第46話 炎の剣閃
「シャオラン!!」
シャオランがキノコ病にやられた。
両の拳からキノコが生えてきている。
「ああ……死んだ……ボクもう死にました……。今死ななくてももうすぐ死にます……。体力がガンガン吸い取られているのを感じます……」
「……なんか、わりと余裕っぽく見える」
「気のせいだよぉ! ホントに体力が吸い取られてるんだよぉ! それより、早く追撃を! ボスマニッシュが隙を晒してるよ!」
シャオランが日向に向かって声を返す。
ボスマニッシュは、先ほどのシャオランの猛攻で怯んでいる。
「……分かった!」
日向はシャオランに返事をすると、剣を構え、走り出す。
彼の身体に生えていたキノコは、とっくに全て焼け落ちた。
体力もほとんど奪われていない。
今が好機だ。
「うおおおおおお!!」
ボスマニッシュに向けて剣を真っ直ぐ構え、全力疾走の勢いで剣を突き刺す。
「フシュウウウウウウウウ!?」
ボスマニッシュが悲鳴をあげる。
効いているようだ。
「おらああああああ!!」
ボスマニッシュに突き立てた剣を、そのまま真上に斬り上げる。
剣はボスマニッシュの身体を抉り、縦一文字に切り裂いた。
「グウウウウウウウウウ………!!」
苦悶の声を上げるボスマニッシュ。
右腕を振り上げ、日向に向かって薙ぎ払ってくる。
「この野郎ぉ!!」
襲い掛かってくる右腕に向かって、日向は剣を振り下ろす。
ボスマニッシュの腕と、日向の剣が衝突する。
「ぐっ!?」
「フシュウッ!?」
日向はボスマニッシュの右腕を叩きつけられ、吹っ飛ばされた。
しかしカウンターで叩き込んだ斬撃は、ボスマニッシュにしっかりダメージを与えたようだ。斬りつけられた右腕を庇い、身体を震わせている。
「ぐ……あつつつつ……」
「ヒューガ! 大丈夫!?」
シャオランが日向に向かって駆け寄ってきた。
手を挙げ、大丈夫だと伝える。
「それよりシャオラン。キノコ病は……」
「ご覧の通り、ヤツを殴った拳にビッシリだよぉ……」
「どうしてだ……? シャオランは胞子を受けたような様子は無かったのに」
日向が考えていると、シャオランが口を開く。
「ヒューガ。さっきボクがヤツを殴った時、ヤツの身体に粉っぽい感触を感じたんだ……」
「粉っぽい? ……まさか、ヤツの身体にヤツ自身の胞子が付着していた!?」
「きっとそうだよ……。その胞子が、拳に移ってしまった……。やっぱり殴るんじゃなかった……」
ボスマニッシュは力を溜めて、周囲の村にも届くほど胞子を撒き散らす。それほど強く、大量の胞子を撒き散らすなら、その時にボスマニッシュ自身の身体にビッシリと胞子が付着していてもおかしくない。
「フシュウウウウウウ……」
ボスマニッシュが体勢を立て直したようだ。
二人に向き直り、構える。
「シャオラン、約束だ。逃げていいよ」
「え?」
「『やばくなったら逃げていい』って、最初に言っておいただろ? ここはなんとか、俺一人で……」
「う……いや、ボクは逃げない……!」
「シャオラン? なんで急にそんなことを……」
「だってヒューガ、さっきは胞子を喰らって、ちょっと負けそうになってたじゃないか! 死にそうな声で叫んでたよ!?」
「う、まぁ、その」
「この局面で友達見捨てて逃げるほど、ボクだって薄情にはなれないやい!」
「シャオラン……」
涙目で訴えるシャオランに、日向は胸を打たれてしまった。昨日出会ったばかりの人間を友達と言ってくれて、その友達のために、命をかけて戦ってくれる。
シャオランはひどく臆病かもしれないが、それでもお釣りがくるくらいに、思いやりのある少年だった。
「まだボクの体力は残ってる! それに、キノコが生えたのは拳だけだ! 八極拳の要、肘にまでは生えてない! まだ戦える!」
「……分かった。無理はしないようにね!」
「言われなくても!」
互いに言葉を交わし終えた後、二人はボスマニッシュに向かって駆け出した。
ボスマニッシュもシャオランの危険性を知ったのだろう。
今度は日向だけでなく、シャオランにも拳を振るってくる。
だが、それはそれで二人の思惑通りだ。
シャオランが狙われれば、背後から日向が斬りかかる。
日向が狙われれば、その隙にシャオランが強烈な打撃を浴びせる。
入れ替わり立ち替わり攻撃を仕掛ける二人に、ボスマニッシュは翻弄されていた。
……だが、予定外のことが起こった。
「コイツ、まだ耐えるのか……!?」
何十回と斬りつけた。
シャオランも何十発と強打を叩き込んだ。
しかし、目の前のボスマニッシュは、確実に弱りこそすれど、まだ力尽きていない。
そして、持久戦となれば、不利なのは二人である。
「く………」
シャオランの脚がふらつく。
キノコ病の体力吸収が、無視できないところまで進行したらしい。
「フシュウウウウウウッ!!」
「うわぁ!?」
ボスマニッシュはその隙を逃さない。
シャオランに向かって右腕を叩き込み、その身体を吹っ飛ばした。
「シャオラン!! くそ、コイツ……!」
日向はボスマニッシュに接近し、その身体を斬りつける。
少しでもシャオランから注意を引くため、めったやたらに斬りつける。
「グウウウウウウッ!!」
ボスマニッシュは怒りの混じった咆哮を上げ、日向にターゲットを変更する。
「くっ……」
ボスマニッシュの巨大な拳を避ける日向。
すぐに第二撃、第三撃が飛んでくる。
シャオランが脱落した以上、日向は全ての攻撃を、自分自身で捌かねばならない。そして、日向にそんな器用なマネはできない。程なくして、ボスマニッシュの放った左フックが日向を捉え、日向は吹っ飛ばされてしまった。
「ぐぁ!?」
キノコの拳を叩きつけられ、地面を転がる日向。
「う……ぐ……!」
”再生の炎”が身体を焼く。
焼かれながらも周囲を見ると、すぐそばにシャオランが倒れているのを見つける。傷は浅いがぐったりしている。ひどい体力の消耗で立てなくなっているのだろう。
「フシュウウウウウウ……」
日向が”再生の炎”から立ち直ると同時に、ボスマニッシュが二人に向けて右拳を向ける。胞子噴射だ。
日向はともかく、いまシャオランが胞子を受ければ、さらにキノコ病にやられ、命を落としかねない。
(どうする……? 急いで接近したら、胞子が噴射される前にヤツに攻撃できるだろうけど、それで胞子噴射を阻止できるのか? できなければ、シャオランが胞子にやられる)
考えている間にも、ボスマニッシュの胞子攻撃の準備は進んでいる。もうあまり時間は無い。
(今のうちにシャオランをここから退避させるか? ……いや、胞子噴射の勢いはかなりのものだ。俺がシャオランを抱えて運んでも、狙い撃ちされるのがオチだろう。じゃあ飛んでくる胞子を打ち払う?いや、それこそ夢物語だ。俺にそんな手段は無い。そんな手段は……………)
その時だった。
日向の頭の中で、一つの考えが浮かんだ。
キノコの胞子。
胞子は粉状。
つまりは粉塵。
日向の頭の中で、その要素がガッシリと嵌ったような感覚があった。
(……粉塵爆発を起こせば……爆発で胞子を全部吹っ飛ばしてやれば……そうすれば胞子を止められるか……?)
ならば、火がいる。
それも、極めて強力な火力が。
では、その火はどこにあるか。
日向は、右手に持つ剣を見つめた。
自分以外には熱を放つという剣。
”再生の炎”という力を持つ剣。
「来い」と念じれば、炎と共に手元にやって来る剣。
(ああそうか。この剣、きっと火属性なんだ)
日向は、マモノ殺しの剣を構える。
ある日突然空から降ってきて、今ではすっかり日向の所有物となった、その両刃の剣を。
「もし本当に火属性なら、こういうリクエストも応えてくれるかな?
……剣よ、燃えろ!!」
瞬間、剣から炎が噴き出た。
使い手である日向を焦がすのではないかと思うほどの、強烈な炎だ。
「うわっとぉ!? 本当に火が点いたよ……。まったく、こんな機能があるなら最初から教えてくれればいいのに、つくづく困った剣だよホント……!」
とはいえ、これでボスマニッシュの胞子を吹き飛ばすための火は手に入った。後は、これを思いっきり叩きつけてやるだけだ。
「うおおおおおおおおおおっ!!」
日向は燃え盛る剣を手に、ボスマニッシュに走り寄る。
そして、今にも胞子を噴射せんとするその右拳に向かって……。
「くたばれ、この野ぉぉぉぉ!!」
「フシュウウウウウウ!!」
炎の剣を振り下ろした。
同時に噴き出た胞子に、剣の炎が引火して……。
「うわっ……」
「フシュウウウウウウウウ!?」
大爆発だった。
噴き出た大量の胞子に、炎が燃え移り、ボスマニッシュの巨体を包み込むほどの大爆発が起こった。
日向も爆発に巻き込まれ、意識を失った。
「……う」
気が付くと、日向は仰向けに倒れていた。
身体に痛みは無い。”再生の炎”が身体を治したのだろう。
「……ボスマニッシュは、どうなった……?」
周囲を確認するため、立ち上がろうとする。
だが。
「フシュウウウウウッ!!」
「ぐっ!?」
突如、頭上からキノコ状の拳を振り下ろされた。
拳と石畳に板挟みにされる日向。
ボスマニッシュは、まだ生きていた。
もはや這う這うの体ではあるが、それでもまだ動いている。そして、日向にトドメを刺すべく、拳を振り下ろしてくる。
「フシュウウウッ! フシュウウウウッ!!」
「うっ!? ぐぁ!! がっ!?」
石畳に倒れる日向に向かって、何度も拳を振り下ろすボスマニッシュ。
押しつぶされるような痛みが身体を襲う。
内臓が飛び出るような衝撃が身体を走る。
そのたびに”再生の炎”が身体を焼く。
絶え間なく襲い来る激痛に、もはや反撃の気力も無くなってきた。
遂に意識も薄れてきた、その時。
「おるぁぁぁぁッ!!」
何者かが、ボスマニッシュに飛びかかる。
そして、炎を纏う剣をボスマニッシュの頭に叩き込む。
炎の剣閃が走り、ボスマニッシュは真っ二つになった。
あれは、間違いなく絶命した。
「よう! 随分ひどくやられてたが、大丈夫か?」
ボスマニッシュを仕留めたその男は、こちらを振り向き、ニッと笑う。
その男は見た感じ、日向とそう年齢は変わらない少年だった。
だが、日向はその少年の顔を見て、背筋が凍り付くような感覚に襲われた。
「え……? 俺……?」
少年は、日向と瓜二つの顔を持っていた。
服装も、彼の高校の学ランと同じだ。
手に持つ剣も、日向が持つ剣と全く同じだ。
「お前……は……」
少年も、日向の顔を見て驚愕の表情を浮かべている。
「お前は、誰だ」
日向は率直に、少年に聞いた。
少年はしばらく暗い表情を浮かべた。
しかしすぐにまたニヤリと笑い、言い放った。
「オレは、お前の影だよ」




