行く時は、やっぱり飛行機なんだろうなぁ。また空飛ぶ乗り物酔いするんだろうなぁ。もうやだぁ……」
げんなりした様子で、シャオランは去っていった。
再び、一人の時間がやってくる。
「あ、日向くん発見!」
今度は北園がやって来た。
こちらを見つけるなり、日向の隣にちょこんと座る。
「北園さん。もうお手伝いは終わったの?」
念動力が使える北園は、討伐チームの撤収作業に大いに重宝されていた。車一台持ち上げる力が出せるというのだから、大抵の物資は軽々と運べる。さっきまで彼女は、その手伝いをしていたはずだが。
「うん。もうあらかた終わったよ。後は自分たちでやるからゆっくりしてくれって、チームの皆さんが」
「そっか、お疲れ様」
「うん! ありがと!」
笑顔で応える北園。
しかし、唐突に真剣な顔になって、日向に向き直る。
「ねぇ、日向くん」
「ん? なに?」
「……どう思う?」
「え? 何が?」
「あの子。星の巫女ちゃん。……あの子が、私たちの倒すべき敵、なのかなって……」
北園の予知夢、その最後の登場人物。
五人と対峙する『何者か』。
その力で、思うがままに嵐を呼び、大地を割ってみせたという。
「……現状、あの子しかいないよなぁ。あの子は星の力の完全適合者だ。あの子の言うことを信じるなら、彼女は嵐だって操れるし、大地だって簡単に割ってみせると思う」
「……そうだよね。きっと、あの子だよね……」
北園の顔色が優れない。
星の巫女と戦いたくないのだろうか。
(……正直に言って、俺もゴメンだ。幼い女の子を傷つけたくないというのもある……けど、やっぱり一番の理由は……)
日向は、ため息交じりに空を見上げ、呟く。
「……どうやって勝てば良いんだろうなぁ、あんな化け物……」
「あはは……そこだよね……」
ガトリングガンの弾丸を止め、ミサイルを雷で迎撃し、地面から無数の巨大な火柱を噴出させたあの力。反則もいいところである。人間がどうにかできる相手ではない。オマケに、普段はこの世界とは別の次元にいるという。戦う以前の問題だ。
「……けど」
北園が口を開く。
「けど、予知夢では、私たちがこの星を守るって言ってた。だから、きっとこれからも頑張っていれば、何とかなるんだと思う。だから、私は諦めないよ。きっとこの星を守ってみせる」
「北園さん……」
……その時、日向は一瞬、北園の言葉に何か違和感を覚えた。
しかし、日向の頭は既に、今日起こった他の出来事でいっぱいいっぱいだった。その違和感にこの場で気づくことは、彼にはできなかった。
「だから、日向くんも一緒に頑張ってもらうからね!」
「そう来ると思ってました。頑張ってみるよ。とことん信じるって決めたからね」
「……うん!」
北園は、満面の笑顔で頷いた。
「じゃ、私も先に、ヘリで休んでおくね。なんかもう、瞼が重いよ」
「分かった。……頼むから良い夢を見てくれよ? 『今度はエジプトに行く夢を見ました!』とか、無しだよ?」
「あはは……善処しまーす」
苦笑いしながら、北園は去っていった。
また、ポツンと一人、残された。
すると、こちらに向かって歩いて来る影が一人。
「おう」
「……よう」
日影だ。
日影は日向の側を通り過ぎて、木の反対側に腰かけた。
西日が眩しい。つまり、日影が日陰側だ。
ややこしい。
「オレはしばらく狭山の世話になるぜ。お前と瓜二つのこの姿で、お前の家に行けば、お前の親がビビっちまうだろうからな」
「そ、そうだな……そうしてもらおうかな……」
日向の母の前に日影を連れてきて「コイツを一年以内に殺さないと俺が死んじゃうんだ」とか言った日には、それはもう大混乱が起こるに違いない。
日向の返答に軽く苦笑すると、日影は話を続ける。
「……オレはきっと、あの星の巫女を倒して、この『マモノ災害』とやらを終わらせるために生まれたんだろうな」
「お前は、戦うために生まれたっていうのか?」
「ああ、きっと。この星にマモノが現れたから、この剣が降ってきて、お前が拾って、オレが生まれた、とオレは思ってる。この星に平和を取り戻すのが、オレの使命なんだろうさ。……日向。オレは強くなる。アイツを、星の巫女を倒すために。そんで全てが終わったら、お前との決着だ」
「…………。」
日向は、他に方法は無いのか、と思ってしまった。
日影と戦わず、二人そろって生き残る方法。
星の巫女と戦わず、何とかして和解する方法。
戦わずに済むなら、それが良い。
傷つかないなら、それが良い。
平和に解決できるなら、それが良いに決まってる。
(けど、そう言ったところで日影は聞かないんだろうな。アイツ、一度これだと決めたら弾丸みたいに突っ走るタイプと見た)
「ま、そういうワケだから、お前も精進しろよ? モタモタしてっと、オレがお前の存在を奪っちまうからな」
「……ああ」
「……じゃ、オレは行くぜ」
そう言い残すと、日影は去っていった。
「……精進したところで、なぁ……」
日向は一人、夕焼けに染まる空を見上げながら、呟いた。
「やぁ、日向くん。お疲れ様」
「あ、狭山さん。お疲れ様です」
最後に声をかけてきたのは、狭山だ。
日向は、座ったままだと失礼か、と思い、立ち上がろうとするが……。
「ああ、いいよいいよ。楽な姿勢でいてくれ。戦いと山道ハイキングで疲れただろう?」
「ま、まぁ。じゃあお言葉に甘えて」
狭山に促され、再び木陰に座った。
狭山は日向の目の前に立ちながら、話を続ける。
「今日はありがとう。君たちのおかげで、事態は大きく前進した。自分たちが一年かかって出来なかった『マモノ災害』の原因究明が、ついに今日、達成されたんだよ」
「俺たちのおかげなんて、そんな。きっと他の誰かでも……」
「いいや、君たちのおかげだとも」
そう言って、狭山は続ける。
「北園さんの予知夢の意味は、きっとこれだったんだ。君たちの力でブラックマウントを討伐できたから、あの子が、星の巫女が姿を現した、と自分は思ってる。だから胸を張りなさい、日向くん。これは間違いなく君の、そして君たちの功績だ」
何の臆面も迷いもなく、真っ直ぐ日向を見つめ、そう言った。
彼には、他人をとことん信頼させる何かがある。
それはただの「優しさ」とも「誠実」とも違う。
言葉では説明しにくい何かが。
「……ところで、君のその剣、何か名前はあるのかい?」
唐突に、狭山が日向の剣を指差し、そう言った。
「へ? これ? いや、今のところ特には……」
日向も何度か、この剣に名前をつけようと考えたこともあった。しかし、この剣に元々の名前があるなら、その名で呼びたいとも思っていた。だから後回しにしていたが、そろそろ何か名前をつけないと不便かもしれない。
「自分ね、モノに名前を付けるのが大好きで、新種のマモノの名前とか、よく自分がつけてるんだよ。今日、討伐チームの皆さんが戦った大蛇のマモノも新種でね。どんな名前をつけようかと考えていたところなんだ」
「へぇー……。じゃあ今日見た、トウテツとかヨツデザルとか、バレットバードも?」
「自分が付けたよ。もう十か月くらい前かな」
「そうだったんですか……。なんか、ネーミングが独特というか……ゲームのモンスターっぽい気もするというか……」
「ああ、よく言われるよ。自分はあまりテレビゲームとかはしなかったんだけどね。たまたまセンスが被ったんだろうね」
苦笑する狭山。そして話を続ける。
「話を戻すけど、その剣について、自分なりに一つ、名前を考えてみたんだ」
「この剣の名前ですか……。どんなものを考えたんでしょう? 狭山さんのネーミングセンスが今、試される……!」
「ははは、まぁこれはけっこう自信があるんだ。どっしり構えて聞いてほしい」
そう言って、狭山は話を続ける。
「星の巫女の言うことには、その剣はこの星に穿たれた、もう一本の『星の牙』。太陽の力を宿した剣。地球の『星の牙』を喰らうもの。だから、その剣の名前は『太陽の牙』。」
「太陽の……牙……」
不思議と、すごくしっくりときた。
まるで、それこそがこの剣の、本当の名前であるかのような。
「……良いですね。それでいきましょう」
「お、本当かい! いやぁ嬉しいなぁ。ダサいとか言われたらどうしようかと」
「いや、思ってても口に出すほど薄情にはなれませんって」
「そっかそっか。……あれ? でもそれって、ダサいって部分は否定してなくない?」
「い、いや! ダサいなんて思ってないですから! ホントですよ!?」
慌てて言い繕う日向。
そうこうしているうちに出発の時間がやってきて、日向たちは峨眉山を後にした。
これにて予知夢の登場人物、運命に選ばれた者たちは出揃った。
歯車はいよいよ動き始める。
巻き戻しは、もう利かない。




