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第369話 囚われの身

 ここはロシア、ホログラートミサイル基地。

 その地下の独房にて。


「ヘリで墜落の次は、牢屋にぶち込まれるとは……。しかも、犯罪者とかじゃなくて、捕虜の身として。なんなんだこの人生」


 日下部日向は途方に暮れていた。自分と外界を隔てるおりを見ながら。


 手首は後ろ手に回され、麻縄で縛られている。

 足首もまた、手首と同じく拘束されている。


 日向はホログラート山岳地帯にて、北園と共にオリガとズィークフリドの二人に連れ去られた後、縄で縛られて牢屋に入れられていた。北園はまた別の場所に連れていかれたようで、この牢屋に入っているのは日向一人である。


「……しっかしまぁ、何が一番つらいって、とにかく暇なんだよなぁ」


 壁にもたれかかりながら、日向は呟く。


 オリガたちに捕まって、この牢屋に入れられて、二時間くらいたっただろうか。この牢屋には時計も窓も無いので、時間の感覚が薄れていく。


 足を縛られながらコンクリートの床に座るというのは、こう見えて意外とキツイ。適度に身体を左右に揺らして、身体を休める。


「……それにしても、北園さんは無事だろうか……」


 この場にいない北園を心配する日向。

 テロリストの連中に酷い目に合わされていなければいいのだが。

 ……と、その時。


(日向くん? 日向くーん!)


「ん!? 北園さん!?」


 日向の頭の中で、北園の声が響いた。

 北園の超能力の一つ、精神感応テレパシーである。


「そうか、北園さんにはこれがあった! 

 おーい北園さん! そっちは大丈夫ー!?」


(こっちはなんとか大丈夫だよー! 心配しないでー!)


「そっか! 俺は今、地下の独房にいて……」


(私は大丈夫だからー! 大丈夫だからねー!)


「……うん? なんか、会話がおかしい……?」


 そういえば、と日向は思い出す。

 北園の精神感応テレパシーは一方通行で、本人が誰かに声を届けることはできても、相手は北園に声を返すことができないのである。偶然にも会話が一部繋がったので、一瞬混乱してしまった。


「そういえば、そうだったなぁ……。いやでも、電話も何も使えない状態で、とりあえずこちらとやり取りできる手段があるのは、普通に強いな。特別な動作も基本的に必要としないから、テロリストの目の前で使ったとしてもバレることはない」


(私がどこにいるかは、ちょっと分かんない! でも、私はなんとか元気だよー!)


 とりあえず、北園は無事らしい。

 そのことが分かって、日向はほっと胸を撫でおろした。


 その時、日向が入れられている牢屋の前に、誰かがやって来た。

 銀色の、小柄な人間なら入りそうなくらい大きなスーツケースをゴロゴロと引きながら。


「あら。消耗しきった顔を見に来たのだけれど、意外と元気そうね。つまらないわ」


「……む。オリガさん」


 やって来たのは、オリガだ。

 牢屋の外側で、見下すように日向に視線を向けている。


「……『赤い稲妻』の連中に確認したわ。ここにロシア軍は来ていない。よくも騙してくれたわね、日下部日向。おかげで、みすみす日影たちを逃がす羽目になっちゃったじゃない」


「ざまぁないですね」


「撃ち殺すわよ?」


「ごめんなさい」


「逃げ場のない牢屋の中。手足を縛られた標的。楽しい的当てゲームになりそうね?」


「ひえぇ……」


「……ま、私も鬼じゃないから、あなたは特別に許してあげる。そのぶん、北園を酷い目に合わせているしね」


「なっ!? 北園さんに何したんですか! 北園さんは今どこに!?」


「ふふ……どこにいると思う?」


 そう言うと、オリガはこれ見よがしに持ってきた大きな銀色のスーツケースを、日向の目の前で横に寝かせた。


「……何ですか、そのスーツケース?」


「この基地の執務室に置いてあったの。丁度良い大きさだったから拝借したわ」


「丁度良いって、まさか……」


「ふふ、感動のご対面よ」


 オリガは、スーツケースの左右のサイドロックをバチンと開く。

 そしてスーツケースを開くと、その中に北園が入っていた。


「き、北園さん!」


「……ん、んー!」


 スーツケースの中の北園は、身体を折り畳まれて、その上から包むようにガムテープでぐるぐる巻きにされていた。口にもガムテープが貼られて塞がれている。そんな状態で、ピッタリとスーツケースの中に収められていた。


 日向に声をかけられた北園は、日向に視線を向けながら何かを叫んでいるが、口に貼られたガムテープのせいで、ハッキリとした言葉にならない。


「ぜ……全然大丈夫そうに見えないんだけど、大丈夫なの……?」


「ん……んー」


 日向が声をかけると、北園は困ったような表情で目を逸らす。

 額は少し汗ばんでおり、肩で息をしている。


 北園は『大丈夫』だと言っていたが、やはり無理をしているのは間違いない。狭いスーツケースの中に、身動き一つ取れずに監禁されていたのだ。体力の消耗は、牢屋に入れられている日向の比ではないだろう。


「……はい。面会時間終了よ」


 そう言って、オリガがスーツケースを閉めようとする。


「ん!? んーっ! んんーっ!」


 北園が身体でスーツケースの蓋を支えようとするが、オリガが蓋の上からのしかかるように無理やり閉めてしまった。そして先ほどのように左右のサイドロックを上げる。これで北園はもう、自分の意思で外に出ることは絶対にできない。


「ーっ! ーーっっ!」


 スーツケースの中から、北園のくぐもった声が聞こえる。


「北園さんを解放しろ! せめて俺と同じように、普通に牢屋に入れてあげて!」


「駄目よ。彼女、身一つで炎や電気を発生させられるのだから。普通に拘束して牢に閉じ込めても、無理やり拘束を解かれて牢を破られるわ。その点、こうやって箱詰めにしておけば、炎も電気も発生させるワケにはいかないでしょ。使ったら自分も無事じゃ済まないものね」


 そう言うとオリガは、横たえられている北園入りのスーツケースの上に腰を下ろし、椅子として使い始めた。


「あ、こら! 北園さんの上に乗るな!」


「あなたの言うことなんて知らないわ。今の彼女は私の所有物なんだから、どう扱おうが勝手でしょ。……ふふ、こうやって相手の自由を奪い、玩具のように弄ぶのは、相手の全てを支配しているみたいで興奮するわ」


「うわぁ……生粋のドSだ……」


「ええそうよ。初めて会った時からそう公言してるじゃない」


「ーっ! ーーーっっ!」


「こーら、椅子は椅子らしく大人しくしてなさい」


 北園が閉じ込められているスーツケースは、しばらくゴトゴトと揺れていたが、やがて抵抗を諦めたのか、静かになってしまった。


 オリガは、スーツケースに座りながら足を組み、日向に話しかける。


「……さて。あなたたちがこのまま、事が終わるまで大人しくしておいてくれれば、五体無事で日本に帰してあげるのもやぶさかではないわ」


「大人しくするしかないでしょ。これじゃあ手も足も出ませんもん」


いさぎよいわね。……でも、日影たちが再び攻撃を仕掛けてきた場合には、あなたたちを洗脳して、駒として使わせてもらうことも考えているから、そのつもりでね」


「じゃあもうダメですわ。日影は絶対にここに来ますもん。北園さんの救出と、あなたをぶっ飛ばすためにね」


「ま、絶対に来るでしょうね。次は必ず返り討ちにしてやるから」


「無理しない方がいいんじゃないですかぁ? さっきの戦いでは、結構日影にボコボコにされてたじゃないですか。アイツはまだオーバードライヴも使ってなかったのに」


「……ちょっと、身体が本調子じゃなかっただけよ」


「またまたぁ。負け惜しみ言っちゃって」


「アンタね、殺されても死なないからって、さっきから生意気な口ばっかりきいて……う、ゴホッ、ゴホッ!?」


「え、ちょ、オリガさん?」


 突然、オリガが日向の目の前でみ始めた。

 咳をするフリなどではない。表情が苦しそうだ。

 しばらく咳をし続けると、ようやくおさまった。


「ゲホッ、ゴホッ……はぁ。これで分かったでしょ。本当に、私の体調は悪いのよ」


「テロ中に風邪でも引いたんですか? 運が悪いですね」


「そうじゃないわ。……せっかくだから教えてあげる。あなたはなぜ、私がこんな9歳か10歳そこらの幼女の見た目をしているか、考えたことはあるかしら?」


「機関の趣味」


「笑いを取ろうとしてるんじゃないわよ、馬鹿」


「はい、すみません」


「……で、答え合わせだけど、薬を使われたのよ。今のパワーと瞬発力を手に入れるためにね。女性だから男性よりも多く投薬しないと目標を達成できないとか言われて、様々な増強剤を適量度外視でぶち込まれたの」


「それって……かなりやばいんじゃ……」


「ええ。おかげで私の身体はボロボロ。肉体の成長は止まり、一定の周期で他の薬品を使う『調整』を機関の施設内で行なわないと、体調を崩してしまうの。寿命そのものも縮んでるわ。私の場合、せいぜい50年もてば長生きな方でしょうね」


 オリガは、もって50年ほどしか生きられない。

 彼女自身のその言葉に、日向は息を飲んだ。

 そんな事情を抱えているとは、思わなかった。


 オリガは、日向に話を続ける。


「私には、時間が無いの。この国に復讐するため、虎視眈々と機会を窺っていたけれど、この身体がいつ衰えるか分からない。私の肉体が全盛期でいられる間に行動を起こしたかった」


 そんな折に、マモノ災害が発生した。

 

 マモノたちは、人間より遥かに強靭な肉体を持ち、人智を超えた能力を発揮することができる。そしてオリガの精神支配マインドハッカーは、そんな怪物たちをも洗脳することができた。だから彼女は、今こそ行動を起こす時だと思った。


「この計画を実行するにあたり、私は一か月近く機関から行方をくらました。その間、体調を整える『調整』は全く受けられなかった。だから、今の私は本調子じゃないのよ」


「オリガさん……常人の半分くらいしか寿命が無いんですか……」


 日向は、暗い表情で呟いた。


 日下部日向もまた、あと数か月ほどしか生きられない身である。『太陽の牙』を拾ったことにより、自分の影が日影として分離した。そしてこの日影を倒さなければ、日向はいずれ日影に存在を乗っ取られて消滅してしまうのだ。


 この事を知っているのは予知夢の五人と、狭山や的井のみ。

 これは、日向の周りの人間が心配しないように、そして日影が『日下部日向が消える原因』と思われないための配慮である。


 日向は、密かにオリガに共感シンパシーを感じていた。

 日向は日影を倒せば寿命は元通りになるのだが、それでも。


 そしてオリガは、日向に共感を抱かれているとは露ほども思わず、話し続けている。


「表の世界で生きてきたあなたには、少し重い話だったかしら」


「いえ……そういう話は、割と慣れていますんで」


「へぇ、意外ね」


「それに……オリガさんのやろうとしていることは許せませんけど、生きている間に何かを成そうと思う気持ちは、なんとなく分かります。消える前に、自分が生きた証を……」


「……ふぅん」


 オリガは、興味深そうに檻の中の日向を見つめる。

 そして、スーツケースに座ったままその身を乗り出し、再び口を開いた。



「ねぇ日下部日向。あなた、私に協力しなさいよ」


「……はい?」

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