第54話 動く火山、出現報告
「『星の牙』が、また出現したんですか!?」
ボスマニッシュを倒した祝いの席で、突如告げられた新たな敵の出現に身構える日向たち。
狭山は落ち着いた口調で話を続ける。
「先ほども言った通り、『星の牙』の出現場所は峨眉山と呼ばれる、中国の西の果てにある仏教の聖地で、今は活動を停止している火山だ。その峨眉山が、先ほど急に火山活動を再開したとの報告が入った」
「火山活動の再開……異常現象……」
一部の『星の牙』は、その出現に伴い何らかの異常現象を起こすことがある。ロックワームの時は地震、ミストリッパーの時は霧が発生したように。この急な火山活動も、『星の牙』による力なのだろう。
「中国政府の調査で、火口付近の荒れ地にて巨大なマモノの姿を確認した。自分もそのマモノの画像を見せてもらったよ。カメのようなマモノなんだけどね。例えるなら、そいつは黒い火山そのものだった。岩盤のような黒い甲殻を持ち、背中には黒煙を噴き続ける孔がある。自分はこのマモノを『ブラックマウント』と命名し、明日にでも中国のマモノ討伐チームと共に、討伐を開始するつもりだ」
ブラックマウント。
それが新たに出現した『星の牙』の名前。
動く火山と形容されたカメのマモノ。
それが日向たちの、次の相手。
……と思っていたのだが。
「いや、君たちの手を借りるつもりはないよ」
と、狭山は言い放った。
「へ? けど、『星の牙』が相手なら、俺の剣が必要なんじゃ?」
日向が尋ねる。
「お昼に君たちにも説明した通り、自分が君たちに討伐を依頼するのは、まだ戦闘経験の浅い君たちでも倒せそうなマモノだけと決めているからね」
「つまり、今の俺たちではブラックマウントと戦うには力不足ということですか?」
「厳しいことを言うけど、そうなるね。ブラックマウントはその見た目通り、ヤツ自身が火山の力を持つマモノだ。口からは溶岩を吐き、背中の孔からは火山弾を撒き散らす。岩のような甲殻は、銃火器だってまともに通用しないだろう。攻撃力、防御力、共に凄まじいものを持っている。君たちにこれの討伐を依頼するのは、現時点では危険だと判断した」
「うーん、なるほど……。確かに、火山そのもののマモノとか、聞くだけで強そうですもんね……」
日向や日影には”再生の炎”がある。だが北園や本堂、シャオランには再生能力など無い。死んでしまったらそれまでなのだ。やってみなくちゃ分からない、などと気軽に言えるワケがない。
これは現実。
あまりにも現実離れしているが、それでも現実。
RPGとは違うのだ。
コンティニューなど、無い。
「けどよ、そんなに危険なマモノなら、やっぱりオレくらいはついて行った方がいいんじゃねーか?」
日影が、狭山に向かって尋ねる。
「いや、恐らく何とかなると思う。なにせ、今回は場所が良い。ブラックマウントは、火口付近の荒れ地から動こうとしない。これなら対戦車ヘリを飛ばして、空からミサイルをひたすら撃ち込むといった方法も取れる」
「あぁ、それなら心配いらねぇな。さっすが政府のマモノ討伐チーム、こちらと戦法のスケールが違うぜ」
「ははは。そういうワケだ。こちらに任せておいてくれ。日本政府に、君たちの帰り用の航空機を手配しておくよ。今日はこの町に泊まって、明日の朝、それに乗って日本に戻るといい。湖北省の空港に直接来てもらうから、上海を経由する必要も無い。もちろん、フライト料もタダだ」
ではさっそく仕事をしてくるよ、と言って狭山は去っていった。
日向たちが食事を終えた後は、町の宿に泊めてもらう予定だ。
足元を見られる、という心配は、狭山が宿泊代を出してくれたことで解決した。
それに、シャオランの家に泊まるには、この人数はちょっと多すぎる。
◆ ◆ ◆
その日の夜。
シャオランは、自宅に日向が忘れ物をしていることに気付き、彼が宿泊しているホテルまで忘れ物を届けているところだった。
「靴下が片方無くなるだけでも、モヤモヤして気持ち悪いよね」
……律儀な少年である。
町中にはところどころにマモノ討伐チームの隊員たちが立っている。残存するマモノがいないか、街を襲ってこないか見張ってくれているのだ。
と、その道中に、シャオランは気になるものを見つけた。
「うん? あれは師匠と、サヤマさん……だっけ?」
町の一角、月がよく見える場所で、シャオランの師匠であるミオンと、日本のマモノ対策室室長の狭山誠が、満月を眺めながら話し込んでいるようだ。
この町と武功寺は深く結びついている。そのため、武功寺の顔役であるミオンは、この町の顔役も務めていると言っても過言ではない。町長はちゃんと別に存在するのだが、人々は困ったことがあると、距離感が近いミオンをよく頼る。
だから、ミオンが今回のマモノの出現についての報告を、町の代表として聞いている、とも推測できる。……しかし、それにしてはあの二人、随分と親しげに話しているようにも見える。
「……もしかして、あの二人、前から知り合いだったとか? 師匠って意外と顔が広いからなぁ」
話の内容は気になるが、盗み聞きというのも趣味が悪い。
結局シャオランは、これ以上追及することなく、その場を立ち去った。
◆ ◆ ◆
シャオランとはこの町で一旦別れ、後日、日本に留学した時に再会する予定だ。
シャオランを連れて来るリンファの行動はかなり早く、既に留学の手続きを始めているらしい。この調子だと、冬休みが明けるころには日向たちの高校に転入してくるだろう。
仲間が増え、その新しい仲間が全員、日向たちの住む十字市にやって来る。さらに、近いうちにマモノの存在が一般に公表されることになる。そして唐突に突き付けられた、一年余りという日向の余命。
緩やかだった日常の変化が、ここに来て一気に激動を迎えたようだ。
そして次の日。
もはや中国でやることは残っていない。
あとは荷物をまとめ、日本に帰るだけ。
――そう思っていた時期が、俺にもありました。
まだ日も昇りきっていない冬の早朝。
ドンドン、と日向が泊っている部屋のドアをノックする音が聞こえる。
こんな朝から誰だと思い、日向がドアを開けると、そこには北園がいた。
「んあ、北園さん。どしたの? こんな朝早くから」
「日向くん! 私たちも、ブラックマウントと戦おう!」
「……はい?」
◆ ◆ ◆
昨晩、北園は予知夢を見たらしい。
『世界を救う予知夢』に出た五人が、巨大なカメのマモノと対峙し、勝利する夢だ。
恐らくそのマモノが『星の牙』ブラックマウントなのだろう。昨日、狭山から聞いた特徴とも合致している。この予知夢に従うために、今朝、北園は日向に声をかけてきたのだ。
しかしこの予知夢には一つ問題がある。
それは、「ブラックマウントと戦っていたのは日向たち五人である」という点。
つまり、マモノ討伐チームに手を出されると、予知夢のとおりではないと判定される可能性があり、それは避けたいと北園は言っている。つまり日向たちは、彼ら五人の力で、ブラックマウントに勝たなくてはならない。
(そんな無茶ぶり、狭山さんにどうやって説明したものか……)
だが予知夢のこととなると、もう北園を止める手立てはない。
恐らく狭山を説得するより、北園を止める方が難しいと判断し、日向はいつも通り北園に協力することにした。
その後、本堂と日影にも事情を説明した。
最初は驚いていた本堂だったが、すぐに首を縦に振ってくれた。曰く、「せっかく中国まで来て、病気になって帰っただけでは消化不良だ」とのことだ。ついでに日影も二つ返事で了解した。
次にシャオランの家にも行き、シャオランに事情を説明する。
「やだ!!」
「そう来ると思ったよ。でもミオンさんが『師匠命令よ~。行きなさ~い』って」
「なんで師匠に話を通しちゃったの!? ねぇなんでなの!?」
「シャオランからは絶対に断られると思ったからだよ」
「卑怯! あまりにも卑怯!」
そして最後に日向たちは、ブラックマウント討伐の許可をもらうため、狭山に話をしに来ていた。
「……事情は分かった。分かったが、うーん……」
狭山は頭を掻いて唸っている。
無理もない。日向としても、無茶を言っているのは百も承知である。
「……北園さん。君の予知夢に従わないと、どうなる?」
狭山が北園に尋ねる。
「うーん……どうなるかなぁ……ちょっと私にも分からないですねー」
「そうか……ふむ……」
北園はそう言うが、目が泳いでいる。
そんな北園を見た狭山は、しばらく考え込んだ後、口を開いた。
「……分かった! 君たちに頼もう!」
「ホントですか!? やったぁ!」
「『やったぁ!』じゃないよぉ……ボクは帰りたいよぉ……」
「まぁ、自分もまだちょっと心配だけどね。けど、北園さんの夢の中では、君たちがブラックマウントを倒しているところまで見ているのだろう?」
「あ、はい。けど、私の予知夢は、それを叶えるための努力と行動が必要で、必ずしもその通りになるとは……」
「それで十分だとも。勝機はあるということだ。こちらも中国マモノ討伐チームを指揮し、君たちの援護に努める。道案内から露払いまでなら面倒を見てもバチは当たらないんじゃないかな? そこまでは夢には見なかったんだろう?」
「あ……ハイ! きっと!」
予知夢の抜け道を突いたような狭山の提案に、北園も元気よく返事をする。そんな北園の返事を受け、狭山は我が子を見るかのように、優しく微笑んだ。
「それでは荷物をまとめて出発の準備をしておいてくれ。一時間後、こちらに中国軍からの輸送ヘリが来る。それに乗って峨眉山に向かい、『星の牙』を討伐する!」
これで、話は決まった。
日向たちは言われた通り、出発の準備に取り掛かった。




