第366話 巻き返せ、振りほどけ
「おるぁぁッ!!」
雪原のど真ん中にて、日影とオリガが戦っている。
剣を振りかぶり、オリガ目掛けて何の躊躇も無く振り下ろした。
まだ日影はオーバードライヴを使っておらず、身体から炎は上がっていない。身体能力も彼の自前によるもののみ。それでも彼は予知夢の五人の中ではシャオランに次ぐパワー持ちだ。
「当たらないわよ!」
オリガはバックステップを繰り出し、日影の斬撃を回避。
そのまま白いグリップのトカレフを抜き、日影に向かって発砲する。
狙いは、日影の眉間。
「喰らうかッ!」
日影は剣を盾に使って銃弾を防ぐ。
銃弾が弾かれる金属音が二回、三回と鳴り響く。
そして、銃弾を防ぎながらオリガとの距離を詰めた。
「はぁッ!!」
盾として使っている剣を突き出しながら、オリガに体当たりを仕掛ける。
オリガは左にローリングしてそれを回避。
「もらった!」
「ぐッ!?」
その日影の攻撃の隙を狙って、オリガが日影の左脚を撃ち抜いた。
日影の体勢が、ガクリと崩れる。
「チャンスね、首をへし折ってあげる……!」
日影が怯んだのを見て、オリガが日影に接近する。
宣言通り、日影の首に手をかけようとして……。
「うるぁッ!」
「あうっ!?」
近づいてきたオリガに、日影が頭突きを繰り出した。
頭突きはオリガの眉間に叩き込まれ、彼女を返り討ちにした。
「痛ったぁ……! 信じられない、レディーの顔に傷をつけるなんて……!」
「はっ、オレは男女を差別しない主義でな!」
そう言って、日影がオリガに追撃を仕掛ける。撃ち抜かれた脚など気にも留めない。
剣を逆手に持ち、反時計回りしながらの回転斬りを繰り出した。
狙いはオリガの首。この少年、オリガを仕留める気満々である。
「ふん。男は女を敬うものでしょ!」
オリガは右手でナイフを取り出す。
刃渡りの大きい、サバイバルナイフのような一本だ。
それを使って、左から迫ってきた日影の斬撃を受け止める。
左肩を右腕の間に差し込み、身体全体を使って斬撃の衝撃をガードする。
「でりゃッ!」
「くっ!?」
斬撃はガードできたが、オリガのボディがガラ空きになった。
そこへ日影が跳び膝蹴りを喰らわせ、オリガを吹っ飛ばす。
「もらったッ!」
日影が剣を振りかぶり、倒れているオリガに向かって真っ直ぐ振り下ろす。
この速度と重さは、ナイフ程度の刃では防ぎきれない。
「このっ!」
これに対して、オリガは逆に日影へと接近。
素早く踏み込み、振り下ろされた日影の手首を止める。
剣を握っている手が止められたことで、振り下ろしも止められた。
この咄嗟の防御テクニックは、さすが訓練を受けたエージェントといったところか。
「ちっ、止められたか……!」
「ナメんじゃないわよ、日影……!」
そう言って、オリガが日影を睨みつける。
オリガの眼を見ると操られる、と思っている日影は、思わず彼女から目を逸らしてしまう。本当は、既に洗脳している人数は上限の五人に達しているため、オリガはこれ以上他者を洗脳できないのだが、日影はそれを知らない。
「や、やべぇ、操られる……!」
「隙ありっ!」
「ぐっ!?」
日影がオリガから目を放した瞬間、オリガは日影の腹部にナイフを突き立ててきた。さらにそこからみぞおち、胸、首へとナイフを突き刺す。
「が……ふ……」
急所を次々と刺し貫かれ、日影の膝が崩れ落ちた。
跪くようにうなだれる日影の首を、オリガが両腕で絞める。
「その首、ぶっこ抜いてあげるわ」
そのまま日影の首を引っ張り、首の骨を外そうとするオリガ。
……だが。
「……おぉぉぉッ!!」
「きゃっ……!?」
オリガが日影の首を外すより早く、日影が立ちあがった。
オリガに両腕で首を絞められながら、彼女ごと持ち上げるように。
小さなオリガの身体は、いとも容易く日影に持ち上げられる。
そして日影はそのまま、オリガと共に背中から雪原へと倒れ込んだ。
「だるぁッ!」
「うぐっ!?」
下は柔らかい雪だったとはいえ、ロクに受け身も取れずに高所から叩きつけられたオリガは、少なくないダメージを受けたようだ。ゆっくりと、キツそうな表情で起き上がる。
日影は、まだオリガに刺された傷が回復していない。刺された箇所から炎が噴き出ている。そんな状態でオリガを持ち上げ、叩きつけたのだから、彼の気合いには恐れ入る。
「ちぃ……なんなのよコイツ、強いじゃない……!」
「へへ……さっきまでの威勢はどうしたよ、オリガさんよ?」
「生意気……! アンタに”再生の炎”が無かったら、先に死んでたのはアンタの方よ……!」
「戦いに関してはトーシローだからよ、これくらいのハンデは大目に見てくれよ、凄腕エージェント」
「よく言うわよ。対人戦における動きが、以前より洗練されているのがハッキリ分かる。そっちもそっちで訓練してきたわね……!」
日影に負けじと言い返すオリガだが、内心ではかなり焦っていた。
自分では日影に勝てるかどうか、怪しく感じてきたからだ。
オリガのパワーは、決して日影にも負けてはいない。だが両者の体格差は決定的だ。その体格差のせいで、オリガはあと一歩のところで日影を仕留め損ねてしまう。
攻撃のリーチ、ウエイト、タフネスなど、体格差の不利は大きなハンデになる。オマケに日影は、ここからさらにオーバードライヴを残しているのだから手に負えない。
(……オマケに、この身体は今、本調子じゃない。それを言っても言い訳だとしか思われないだろうから、言わないけどね。それにしても、ホント、欠点しかないわねこの身体……! かくなる上は『アレ』を使うしか……いや、やっぱりこの体調じゃ危険ね……)
小さく舌打ちしながらも、オリガは構える。
残る勝ち筋と言えば、自分が操っているシャオランやズィークフリドが援護に戻ってきてくれることくらいだった。
◆ ◆ ◆
一方、こちらでは本堂とシャオランが戦っている。
日影とオリガが戦闘を行なっている地点と、そう離れていない。
「……ハァッ!」
「くっ……」
シャオランが本堂に右拳を突き出す。
纏う気質は”地の気質”。
大型のマモノにも通用するシャオランの拳は、人間である本堂に叩き込まれたらひとたまりもない。いくら本堂が常人より鍛えこまれた肉体を持っているとはいえ、だ。
「……だが、こちらとて下手にシャオランを傷付けるワケにはいかない。厄介なものだな、まったく」
下がりながら、本堂はシャオランを引きつける。
一方のシャオランも、震脚を繰り出しながらズンズンと本堂との距離を詰めていく。その様子に、普段の怯えは全く無い。そのためか、今のシャオランはいつもより攻めの姿勢が強く、正気の時よりよほど手強く感じる。
「たしか、シャオランは前にもこうやって操られたことがあったとか。その時のシャオランと戦ったのは、日影だったか……いや、日向だったかな。どちらにせよ、頭が下がる思いだ」
本堂も自慢の反射神経でシャオランの攻撃を上手く避け続けているが、それでもいつまで続けられるか分からない。シャオランほどの手練れを相手に、いつまでも回避を成功していられるような保証は無い。
「シャオランには悪いが、少し意識を飛ばしてもらおうか……!」
そう言って、本堂は足元の雪原に、放電している右手を突っ込んだ。
降り積もっている雪を伝って、シャオランに電撃が襲い掛かる。
「……!」
シャオランは右にローリングして、本堂の電撃を避ける。
起き上がると同時に、足元の雪を本堂目掛けて蹴っ飛ばす。
「ハッ!」
「ぬんっ!」
目くらましとして飛ばされてきた雪を、本堂は放電している右手で弾き、その一部をシャオランに跳ね返した。
弾き返した雪にも電流が通り、シャオランに命中すると同時に、彼の皮膚に電気の刺激を与えた。
「ウッ!?」
「もらった……!」
シャオランが怯んだ隙を逃さず、本堂がシャオランに駆け寄る。
放電している右手でシャオランに掴みかかり、気絶させるつもりだ。
「……オォッ!!」
「ぬっ!?」
だがシャオランは、放電している本堂の右手を払い除けつつ、本堂の懐に潜り込んできた。払い除けた拍子に自分の腕が電気に焼かれたことさえ気に留めない。
「い、いかん……!」
慌てて本堂は後ろに飛び退き、シャオランから距離を取ろうとする。
だがそれより速く、シャオランが右肘を突き出してきた。
「……ハァッ!!」
「ぐっ……!」
腹部に外門頂肘を叩き込まれ、本堂が吹っ飛ばされる。
だが、本堂はあらかじめ後ろに跳んでいたため、打撃の衝撃もまた本堂の後ろへと逃げて、ダメージは最小限に抑えることができた。
「ハァァッ!!」
……だが、吹っ飛ばされた隙をシャオランは見逃さない。
本堂が起き上がるよりも早く、彼の元へと駆け寄り、追撃の拳を繰り出そうとする。しかも、構えている右拳に赤いオーラが纏われている。一撃必殺の『火の練気法』だ。
「オォォォッ!!」
「く……南無三……!」
本堂は両手の平を前に突き出し、シャオランの拳を受け止める構えを見せる。その手の平には電気を集中させて、受け止めると同時にシャオランに電撃を浴びせる算段だ。
シャオランの『火の練気法』が相手では、間違いなく本堂はシャオランの攻撃を止められず、ガードを突破されて顔面を打ち抜かれるだろう。それでも、今さら回避は間に合わない以上、こうするしかなかった。
「……ク…………」
「……む?」
しかしシャオランの拳は、本堂の手の平と激突する直前で、止められた。
本堂が不思議に思ってシャオランを見てみると、シャオランは苦しげな表情を浮かべていた。
「ク……ボクハ……モウ……アヤツラレタリナンカ……!」
「これは……シャオランがオリガさんの精神支配に抵抗しているのか?」
「ウウ……グウウウ……!」
「シャオラン、しっかりしろ!」
本堂が珍しく声を張り上げ、シャオランの名を呼ぶが、シャオランは苦しそうに呻くばかりだ。回復の様子を見せない。
「ふむ……どうしたものか。俺は超能力については門外漢だからな。洗脳の治療法など大して思いつきもしないが……」
それでも本堂は、自身の頭脳をフル回転させて考察する。
洗脳とはつまり、精神に対する病のようなもの。
あるいは、記憶や意識の混濁だろうか。
ならば、精神的なショックを与えることにより、何らかの反応を得られるのではないか。
そう考えた本堂は、さっそくシャオランがショックを受けそうなことを言ってみた。
「ふむ……このままでは、お前が大好きなリンファに『シャオランはロシアにて他の女に誑かされて、俺たちを裏切った』と報告するしかないか……」
「そ、それはあんまりだよぉぉぉぉ!?」
「お、元に戻ったな」
「……え、あ、あれ? 本当だ。元に戻った……」
シャオランが、意識を取り戻したようだ。
瞳には光が戻り、気弱そうな物腰も帰ってきた。
「……ほ、ホンドー……。攻撃したの謝るから、お願いだからさっきのはリンファには言わないでぇ……」
「安心しろ。お前はオリガさんの洗脳に抵抗していた。最初からお前は俺たちを裏切ったりなんかしていなかった」
「う、うん、もちろんだよ!」
「よし、それじゃあ日影を援護しに行くぞ。オリガさんを叩きのめして、さっさと戦いを終わらせる」
「わ、分かった! オリガめぇ、許さないぞぉ……!」
「おぉ、いつになく強気だな。その調子だシャオラン」
そして本堂とシャオランは、日影の元へと向かった。
彼が相手をしているオリガを倒すために。




