第52話 狭山のスーパー推察ショー
「時にみんな。今まで戦ってきたマモノに、例えばファンタジーに出てくる精霊や幽霊のような存在を見たことがあるかな?」
突然、狭山がそんな質問を投げかけてきた。
日向たちは今まで戦ったマモノについて思い返してみるが、そんなマモノがいた記憶は無い。どれもこれも、動物タイプのマモノだったはずだ。
「オレも、そんなマモノは見なかったな。全部、動物っぽいマモノだった」
今まで日向たちとは別行動していた日影も、動物以外のマモノは見たことが無いようだ。
「……いや、ちょっと待て。俺の家に出たスライムはどうだ?」
本堂が口を開く。
確かに、あれは精霊や幽霊とは違うだろうが、普通の動物ではないはずだ。言うなれば魔法生物。動物タイプのマモノではない。
「そうか、君たちもスライムと戦っていたんだったね。自分が調べたところ、あれは水を纏った微生物の集合体だったんだ。それらがひとまとまりに動くことで、ファンタジーに出てくるスライムのような生き物と化している。それがマモノとしてのスライムの正体だよ」
「そ、そうだったんですか……」
スライムは、微生物の集合体。
日向が斬っても分裂したのは、斬られていない部分の微生物がまだ生きていたから。
つまり、スライムもまた、微生物という動物タイプのマモノというワケだ。となると、やはり日向たちは動物以外のマモノを見ていない。
「やっぱりか。自分たちマモノ対策室も、これまでに霊的存在、魔法生物のマモノは確認できていない。今まで見てきたマモノは全て基本的に、この星でも見られる動物の延長線上のような姿をしている。要は、マモノという存在は、ファンタジーの世界から迷い込んできた生き物ではない、かもしれない」
そしてここからが面白い話なんだ、と言って狭山は話を続ける。
「これまで討伐チームに仕留めてもらったマモノの遺伝子を調べてみたところ、マモノの遺伝子には、『無理』が無いんだ」
「『無理』が無い? それはつまり?」
「つまり、遺伝子操作とか、改造手術とか、そういったものが施されていない。マモノの遺伝子は、実に理に適っている。そこで思ったんだ。マモノとは、この星に生息していた動植物たちが、正当に進化した存在なのではないかと」
「地球に生息している生き物が、進化した存在。それがマモノ……?」
「まぁ、まだあくまで推察だけどね。なぜそのような進化が起こったのか。なぜ積極的に人間を襲うのかは、目下調査中だ。それに、既存の動物が正当に進化した存在だとしたら、なぜ『星の牙』と呼ばれるマモノが魔法じみた能力を持っているかも、まだ分からない」
自嘲気味に笑う狭山。
だが日向は、今までの予想の中で一番リアリティがあると感じていた。
マモノはどこから現れて、何のために人を襲うのか、今まで考えてきたが分からなかった。だが、その答えに近いと思われる情報が手に入り、少し物語が進んだ気がした。
「それと日向くん。君の持つ剣についてなんだけどね」
「え、あ、はい」
「その剣についても、自分から伝えたいことがある」
「……!」
もしかして、この剣の正体が分かったのだろうか。
そう思い、日向は狭山に期待の眼差しを向ける。
有り得ない話ではない。先ほどのマモノに対する深い考察を見るに、マモノ対策室の情報量は本物だ。なら、あるいはこの剣のことも何か知っているのではないだろうか。
「……期待してもらっているところ悪いけど、その剣についてあまり詳しいことは語れないよ?」
「がっくし」
「声に出して言うほどショックだったかい?」
「まぁ、無理もないですよね。突然、空から降ってきて、影を分離させて、傷を治し、炎を発し、呼べばどこにでも現れて、持ち主以外には触らせない剣なんて、現代科学で解明できるはずが……」
「けど、一つの仮説は立てることができた」
「……へ?」
狭山の言葉に固まる日向。
狭山は話を続ける。
「まとめてしまうと、その剣は『太陽』の力を持っている、と思う」
「『太陽』の?」
狭山曰く。
炎を発するのはそのまま太陽の性質から。
影を分離させるのは、巨大な光源として影を生み出す、太陽の特性。
傷を治す性質は不死鳥を想起させる。
そして不死鳥は多くの伝説で、太陽と結び付けられている。
日向は、手に持つ剣を見つめる。
(太陽の力を持つ剣……。この剣が降って来た時、たしか、時刻はちょうどお昼くらい、太陽は中天に昇っていた。とすると、この剣は、それこそ太陽から降ってきた剣かもしれない)
今まで謎に包まれていたこの剣の正体が、少しわかったかもしれない。
その事実に、日向は感慨深い思いを抱いた。
「……けど、なんで太陽の力を持つ剣が『星の牙』によく効くの?」
シャオランが手を挙げ、質問する。
確かにそこは謎である。
この剣とマモノにはどんな関係があるのか。
そもそも、『星の牙』とはどういうマモノなのか。
「……すまない。流石にそこまではちょっと、ね」
狭山がお手上げのポーズをしてみせる。
さすがの彼でも、分からないことはあるらしい。
あるいは、あまりに推察で塗り固めて、視野を狭めてしまうのもよろしくないということか。
「あのー」
ここでリンファが手を挙げる。
「アタシ、予知夢とは関係ない人間なんだけど、ここまで聞いちゃって良かったの? あとで記憶を消されたりしない?」
「ははは。心配しないで。そんなことはしないよ。それに、君はシャオランくんの協力者になるらしいからね。こちらとしても、知ってもらっておいて損は無いと思う。……それに、もう秘密にする理由は無くなるかもしれないんだ」
途端に、狭山が真剣な表情になって、話を続ける。
「近いうちに、自分たちはマモノの存在を世間に公表しようと思っている」
「「「えっ!?」」」
日向たちは一斉に声を上げてしまった。
あのような異常な存在を公表などしたら、世間の混乱は避けられないはずだ。
「間違いなく混乱するだろうね。それも世界中が。けれど、マモノの数は増え、対処が追い付かなくなっているのも事実。民間人に被害が及び、ネットに情報が出回ることも珍しくなくなってきた」
真剣な表情のまま、狭山は続ける。
「世界政府は今までマモノの存在をひた隠しにしてきた。無用な混乱を避けるためだ。けれど、もう無理だね。自分たちが公表しなくても、人々は知るだろう。この世界に起こっている異常を。マモノは確かに存在すると。どうせ知られるなら一刻も早くこちらから知らせ、早いうちに討伐チームや各国の軍隊を派手に動かせるようにするべきだ。それで一人でも多くの命を救えるなら、ね」
それは、まさしく英断であった。
マモノの存在を知らせたら、間違いなく世界は混乱する。それで大変な目に会うのは、狭山たちマモノ対策室だ。
公表する前の準備もあるし、その後の対応もある。考えただけで忙しさに殺されそうだ。
彼はそれを踏まえたうえで、一人でも多くの命を助けるために、そうするべきだと判断した。世の人々のことを第一に考えて。
(……きっとこの人は信頼できる。良い人だ)
狭山の答えに、日向は感銘を受けていた。
そしてこれからも信頼することを、心に決めた。
「……それに、マモノの存在を公表したら、これから先、マモノの情報の隠ぺい工作をする手間が省けるしね?」
(待てや)




