第47話 宿敵との邂逅
「俺の……影……?」
目の前の少年の言葉に、日向は理解が追い付かない。
「ああそうさ。前にあの裏山で一度会ってるだろ? 忘れたか?」
その言葉を受けて、日向はハッとする。
忘れもしない。
手に持つ剣を手に取った時、このマモノ災害で初めて戦った敵。
「じゃあお前が、あの時俺に襲い掛かってきた影……!?」
「なんだ、覚えてるじゃねぇか」
日向の影を名乗る青年は、呆れたような微笑を見せる。
「だって、あの時と全然違うじゃないか、お前。前は頭からつま先まで真っ黒だったのに。言葉だって喋らなかった」
「あー、そういえばそうだっけか?」
「一体何がどうしたんだ? どうしてそんな姿に?」
「まぁ、あれだ。オレもこの姿に馴染んできたってところだろ」
あっけらかんと言ってのける、日向の影。
その口調、立ち振る舞いは、日向のようでいて、日向ではない。
日向ではないのだが、日向本人はなぜか、他人のようには思えないと感じた。不思議な雰囲気だった。
「……さて、じゃあ殺り合うか?」
日向の影は、剣を構えた。
……そう。日向の影が剣を向けてきた。
先ほどは日向を助けてくれたのに。
日向、慌てて影を止める。
「……いやいやいや! ちょっと待て!? なんでそうなるんだよ!? お前、俺たちをマモノから助けてくれたじゃないか! こっちの味方じゃないのか!?」
慌てふためき、自身の影を静止する日向。
しかし影は聞く耳を持たない。
「それはそれ。これはこれだ。オレとお前は、どのみち殺し合う宿命にあるのさ。……あぁ、そっちのお友達には手を出さないから安心しろよ。俺とお前の一騎打ちだ。おら、さっさと構えろよ、日向」
「けど……!」
なんとか説得して、止めようとする日向。
しかし……。
「そっちが来ねぇなら……こっちから行くぞぉッ!!」
日向の静止も虚しく、影は日向に襲い掛かってきた。
「くそっ!?」
日向はやむなく剣を構え、防御の姿勢を取る。
同時に、影が凄まじい勢いで剣を振り下ろしてきた。
「おるぁッ!!」
「うぉぉぉぉっと!?」
剣同士がぶつかる金属音が鳴り響く。
影の攻撃を受け止めた日向が、身体ごと吹っ飛ばされた。
「おら、どうしたぁッ!?」
起き上がり、体勢を整える日向に向かって、影が全速力で駆け寄る。
影はその勢いのまま、剣を横薙ぎに振るってくる。
「くっ!?」
影の攻撃を、日向は手に持つ剣で受け止める。
威力は完全に殺し切れず、後方へと押し飛ばされる。
「お、お前、裏山の時より、明らかに強くなってる……!?」
「化け物殺して強くなってんのは、テメェだけじゃねぇってことだ」
言い終わると、影は再び剣を振りかぶり、襲い掛かってきた。
◆ ◆ ◆
二人の日向の戦いを、シャオランは少し離れたところから見ていた。
体力は少し回復してきた。日向がボスマニッシュを倒した時、拳のキノコが急速に枯れ始め、今ではすっかり無力化されている。試しに引っこ抜いてみても、痛みを感じない。これなら日向に加勢することもできるだろう。
しかし、何となくではあるが、今はそうするべきではないと感じた。
もちろん、怖いから、という理由もある。
だがそれ以上に、今、横から加勢するのは、礼儀に反する気がする。
そう感じたから。
だからシャオランは、ただ見ていた。
二人の日向の戦いを、武人の端くれとして。
「……もう一人のヒューガの方が強い……」
パワー、スピード、テクニック。
その全てにおいて、日向の影は元の日向を上回っていた。
だが一番大きな差は肉体面ではない。精神面だ。
日向は、この戦いに消極的なようだ。
多少反撃はするものの、命までは取らない太刀筋だ。
対して日向の影は、完全に日向を殺す気で剣を振るっている。
その勢いに、日向は完全に押し込まれていた。
◆ ◆ ◆
「相変わらずの弱さだなテメェは! あの時の反省はウソだったか!?」
影は、罵倒しながら日向に斬撃を浴びせてくる。
日向はそれを剣で防御し、なんとか受け止める。
しかし、度重なる斬撃を受け止め、日向の腕は疲れきっていた。
そもそも日向は、ボスマニッシュと戦った疲労も残っている。
「どうした、ロクに反撃もしねぇでよ! 今さら良い子ぶってるつもりか! やる気がねぇなら、テメェなんかさっさと死ねッ!!」
「コイツ……さっきから言いたい放題と……!」
挑発じみた言動に、日向も怒りを露わにする。
怒りのまま、日向は念じる。
手に握る剣が、猛烈な炎を纏う。
「へぇ? ようやくやる気になったか? だったらオレも、とことんやってやるぜッ!!」
影がそう言うと、彼の剣もまた朱色の業火をその刀身に纏う。
凄まじい熱気が二人を取り巻く。
「さぁて、かかってこいよ日向」
影は左手の指をくいくいと曲げ、再び日向を挑発する。
「……んの野郎ぉぉぉ!!」
怒声を発しながら、日向は斬りかかる。
望み通り、全力で。
「はぁぁぁぁぁぁっ!!」
「おぉぉぉぉぉぉッ!!」
日向と、影。
二人の燃え盛る剣が激突する。
激突の結果、押し負けたのは日向。
振り抜かれた影の剣に耐え切れず、腕が下がる。
「ぐっ……!?」
「弱ぇ!!」
そう言うと、影は回し蹴りを繰り出した。
「うるぁッ!!」
「がふっ!?」
腹を蹴飛ばされ、地面に倒れる日向。
「く……そがぁ!!」
立ち上がり、もう一度斬りかかる。
今度は渾身の縦斬りだ。
今までとは、速度も重さも段違いの一撃。
「ちぃッ……!」
影は舌打ちし、反撃を諦め、剣の腹で受け止める。
日向の攻撃で、影の身体が後ずさる。
日向はその隙を逃さない。
雄たけびを上げながら、影に斬りかかる。
「うぉぉぉぉぉぉ!!」
「……いいぜ、そう来なくっちゃな!」
ニヤリと笑い、影は剣を振りかぶる。
日向と影の剣が、再び正面から激突する。
「らぁぁぁぁぁぁっ!!」
「るぁぁぁぁぁぁッ!!」
日向はがむしゃらに剣を振りまくった。
影もそれに合わせて斬撃を繰り出す。
炎の刃が次々と交差し、その度に火花が散り乱れる。
斬撃と熱気が渦を巻き、勝負を決したのは……。
「おるぁぁッ!!」
「ぐっ!?」
……影だった。
影の渾身の斬り上げが、日向の剣を吹っ飛ばした。
日向の後方に、剣が落ちた。
斬り上げの衝撃に負け、日向は地面に尻もちをついてしまう。
「……勝負、あったな?」
影は燃え盛る剣の切っ先を日向に向ける。
その顔は実に余裕そうな、人を小馬鹿にした表情を浮かべる。
「くそ……!」
怨嗟の表情で影を睨む日向。
その日向めがけて、影は手に持つ剣を振り上げ―――――
「……やめた」
「……は?」
影は剣を横に一振りし、纏わせていた炎を振り払うと、その刃を日向の前から下げた。
「……何のマネだよ」
日向は影に問う。
「ここでテメェを殺すことに、価値を感じなくなった」
「コイツ……!」
「まぁ聞けよ。さっきのキノコと戦った後で、体調も万全じゃねぇんだろ? そこに価値を感じねぇってことだ。そんな決着じゃ、オレが納得しねぇ」
「な、なんだそりゃ……? さっきまで全力で俺のことを殺す気でいて、散々人のことを馬鹿にしたと思ったら、こちらの状態が万全じゃないからと言って、勝負を預けるなんて言い出して……お前、いったい何のつもりなんだ?」
「オレは、オレのやりたいようにやってるだけだ。口ではそう言っておいて、テメェもよく分かってるんじゃねぇのか?」
戦いは終わったものの、険悪なムードが場を包み込む。
だがその時、何かの破裂音と共に、二人の足元の石畳が小さく爆ぜる。
その破裂音が銃声だとすぐに気づいた。
銃声がした方を見ると、いかにも特殊部隊のような雰囲気の者たちが二人に銃を向けている。明らかに、「仲良くしましょう」という雰囲気じゃない。
「……おい。何だアレは」
日向は影に問いかける。
「知らねぇよ。テメェの知り合いじゃないのか」
「俺に特殊部隊の知り合いはいない」
その時、特殊部隊の一人が、二人に何かを問いかけている。
しかしその言葉は中国語で、日向には理解できない。
「……おい、なんか言ってるぞ。通訳しろ通訳」
影が、日向に声をかけてくる。
「いや分からねぇよ中国語なんて。お前は分からないのかよ」
「オレはお前なのに、お前が分からないのがオレに分かるわけねぇだろ」
「じゃあなんで通訳しろなんて言ったんだ……」
「あのー。ここに本場のチャイニーズがいるんだけど……」
シャオランが手をあげる。
確かに、そもそもシャオランに任せれば万事解決だった。
シャオランに特殊部隊との会話を頼み、二人の日向はその様子を見守る。
だが、シャオランの旗色が悪そうだ。
「シャオラン、あの人たちは何て言ってる?」
「えーと……『お前たちがマモノを使って悪さをしたんじゃないか』って……」
「んなっ!? 冤罪だ! むしろ俺たちは『星の牙』を倒したんだぞ!」
「そう言ってるけど、なかなか信じてくれないんだよぉ……」
「……あ、そうだ。影が犯人だって言って突き出して、その隙に逃げよう。いきなり俺に襲い掛かって来たし、マモノみたいなモンだろ」
「テメェなに勝手に人を売ろうとしてんだ!」
ギャアギャア言い合う二人。
その様子に特殊部隊の人たちも呆れているようだ。
しかし銃は下ろさず、日向たちへの警戒は解いていない。
「待った待った! その子たちは保護対象だ! 銃を下ろして!」
そう言って、特殊部隊の後ろから、一人の男がやって来た。
白と黒の模様が入り混じった、変わったコートを羽織っている男性……狭山誠だ。
「なにせ彼らは、我々の救世主になってくれるかもしれない子たちだからね」




