第339話 戦友に最後の安らぎを
「コノ……ヒトゴロシガァァ……!!」
ケルビンの背中のパラサイトが、北園に向かって右前脚を振り上げる。
北園はケルビンからの言葉責めにあい、動揺して動けないでいる。
パラサイトの前脚の刃は、黄金色に発光している。
マードックの装甲をも切り裂く、電熱の刃だ。
あれが北園の身体に食い込んだ日には、確実に命は無い。
「ちぃ! 危ねぇっ!!」
「きゃっ!?」
北園の後ろにいたジャックが、彼女を突き飛ばした。
そして同時に、パラサイトの前脚が振り下ろされる。
電熱の刃はジャックの肩に落とされて、そのまま彼の腰のあたりまで切り裂いてしまった。
「がっ……!?」
ジャックが、背中から床に倒れ込んだ。
深々と切り裂かれた傷口から、黒煙が噴いている。
出血も激しく、ステージがどんどん血に染まっていく。
「あ……ジャックくん……」
「ぬおおおおおおッ!!」
ジャックが倒れたのを見た瞬間、マードックが走り出した。
そしてケルビンにタックルをかまし、そのまま彼を奥の壁まで叩きつけた。
「グッ……!」
「北園! ジャックを回復させるんだ! ここは私に任せろっ!!」
「あ、は、はいっ! 分かりました!」
「ぼ、ボクも手伝うよ、マードック! これはもう、怖がってる場合じゃない!」
「よく言った! 頼むぞ、シャオラン!」
マードックとシャオランがケルビンに攻撃を仕掛ける。
マードックがケルビンの攻撃を誘発させつつ、その隙にシャオランがケルビンの懐に潜り込み、『地の練気法』を使った肘や拳を叩きつける。
そしてその隙に、北園はジャックに駆け寄り、彼に治癒能力を使っていた。
青い光がジャックの傷口を照らすと、傷がみるみるうちに塞がっていく。
同時に、北園の額が汗ばんできている。
ジャックを助けるため、彼女が持っている力を全て治癒能力に注ぎ込んでいるのだ。
「ジャックくん、しっかりして! お願い、死なないで……!」
「ぐ……心配すんな、これくらいで死なねーよ……」
ジャックが右腕を上げて返事をした。
ぐったりとした様子と表情だが、命に別状は無いようだ。
「ジャックくん! 大丈夫なの!?」
「ああ……。傷はデカいが、見た目よりは深くないぜ。俺もオマエを庇った瞬間、しっかり身をひねって回避を取ってたんだ。それが功を奏したみてーだな……。まぁ、放っておいたら、いずれ出血多量で命が危なかったかもしれねーけどな……」
「よかった……本当に……」
「お、おい? 泣くなよ? 俺が気まずいからな……」
「うん……大丈夫だよ……大丈夫……」
「そうか、それならいいんだ。
……だが、ケルビンのことは、大丈夫じゃなさそうだな?」
「……うん」
北園は、気まずそうにジャックの言葉に返事をした。
先ほど北園は、唐突にケルビンに罵詈を浴びせられ、彼にトドメを刺し損ねてしまった。
北園は、ケルビンに言われたことを相当気にしているようで、いつもの明るい表情は陰り、沈んでしまっている。
「ねぇジャックくん……。きっとケルビンさんは、意識があるんだよ……。パラサイトに操られていながらも、ちゃんと自我を保ってるんだよ……。私を許さないって言ったのは、きっとケルビンさんの意志。意識があるってことは、今ならケルビンさんも助けられるかも……」
「落ち着け、キタゾノ。狭山が言ってただろ。パラサイトは操っている人間の記憶を参照することができる。さっきの言葉は、オマエを動揺させるためにパラサイトが言わせた、ただの妄言だ。オマエのその考えは『ケルビンに許してほしい』って願いが生み出したまやかしだ。だいたい、ケルビンが死んだのはオマエのせいじゃねーって言ったろ?」
「で、でも、ちゃんとした証拠があるワケじゃないでしょ……? もしかしたら、狭山さんの予測は外れていて、ケルビンさんは本当に意識があるのかも……」
「心配すんな、それはねーよ。さっきのケルビンの……いや、パラサイトの言葉を聞いて、ハッキリと分かったぜ」
「ハッキリと……? それは、どうして……?」
「決まってんだろ。……ケルビンは、あんなこと言わねぇ」
「あ……」
それは、北園にとっては盲点だった。
北園とケルビンは、今日が初対面だ。
彼が本来はどんな性格をしているのか、彼女は知らない。
一方、ジャックとケルビンは、同じアメリカのマモノ討伐チームの同僚として、一緒に一年間過ごしてきた。
ずっと共に戦ってきた戦友同士だからこそ分かった、マモノの嘘。
ジャックが即座に気付いて、北園が気付かなかった、ケルビンという人物像への矛盾。
「アイツは良い奴でよ、女や子供を泣かせるようなことは絶対に言わねーんだ。だから間違いねぇ。アイツはもう、ケルビンじゃねぇ」
「で、でも、もしかしたら、心の底では、やっぱり私のことを悪く思ってるのかも……。それが口に出ちゃったとか……」
「なんつーか、意外とネガティブだなオマエ……。まぁそん時は、もうアイツも死んでも仕方ないヤツだったってことだ。女子供を泣かせるような奴は、アメリカ軍人の名折れだからな!」
「ジャックくん……」
「……もちろん、アイツに限ってそれは有り得ねーよ。だって今の言葉、他でもないケルビンの口癖だったんだぜ? だからキタゾノ、頼むぜ。ケルビンを解放してやってくれ」
「……うん。分かった……!」
北園が表情を引き締め、立ち上がる。
ジャックは血が出過ぎた影響か、立てずにいるようだ。
しかし顔には不敵な笑みを浮かべ、膝に頬杖をついている。
もはや開き直ったように堂々と座り込んでおり、北園の様子を眺めている。
そのサマはまさに、勝利を確信した余裕そのものだ。
「ぬぉぉ、もう限界だ、突破されるぞ……!」
「ケルビンがそっちに行くよぉー!?」
「グガアアアアアッ!!!」
ケルビンがマードックとシャオランを振り払って、北園とジャックに向かってきた。
獣の如き咆哮を上げ、歯を剥き出しにして走ってくる。
背中の上のパラサイトが、両前脚で北園を貫きにかかる。
――私はもう、引き返せない。
この決意と共に行く道が。
血塗られたものであろうとも。
私は最後まで進むしかない。
一方の北園は、両手の中心に火球を作っている。
これを火炎放射として撃ち出して、今度こそケルビンを終わらせるつもりだ。
――そして、ゴメンね、ジャックくん。
どうあれ、ケルビンさんが死んだのは。
やっぱり、私のせいだから……。
ケルビンが一気に北園に飛びかかった。
両者の距離、もはや数十センチ。
「シネェェェェェッ!!!」
「発火能力っ!!」
パラサイトの電熱の刃が迫る。
それより早く、北園の炎がケルビンを飲み込んだ。
炎の奔流が、背中のパラサイトごとケルビンを焼く。
北園の目の前まで迫った電熱の刃の切っ先が、止まった。
やがて北園の炎がかき消える。
ケルビンとパラサイトは、目も当てられないほどに無残な黒焦げ姿となっていた。
「グ……」
「ギシャ……アア……」
ケルビンの背中のパラサイトが、床に落ちた。
仰向けに倒れ、脚をばたつかせたのち、絶命した。
パラサイトが剥がれ落ちたケルビンは、ゆっくりと北園に歩み寄る。
フラフラと、おぼつかない足取りで。
北園は逃げも構えもせず、ただケルビンが近づいてくるのを待つ。
その表情は、警戒でも悲しみでもなく、ただひたすらに真剣そのもの。
やがてケルビンが北園の前まで歩み寄ると……。
「……ありがと……な……」
口角を上げながらそう呟き、バタリとうつ伏せに倒れ込んだ。
こうして、北園たちのニューヨーク・セントラルスクエア・ホールでの戦いは終わった。
四人の当初の目標である『ケルビン・トリシュマンの救出』は、ついぞ達成することはできなかった。
しかし、救出こそできなかったが、確かに彼は救われたのだ。
戦友に看取られて死ねるなど、兵士としては最上級の安らぎなのだから。




