第48話 病が去って
日向とシャオランは先の特殊部隊に連れられ、武功寺からふもとの町へと戻るため、あの地獄の石段を下りているところだ。
ちなみに、日向たちに威嚇射撃を行ったあの特殊部隊は、中国におけるマモノ討伐チームらしい。
シャオランのキノコ病はすっかり良くなっていた。
拳のキノコは枯れ落ち、一本たりとも残っていない。
「はひぃ、はひぃ、疲れた……」
「頑張れヒューガ。あと半分くらいだよ」
「ホントに根性無ぇなぁ、こっちのオレは」
自身を罵倒する声にムッとして、日向は声の主を見やる。
「だいたい、なんでお前が付いて来てるんだよ!?」
武功寺で戦った日向の影が、日向たちについて来ていた。
影は、不敵に微笑みながら日向の問いに答える。
「影は身体についてくるもんだろ?」
「そういうことを聞いてるんじゃなーい!」
「あわわわ、二人とも落ち着いて……」
シャオランの静止も聞かず、睨み合う二人。
さっきは本気で殺し合った間柄にも関わらず、影は何事も無かったかのような顔をしてついて来る。日向はそんな影を見て、「どこかのゲームにはこんな性格のキャラクターがいたような気もする」と感じた。しかし、「現実にいたら頭おかしいとしか思えない」ということが身に染みて分かった。
そんなことを考える日向に、影が話を続ける。
「実際問題、オレだって中国に来たくて来たわけじゃないんだ。お前らについて行けば日本に帰れるかもしれないだろ?」
「日本までついてくる気満々かよ……」
「なんだ、げんなりして。そんなに嬉しいのか?」
「一ミリでも嬉しそうに見えるのなら眼科行け」
やり取りを交わす二人に、列の前にいた男性がこちらに近づいてくる。
その男は、狭山誠だ。
「やぁやぁ。楽しそうな話をしてるね?」
「一ミリでも楽しそうに聞こえるのなら耳鼻科行ってください」
「違うのかい? 双方とも遠慮の無い、仲の良さそうな会話にも聞こえるけど?」
「勘弁してください……」
微笑みながら冗句を飛ばしてくる狭山に、日向は呆れた表情を見せる。
(この人の名前は狭山 誠さん。日本のマモノ対策室の室長で、以前会った倉間さんのボスらしい。なんでも、俺たちを追って中国まで飛んできたとか。行動力の塊かよこの人)
狭山を横目で見ながら、情報を整理する日向。
そんな日向に、当人の狭山が話しかけてきた。
「それで、君が日下部日向くんで間違いないよね?」
柔らかい微笑みを浮かべながら質問する狭山。政府の特務機関のトップという重苦しい肩書とは裏腹に、彼の物腰は実に柔らかで、フレンドリーだ。
「はい。合ってます。日下部日向です」
「それで、そっちの君は……」
「えっと、ボクは石暁然っていいます……」
「シャオランくん、だね。それで、そこの君が……」
狭山さんは、日向の影を見る。
影も、横目で狭山を見やる。
「君は……日向くんの双子の兄弟かな?」
「いや違うぜ。けど、兄弟か。そう言う設定もアリかもな。そんじゃ、日向が弟な」
「なんでやねん! 俺の方が16歳年上だろ! お前、生後何日だよ!」
再び二人の言い合いが始まる。
言い合う二人を、シャオランと狭山が呆れた表情で眺める。
「……やっぱり仲が良いのかな、このふたり?」
「喧嘩するほど、って奴かもね?」
その後、とりあえず日向と影の言い合いは治まる。
終始、日向が影に飄々と受け流されていたばかりだった。
(ううむ、どうにも影相手だと調子を狂わされる気がする。普段なら多少腹が立っても、こんなに他人に突っかかることはしないはずなのに……)
言い知れぬ自身の違和感に、怪訝な表情を浮かべる日向。
そんな日向に、狭山が話しかける。
「……あ、そういえば、診療所にいる君のお友達、どうやら快復したみたいだよ」
「え!? キノコ病が治ったんですか!? キノコ病の蔓延が止まっただけじゃなくて!?」
「うん。君が『星の牙』を倒してくれたおかげだ」
「『星の牙』を……? 俺がボスマニッシュを倒したから?」
「そうらしい。病を振り撒く『星の牙』は、そいつを倒せば振り撒かれた病も消える。これは他の『星の牙』が天候を操ったり自然災害を起こすのと同じく、詳細不明の超常的な力が働いている、と自分は考えているけどね」
言いながら、狭山は日向の肩に手を回す。
回された手に気を取られる日向を置いて、狭山は話を続ける。
「『星の牙』の特殊な能力に関して、まだ解明はできていない。そもそも、現代科学で解明することはできないかもしれない。君の友達、北園さんや本堂くんの異能力のようにね。……これはあまり他言しないようにお願いするよ。お上には、全力で解明を急いでいるって言っちゃってるんだ。ははは」
「わ、分かりました」
いたずらっぽく片目を閉じ、口に人差し指を当てて「内緒だよ?」と告げる狭山に対し、日向は戸惑いながらも返事をした。
(マモノ対策室の室長と聞いたから、大層お堅い人かと思ってたけど、その実、気さくなお兄さんって感じの人だなぁ……)
日向と狭山が会話を交わしている内に、石段が終わりを迎える。
日向たちは無事に、ふもとの町に戻ってきた。
「さて、君たちとはまだまだ色々と話をしたいけれど、まずは事後処理だ。積もる話は落ち着いてからにしよう。君たちも、元気になった友達に会っておいで」
「分かりました」
日向は頷き、狭山と別れた。
そのままシャオランと影を連れて診療所に向かう。
診療所には、元気になった人たちが入り口前でたむろしていた。
家族とともに快復を喜び合う人、何やらスマホで電話をかけている人、対マモノ部隊の人も混じっていて、さながら大都会の人集りである。
その人ごみの中に、見知った顔を見つけた。
「あ、日向くん! ほら見て! すっかり良くなったよ!」
「日向! 『星の牙』と戦ったと聞いたが、大丈夫だったか?」
「あ、おにいちゃん! ほらみて! びょーきよくなった!」
「ハオラン! 良かった! 元気になったんだね!」
「ちょっとシャオシャオ! 弟くんも良いけど、こっちも心配してよ!」
「シャオシャオって言うな!」
「あれ? そっちの人、日向くんとそっくり……?」
「ん、お前が北園か。へぇ、可愛いな」
「へ!? いきなり何!?」
「日向。そっちの中国人の子供は知り合いか? 俺たちが倒れている間に何が……」
「ええーい!! みんな落ち着けー!! いっぺんに話すなー!!」
皆がみな、好き放題に会話するので、もうごちゃごちゃである。
日向は叫び、いったん皆を落ち着かせることにした。
◆ ◆ ◆
なんとか皆は落ち着き、今は順番に自己紹介をしているところだ。
現在はシャオランの番で、ちょうど自己紹介が終わった。
「……練気法とはな。世の中には凄い奴がいるものだ」
シャオランの自己紹介を聞いた本堂が呟く。
シャオランはいつものように「まぁ、鍛えてるから……」と言って、はにかむように微笑んだ。
「……次は私ね?」
リンファが口を開いた。
「アタシは江 凛風! シャオシャオと同じ、武功寺の門下生よ!
流派は八卦掌! よろしくね!」
「だーかーら! シャオシャオって言うな!」
リンファもまた、流暢な日本語で自己紹介をした。
なぜこの二人はこんなにも日本語が上手いのか。
そしてシャオランは、リンファに抗議の声を上げている。
彼にしては珍しく、その声は力強い。
「そういえば、シャオシャオって何だ? シャオランのあだ名なんだろうけど」
日向はリンファに尋ねた。
「あぁ、それはね。シャオって中国語で”小さい”って意味なの。それでシャオランの名前とくっつけて”小暁”。こいつにピッタリでしょ?」
「もーリンファは! 叩かれないと分からないのかなぁ!? 裡門頂肘いっとく!?」
裡門頂肘。
震脚で踏み込み、下から上へ肘を打ち上げる技。
格闘ゲームでもお馴染みだ。
一つ言っておくと、女子に喰らわせていい技ではない。
ましてやシャオランの一撃など。
「あら、闘るの? アタシは構わないわよ?」
「本当にいいの? この間の組み手で、ボクの掌底一発で降参したのは誰だっけ?」
「あ、あれはちょっと油断しただけよ! ギリギリで躱して、顔面に一発入れるつもりだったんだから!」
シャオラン、リンファの中華組が言い合いを始めてしまう。
とはいえ、その雰囲気は『気心知れた友達との口喧嘩』といった感じだ。
日向と北園は、呆れた風に互いに目線を合わせる。
本堂は、ただ無表情でシャオランたちのやり取りを観察。
(仲良いな)
(仲良いね)
(早くいやらしい展開になれ)
(アンタは何を言ってるんだ)
日向たち日本組は、小声で二人に野次を投げる。
「……おーい。そろそろオレの自己紹介をしてぇんだが? 夫婦喧嘩は後にしてくれねぇか?」
小声で野次を投げた日向たちとは対照的に、影は思ったことそのまま口にした。これにはシャオランが大いに動揺。
「夫婦!? そ、そんな、ボクとリンファはそんな関係じゃ……」
「ええ。全然そんなことないわよ?」
「…………。」
分かりやすいくらい慌てふためくシャオランに対し、リンファはあっけらかんと言ってのけた。軽くあしらわれてしまったシャオランは、すごく抗議したそうな目でリンファを見やる。
「……あー、オレの自己紹介は……」
「ああ、ゴメンなさい。こっちの話は終わったから。さ、どうぞ」
リンファが影に順番を促す。
シャオランは、まだ納得していない様子だったが。
「よっしゃ。やっと出番だぜ」
日向の影は、一つ深呼吸をすると、口を開いた。
「オレは日向の影。
名前は……”日影”って呼んでくれ。
ワケわからない存在だとは思うが、そこは今から説明する。
まぁなんだ、とりあえず、よろしくな、お前ら」
日下部日向より分かたれた影、日影。
彼こそ、この英雄譚におけるもう一人の主人公である。




