第58話 火山を背負う亀
ダダダダダッ。
ダダダダダッ。
銃声が森林に鳴り響く。
次いで、巨大な蛇のマモノが身体を震わせて地に倒れた。
日向たちがマモノと戦っている頃。
彼ら、中国のマモノ討伐チームもちょうど、対峙していたマモノを倒したところだ。
「マモノの死亡を確認」
「よし。リロードしておけ。周囲を警戒しろ」
チームの隊長が、隊員に指示を飛ばす。
その時、別の隊員が声を上げる。
「隊長! 上に!」
「む! バレットバードか!」
見上げると、スズメほどの小さな鳥が無数に飛び回っている。
その嘴は針のように鋭くとがっており、あれで突かれれば無事では済まないということは想像に易い。
あれこそがバレットバード。
一行がブラックマウントの根城まで徒歩で行かざるを得なくなった要因である。
「バレットバード、戦闘態勢です!」
「よし、副装のショットガンの出番だ! しっかり引き付けてぶっ放してやれ!」
バレットバードの群れが一直線に急降下し、討伐チームに襲い掛かる。その速度と嘴で、獲物をぶち抜くつもりだ。
飛来する群れに向かって、討伐チームはアサルトライフルに取り付けられた小型のショットガンを撃ち込む。
バレットバードの小柄な体に対して、散弾銃は効果抜群だ。次々と撃ち落され、死体の山を築いていく。
隊員全員が弾切れになるまで撃ち続けると、バレットバードは全滅していた。
「バレットバード、殲滅を確認」
「後ろの日本人の子たちは無事か? 誰か見に行ってやれ」
「いや、たった今、狭山から通信が来た。あっちも無事に終わったそうだ」
「あの何でも無さそうな子供たちが、マモノを倒したのか?」
「話には聞いていたが、信じられんな……」
やり取りをしながら、討伐チームは日向たちと合流すべく、周囲を警戒しながら待機していた。
その様子を、木の枝の陰から見つめる子ザルが一匹。
「キキ―?」
以前、日向たちがアイスベアーを倒した後、人知れず現れた謎の少女。
その少女に付き添っていたチンパンジー、キキである。
討伐チームが持っている銃を、興味深く見つめている。
「………キキッ」
キキは、面白そうに一声鳴いた。
……その瞳に、邪悪な光を湛えながら。
◆ ◆ ◆
マモノを討伐し終えた日向たちは、先に進むべく山道を歩き続ける。
『もうすぐ目的地、ブラックマウントがいる荒れ地に到着するよ』
狭山からの通信が聞こえる。
通信機を壊してしまった本堂は、日向の通信機に耳を澄ます。
『ここからは手はず通り、君たちの戦いだ。マモノ討伐チームの皆さんには、周囲を警戒してもらい、余計なマモノが乱入してこないようにしてもらう』
北園の予知夢では、ブラックマウントと戦っていたのは日向たち五人だけ。
討伐チームからの援護は期待できない。
そうしないと予知夢通りにはならず、北園はそれを嫌がっている。
(キツイ話だけど、やるしかない。それに、こっちには頼れる仲間が四人もいるんだ。みんな、俺なんかよりずっと強い。きっと、何とかなると思う)
不安を心の隅に追いやり、日向は戦う決意を固める。
『最初にも言った通り、ブラックマウントは炎のマモノだ。日向くんたちの剣……太陽の力を持つ剣が、炎のマモノにどれだけ効くかは未知数だ。けど、北園さんの氷結能力はよく効くと思う。北園さん。そこは結構乾燥していると思うが、氷結能力は使えそうかい?』
「はい! 今日はよく冷えますし、いけると思います!」
狭山の言葉に、北園が元気よく返事をする。
(へー。今日ってそんなに冷えるのか。特別寒いとは思わなかったけど)
狭山と北園のやり取りを聞きながら、日向はそう考えていた。
『よし。では、これよりブラックマウント討伐戦を開始する。こちらから細かい指示はあまり出さない。各自好きなように動いてみてくれ。ヤツに何か特別な動きなどが見られたら、要所要所で指示を出そう。もし、これ以上の作戦継続は危険だと判断したら、周囲にいる討伐チームに君たちを救助させるよ』
あまり指示を出さないというのも、極力日向たちの力だけでブラックマウントを討伐させようという配慮なのだろうか。
どうあれ、ここからは完全に五人の力だけが頼りになる。
自然と、気が引き締まる。
「……とりあえず、俺はどう動けばいい?」
本堂が日向に尋ねてきた。
「えっと、俺に聞きます?」
「ああ。俺は、動くことはできるが、戦闘なんて今までしたことがないからな。伝承の怪物についての知識もあまり無い。だから、マモノ相手の戦術なんてよく分からん。そのあたりは日向、お前の方が詳しいと思っている」
東大医学部志望者に「お前の方が詳しい」などと言われると、少し照れ臭い。
「ブラックマウントがどんなマモノか、まだ見ていないからハッキリとしたことは言えないけど……とりあえず、本堂さんはかく乱担当で」
「かく乱?」
「ええ。本堂さんは動きが速いし、遠距離攻撃もできる。相手の気を引いて攻撃を引き付けるのが向いていると思うんです。その隙に、俺や日影、シャオランや北園さんが一撃を食らわせる」
「なるほどな。了解した」
本堂は頷いた。
他の皆も日向を見て頷く。
各々、やることは分かってくれているようだ。
「よーし、行ってみよー!」
北園が声を上げる。
「日向、足引っ張んなよ?」
日影が日向を挑発する。
「うるせ。俺だって、やってやるよ」
日影の挑発に、言葉を返す。
「帰りたい……」
シャオランは相変わらずだ。
全員の意思が固まったことを確認し、日向たちは森を抜け、荒れ地に足を踏み入れた。
◆ ◆ ◆
荒れ地は、あちこちから白煙を噴いていた。
『星の牙』の出現で火山活動が始まったと聞いたが、その影響だろうか。
よく見ると、白煙だけじゃない。霧がかかっている。
灰色の霧が、いつの間にか五人の居る荒れ地を取り囲むように発生していた。
『気を付――。奴は近く―――る―――』
狭山からの通信が聞こえる。
だがところどころにノイズが混じっている。
通信機の調子が悪いのだろうか。
『む。何やら電――――――な。すま―――――通信を切るよ。すぐに復旧――――――、待ってて――――』
その通信を最後に、狭山からの通信が切れた。
それを見計らっていたかの如く、「ヤツ」は白煙の中から現れた。
まず目に入ったのが、その大きさだ。
デカい。今までで見たマモノの中でも圧倒的な大きさだ。
さすがに全長で言えば、初詣で戦ったロックワームが勝るだろうが、体のボリュームはロックワームの比では無い。
カメのマモノという話だったが、確かにシルエットはカメそのものだ。だが、その背中からはもくもくと黒煙が昇っており、てっぺんからはマグマが噴き出している。
甲殻は冷えた溶岩の如く黒ずんで、ひび割れた箇所からは赤いマグマが模様のように走っている。口からは火が溢れ出ており、喉の奥は火口のように眩く光っている。
その様相は、まさに動く火山。
あるいは、火山を背負った巨大ガメ。
これが『星の牙』、ブラックマウント。
「ゴアアアアアアアアアッ!!!」
ブラックマウントは五人を視認すると、咆哮を上げた。
まだ距離があるにも関わらず、肌がピリピリするほどの気迫を感じる。
狭山との通信は切れたままだ。
このままでは、彼からオペレートを受けることができない。
一度撤退するべきか。それともこのまま立ち向かうべきか。
「んじゃ、やるか」
「ああ」
日向の判断を待たず、日影と本堂が前に出ていった。
渋い。もはや仕事人の風格である。
(二人が行くなら、やるしかない!)
日向も、覚悟を決めた。
残りの二人に、声をかける。
「仕方ない! みんな、行くぞ!」
「おおー!」
「ね、ねぇ、やっぱり帰らない!?」
「帰るなら、一人で帰ってもらうことになるけど……」
「う、うわーん! 戦いますよおおお戦えばいいんでしょおおおおお!!」
こうして日向たちの中国の旅、最後の戦いが始まった。




