第44話 ボスマニッシュ
その色合いや雰囲気は、今までに見たマニッシュに似ている。
スタンダードなキノコを思わせる造形に、赤い傘。
しかしその体躯は、マニッシュの比では無い大きさだ。
下手な家より大きいかもしれない。
マニッシュには目や腕が無く、生えているのは足だけだったが、目の前のマモノは違う。左右にキノコの両腕を持っている。その腕の先端は、頭部と同じく赤いキノコの傘だ。
足は無い。広場の石畳を突き破って、そこから生えているようだ。また、顔と思われる部分には鋭い眼光を放つ目を持っている。
日向は、遠巻きにそのマモノを観察する。
「これが武功寺に現れた『星の牙』か。マニッシュの要素が見て取れるから、『ボスマニッシュ』と名付けよう……いや、やっぱりどうしよう? たしかにキノコ型のマモノだけど、マニッシュとは造形が随分と違うぞ。顔も怖いし、かわいくない」
「じゃあ頑張ってねヒューガ! ボクは応援してるから!」
一方のシャオランは、すでにどうしようもないほど逃げ腰である。ご丁寧に『地の練気法』まで使い、防御も固めているようだ。シャオランの身体から、かろうじてだが、砂色のオーラが漂っているように見える。これが彼の身体に満ちた『気』というものなのだろうか。
「そこまで準備してくれたら、ちょっとくらい殴ってくれればいいのに」
「やだ! 近づきたくない! 怖い!」
「わかったわかった。じゃ、行ってくる!」
そして日向は、ボスマニッシュに向かって走り出した。
ボスマニッシュは右腕を振り上げ、日向めがけて叩きつけてきた。
「おっと!」
日向は横っ飛びでボスマニッシュの右拳を避ける。
そのままボスマニッシュの右に回り込み、斬りかかろうとする。
しかし……。
「フシュウウウウウウ!!」
「うおお!?」
ボスマニッシュは日向に向き直り、右腕、左腕と、交互に叩きつけてくる。これではとても近づけそうにない。
「隙ありっ! 石ころ喰らえっ!」
ボスマニッシュを挟んで反対側から、シャオランが落ちている石を拾って、ボスマニッシュに投げつける。シャオランの尋常ならざる膂力から放たれた石ころは、プロ野球選手も真っ青な剛速球と化す。
しかしボスマニッシュはシャオランに見向きもせず、日向に攻撃を続ける。石ころはあまり効いていないらしい。
一方、日向は、拳を叩きつけ続けるボスマニッシュに近づけないでいる。
「これは、ちょっと下がるしかないな……!」
広場の石畳から生えているボスマニッシュは、身体が固定されていてその場から動けない。だから日向が少し距離を取れば、ボスマニッシュの拳が当たることは無い。
「シュウウウウウウウウ……」
と、その時だ。
ボスマニッシュが右拳を日向に向ける。
その右拳の傘が、ムクムクと膨らんでいく。
「な、何か仕掛けてくる気か!?」
「フシュウウウウウウ!!」
ボスマニッシュの雄たけびと共に、右拳から粉状の何かが勢いよく噴き出てきた。
「うわっぷ!?」
避けきれず、日向はそれをモロに受けてしまう。
すると……。
「うわ、うわわわわ!? き、キノコが!?」
日向の身体からキノコが生えてきた。キノコ病だ。
先ほどボスマニッシュが飛ばしてきたのは、キノコ病を発症させる胞子だ。
そして、体中から生えてきたキノコが、次々と燃え始める。
”再生の炎”が、日向の身体に生えたキノコを除去しにかかっている。
「う、ぐあああああああああああ!?」
キノコは日向と痛覚が繋がっている。
身体が火だるまになる激痛に、日向は耐え兼ねのたうち回る。
「フシュウウウウウウ……」
ボスマニッシュが、再び日向に向かって右拳を向ける。胞子攻撃だ。
(マズい……。確かに俺にキノコ病は効かないけど、発症するたびに身体を焼かれてたら頭がおかしくなりそうだ……!)
日向は何とかその場から離れようとするが、”再生の炎”は未だに彼の身体を焼いており、まともに動くことができない。このままでは、もう一度あの胞子を喰らってしまう。
……と、そこへ……。
「うわああああああしょうがないなぁもおおおおおお!!」
その叫び声と共に、シャオランがボスマニッシュに駆け寄る。
日向に気を取られているボスマニッシュは、シャオランの接近を意に介していない。
「……ふッ!」
シャオランが震脚を踏む。
ズン、という音が響く。
シャオランとはだいぶ距離が離れているのに、地面を踏みつけた振動が日向にも伝わる。
震脚を踏んだシャオランは身体を屈め、そのまま逆を向くように体勢を変え……。
「……はぁッ!!」
その背中をボスマニッシュに叩きつける。
自動車でもぶつかったかのような衝撃音が鳴り響いた。
「で、出た! 鉄山靠!」
日向が、興奮した様子で叫ぶ。
鉄山靠。
八極拳の代表的とも言える技で、震脚と共に肩や背中を相手にぶつける技だ。
ちなみに、肩や背中でぶつかりに行けば大体は鉄山靠と見なされる。そのため、同じ鉄山靠でありながら動きが大きく違うものも珍しくない。今、シャオランが放ったものも、一般的なそれとはやや型が違うものだ。
恐らくあれがシャオランの最も得意とする技なのだろう。
今までの技の中で段違いの威力を持っていることが分かる。
その証拠に、あのボスマニッシュの巨体が、シャオランの攻撃を受けてくの字に曲がる。
「シュウウウウウウウ!?」
ボスマニッシュが、驚愕と苦悶の声を上げる。
「……はぁぁぁッ!!」
シャオランの攻撃は止まらない。
素早くボスマニッシュに向き直ると、左の掌底、右の肘をぶつけ、左右の飛び蹴り、震脚、両腕を、扇を開くように振り下ろし掌底を叩き付け、下からすくい上げるように右の拳を叩き込む。
その一撃一撃が、まるでハンマーで殴りつけたかのような殴打音を響かせる。
その一撃一撃が、家ほどもあるボスマニッシュを大きく怯ませる。
控えめに言って、生身の人間の攻撃力ではない。
「グウウウウウウウウ……」
シャオランの猛打を受け、地面に腕をつき、うなだれるボスマニッシュ。
「これは、効いてるぞ! やっちまえシャオラン!」
日向がシャオランに声をかける。
しかしシャオランは、そこでボスマニッシュから距離を取った。
「え? なんで?」
思わず目を丸くしてしまう日向。
しかしその理由はすぐに分かった。
「しゃ、シャオラン、その拳は……!?」
「ああ……もう駄目だぁ……死んだぁ……」
涙目になり、絶望しながら呟くシャオラン。
彼の拳から、びっしりと小さなキノコが生えているのだ。




