第59話 ブラックマウント
「ゴアアアアアアアアアアッ!!」
ブラックマウントが吠える。
その咆哮をものともせず、日影と本堂が正面から切り込む。
「まずは一撃!」
そう言って、日影が斬りかかる。
狙いはブラックマウントの顔だ。
「ゴアアアアッ!」
斬りかかる日影に向かって、ブラックマウントは噛みつきにかかった。
「うおっと!?」
すんでのところでそれを避ける日影。
その隙に……。
「ふんっ!」
本堂が、ブラックマウントの左脚にナイフを突き立てる。
しかし、ガギンと音を立てて、ナイフは弾かれてしまった。
「く……堅いな」
たじろぐ本堂に向かって、ブラックマウントが左脚を持ち上げる。本堂を踏み潰す気だ。
「ゴオオッ!!」
「当たらんよ」
本堂は素早く離脱し、落ちて来た左脚を避ける。
「もらったぜッ!」
本堂に気を取られている隙に、改めて日影がブラックマウントに斬りかかる。
「グオオオッ!?」
剣は、ブラックマウントの甲殻を難なく切り裂いた。
日向たちの剣は、問題なく通用するようだ。
「い、今のうちに……はぁッ!!」
ブラックマウントが怯んでいる隙に、シャオランが拳を叩き込んだ。
狙いはブラックマウントの左脚。
既に身体は地の気質で満たしている。破壊力は十分。
シャオランの拳はブラックマウントの甲殻を打ち砕いた。
「あっつぁ!?」
しかし、シャオランは叩き込んだ拳を引っ込め、距離を取る。
見れば、拳が赤く腫れあがっている。火傷だ。
どうやら、ブラックマウントの体温は相当高いらしい。
「も、もうやだ! もう攻撃しないぞボクは!」
「じゃあ次は私! 氷弾、行くよー!」
北園が右手を構え、その右手首を左手で掴む。
右手で冷気を、左手で念動力を制御する形だ。
北園の右手に氷塊が生成され、それが物凄いスピードで撃ち出された。
「ゴアアッ!?」
氷弾は見事、ブラックマウントの顔面に命中する。
続けて二発目、三発目、四発目、五発目。
的が大きい分、面白いように命中する。
しかしブラックマウントは動きを止めない。
煩わしそうに頭を振るだけだ。
「ううん……やっぱりこの程度じゃ効かないか……!」
北園は悔しそうに呟きながら、それでも氷弾を撃ち込み続ける。
だがやはりブラックマウントは氷弾を意に介さず、足元にいる本堂やシャオラン、日影に攻撃を繰り出す。
「むっ!」
「あっぶね!?」
本堂と日影が、踏みつけてきた右足を避ける。
「うおおおおおお!!」
そこに日向が斬りかかる。
(狙いは、たった今本堂さんたちを狙った右足。そこに思いっきり剣を突き立ててやる……!)
……だがその時、不意にブラックマウントの右足が目の前から消えた。
「あれ? どこ行った?」
「日向! 上だ!」
「んあ? 上田?」
上田って誰?
それを確かめるため、上を見上げる。
その瞬間、何かが日向の頭に叩きつけられ、目の前が真っ暗になった。
「なんてこった、日向が死んだぞ」
「ほっとけ! どうせすぐに蘇る!」
日向は、ブラックマウントの右足に潰された。
日向が剣を刺そうとしたところでブラックマウントが足を持ち上げ、日向はそのまま足の下へ。そして踏みつけられ……。傍から見れば、実に見事なカウンターだった。
そんな日向をよそに、日影はブラックマウントに剣で斬りかかる。
顔の周囲は危険だ。牙はもちろん、あの堅い頭を振り回されるだけでも十分脅威だ。よって、前足、後ろ足、胴体、尻尾、背中。とにかく目についた場所を斬りつけまくる。
「ゴアアアアアッ!!」
ブラックマウントが、煩わしそうに声を上げる。致命傷を与えるに至ってはいないが、日影の剣はしっかり効いているらしい。ブラックマウントはすっかり、日影に気を取られている。その隙に……。
「はぁぁぁぁぁ……」
ブラックマウントの正面で北園が両手を合わせ、その中心に冷気を集中させる。
「やぁぁぁぁぁ!」
そして、掛け声とともに、それを撃ち出した。
冷気は吹雪のように、ブラックマウントに襲い掛かる。
「ゴオオオオオ……!?」
猛烈な冷気を受けたブラックマウントの顔面から蒸気が立ち昇る。
ヤツの高い体温と、冷気の低温がぶつかり合った結果だろう。
そこにシャオランが駆け付け、ブラックマウントの顔面下に潜り込む。
「これなら熱くなさそう……はぁッ!!」
そして震脚を踏み、拳を振り上げる。
拳はブラックマウントの凍り付いた顎に命中し、その大岩のような頭が跳ね上がった。凄絶な殴打音が響き渡る。
「ガアアアアッ!?」
ブラックマウントは体勢を崩し、倒れ込んだ。
急激に冷やされた甲殻は随分と脆くなり、シャオランの拳で大きく砕けている。
シャオランはその隙を逃さない。
「せいッ!! やッ!! はぁッ!!」
右の掌底、左の振り下ろし、そして鉄山靠。
流麗で、しかし強烈な連撃をブラックマウントの顔面に叩き込む。
その一撃一撃が、ブラックマウントの岩のような甲殻を打ち壊す。
まさしく、デタラメな破壊力である。
「くぅ……やっぱりまだ熱いじゃないか……!」
しかし、一撃打ち込むごとに、シャオランが苦悶の声を上げる。
無理もない。ブラックマウントは、近くにいるだけでも熱気が伝わるほど体温が高い。それを素手で攻撃しているのだ。当然、代償は高くつく。
「……はぁぁぁぁッ!!」
だが、それでもシャオランは攻撃の手を緩めない。
ここまで来てしまったら、もう後は攻めまくるしかない。
再び肘を、膝を、肩を叩きつけ、ブラックマウントを破壊していく。
(臆病な奴だと思ってたら、このパワー……! これは、オレも負けていられないな!)
シャオランの戦いぶりを見た日影も、感化されて攻撃を仕掛ける。
「おるぁぁッ!!」
掛け声と共に、日影はブラックマウントの首に剣を振り下ろす。
「ゴアアアアアッ!?」
さすがのブラックマウントと言えども、関節の役割を持つ首は甲殻でガチガチに固めるワケにはいかなかったらしい。剣は何の抵抗もなくその首を切り裂き、鮮血が噴き出した。
その隙に北園が再び冷気を浴びせ、本堂も甲殻が砕けた箇所にナイフを突き立て電撃を浴びせた。
ちなみに、日向は四人が戦っている傍でチリチリと燃えている。
程なく復活するだろう。
このままいけば、あるいは討伐までいけるのではないか。
日影がそう思った矢先に、ブラックマウントが動いた。
「ゴアアアアアアアアッ!!」
「くっ!?」
「うわぁぁぁぁぁっ!? 逃げろおおおおお!?」
ブラックマウントは起き上がり、目の前にいた日影とシャオランに向かって、その頭を叩きつけてきた。さっきまで二人がいた場所に落石のような一撃が落とされる。
そしてすぐに、ブラックマウントは正面で冷気を集中させている北園を見据える。
「ゴオオオオオオ……」
「え? 何……?」
ブラックマウントは、北園に向かって顎を開く。
口からは炎が溢れ、喉の奥の光がどんどん強くなっていく。
「もしかして、火でも吐くのかな……! よーし、負けないぞー!」
「駄目だ、北園さん! バリアーっ!!」
その時、日向の声が、辺りにこだました。




