第63話 ブラックマウント、決着
「はぁぁぁぁぁ!!」
日向が狙うはブラックマウントの左脚と首の後ろの間。
要は左肩、なのだろうか。そこ目掛けて剣を振り下ろす。
刃は甲殻を切り裂き、鮮血を噴き出させる。
その逆、右肩では日影が暴れまわっている。
めったやたらに剣を振り回し、ブラックマウントを斬りつけているようだ。
「おるぁぁぁッ!!」
切り裂かれた甲殻に、今度はシャオランが攻撃を仕掛ける。
震脚を踏み、両腕を前後に突き出すように掌底を叩き込む。
「……はぁッ!!」
ズン、とブラックマウントの身体に衝撃が伝わったのを感じた。
「ガアアアアアアッ!!」
ブラックマウントは、まとわりつく三人を振り払うべく、脚で踏み潰そうとし、牙で噛みつこうとする。
しかし、それらの攻撃は三人には届かない。三人の立ち位置、ブラックマウントの肩周辺は、踏みつけも牙もギリギリ届かない絶妙なポイントだ。ガンガン攻撃を浴びせることができる。
ブラックマウントも後退し、三人を肩周辺から引きはがそうとするが、そうしたら三人もブラックマウントを追いかけ、再び肩周辺に張り付く。
「ガアアアアアアアアッ!!」
ついにしびれを切らしたのか、ブラックマウントが上体を持ち上げる。押し潰し攻撃だ。その攻撃こそ、肩周辺にまとわりつく相手に最も有効な攻撃であり、三人が待ち望んでいた攻撃だった。
「来た! シャオラン、離れろ!」
「わ、分かってるよぉー!」
日向とシャオランはブラックマウントから距離を取る。
そして手はず通り、日影はブラックマウントの懐に潜り込む。
「……おぉぉぉぉぉッ!!」
日影が叫ぶ。すると、彼の持つ剣から炎が噴き出す。
それでブラックマウントの腹を焼き貫くつもりだ。
「さぁて、来いよカメ野郎。ぶち抜いてやるぜ」
「ゴオオオオオオオオッ!!」
燃え盛る剣を構える日影。覆いかぶさるブラックマウント。
そして、黒い巨体が勢い良く倒れ込み、大地を揺るがす震動が走った。
「うっ……!」
「うひゃあっ……!?」
足元にビリビリと伝わった衝撃と、舞い上がる砂ぼこりで、日向とシャオランは怯んでしまう。ブラックマウントは、日影はどうなったのか……。
「……ガアアアアアアアアアアッ!? ガアアッ、ガアアアアアアッ!?」
ブラックマウントの苦しむ声が聞こえる。
日影の捨て身の一撃は効いているようだ。
だが、まだ息はある。
日影に頼まれた通り、ブラックマウントにトドメを刺さなければならない。
「シャオラン! 行こう!」
「こ、ここまで来たら、もう決着を付ける方が早いかな……! 覚悟完了、よし行くぞ……!」
日向とシャオランはブラックマウント目掛けて走り出す。
この勝負を決めるために。
「ゴオオオオオオオッ!!」
ブラックマウントが二人に向かって顎を開く。ブレスだ。
「……ふッ!!」
そのブラックマウントの顎下に潜り込み、シャオランが震脚を踏む。
ズシンという震動音が鳴り響き、足元の岩盤に亀裂が入る。
「……はぁぁぁぁッ!!」
そして繰り出したのは裡門頂肘。
肘はブラックマウントの顎をかち上げ、その巨大な頭を跳ね上げた。
「ゴ………ッ!?」
ブレスを吐くために開いていたブラックマウントの顎が、強制的にバグンと閉じられる。瞬間、ブラックマウントの口元で大爆発が起こった。ブレスの暴発だ。
「ゴアアアアアアアッ!?」
絶叫し、がくんとブラックマウントの頭が項垂れる。
脳震盪を起こしたのだろうか、脚に力が入らないようだ。
「ヒューガ!」
シャオランが日向を呼んでいる。
見れば、ブラックマウントの顔面の側で、バレーボールのレシーブのように拳を構え、こちらを見ている。
それを見て、その意図を察し、日向は思わず固まってしまう。
「……そのポーズは、まさか、飛び乗れと?」
「そうだよ!」
「その握りこぶしを踏み台にして、ブラックマウントの頭の上に乗れと?」
「そ、そうだよ!」
「いやいやシャオラン、俺の運動神経のひどさ、もう知ってるでしょ? 例えば一般人の運動神経の太さがきゅうりくらいだとするよ? その場合、俺なんかそうめんだよ? 束じゃなくて一本分の。そんなハリウッドスターみたいなマネ、俺が出来るワケ……」
「ひ、ヒューガ! 早く! ブラックマウントが起きちゃう!」
「……ええいもう! やってやらぁ!」
日向はシャオランに向かって走り出す。
近づき、シャオランの拳に向かってジャンプし、飛び乗る。
(……足が拳に乗った。踏み込み、一気に飛び上がる!)
「いっけぇぇぇぇぇ!!」
「うおわあああああ!?」
シャオランが、思いっきり腕を振り上げ、日向を打ち上げる。それに合わせて、日向もシャオランの手の上で跳躍する。
ハッキリ言って、日向の跳躍のタイミングは全く合っていなかったが、それでもシャオランの常人離れした怪力が、無理やり日向を打ち上げてしまった。
ブラックマウントの頭より高く打ち上げられた日向。
眼下には、ちょうどブラックマウントの脳天が見える。
「コイツがどれだけ大きなマモノでも、心臓が止まれば死ぬ。脳が破壊されれば息絶える。派手に真っ二つにする必要は無い。急所を剣で貫けば終わる……!」
ブラックマウントの脳天を見下ろしながら、日向は剣の刀身に火が灯るようイメージする。すると剣は日向の望み通り、その刀身に紅蓮の炎を纏わせた。
そして……。
「これで、終わりだぁぁぁぁぁ!!!」
日向はブラックマウントの脳天目掛けて、思いっきり剣を突き刺し、レバーを引き倒すように深く抉った。
「ガアアアアアアアアアアッ!?」
ブラックマウントが絶叫し、その頭を思いっきり振り回す。
「うわぁっ!?」
その拍子に、日向は頭から振り落とされ、地面に叩きつけられた。
”再生の炎”が身体を焼くが、気にならない。
それより問題はブラックマウントだ。
日向は、攻撃の結果を確認するため、急いで顔を上げた。
「ガアアアアアアアアアア……ッ」
それが断末魔となり、ブラックマウントはついに倒れた。
後に残るは、戦いの終わりを告げる静寂のみ。
「……お、終わったぁぁぁぁぁぁ……」
ようやく勝利を実感し、シャオランが座り込んでしまった。
「日向くん! お疲れ様!」
「何とか、勝てたか」
皆の喜ぶ声が聞こえる。
走り寄ってきた北園の手を借りて、日向は何とか立ち上がる。
「みんな、お疲れ様。けど、とりあえずまずは日影を助け出そう。何とかしてブラックマウントをどかさないと―――――」
その時、日向は目の前に不思議な存在を見つけた。
女の子だ。
こんなところに小さな女の子がいる。
深緑色のローブに、大きな杖。青と緑のオッドアイ。
肩にはキレイな赤色の鳥。
「あの子は、いったい……?」
その少女は、ブラックマウントの亡骸に近づき、小さな手の平で触れる。
「……お疲れ様。どうか、安らかに……」
その子がそう呟くと、ブラックマウントの身体から、何やらエネルギーのようなものが出てきて、その女の子に吸い込まれていく。
そして、ブラックマウントの甲殻が、肉が、みるみるうちに溶け出して、最後にはとうとう骨だけになってしまった。
「……んあ? なんだこれ? オレ、助かったのか?」
もはや骨だけとなってしまったブラックマウントの腹下で、日影が身体を燃やしながら起き上がる。しかし、日向たちは日影の無事を喜んでいる場合ではなかった。
「き……君は一体……? 今、ブラックマウントに何をしたんだ……?」
日向は、恐る恐る聞いてみる。
するとその子は、真っ直ぐ日向を見据えて、答えた。
「私は『星の巫女』。この星の力を預かり、『この子たち』の怒りをあなたたちに伝える者です」




