第355話 戦車VS人間
ロシアのホログラートミサイル基地にて、ズィークフリドが深緑の戦車と相対している。彼は今、ロシアに反旗を翻したオリガに精神支配によって操られているらしく、彼もまたロシアに敵対している。
雪が降る中、一人の人間と、一台の戦車が向かい合う。
ズィークフリドの黒いコートと銀の長髪が、冷たい風になびく。
ズィークフリドは、武器らしきものを手に持っていない。
爆弾も、拳銃も、刃物さえも。
彼は今から、素手で戦車と戦うつもりだ。
「…………。」
ズィークフリドは、静かに姿勢を低くして構えた。
『敵対行為を確認! 撃てぇーッ!!』
「……!」
アナウンスの音声と共に、戦車が主砲を発射してきた。
ズィークフリドはすぐさま右にダッシュしてそれを避ける。
誰もいなくなった場所を、主砲着弾の爆発が抉った。
『ならばこれはどうだ! 機銃を喰らえ!』
『この戦車の機銃は、コンピュータで制御されている! 自動で敵に照準を定めて射撃してくれる優れものだ!』
今度は戦車に取りつけられた機銃が火を吹いた。
ズィークフリドは戦車の周りを回るように逃げる。
ズィークフリドの走法は、かなり極端な前傾姿勢だ。一歩間違えれば、足をつまずかせてこけてしまいそうな、いかにも早そうで、しかし危なっかしい走り方。そんな彼の走るスピードは、機銃の射撃が追いつかないほどに速い。
『すばしっこい奴め! まるでネズミだな!』
『敵の進路上に主砲をぶっぱなす! 機銃と主砲で挟み撃ちにしてやる!』
機銃から逃げ続けるズィークフリドの動きを読むように、戦車が彼の移動方向に主砲を撃ち込んだ。これにより、主砲は見事にズィークフリドに命中した……かと思われたが。
「ッ!」
ズィークフリドはいきなり移動方向を変えて、戦車に向かって突っ込んできた。
放たれた主砲の砲弾の下を掻い潜るように、戦車との距離を詰める。
『馬鹿な!? 躱された!」
『う、後ろに下がって引き離す!』
戦車が後ろに下がり、ズィークフリドと距離を取ろうとする。
しかしズィークフリドもまた戦車に向かって走り、その間合いを縮めようとする。
後退する戦車を、生身の人間が追いかけている。
こんな馬鹿な話があるだろうか。
『ミサイル発射! 今度は外さないぞ!』
戦車が、砲塔側面に装備されたミサイルポッドから二発のミサイルを発射した。さらに機銃で弾幕を張り、今度こそ確実にズィークフリドを仕留めにかかる。
これに対して、ズィークフリドは高く跳躍した。
そのすぐ後で、彼の背後にミサイルが着弾する。
ズィークフリドはミサイルの爆風を利用して、さらに高く跳んだ。
前傾姿勢で走っていたズィークフリドに弾丸を当てようとしていた機銃は、銃口が下に向いていた。そのため、張っていた弾幕をズィークフリドに跳び越えられてしまった。
「……!」
ズィークフリドは跳躍の勢いを利用して、今度は見上げるほどの高さから戦車に攻めかかる。両腕から指へと力を込めて、手刀の構えを取る。
「ッ!!」
そして落下と同時に、ズィークフリドが両腕で二回の手刀を放った。
一つの手刀は、戦車の機銃を。
そしてもう一つの手刀は、戦車のキャタピラを切断した。
極限まで鍛えられた彼の指と腕力が織り成す手刀は、日本刀も顔負けの切れ味を生み出すに至った。
『き、機銃、左キャタピラ、共に破損! 小回りが利かなくなった!』
『い、今、アイツは素手で機銃とキャタピラを切断しやがったのか!? ば、化け物かよ!?』
『お、落ち着いて! まだ主砲とミサイルが残ってる!』
戦車は砲塔を回転させて、ズィークフリドに主砲の照準を合わせようとする。
しかしズィークフリドは、素早く主砲の真下へと潜り込むと……。
「ッ!!」
するどい蹴り上げを繰り出した。
主砲を、真下から突き上げるような蹴り上げを。
その結果、なんと主砲がへこみ、ひん曲げられてしまった。
『し、主砲破損! これじゃあ砲弾を発射できない!』
『み、ミサイルだ! ミサイルを撃てぇ!!』
『と、とにかく退くんだ! 奴を近づけさせるな!』
戦車はキャタピラが破損して傾き、走行が不安定だ。その状態でも後退を続け、ズィークフリドから距離を取ろうとしながら、残った最後の武装のミサイルを一発、放ってきた。
「ッ!!」
ズィークフリドに向かって、一発のミサイルが真っ直ぐ飛んでくる。
ズィークフリドはそのミサイルを、なんと右の回し蹴りで蹴っ飛ばしてしまった。ミサイルの軌道が逸れて、左に建っていた建物に命中し、爆発した。
『ば、化け物め! 次弾発射用意っ!』
「……ッ!!」
だがズィークフリドがそれを許さない。
あっという間に戦車との距離を詰めると、跳躍して戦車の車体を駆け上がり、砲塔側面のミサイルポッドを蹴っ飛ばして破壊した。
『ぜ、全武装、破損……。もう戦えない……』
『く、くそっ! けど、この戦車のハッチはしっかりロックしてある! このままなら、敵はこっちの車内には侵入できない! だったらこのまま走行を続けて、なんとか一体でも多くのマモノをひき殺すか……!』
しかしその時、戦車のハッチ……この戦車の車内へ唯一繋がる出入り口のドアに当たる部分が、異様な音を上げた。まるで、金属が捻じ曲げられているような音が。
戦車の車内の搭乗員たちは、そろって狼狽える。
「な、なんだ!? アイツ、一体何をするつもりなんだ!」
「まさか、このハッチを無理やりこじ開けるつもりなんじゃ……!」
「ば、馬鹿言え! あっちは素手だぞ! しっかりロックをかけたこの分厚いハッチをこじ開けるなんて、そんな真似ができるわけ……!」
「け、けど現に、奴は素手でこの戦車を制圧しやがったんだぞ! 不可能じゃないんじゃ……!」
そうこうしている間にも、ハッチから響く異音は大きくなる。
やがて、バキリという音とともに、本当にハッチがこじ開けられてしまった。
「ひっ!? ひえっ!? ひええええ!?」
「あわ、あわわわわ……!?」
「は……はぁ……はぁ……!?」
搭乗員三名は、ひどく動揺している。
開いたハッチから顔を覗かせたのは、この戦車を素手で無力化した張本人、ズィークフリドだ。
ズィークフリドは懐からメモとペンを取り出すと、素早く何かを書いて、それが終わるとメモを丸めて、三人に投げてよこした。
「あ……あ……?」
搭乗員の内の一人が、震える手でそのメモを拾い上げる。
そのメモには『大人しく投降しろ。命までは取らない』と書いてあった。
「ど……どうする……?」
「馬鹿お前、投降するに決まってんだろ……。こんな、素手で戦車に勝ちやがった化け物、勝てるわけない……」
その言葉と共に、搭乗員三名は両手を上げて、揃って降伏の姿勢を取った。
ズィークフリドはそれを見て、ただ静かに頷いた。
◆ ◆ ◆
「ふふ……あはは……あっはっはっはっは! まったく、本当に凄いわね、あなたの息子さんは! 生身で戦車を制圧しちゃうんだもの!」
「ズィーク……」
ミサイル基地の執務室にて、窓から以上の戦闘の様子を見ていたオリガは、満足げに大笑いしていた。一方のグスタフ大佐は、唇を噛みしめている。
「オリガ……お前はロシアに復讐すると言っていたが、何の目的のためにこの基地を占拠したのだ?」
「質問が多いわね、大佐。ご自分の立場を分かってらっしゃる?」
「くっ……」
「けど、まぁいいわ。気分が良いから教えてあげる。この基地を占拠した目的の一つは、今日ここにあなたがいたからよ、大佐」
「私がいたから、だと……?」
「ええ。あなたは、私を強制的に無敵の兵士に鍛え上げる『無敵兵士計画』の重要なポジションにいたのでしょう? でなければ、軍と情報庁……務める部署の違うあなたが、わざわざ情報庁の地下深くに幽閉されていた私に何度も会いに来るはずがないもの」
「それは……確かにそうだが……」
「あなたには、あの『無敵兵士計画』について、私が知らないことを洗いざらい話してもらうわ。例えば……私を生んだ両親について、とかね」
「お前を生んだ両親……それを聞いてどうするつもりなのだ?」
「始末するに決まってるでしょう? 私を金で売った人でなしども、見つけたら限界まで苦しめてぶっ殺してやるわ」
オリガの両親は、大金と引き換えに彼女を国へ売り渡した、とオリガは聞いている。つまりオリガにとって生みの親とは、自分を地獄に突き落とした張本人たち。彼女は顔も知らない生みの親に、ロシアと同じくらいに強い恨みを抱いている。
「ぬう……そんなことを言われたら、話すワケにはいかんな……」
「喋りたくなかったらそれでも良いのよ。どうせ私の精神支配を受ければ、喋らざるを得なくなるんだから。けどそれは、時間に余裕ができた時にゆっくり聞くとして、今は二つ目の目的に取りかからないといけないわ」
「二つ目の目的……それは何だ……?」
「ふふ……大佐ったら。ミサイル基地を占拠する目的なんて、基本的にはそれ一つしかないでしょう?」
「ま、まさか、お前……!」
焦り声を上げるグスタフ。
そんな彼に、オリガは改めて、ハッキリと宣言した。
「二つ目の目的……それは、この基地に配備されているステルス核ミサイルよ。それを使って、この国に大火傷を食らわせてやるわ」




