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第363話 狡猾に立ち回る

 ホログラート山岳地帯の雪原にて。


 こちらでは日影と倉間と本堂と北園が、固まって戦っている。日影と倉間がヘルホーネット・クイーンを追い込み、本堂が取り巻きのアイスリッパーを、そして北園がヘルホーネットを蹴散らしていく。


「……よし。これでアイスリッパーはあらかた仕留めたぞ」


「ヘルホーネットもだいぶやっつけたよ! あとはクイーンだけ!」


「よっしゃ、ナイスだぜ二人とも。このまま一気に……」


「……いや、そう上手くもいかないみてーだぞ」


 倉間が指差すその先には、四人に向かって歩み寄ってくる人物が一人。

 黒のロングコートと銀の長髪を、冷たい雪風になびかせている。

 そして彼の表情は、吹きつける風よりも冷たく感じるような無表情。


「…………。」


 やって来たのはズィークフリドだ。オリガから潜入チームの皆殺しを命じられた彼は、敵意を剥き出しにして四人に迫る。


「ズィーク……! ついに来やがったか! 決着つけてやるぜ……!」


「ま、待ってよ日影くん! 狭山さんは『ズィークさんとはマトモに戦ってはいけない』って言ってたよ!? ここで戦うのはマズいんじゃ……」


「けどよ、このままじゃアイツとクイーンで挟み撃ちにされる。誰かがズィークを引きつけなきゃならねぇ。だったら、”再生の炎”があるオレが適役だろ?」


「……いや、俺が行くぜ、日影」


 そう名乗り出たのは、倉間だ。

 向かってくるズィークフリドに向かって、一歩踏み出す。


「お前さんは『太陽の牙』の使い手だ。クイーンとの戦いには欠かせない。一方、俺は本来、マモノの相手より対人戦闘の方が専門だ。だから俺がズィークフリドを引きつける。お前らはその間にクイーンを仕留めるんだ」


「倉間……お前がそう言うなら止めはしねぇけどよ、無茶はすんなよ。相手はヘリを素手で墜落させるバケモンだぞ」


「任せとけって。防戦に徹すれば、持ちこたえるくらいはできるだろ」


 倉間は一度、日影たちの方を振り返ってニヤリと笑う。

 そして、改めてズィークフリドに声をかけた。


「ようズィークフリドくん! ここは一つ、このおっさんが君の相手をしよう! ここじゃなんだから、場所を移さないかい? せっかく武人同士がぶつかり合うんだ、余計な茶々は入れられたくないだろ?」


「…………。」


 ズィークフリドは、倉間の言葉に頷くこともしなかったが、倉間が移動を開始すると、その後をついて行った。


 それを見た日影は、小さく口角を上げて笑う。


「……なるほどな。倉間のヤツ、上手いことズィークを誘い出して、オレたちから遠ざけてくれたってワケだ。これでクイーンの相手に集中できる」


「取り巻きのアイスリッパーもヘルホーネットも、俺と北園がほぼ排除した。このまま三人で仕留めにかかるぞ」


「りょーかいです、本堂さん! さぁ女王バチさん、覚悟しろー!」


「……ギギギギ」


 するとヘルホーネット・クイーンは、急に羽を羽ばたかせて上昇。

 そのまま三人に背を向けて、飛んで行ってしまった。


「……あの野郎、逃げたのか!?」


「ええそうよ」


 叫ぶ日影に向かって、返答する女性の声。

 声の主は、オリガだ。日影たちの後ろからゆっくりと歩いてきた。


「クイーンとコールドサイスには、旗色が悪くなったら逃げるように命令しているの。雑魚マモノを統率している彼女たちが倒れたら、雑魚マモノたちが暴走しちゃうもの。まだ多くの雑魚マモノを控えさせているホログラート基地も、大混乱に陥っちゃうわ」


「……ちょっと待て。なんでシャオランがそっちについているんだ!?」


 日影が、今度は驚愕の声を上げた。

 北園と本堂も、驚きで目を丸くしている。

 オリガの従者のように、彼女の傍で控えているシャオランを見て。


「シャオランくん!? どうしちゃったの!?」


「ああ、シャオランなら私の味方をしてくれることになったわ。ごめんなさいねぇ」


「コイツは……オリガの精神支配マインドハッカーか? だがアイツは、一度に一人の相手しか操れねぇハズだろ! もうズィークを操ってるのに、なんでシャオランまで!」


「……いや、そうとも限らんぞ。今のオリガさんは、俺たちの敵だ。ならば嘘の情報を伝えている可能性もある。本当は、一度に複数人を操れるんじゃないか、あの人は」


「ま、さすがにバレちゃうわよね。お察しの通りよ、本堂仁。『一度に一人しか洗脳できない』なんて真っ赤な嘘。本当はもっと大勢を一度に洗脳することができるのよ。すごいでしょ?」


「……なるほどな。ニューヨークで、お前はマモノの眼を一睨みしただけでマモノの攻撃を止めたことがあったが、あれは攻撃してきたマモノを洗脳して、攻撃を中止させていたワケか。ユニコーンも洗脳していたのにそんな芸当ができたのは、お前が実は複数の相手を操ることができるからだった、と」


「そういうことよ。……ふふ」


 オリガは自分の能力の秘密を白状したが、『何人まで操れるか』についてはぼかしておいた。


 シャオランまで操ったことにより、オリガが洗脳した人数は、上限の五人に到達した。

 もうこれ以上他者を洗脳することはできないのだが、『オリガが何人まで操れるか』を日影たちはまだ知らない。ならば、自分たちが洗脳されることを恐れて、引き続きオリガの眼を警戒してくれるかもしれない。



 そしてオリガの目論見通り、日影たちは彼女の眼を警戒しているようだ。


「……つまり結局、お前の眼を見るのはヤバいってワケか」


「たしかあの人は、至近距離まで近づかないと、能力の威力を発揮させることができないと聞いた。ならば近づかせないように戦うしかないな」


(ふふ、狙い通り。戦闘中に相手の眼を見れない、というのは想像以上に大きなハンデよ。そのハンデを背負わせておけば、たとえ三対一でも私が勝つ。ましてやこちらにはシャオランがいる……!)


 オリガはニヤリと笑うと、右手を挙げ、シャオランに命令を下す。


「さぁシャオラン。あなたは本堂をりなさい。私は残り二人を相手にするから」


「……ワカッタ」


 オリガとシャオランが動き出す。

 その間に、日影が北園に声をかける。


「……なぁ北園。お前は日向のところに行け」


「え? でも……」


「オリガは銃を使うから遠距離戦にも強い。そしてシャオランは、お前の戦闘技術を凌駕している。言い方は悪いだろうが、あの二人はお前には荷が重い。アイツらを相手に、お前を守りながら戦うのは骨が折れる。そんでお前を人質に取られでもしたら、もうお手上げだ。日向のところに逃げてくれ」


「……りょーかいだよ。気をつけてね、日影くん!」


「……おう!」


 日影に返事をすると、北園は念動力サイコキネシスの空中浮遊を使って日向のところに飛んで行こうとする。


「ちっ、逃がさないわよ」


 その後ろで、オリガが自分のハンドガン、トカレフを抜いた。

 素早く北園に照準を合わせる。


「”指電”!」

「っと……!」


 そのオリガに向かって、本堂が指パッチンで電撃の塊を発射。

 さすがのオリガと言えど、電撃より速く動くことはできない。


 だが、彼女も本堂の”指電”は見たことがあったので、その動作は覚えていた。本堂が電撃を撃つより早く上体を屈め、電撃を回避した。


「まったく、察しが良いじゃない。私が北園を狙うと分かって、彼女を逃がしたわね」


「なにせお前は、ずる賢い肉食獣みてぇな性格してるからな。仕留めやすそうなヤツから狙ってくるって読んでたぜ」


「ふん。言ってくれるじゃない」


「……テメェのその能力、もとより悪役向きだと思ってたが、本当に悪役になっちゃ世話ねぇな」


「あなたが私のことを悪役呼ばわりするたびに、『的を射ている』とほくそ笑んだものよ。……さて、それじゃ、私たちもそろそろ白黒はっきりつけましょうか」


「ああ……。ぶっ飛ばしてやるぜ、オリガッ!!」


「屈服させてやるわ、日影……!」


 日影とオリガがぶつかり合う。

 洗脳されているシャオランも、本堂に襲い掛かる。

 

 日影とオリガ、因縁の一戦が幕を開けた。



◆     ◆     ◆



 一方、こちらは倉間とズィークフリド。

 倉間は、大人しくついて来ているズィークフリドを後ろ目で見ながら、警戒を怠らない。


(アイツ……オリガに洗脳されて殺人マシーンに成り果ててるかと思ったら、意外とこちらの言うことを大人しく聞いてくれるな。どういうつもりだ。いったい何を考えてやがる……?)


「…………。」


(くそ、表情が読めねぇヤツだぜ。……おお? あれは……ヘルホーネット・クイーンが飛び去って、オリガが日影たちにちょっかい出してやがる。なんか、シャオランもオリガ側についてねぇか? ったく、どうなってるんだ……)


 自分がズィークフリドを引きつけている間にクイーンを倒してもらう算段だったが、計画の頓挫とんざを悟り、倉間は小さく舌打ちする。とはいえ、今からの彼の役割に変わりはない。


 やがて倉間は、雪が降り積もった雑木林の前で足を止めた。

 彼の後をついて来ていたズィークフリドも、立ち止まる。


「さて、この辺でいいだろ。おっぱじめようぜ、ズィークフリドくん?」


「…………。」


「……そうだ、一つルールを制定しねぇか? 簡単なルールだ。お互い一発ずつ殴り合い、先に力尽きた方が負け」


「…………。」


「俺もお前も腕が立つ。マトモに戦えば長期戦は必至だぜ? お互い、それは困るだろう? さっさとこの勝負を終わらせて、互いのパートナーを援護したいはずだ」


「…………。」


「沈黙はオーケー、ってことでいいよな? じゃあ先行はおっさんに譲らせておくれ。もっとも、こんないい歳したおっさんのパンチなんざ、若者の君に効きはしないだろうが……」


 口ではそう言うが、倉間はズィークフリドを一撃で殴り倒す気満々である。


(へっへっへ……引っかかってくれたな。俺の正拳突きは、コンクリートブロックくらいなら一撃で砕ける威力がある。空手七段は伊達じゃねぇよ)


 さらに言うなら、もしこの一撃でズィークフリドを倒せなかったとしても、彼はズィークフリドの攻撃をマトモに受けるつもりなど毛頭ない。こんなルール、自分が思いっきりズィークフリドを殴るための口実だ。この倉間という男、根っこの部分は非常に老獪ろうかいなのだ。


(しかし、こんな馬鹿げた提案さえ大人しく聞いてくれるのか。オリガに洗脳されてるんじゃないのか? ズィークフリドとやらめ、どうなってやがる……?)


 うすら寒い感覚を覚えながらも、倉間は構える。

 宣言通り、オーソドックスな空手の正拳突きの構えだ。

 腰を深く落とし、右拳を引き絞り、左の手の平で狙いを定める。

 打つべきポイントは、ズィークフリドのみぞおち。



「それじゃ、まずは軽く一発……うおりゃああッ!!」

「ッ!!」


 うなりを上げて突き出された倉間の正拳が、ズィークフリドの腹部に深々と突き刺さった。果たして、その威力のほどは如何に。

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