第344話 前線維持
全身が水晶化した巨木、ユグドマルクトの正面に陣取り、日向とジャックとマードックの三人は戦闘を継続している。
他の仲間たちも日向たちに続いて、合流してくる。
まずマモノたちの群れを切り裂いてやって来たのは、本堂とレイカの二人だ。
「よし。なんとか突破できたな」
「日下部さんとジャックくん、それに大尉も無事みたいですね!」
「お、レイカとホンドウじゃねーか! そっちも無事で何よりだぜ! そんじゃヒュウガ、俺はレイカと組ませてもらうぜ。オマエとも悪くなかったが、やっぱり慣れ親しんだ相棒の方が一緒に戦いやすいからな!」
「分かった! 気を付けて!」
ジャックとレイカが合流し、タッグでマモノたちに攻撃を仕掛ける。
その殲滅スピードは凄まじいものだ。
ジャックの動きも、日向と組んでいた時よりさらに洗練されて見える。
これが正式なパートナーと組んだ時の、二人の本来の戦闘能力なのだろう。
そして日向は、やって来た本堂と新たにタッグを組む。
「俺たちも負けていられんな、日向」
「そうですね! ……でも俺は今、冷却時間中なので、前衛は本堂さんでお願いします」
「俺だって前に出るの面倒なのだが」
「こんなところでロバの怠け癖を発揮しないでくれませんかねぇ!?」
「ウギャギャーッ!!」
そんな日向と本堂の背後から、ナマケモノ型のマモノのマーダーネイルが複数接近してきている。長い爪を振り上げ、日向たちを引き裂くつもりだ。
「ならば、二人とも後衛で行くか」
「良いんですかソレで!?」
日向は懐から拳銃を、本堂は”指電”の構えを取り、攻撃を開始。
本堂の電撃でマーダーネイルを麻痺させ、日向が額を撃ち抜いてトドメを刺す。
その狙いは実に精密で、マーダーネイルたちを近寄らせない。
「よし、これで片付いた。今のうちにリロードを……」
「ウッギャーッ!!」
「え、しまった、後ろ!?」
日向の背後から、もう一体のマーダーネイルが飛びかかってきた。
日向は拳銃から弾倉を抜き取った直後で、攻撃ができない。
しかし本堂が日向より早く”指電”の構えを取っている。
「……せいやぁッ!!」
「ギャーッ!?」
……だが本堂が”指電”を撃つより早く、マーダーネイルの横からシャオランが駆け寄ってきて、マーダーネイルをぶっ飛ばした。
「ヒューガ! 大丈夫だった?」
「シャオラン、危ない!」
「へ!?」
シャオランの横から、地面の盛り上がりが迫ってきている。
そして地面を突き破って、ユグドマルクトの水晶化した根っこがシャオラン目掛けて飛び出してきた。
根っこの先端は槍のように細く尖っており、シャオランを貫きにかかる。
「ひぃぃ!?」
シャオランは”地の気質”を纏った両腕で、根っこをガードした。
水晶化したユグドマルクトの根っこの切れ味はかなりのもので、シャオランは完全には防御しきれず、肘から血が流れ出た。それでも傷は浅く済んでいるようで、ひどいダメージは受けていない。
「ぎゃああああ怪我したぁぁぁああもうダメだぁぁぁ!!」
「落ち着いてシャオラン。傷は浅いから……」
「いやでもコレ見てよぉぉ!?」
シャオランが、怪我した両肘を見せる。
両肘は、ユグドマルクトと同じく水晶化していた。
ユグドマルクトに触れた者は、水晶にされてしまうのだ。
「ねぇコレ治るのぉ!? ホンドー、コレちゃんと治るのぉぉ!?」
「俺はお手上げだ」
「医者が匙を投げたぁぁぁ!?」
「落ち着いてシャオラン。元凶であるユグドマルクトを倒せば、その水晶化も解除されるはずだから……って、危ないっ!」
「へ!?」
今度はシャオランの背後から、大型バイクが真っ直ぐ飛んできた。
シャオランはショルダースルーの要領で、飛んできたバイクを後ろに大きく放り投げた。
「危なぁぁぁ!? い、今ボクを殺そうとしたのは誰だぁぁ!!」
「シュー……」
「あれは……デカいモンハナシャコ?」
「げぇ!? シャコライカ―!」
日向が悲鳴混じりの声を上げる。
現れたのは、サテラレインが占拠していたビルで日向を叩きのめしたマモノ、シャコライカーだった。先ほどのバイクも、シャコライカーが得意のシャコパンチを叩きつけて飛ばしてきたのだろう。
このマモノの手強さは、一度戦った日向と本堂はよく知っており、見れば本堂もげんなりとした表情をしている。
「またアイツか。厄介なのが出てきたな」
「シャオラン、気を付けて。アイツ、ああ見えてかなり素早いぞ」
「う、うん、分かっ……」
「シューッ!」
「うわ速ぁぁ!?」
シャコライカーは真っ直ぐシャオランとの距離を詰めてきて、必殺のシャコパンチを放った。
右の丸いハサミが、弾き出されるようにしてシャオランにぶつけられる。
シャオランは咄嗟に両肘と”地の気質”でガードを固めた。
強烈な打撃音がこだまして、シャオランのガードはシャコライカーのパンチを防いでみせた。
「ほぉ、やるなシャオラン。ヤツのパンチを止めたぞ」
「い、いや! 今のシャオランは両肘が水晶化してるから、防御力が跳ね上がってるんだ!」
シャオランはシャコライカ―のパンチを防ぐと、今度は逆に自分からシャコライカーとの距離を詰める。
シャコライカーは後退しようとするも、それより早くシャオランがシャコライカーを掴み、逃がさない。
「危ないだろぉぉ!?」
シャオランが叫び、シャコライカーに水晶化した右肘を叩きつける。
一発、二発、三発、四発と連続で。
そのたびにシャコライカーの額の甲殻が無惨に砕かれていく。
「シューッ!?」
ついにシャコライカーはシャオランの肘に耐え兼ね、ダウンした。
それでもまだ力尽きてはおらず、身体を震わせながら起き上がろうとしてくる。
一方、シャオランは水晶化した己の肘を見て、ポカンとしていた。
「あ、これ割と良いかも……」
「シャオラン、その調子であのシャコライカーを頼めるかな?」
「わ、分かった! 任せて!」
珍しく自信ありげに返事をして、シャオランはシャコライカーに再び挑みかかった。
一方、日向と本堂の背後からは、また別のマモノの群れが押し寄せてきている。
トライヘッドやランシーバなど、植物型のマモノが中心となっている。
「これはまた、随分と数が多いな」
「ですね……。俺たち二人の殲滅力じゃ、この数は結構厳しい……」
「二人とも、退いてーっ!」
血生臭い戦場には似つかわしくない、可愛らしい声が日向と本堂にかけられた。
次いで、血生臭い戦場には実にベストマッチした、灼熱の炎が植物のマモノの群れの横から吹きつけられてきた。
炎の勢いは凄まじく、また大規模で、あっという間に植物のマモノたちを焼き尽くしてしまった。
「日向くん! 本堂さん! 大丈夫!?」
駆け付けてきたのは、北園だ。
今の炎は、北園の得意技の発火能力だ。
「おかげさまで大丈夫だったよ。ありがとう、北園さん」
「どういたしまして! それじゃあ、ここからは三人で……」
「あ、ちょっと待った北園さん! 話の途中だけどワイバーンだ!」
「ギャオオーッ!!」
日向たちの上空から、緑の鱗を持ったワイバーンが真っ直ぐ急降下してきた。
……が、ワイバーンの身体に大口径のライフル弾が撃ち込まれ、身体に風穴を開けられながら吹っ飛ばされてしまった。
日向たちを狙ったワイバーンを仕留めたのは、『ARMOURED』のコーネリアス少尉だ。日向たちが戦っている場所から少し離れたところで、彼らを援護している。
「ミズ・キタゾノをやラせはセン。やラせはセンぞ」
(コーネリアスさん! 周囲からワイバーンが来てます!)
「ム……!」
コーネリアスの頭の中で、北園の声が響いた。
北園の能力の一つ、精神感応だ。
そして彼女の言うとおり、コーネリアスの周囲からワイバーンたちが飛来してきている。
「ギャオーッ!!」
「邪魔ダ……!」
コーネリアスは片腕で対物ライフルを構え、ワイバーンに向かって射撃。正面のワイバーンを撃ち落とした。
その射撃の反動で、対物ライフルの銃口が後ろへと向く。
そのまま後ろに向かって射撃し、背後から来ていたワイバーンも撃ち落とした。
さらにその反動で跳ね上がった銃口の先にもワイバーンが。
再び引き金を引いて、ワイバーンを撃ち落とす。
その反動も利用して、また別のワイバーンに狙いを定める。
コーネリアスは、対物ライフルの射撃の反動を上手くコントロールして、対物ライフルを乱射してみせる。
まるで舞うように12.7x99mmの砲弾のようなライフル弾が周囲にばら撒かれ、ワイバーンたちはその嵐のような銃撃の前に蹴散らされてしまった。
(コーネリアスさん、すごいです!)
「フッ……」
北園の賞賛の言葉が再び頭の中に響き渡る。
コーネリアスは、僅かながらも得意げに口角を上げていた。
一方、日向たちと別の場所では、日影とズィークフリドが肩を並べて戦っている。
日影はオーバードライヴを発動しており、身体が燃え上がっている。
元から優れた運動能力と反射神経を持つズィークフリドは、いまだにその身体には傷の一つすら負っていない。
「おるぁッ!!」
日影が燃え盛る『太陽の牙』を振るえば、マモノたちが炎上しながら真っ二つにされる。小型のマモノには拳や蹴りなどの体術も織り交ぜ、反撃の隙を与えない。
「ッ!!」
ズィークフリドは、鍛え抜かれた指でマモノたちの急所を貫き、素早く最低限の手順で葬っていく。その動きの迅さ、そして鋭さは、オーバードライヴにより超人と化している日影よりもなお上である。
「ギギギ……」
やがて、残るマモノはナマケモノ型のマモノであるマーダーネイルのみとなった。
日影とズィークフリドは、前と後ろから挟み撃ちするようにマーダーネイルに接近すると……。
「うるぁッ!!」
「ッ!!」
「ギャッ!?」
二人は共に、同時に右のハイキックを繰り出した。
マーダーネイルは、二人の強烈な蹴りに顔面を挟みこまれ、地に倒れた。
「よっしゃ。この調子で、次に向かうか」
「……!」
「あん? どうした、ズィーク。空を指差して……」
「チュンチュンッ!」
「おっと、アイツらは……!」
日影とズィークフリドの真上から、新手のマモノの群れが現れた。
日影は中国で、あのマモノたちと遭遇したことがある。
身体は小さいが、非常に硬い嘴を持ち、最高速度での突進攻撃は鉄板に穴を穿つこともあるとか。
そのマモノの名は『バレットバード』。スズメ型のマモノである。
しかも、個体の一つ一つは小柄だが、一度に数十体の群れを構築して襲い掛かってくる、いわゆる群体型のマモノだ。広範囲の攻撃手段に乏しい日影とズィークフリドの二人にとっては、相性が悪い。
そしてバレットバードたちは、日影たち目掛けて一斉に急降下を開始してきた。その鋭い嘴で日影たちを蜂の巣にするつもりだ。
「だが、ここで背中を向けるのも癪だな。ダメージ覚悟で迎え撃つか……!」
「まったく、本当に脳筋ね」
すると、日影の背後から別行動をとっていたオリガがスライディングで滑り込んできた。そのままオリガは、持っていたショットガンで、襲い来るバレットバードたちに散弾を浴びせる。
身体が小さいバレットバードたちにとっては、たとえ小さな散弾の一粒であろうと致命傷になる。今の一発で、大半のバレットバードたちが撃ち落とされた。
「チュンチュンッ!!」
しかし、まだ一部のバレットバードたちは健在だ。
オリガの攻撃を受けて一度後退したあと、再び舞い戻ってきて突進を仕掛けてくる。
「ッ!!」
「チュンッ!?」
すると今度は、ズィークフリドが地面に落ちていた砂や瓦礫を手ですくい、それをバレットバードたちに向かって思いっきり投擲した。
ズィークフリドの怪力で砂や瓦礫が投げ放たれれば、それはまさしく散弾と同等の威力を発揮する。
ズィークフリドの砂弾をぶつけられ、バレットバードたちは全滅した。
「流石ね、ズィーク。そして日影、今のが模範解答よ」
「……ちっ!」
「…………。」
仲が悪いオリガに勝ち誇られて、日影は悔しそうに舌打ちした。
それを見ていたズィークフリドは、表情は変えず、ただ気まずそうに頭を掻いていた。
最前線では、マードックが重火器を使ってマモノたちを蹴散らしている。
だがその時、道路沿いに建てられているビルを乗り越えて、巨大なマモノが現れた。
左右に三本ずつ、計六つの腕を持つ、見上げるほどに大きなゴリラ型のマモノだ。
「ウッホ! ウッホホ!!」
「む……奴は『アスラコング』か! 『嵐』の能力を持つ星の牙、ここで現れるとはな……」
マモノ陣営の強力な援軍の出現に、マードックは苦い表情を浮かべる。
せっかく詰めたユグドマルクトとの距離を再び開けるような真似はしたくないのだが、この強大な敵を相手に一歩も下がらず戦うというのは、やはり厳しいものがある。
だがその時、マードックの背後から、ミサイルや機関銃の弾丸が飛んできた。
それらは全て、マードックの目の前のアスラコングに命中する。
「ウッホォ!?」
「今の攻撃は……」
『大尉! 援護に来ましたよ!』
マードックの後ろから、大きなロボットのような兵器が歩いてやって来た。
二足の脚は逆関節の構造で、深い緑色の装甲を纏っている。
アメリカのマモノ討伐チームの二足歩行型機動兵器、タクティカルアーマーだ。
タクティカルアーマーの中には操縦士が乗り込んでおり、彼らがマードックに声をかけた。
「おお、助かるぞ! よし、では私が指揮を執る。アスラコングを封じ込めるぞ」
『了解!』
マードックは、駆け付けてきたタクティカルアーマーと共にアスラコングとの交戦を開始した。
「……よし! 『太陽の牙』、冷却時間が完了した!」
日向が叫ぶ。
それと同時に”点火”を発動し、剣に業火を纏わせた。
そして、その燃え盛る刀身の切っ先を、ユグドマルクトに向ける。
「さぁ……そろそろ決着を付けようか……!」




