第335話 立て直し
「僕ちゃんは一度に二種類まで『身体全体の改造』が施せるんだよぉ~ん! 一種類だけしか使わなかったら勘違いしてくれるかな~って思ってたけど、見事に引っかかってくれて嬉しいよぉ~!!」
竜形態のフラップルが、勝ち誇ったように叫んでいる。
実際、直前の攻防で北園は殴り倒され、シャオランは『火の練気法』の威力をゴム化によって無効化され、逆に吹っ飛ばされてマードックにぶつけられた。そしてジャックは毒に蝕まれている。
疑いようのない窮地だ。フラップルが勝利を確信するのも無理はない。
「本当は、もっと君たちの意識を攻撃に集中させてから、一気に仕留める予定だったんだけどねぇ。通信機の向こうのお兄さんが気づいちゃったから、急遽予定を変更する羽目になったよぉ。惜しかったなぁ」
『とにかく、体勢を立て直さなければ! 大尉、シャオランくん、立てますか!?』
「私は問題ない。戦闘継続可能だ」
「ぼ、ボクはホントにちょっと待ってぇ……。『地の練気法』を解除した状態でマードックにぶつけられたから、ダメージが半端じゃないんだよぉ……」
『では、北園さんとジャックくんは!?』
「私は大丈夫……! まだ戦えるよ!」
「この程度の毒で音を上げていられるかよ。……と言いたいところだが、隙を見て解毒しとかないと、流石にキツイな……」
『なるほど……。北園さんはシャオランくんの回復を担当してもらいたいから、事実上、フラップルを止めに入ることができるのは大尉だけになるか……』
「私はそれで構わんぞ。一対一の殴り合い、望むところだ」
そう言って、マードックが左の手の平に右の拳をぶつけながら、フラップルの前に立ちはだかった。
鋼鉄の拳と手の平がぶつかり合い、重厚な金属音が鳴り響く。
「へへへ! ホントに良いのぉ~鋼のオジサン? 確かにキミのパワーは凄いけど、僕ちゃんもこうすれば……!」
すると、フラップルの身体がみるみるうちに膨張し始める。
全身の筋肉という筋肉が、風船のように膨らんでいく。
さらに皮膚が光沢を放ち始めた。硬質化だ。
フラップルは、己の身体に『筋量増加』と『硬質化』の改造を施したようだ。
「これで、キミを完全にぶちのめせる状態になったねぇ……! 二回目の戦いでは、筋肉をパワーアップさせた僕ちゃんとの力比べで負けたこと、忘れてないよね? へへへ。へへへ。へへへのへ!」
「ふん。むしろ、丁度良いハンデだ。かかってこい!」
「はいは~い!!」
返事と共に、フラップルがマードックに向かって勢いよく右爪を繰り出す。
マードックは、それを受け止めることはせず、その攻撃の軌道を逸らして受け流した。
フラップルは、続けて左の爪も振るってきた。
マードックはフラップルの横腹に潜り込むようにしてこれも避ける。
「ぬぅん!!」
そして、接近したフラップルの横腹に強烈な拳を叩き込んだ。
金属と金属がぶつかり合う音が発せられ、しかしフラップルはダメージを受けたようなそぶりを見せない。
「ぜぇんぜぇん痛くないもんねぇ~!!」
そう言って、フラップルがたくましい剛腕を左から右へと薙ぎ払う。
振るわれた腕はマードックの身体に叩きつけられ、彼を吹っ飛ばした。
「ぬぅ!?」
マードックは大きく吹っ飛ばされながらも、なんとか踏ん張る。
しかし、フラップルの一撃は強烈極まりなかった。
大木と見紛うほどの太い腕が、鋼のような硬さで叩きつけられてくる。
マードックの機械の眼に、衝撃のあまり一瞬砂嵐が走ったほどだ。
「この調子じゃあ、一分も経つころにはバラバラだねぇ~!」
「ふっ、どうかな。案外、そちらが窮地に追い込まれているかもだぞ」
「あははは、ナイナイ! それはないよ、絶対にねぇッ!!」
フラップルの鋼の巨体が、マードックに真っ直ぐ突っ込んできた。
その突進を、正面からマトモに食らってしまうマードック。
まるでトラックに跳ね飛ばされたように、マードックは宙を舞った。
一方、北園はシャオランの回復を始めている。
マードックがフラップルを引きつけてくれているおかげで、安全に治癒能力を使うことができる。
「……はい! これで回復が終わったよ、シャオランくん!」
「ありがとう、キタゾノ。だいぶ楽になったよ」
「どういたしまして! ……う、痛たた……」
「キタゾノ、大丈夫? まさか、自分の回復よりボクの回復を優先したの? ボクなんかより、自分を優先させても良かったのに……」
「……えへへ。シャオランくんって普段は怖がりだけど、こういう場面では、よく自分のことを二の次にするよね」
「う……で、でも自分を二の次にするのはお互い様だろー! それより早く自分を回復させなよ! ボクがフラップルを見張っておくから!」
「うん、わかった!」
「でも、こっちにフラップルが来たらバリアーで守ってね!」
「あ、自分では戦わないのね……」
一方、ジャックもM-ポイズンの解毒薬を取り出し、今まさに自分に注射しようとしているところだった。
「よっしゃ、後はコイツを打ち込めば……」
「おっとぉ! 回復なんてさせないぞぉ!」
瞬間、解毒薬が入った注射器を持つジャックの義手を、紫色の液体が撃ち抜いた。
フラップルが舌を射出型に改造し、マードックと戦闘しながら毒液の高圧噴射を仕掛けてきたのだ。
レーザーのような毒液が、解毒薬入りの注射器を破壊してしまった。
「あ!? テメーこの野郎!」
「いぇ~い、大当たりぃ!」
「おいフラップル! 貴様の相手はこの私だ!」
マードックが、唯一硬質化されていないフラップルの眼を狙って殴りかかるが、フラップルは上体を逸らしてこれを回避する。
「わかってるってぇ! そぉら、ぶっ飛ばしてあげるよぉ!」
再びマードックとフラップルが交戦を再開する。
注射器を破壊されたジャックは、もう一度懐から薬ケースを取り出す。
「ちぃ! だが、まだ薬はある。これで回復を……」
「あ、じゃあソレ貰うね!」
そう言って、フラップルがマードックと戦闘しながら、ジャックに向かってその長い舌を伸ばし、彼が持っていた薬ケースをかすめ取ってしまった。そしてそのまま、ゴクンと呑み込んでしまった。
「あっ、な……!? て、テメーっ!」
「んー……まっずい。ゲロマズじゃん。人間ってこんなもの食べてんの?」
「食い物でもなけりゃ飲み薬でもねーんだよそれはっ!!」
「そっかそっか、メンゴメンゴ。……けどこれで、キミの解毒手段は失われちゃったねぇ……へっへっへ……」
「く……」
フラップルの言葉に呼応するかのように、ジャックが脂汗をかいて膝をつく。
顔色も悪くなってきて、今にも血を吐き出しそうだ。
「毒で死ぬのは苦しいよぉ? 優しい僕ちゃんが、直接トドメを刺して楽に死なせてあげるよぉ!」
「させんぞ! 私を無視するなと言っている!」
「も~、邪魔!」
ジャックへの追撃を妨害しようとしたマードックに向かって、フラップルは右爪を突き出した。
しかしマードックは、ギリギリ身体を逸らしてこれを避ける。
再びマードックとフラップルが交戦状態に入った。
ジャックへの追撃は止まったが、解毒薬は失われた。
このままでは、ジャックは毒を回復させることができない。
「チッ……こいつは、軽口も言えねーくらいにヤバいな。解毒手段が完全に失われちまった……。なぁサヤマ、俺はどうすれば良いと思う?」
現状に参ってしまったジャックは、狭山に助けを求めた。狭山も通信機の向こうで唸っている。
『うーん、そうだね……』
「なぁ、教えてくれよサヤマ。全身に猛毒を受けて、下手に動けば身体に毒が回るかもしれねーし、目の前にはデカいカメレオンのマモノ。この状況からでも入れる保険はあるのかよぉ!?」
『……うん。ジョークも言えないと言った傍から、このジョーク。君のガッツには恐れ入るよ』
「へへっ。それで実際、何か策はあんのか?」
『まぁ……ほとんど賭けに近いが……』
「マジで何かあるのかよ? 言ってみてくれよ」
『うん。君に打ち込まれた毒だけど、それは君の皮膚の上から、君を侵食した。本来、毒というものは牙などに仕込んで、相手の血管に直接注入するものだ。つまり、君を侵食している毒は、実はまだ、あまり身体の深いところまでは行っていないかもしれない』
「深いところまでは行ってない……確かに、M-ポイズンを打ち込まれた時の代表的な症状と言えば、内臓を腐食されることによる吐血だ。だが、今の俺にその症状は無い。視界のぼやけや疲労感だけだ」
『毒は皮膚から侵入した。そして、まだ身体の浅いところで止まっているかもしれない。ならば、身体の新陳代謝で毒を追い出せるのではないだろうか。デトックスという奴だね』
「デトックス……あ、分かったぜ! 俺は今、上がった体温がなかなか下がらない、トカゲの身体だから……!」
『ザッツライト。発想の逆転さ。ここはむしろ動きまくって、汗をかいて、一緒に毒も流してしまおうってワケさ』
「たしかに、ほとんど賭けだな……。けどまぁ、乗ったぜ。こんなところでジッとしてるなんて、性に合わねーからな!」
そしてジャックは再び立ち上がり、フラップルの周囲を走り回りながら、デザートイーグルを連射し始めた。
「オラオラオラァ! 今の俺は、止まったら死ぬぜー!」
「痛たたたた!? な、なんだぁ!? さんざん毒を打ち込んでやったのに、なんか逆に元気になってない!? 遂に毒で脳ミソがやられちゃったのかなぁ!?」
「バーカ! コイツぁ健康法の一環だぜ!」
「ば、バカって言った方がバカなんだぞー! 僕ちゃんの質問に対する答えも、なんかちょっと意味わかんないし!」
「フラップルよ、またこちらを無視しているな!」
フラップルの横から、マードックが殴りかかる。
「五月蠅いなぁ!」
「ぐっ!?」
そのマードックを、フラップルは首を振るって頭部をぶつけ、吹っ飛ばした。
飛ばされたマードックは、背中で受け身を取って素早く立ち上がる。
「ぜぇ……ぜぇ……な、なんだよお前ぇ!? さっきから何度もぶっ飛ばしてるのに、平然と立ち上がってきちゃってさぁ!?」
「知れたこと。確かに人間は、お前たちマモノに比べればずっと非力だ。だが、それを補って余りある知恵がある。技術がある。それは、攻撃の受け方ひとつを取っても当てはまる」
「攻撃の受け方……あ、そうか! さっきから妙に僕ちゃんの攻撃でよく飛ぶなと思ってたけど、自分の力も加算してわざと後ろに飛ぶことで、こちらの攻撃の威力を逃がしてるんだなぁ!?」
「まぁ、そういうことだな。ついでに言えば、こちらの装甲をも切り裂くお前の爪は、素直に避けている。随分と私に構ってくれたが、そんなに私を飛ばすのは楽しかったかね? その間に他の皆は回復を終えたようだ」
「生意気ィ! それでもダメージは蓄積しているんだ、このまま攻撃を続ければ、いずれキミはポンコツになる!」
そう言って、フラップルが再び腕を振るう。
マードックの身体にフラップルの太い腕が叩きつけられる。
しかしマードックは衝撃に逆らわず、自らも床を蹴ることで、後ろに大きく吹っ飛んだ。
その後、後転しつつ受け身を取り、何事も無かったかのように立ち上がった。
マードックは頑丈極まる鋼の義体を持っているが、防御を義体の性能任せにするほど浅い戦闘者ではないということだ。
「ぜー……ぜー……まだ立つのかよぉ……!」
「それと、いま気付いたことが一つ。お前、随分と息が切れているようだが、もしかしてその『筋量増加』は、長時間使うと疲れるんじゃないか? それだけの筋肉を常時張り詰めておくのは、間違いなくスタミナを使うからな。それに、硬質化は多目的室での戦闘で随分と長く使っていたのを確認した。であれば、その疲弊の原因は『筋量増加』にあるはずだ」
「ギクッ……い、いやぁ、なんのことかなぁ?」
「いま『ギクッ』って言ったろ?」
「言ってない言ってない」
「視線がギョロギョロ泳いでるぞ」
「カメレオンはそういう目なの!」
「とにかく、今のお前は、見た目よりパワーが落ちているかもな!」
そう言って、マードックが正面からフラップルに突撃する。
「なにをー!? 負けないぞぉー!」
フラップルも正面からマードックに突撃する。
両者、互いに互いの身体を掴み、取っ組み合いの形となった。
だが、マードックの方が優勢のようだ。
「ふぬぬぬぬぬ……! だ、ダメだ、力が入らない……!」
「覚えておけ、フラップルよ。ジャックが随分と煮えたぎったので私の出る幕が無くなったが、ケルビンを殺されて憤っているのは、私も同じということだッ!!」
するとマードックは、なんと自身の何倍もの体格を誇るフラップルを、逆さまに持ち上げてしまった。そして……。
「ぬおおおおおおおおっ!!」
「うわあああああああっ!?」
マードックが背中から床に倒れ込む。
同時に、持ち上げたフラップルを、地面へ垂直に、脳天から叩きつけた。
巨体が落下する轟音が響く。
フラップルの首がぐにゃりと曲がり、続いてその大きな身体が倒れ込んだ。
「うぎゃあああああ!? 首と頭がぁぁぁぁ!?」
「ふん。身体を硬くしたぶん、落下の衝撃が逃げないだろう? ダメージはかなりのものになったはずだ」
「ハッハァ! さすがうちの隊長だぜ! あのデカいマモノに垂直落下式ブレンバスター決めるんだからなぁ!」
『マードック大尉、身体は大丈夫ですか? 上手く受け身を取っていたとはいえ、だいぶボロボロにされたようですが』
「問題ない。この程度、損傷率の四十パーセントにも入らん」
こうして四人は体勢の立て直しに成功した。
一方、フラップルも頭をさすりながら立ち上がる。
「痛ったたたた……くそぅ、もう許さないぞ~! ちょっと手こずってしまったけど、依然として僕ちゃんの能力は、キミたちに対して圧倒的だ! このまま一気にぶちのめしてやるもんねぇ~!」
「うう……そうなんだよね……。フラップルは身体を改造することで、どんどん弱点を消しちゃう。どうやって攻撃したら……」
『落ち着いて、北園さん。問題を全体的に捉えてしまうから、その問題の大きさに圧倒されるんだ。こういう時は一つひとつの小さな要素に着目して、できるところから問題を片付けていこう。どことなく、数学の問題を解くときと似ているね』
「つまり、狭山さんはもう、フラップルとどう戦えばいいか、目星がついているってこと……?」
『まぁそうなるね。北園さん、自分の思い描く戦闘の中では、君の働きが一番重要になる。だから、自分の指示を信じて、できるだけ素早く動いてほしい』
「……りょーかいです! やってみます!」
『問題を解く公式は既に出揃った。あとは然るべき場所に当てはめるだけだ』
「話は終わった? それじゃあ行くよぉ~ッ!!」
フラップルが四人に襲い掛かる。
四人もそれぞれ構え、フラップルを迎え撃つ。
ケルビンを殺した宿敵との、最後の激突が始まった。




