第354話 反逆
ここはロシアのホログラートミサイル基地の兵器格納庫。
薄暗い格納庫内を、三人のロシア軍兵士が走っている。
「ここまで来れたのは、俺たちだけみたいだな……」
「けど、こっちには戦車兵のイーゴリがいるんだ! 勝ったも同然だぜ!」
「任せて! 戦車さえ引っ張り出せれば、マモノなんか一気に蹴散らせるよ!」
彼らの狙いは、この格納庫にある戦車だ。これを使ってマモノたちと戦うつもりなのだ。
そして彼らは見つけた。
深緑の装甲を持つ、巨大な戦車を。
「見てろよマモノの奴ら、目にモノ見せてやるぜ……!」
◆ ◆ ◆
「おはようございます、大佐。ご機嫌麗しゅう。ふふ……」
「オリガ……どうしてお前が……」
ロシアのホログラートミサイル基地の執務室にて。
昏倒状態から回復したグスタフの前にいたのは、行方不明になっていたはずのオリガであった。縄で縛られているグスタフに対して、挑発的な笑みを浮かべている。そんな彼女の隣には、グスタフの息子であるズィークフリドが静かに控えている。
グスタフが周囲を見回すと、どうやらこの部屋にいる人間は彼らだけではないようだ。軍の人間ではない、銃で武装した若者たちが数人いる。その全員がガラの悪い見た目であり、真っ当な人間ではないことを知らせている。
「……この者たちは、何者だ?」
「彼らはテロ組織『赤い稲妻』のメンバーよ」
「『赤い稲妻』の……!? そんな連中とお前が、なぜ行動を共にしているのだ!」
「ふふ。そんなに難しい理由ではないわ。ただの業務提携よ」
「そういうとこだぜ、大佐サンよ」
グスタフとオリガの会話に、男の声が割り込んできた。
彼は『赤い稲妻』のリーダーの男だ。以前、ノルウェーにてオリガや日本にいる日向たちと顔を合わせ、その後は高速艇に乗って逃亡し、アメリカに潜伏していた。
ノルウェーの一件以来、『赤い稲妻』は目立った活動をせず、グスタフは『赤い稲妻』が壊滅的被害を受けて自然消滅したものだと思っていたが、どうやら健在だったらしい。
「お前は、『赤い稲妻』のリーダーの……! これはいったいどういうつもりなのだ、オリガ!」
「どういうつもりか、ですって? そんなの、普通に考えれば分かるでしょう? ロシアを潰すために、手を取り合っているのよ」
「馬鹿な! お前は情報庁の『教育』によって、ロシアへの強烈な愛国心を植え付けられていたはずだ。それが、どうして……!」
「ふん。あんなもの、愛国心を抱いているフリをしてパスしてやったわ」
「フリをして……だと……?」
「私はね、物心ついた時からこのロシアという国に恨みを抱いているのよ、大佐。私がまだ右も左も分からない子供の頃から、私に拷問に等しい訓練を受けさせてきたこの国を……私から自由を奪ったこの国を、私は絶対に許さない」
「つまりお前の目的は、この国への復讐か……!」
「そういうこと。そのために、ノルウェーで彼をわざと逃がしたのよ」
そう言って、オリガがリーダーの男を見やった。
ノルウェーにて、『赤い稲妻』が潜伏する座礁船に突入した際、オリガは日向たちと別行動を取った。そして一度はリーダーの男を追い詰めたが、その時オリガは、リーダーにこんなことを話していた。
「あなたたちに話があるのよ。悪い話じゃないと思うわ」
「話……だと? チッ、冥途の土産に聞いておいてやる。何の用だ」
「あなたたち、私と組まない? 一緒にロシアを潰しましょう?」
「……お前、本気で言っているのか?」
「ええそうよ。今まで戦ってきて分かったけど、あなたたちの『マモノを管理する組織力』はどうやら本物みたいね。私とあなたたちが組めば、あの国の軍事基地一つくらいは簡単に落とせるわよ?」
「……詳しい話を聞かせてもらおうか」
以上が、ノルウェーでのオリガとリーダーのやり取りである。
オリガはロシアへの復讐という目的のために、リーダーの男に今回の計画を持ち掛けていたのだ。
「『赤い稲妻』がマモノを確保し、私がそのマモノを操る。最高のコンビネーションだと思わない?」
「まさか、この基地を襲撃しているマモノ全てを、お前一人で操っているのか!? だが、お前の精神支配で操れる対象は、一度に一人だけのはず……!」
「……ふふ。うふふ……あはははははっ!」
「な、なんだ!? 何が可笑しい!」
「あははは、だって可笑しいわよ! あなたたちったら、私が子供の頃に付いた嘘を、二十年経った今でもまだ馬鹿正直に信じているんですものね!」
「『嘘』……だと? ではまさか、お前の能力は……」
「ふふ……私の精神支配が操れるのは、一度につき『五人』よ」
「一度に付き五人だと……!? そんなに多くの数を操れたのか……! いやしかし、この基地を襲撃しているマモノの数は、明らかに五体以上いるが……」
「ああ、それ? マモノは人間と同じようにものを考えているらしいけど、命令系統は相変わらず、元の動物並みに単純みたいなのよね。雑魚マモノを統率する『星の牙』を操って、その『星の牙』を通じて命令を下させたら、配下の雑魚マモノも大人しく従ってくれたわ」
「く……そういうカラクリか……」
「そういうこと。私は今、三体の『星の牙』を支配下に置いているの。アイスリッパーを統べる『星の牙』と、ヘルホーネットを統べる『星の牙』。そしてマーシナリーウルフを統べる『星の牙』をね」
「オリガ……なぜ、本来の能力を隠していたんだ。お前の能力は、お前が幼いころに組織へ自己申告させていた。五つにも満たない子供の時から、我々を欺いていたのか」
「言ったでしょ? 『物心つく前』からこの国に恨みを抱いているって。私の能力が必要以上に警戒されないように、能力の威力を過少に申告しておいたのよ。いつか、こんな日が来ると信じてね」
「それほどまでに、恨みを膨らませていたのか……。本当の能力を、25年間も隠し続けて……。私でも気づかなかった……」
「無理もないわ。大佐ったら、たまにしか私に会いに来てくれなかったものね。私のことをずっと近くで観察していた研究者たちも、私の本当の能力には気付かなかったもの」
「オリガ……」
グスタフはオリガの名を呟き、彼女を睨む。
一方のオリガは、勝ち誇ったようにニヤニヤと笑っている。
「……ここ最近のエージェントたちの失踪問題も、お前の仕業か」
「そうよ。この作戦を実行するにあたって、厄介な戦力になりそうなメンバーをあらかじめ排除しておいたの」
「だが、発見できたメンバーたちの死因は、そろって自殺だった。お前は、一体どんな手を使って彼らを自殺させたのだ?」
「あら大佐、私の能力をもうお忘れかしら? 歳は取りたくないものねぇ」
「……そうかお前、精神支配の能力でエージェントたちを洗脳し、自殺するように彼らを操ったな!?」
「正解、よくできました。『自分たちが考え得る限り、誰にも死体を見つけられない方法で自殺しなさい』ってね。みんな上手く隠れてくれて、あなたたちの捜査をかく乱してくれたわ。さすがは聡明なエージェント諸君ね」
「なんてことを……! 彼らには家族や、帰る家があるのだぞ!」
「ふん。私が苦労していたのも知らずに、幸せに暮らしていた連中なんて、腹が立つわ。死んでくれて清々しい気分よ」
「お前……! ……ズィークよ! なぜオリガを止めなかった!」
「ふふ、無駄よ大佐。ズィークも、私に操られているんだから」
「なんだと……!?」
「あなたのお優しい息子さんが、こんな計画に加担するワケないでしょう? けれど、もし彼が私の前に立ち塞がった場合、彼は間違いなく最も厄介な戦力になる。だから今日、計画の実行の前に洗脳して、こちらの手駒にしておいたのよ。私は今、三体の『星の牙』とズィーク、全部で四人を洗脳しているのよ」
グスタフに説明しながら、オリガがズィークフリドに歩み寄る。
幼さが残るオリガの顔は現在、蠱惑的な表情を浮かべている。
ズィークフリドの身体を、か細い指でそっと撫でる。
「ふふ……格好良いわ、ズィーク。……ねぇ大佐。私、あなたの息子さんに恋しちゃってるの。このまま貰っちゃってもいいわよね?」
「な、何を馬鹿なことを……!」
「今の彼は、私の言いなり。ねぇズィーク、私にキスしてちょうだい?」
「…………。」
ズィークフリドは頷きもせず、顔色一つ変えることさえせず、ただ目の前のオリガをジッと見つめる。
そして不意にオリガを抱き寄せ、彼女の唇を奪った。
「……ふぅ。良い気分だわ。……どうかしら大佐? 可愛い息子が目の前で玩具にされている気分は?」
「む……むぅ……」
二人のキスを見せられたグスタフは、何とも気まずそうな表情をしていた。
……と、その時である。
執務室の外、基地の敷地内から、爆音が聞こえた。
テロリストの一人が執務室の窓から、外の様子を眺める。
この執務室は建物の三階にあり、窓からの景色は見晴らしが良い。
「なぁに? 何の音なの?」
「や、やべぇ!? 戦車だ! 軍の奴ら、戦車を持ち出して来やがったぞ!」
外では、深い緑の装甲に包まれた戦車が暴れまわっていた。
マモノの群れに主砲をぶっ放し、機銃を掃射し、ミサイルを投射している。
「こ、この執務室が狙われるのも時間の問題だ! ここを離れよう!」
「その必要はないわ。ねぇズィーク? あの戦車を潰してきてちょうだい?」
「…………。」
オリガの言葉を受けたズィークフリドは、ゆらりと執務室の窓へと向かう。そして窓を乗り越え、外へと飛び降りた。
建物の三階分の高さをものともせず、両脚で着地するズィークフリド。そんな彼の正面には、巨大な深緑の戦車が一台。
『テロリストに告ぐ! 武器を捨てて、投降しろ!』
「…………。」
ズィークフリドは、姿勢を低くして静かに構える。
これより始まるのは、生身の人間による対戦車戦である。




