第55話 峨眉山へ
バタバタバタとプロペラが高速回転する音が聞こえる。
日向たちは今、輸送ヘリに乗っている。
ブラックマウントが待ち構える、峨眉山へ向かうために。
ヘリに乗っているのは予知夢の5人。そして狭山だ。
あとはヘリを操縦してくれているパイロットがコクピットに二人。
皆、じっと座席に座って着陸の時を待っている。
ちなみに日向は、この状況にこっそり興奮していた。
(だってヘリだよ? それも軍用の。こんなの、滅多に乗れるものじゃないよ? ミリタリー物のゲームや映画において、ヘリでの移動シーンはお馴染みだ。そういったものが好きな人なら、一度は憧れるはずだ。かの有名なゾンビホラー一作目も、ヘリに始まってヘリに終わる。ペダルで隠れる某ガンゲームも、ヘリの出番は多い。きっと同じゲーム好きなら分かるだろう。この気持ちが。ゲームの体験がリアルでも体験できている、この感動が!)
長々と心の中で興奮の声をぶちまける日向。
そんな日向を見て、北園が首を傾げる。
「日向くん、何ニヤニヤしてるの?」
「あ、いや、何でもないよ」
ああ、悲しきかな。
日向の仲間には、ゲーム好きが彼以外いないようだ。
感動を共有できず、複雑な心境になる日向。
「……そうだ、日影。俺と同じお前なら、ゲームにも興味があるんじゃないか?」
仲間を求めて、日向は日影に声をかける。
昨日出会ったばかりの、日向と同じ容姿のこの少年は、日向が持ち得ない社交性で、すでに他のメンバーと打ち解けてしまっている。まるで、この仲間たちの中でも最古参であるかのように。実際は、一番最後に加入したのだが。
新しい仲間とさらに親睦を深める意図も兼ねて、日向は声をかけたのだが、返ってきたのは辛辣な一言だった。
「テメェと一緒にすんな。そんなものやっている暇があるなら自分を高めろ」
「おま、なんつーことを言うんだ。それでも俺か」
「あんなの、やり込んだって一銭の得にもならんだろうが」
「そ、そんなことないぞぉ? ゲームは非日常体験の宝庫だ。人生を豊かにする!」
「どうだか。実際、それで人生狂わせるヤツもいるじゃねぇか」
「それはまぁ、羽目を外し過ぎた結果、そういう人が出てくるのも否定はできないけどさ。基本的にゲームって楽しいものだろ? 今はオンラインも振興してるし、人と人とをつなぐ素晴らしいコミュニケーションツールだと思うな俺は」
「そこは否定しねぇけどな、時として悪影響になるのも事実だろ。たとえば、テメェが崇拝するゲームに影響を受け過ぎて、人前で堂々と『将来の夢は勇者になることです!』なんてガキみてぇに宣言したりしてな」
「ぐ、うぐぐ……」
日影の言葉を受けた日向は、気まずそうな表情のまま、黙り込んでしまった。痛いところを突かれた、と言いたげな様子である。
日向が押し黙るその傍らで、シャオランの顔が青ざめている。
「う……うーん……」
もしかしたら乗り物酔いかもしれない。心配した日向は、日影に言いくるめられて黙っているのも気まずいので、とりあえず声をかけてみることにした。
「シャオラン、大丈夫? 何か、顔色が悪いけど……乗り物酔い?」
「そうみたい……。車は大丈夫だけど、コレはキツイ……。身体がフワフワする感覚が気持ち悪い……。ボク、空を飛ぶ乗り物は駄目なのかも……死んじゃう……」
言いながらシャオランは身体を折り曲げ、うつむく。
その様子を見かねてか、狭山も声をかける。
「もう少しの辛抱だよ、シャオランくん。もうすぐで目的地だ」
「もうヤダお家に返して……」
「うーん、けれど、もう折り返し地点は通過してるし、今から引き返すとかえって飛行距離が長くなるよ?」
「……もうちょっと頑張ります……」
狭山の声に、弱々しく返事をするシャオラン。
峨眉山に到着して、ちゃんと戦えるのか、不安になるほどの容態だった。
◆ ◆ ◆
その後、ヘリは無事に着陸し、日向たちは峨眉山の中腹に降り立った。
この辺りは、まだ緑が多い地帯のようだ。
周りを見てみれば、軍のものと思われる何かの車両があちこちに停まっている。
「やっと着いた……うぇぇ、気持ち悪いよぉ……」
「どうどう。」
未だ体調が回復しないシャオランの背中をさする日向。
触ってみて分かったが、シャオランの筋肉は『地の練気法』を使っていない状態でも、相当鍛えこんでいることが分かる手触りだった。岩でも触っているかのような感触だ。
(そこに『地の練気法』が加わると、あのマジ狩る☆八極拳になるワケか。……けれど逆に、『地の練気法』が無いと、シャオランの身体能力は常識の域を出ないということ……)
練気法は特殊な呼吸法により発揮される、とシャオランは言っていたが、それはつまり、呼吸を乱すと危ないのかもしれない。ましてや戦闘中などは。
日向がシャオランを介抱する一方で、日影が狭山に尋ねる。
「なぁ狭山サンよ。ヘリで火口まで直接行っちゃいけねぇのか?」
「ちょっとこの付近に厄介なマモノがいてね。名前はバレットバード。スズメのような鳥のマモノで、生命力は低いんだけど、嘴が恐ろしく堅く、全速力で突っ込んで来たら鉄板にも穴をあけると言われている。それが群れを成して襲ってくるんだ。対戦車仕様ならともかく、普通のヘリに集中攻撃されると、最悪落とされる」
「ああ、そりゃダメだな」
狭山の返答を聞いて、日影も納得した様子だった。
「……ああそれと、皆にこの道具一式を渡しておくよ」
そう言って狭山が渡してきたのは、補聴器のような装置。
それも、かなりサイバネティックな見た目だ。
どうやらこれは通信機のようだ。耳につけておけば、オペレーターを務める狭山とやり取りができる。取り付けられているダイヤルをいじれば、一対一の通信や全員同時通信も可能な優れものだ。
次に、バッチのような装置を渡される。
これは装着者の体調に異常が無いか適時調べてくれるバイタルチェッカーだ。ついでにGPS機能も搭載されていて、発信機の役割も果たしてくれる。これで万一迷子になっても、装着者の位置情報をもとに狭山が衛星カメラで探し出してくれる。
最後にコンタクトレンズのようなものを渡される。
これはなんとカメラらしい。それこそコンタクトレンズのように目につけて、装着者の視界を通信車のモニターに映し出してくれる。その映像をもとに、狭山が現状を分析、最適な指示を出せるというワケだ。
さらにこのカメラの視界の端には衛星カメラによる簡易マップも載っており、いちいち地図などを開く必要が無いのでとても便利だ。ちなみにメガネをかけている本堂には、メガネ型のカメラが支給された。
「それともう一つ、本堂くんにはこれを渡しておくよ」
そう言って狭山が取り出したのは、一本の軍用ナイフだ。
「いくら電撃を流せるといっても、素手ではやりにくい相手もいるだろう? そういった手合いには、これを使うといい」
「素手ではやりにくい相手……ですか。俺は、日向ほどマモノや怪物の知識に明るくはありません。どのような手合いにこれを使えば良いものか」
「まぁ深く考える必要は無いよ。なんならどんな相手でも使ってしまえばいい。素手より刃物のほうが攻撃力は高いだろうしね」
狭山はそこまで言うと、何やら考え込み、再び口を開く。
「んー、でもそうだね。ナイフが必要になるマモノか。強いて言うなら……。例えばこの先、ゴキブリのマモノが出たとして――」
「有難く使用させていただきます」
本堂、即答。
彼でもゴキブリ相手に素手で立ち向かうのは遠慮したいらしい。
「自分は、君たちやマモノ討伐チームに指示を出すため、ここに残る。準備が出来たら出発だ。気を付けて行くんだよ!」
狭山の声を受け、皆は支給された装備を身に着ける。
そして日向たちは、中国のマモノ討伐チームと共に、火口付近の荒れ地に向かって出発した。




