第330話 ガッツで突破だ
「う……ごほっ……」
シャオランがひどい吐血を繰り返している。
どうやら、フラップルの毒にやられたようだ。
フラップルと、パラサイトに操られているケルビンは、引き続き北園たちを挟んで身構えている。
「シャオランくん、しっかり……!」
「コイツは……もう多少の被弾を覚悟してでも、この場を突破するしかねーな」
「そうだな。ジャックはケルビンを頼めるか? 私は北園と共にフラップルを攻撃し、シャオランを守ろう」
「任せとけ。速攻で決めてやるぜ」
「北園、今は戦え! シャオランを守るためにも!」
「……りょーかいです!」
マードックの言葉に返事をすると、ジャックはケルビンに向かって走り出す。
倒れ込むシャオランを見て動揺していた北園は、マードックの叱咤を受けて我に返る。
「行くぜぇ、ケルビンッ!」
ジャックは正面からケルビンに挑みかかる。
銃を装備した精鋭軍人であるケルビンにそのような真似をしたらどうなるか、言うまでもないだろうに。
「グゥゥ……ジャックゥゥゥァァァッ!!」
案の定、ケルビンはジャックにアサルトライフルの集中砲火を浴びせてきた。
マモノの甲殻も撃ち抜く徹甲弾がジャックに襲い掛かる。
「うおぉぉぉっ!!」
ジャックは両の義手を顔の前でクロスさせ、ガードの体勢を取る。
その姿勢のまま、ケルビンに向かって突っ込んでいった。
ジャックの義手は極めて頑丈で、ケルビンの銃弾もある程度弾き返している。
それでも数発の弾丸がガードを掻い潜り、ジャックの肩や胴体にかすり、彼の肉を抉る。
「しゃああああっ!!」
それでもジャックはケルビンに肉薄し、思いっきり殴りかかった。
「ウウウッ!!」
しかしケルビンはジャックの拳を回避し、素早くジャックの背後へと回り込む。
そしてジャックの後頭部に銃を突きつけた。
振り返ってケルビンに反撃を仕掛けるのは間に合わない。ケルビンがジャックを撃ち抜く方が、間違いなく速い。
「とりゃっ!」
「グッ!?」
だが、ジャックは思わぬ反撃を仕掛けてみせた。
ユグドマルクトの動物化の瘴気によって、今のジャックは長い尻尾が生えたトカゲ人間と化している。
その尻尾を左から右に薙ぎ払い、ケルビンの銃を弾いたのだ。
振り向くことなく仕掛けられた反撃に、ケルビンも反応が遅れた。
ケルビンの射線がジャックからずれて、隙が生まれる。
「グオォォォッ!!」
ケルビンは素早く照準を合わせ直し、ジャックに射撃を仕掛ける。
ジャックはその場で大きなバク宙を繰り出し、ケルビンの頭上を跳び越える。
ケルビンの真上まで来ると、その後頭部を足で二回踏みつけた。
「おらおらっ!」
「ググッ!?」
後頭部を踏みつけられたケルビンは、体勢が崩れる。
背中に張り付いているパラサイトの姿が露わになった。
「もらったぁ!!」
「ギャーッ!?」
ジャックが両手に構えるデザートイーグルの引き金を引く。
二発の弾丸が、ケルビンの背中に張り付いているパラサイトを撃ち抜いた。
ケルビンではなくパラサイトが悲鳴を上げて、ケルビンの身体は床に倒れた。
一方、こちらは北園とマードック。
二人は、毒に倒れたシャオランを守りながらフラップルと対峙している。
「キュロロォッ!!」
「ぬおおっ!!」
フラップルが両前脚の拳を握りしめ、マードックに殴りかかる。
しかし、鋼の義体を持つマードックは、フラップルの攻撃に耐え切っている。
硬質化したフラップルの拳を、しっかりガードして受け止めている。
拳が叩きつけられるたびにマードックの身体が軋むが、まだまだダメージに余裕はありそうだ。
「えいっ!」
「キュロォッ!?」
その両者の横から、北園が電撃能力でフラップルを攻撃する。
いくら硬質化しているといえど、身体の内側へ達する電撃には弱いようだ。電撃そのものへの耐性も無い。北園の電撃は、硬質化しているフラップルにも問題なく通用する。
「キュロッ!!」
北園が邪魔だと判断したフラップルは、北園に向かって槍のように尖らせた舌を伸ばす。
恐らくこの舌にも毒液がたっぷりと付着している。喰らえばシャオランの二の舞になってしまう。
「ぬんっ!」
「キュロッ!?」
その舌の根元をマードックが掴み、止めた。
身体を機械化している彼は、基本的に毒は効かない。
ゆえに、このように毒液まみれの舌を直接掴んでも問題ない。
これは、少し前に義手で舌をガードしたジャックもまた同じである。
「取ったぞ! このまま舌を引きちぎってくれる!」
フラップルの舌を掴んだ両腕に力を込めるマードック。
これはマズいと判断したフラップルは、右前脚を薙ぎ払ってマードックを叩き飛ばそうとする。
だが先ほどの攻防から見るに、フラップルの攻撃ではマードックを振り払えない。たとえ拳が直撃しようと、マードックはお構いなしに舌を引きちぎるだろう。
「……ぬおぉっ!?」
「あ、マードックさん!?」
……だが、マードックは叩き飛ばされてしまった。
フラップルの前脚を叩きつけられ、床を転がっていった。
先ほどとは、明らかにパワーが違う。
「キュロロロロ……」
「あの腕……なんか、ムキムキになってる……?」
北園が呟く。
マードックを弾き飛ばしたフラップルの右前脚は、先ほどよりいっそう太く、マッシブになっていた。
「キュロロロロォ……!!」
フラップルが鳴き声を上げる。
すると、今度は全身の筋肉がはち切れんばかりに膨張し始めた。
そして数秒後には、フラップルは完全に筋肉ダルマへと変身を遂げた。
最初のスリムな姿のフラップルとは似ても似つかない、別の生き物へと変貌してしまったかのようである。
「これも、肉体改造の能力なの……!?」
「キュロァァッ!!」
フラップルの肥大化した拳が、唸りを上げて飛んでくる。
「ば、バリアーっ!」
咄嗟にバリアーを張る北園だったが、バリアーはフラップルの拳に一撃で粉砕された。
拳はバリアーの先の北園にも届き、その華奢な身体を吹っ飛ばしてしまった。
「きゃああ!?」
床に落下し、全身をしたたかに打ちつけられる北園。
その北園に向かって、間髪入れずフラップルが飛びかかってくる。
彼女のバリアーを呆気なく粉砕した剛腕を振りかぶりながら。
「キュロァァッ!!」
「あ……やばいかも……」
北園には、回避する暇など無かった。
北園目掛けて、フラップルの拳が真っ直ぐと飛んできた。
「やっべぇことになってんな!」
北園たちの苦戦に気付いたジャックは、すぐさま助太刀に入る。
ケルビン、およびパラサイトはまだ生きているが、とてもトドメを刺す暇など無い。すぐさま駆け付けなければならなかった。
「キタゾノ、危ねぇ!」
「きゃっ!?」
ジャックは、床に倒れてフラップルの拳を受けそうになっている北園の襟首をつかみ、引っ張る。
ジャックの手によって、北園は無事にフラップルの拳から逃れることができた。
誰もいなくなった床にフラップルの拳が叩きつけられ、大穴が空いた。
「キュロォォォッ!!」
攻撃を外したフラップルは、すぐさま次の攻撃の動作へと移る。
狙いは北園……と見せかけて、北園へのトドメを邪魔したジャックだ。
「キュロォッ!!」
「ぐおっ!?」
フラップルが手の平を突き出し、ジャックを捕まえる。
そしてそのまま、ジャックをその先の壁へと叩きつけた。
叩きつけた手の平は、ジャックもろともコンクリートの壁を陥没させる。
「ぐッはぁ……!?」
壁に叩きつけられたジャックが、血を吐いた。
人の身で受けるにはあまりにも強烈すぎる衝撃が彼を襲う。
「ジャックくん! 今助けるからね!」
北園がフラップルの背後から発火能力の火球を発射する。
火球は、随分とたくましくなったフラップルの背中に命中した。
「キュロオオオッ!!」
だがフラップルは北園の火球を意に介さない。
北園の方に振り向きもせず、右前脚でジャックを押さえ続ける。
このままジャックを押し潰すつもりなのだ。
「だったら、何発でも……!」
北園が再び火球を生み出す。
だがその時、フラップルの尻尾が動き出した。
見れば、尻尾の側面に剃刀のような鋭い刃が生えている。
そして北園に向かって、刃の生えた尻尾を振るってきた。
「キュロッ!!」
「しまっ……!?」
意表を突かれ、もはやバリアーも回避も間に合わない。
尻尾の狙いは北園の首筋。
無駄のない、的確な急所への一太刀だ。
「ふんっ!」
それを、横から割って入ったマードックが止めた。
鋭い刃が生えた尻尾を、その鋼の義体で受け止めた。
「マードックさん! ありがとうございます!」
「うむ! さぁカメレオン野郎、ジャックから離れろ……!」
マードックがフラップルの尻尾を掴み、引っ張る。
北園も引き続き、フラップルの背中に火球をぶつけ続ける。
そして、押さえつけられているジャックもまた、義手の両腕でフラップルの右前脚を押し返し、対抗し始める。
「ぐ……あんまり俺たちをナメてんじゃねーぜ、この野郎……!」
「キュロロロォ……!!」
ジャックの義手もまた、相当なパワーを生み出せる代物だ。北園やマードックの援護もあるとはいえ、フラップルの腕力と張り合っている。
だが、フラップルの拘束から抜け出すには、まだあと一手足りない。現状、ジャックはフラップルの腕を押し返すのが精いっぱいで、そこから脱出できそうにない。
そして、三人と一匹の戦いが繰り広げられているその傍で、シャオランが体を起こした。
「う……ぐ……」
『シャオランくん、大丈夫かい!?』
シャオランが身に着けている通信機から、狭山の声が聞こえる。
シャオランも、力無くではあるが狭山の言葉に返事をする。
「ボクはなんとか大丈夫だよ、サヤマ……。けど、口の中が血で酷いことになってるよ……。あの時、ケルビンが何かを訴えようとしても喋れなかったのが納得だよ……」
『とにかく、君は安静にしているんだ。下手に動いたら、毒が身体を回る』
「……けど、ジャックがピンチだよ。今ならフラップルは、ボクから完全に意識が外れている。好きな場所に、思いっきり打ち込むことができる。狙われる心配が無いから、ボクもあまり怖くないし……」
『しかし、そうすると君の身が危険だ。死ぬかもしれないよ……?』
「し、死ぬのは怖いからイヤだ……! ……けど、目の前で誰かが死ぬのは、もっとイヤだ……! 身内であるジャックたちほどじゃないかもしれないけど、ケルビンを……目の前で助けを求める誰かを助けられなかったのは、ボクだってすごく悔しいんだ……!」
振り絞るようにそう呟くと、シャオランは再び立ち上がった。
「ごめん、サヤマ。けど今回は、ボクの我儘を聞いてほしいんだ。ジャックを助けるために、フラップルのどこに拳を叩き込めばいい……!?」
『……分かった。君の貴重なガッツに応えよう。ここまでの戦闘を分析するに、フラップルは顔面、および頭部が弱点かもしれない。先ほどジャックくんがヤツの眼を撃ち抜いたけど、それとは別にフラップルは頭部全体への攻撃を嫌っているように見える』
「よし……それじゃあアイツの顔面に思いっきりキツイのを食らわせる……!」
シャオランが大きく息を吸って、そして吐いた。
シャオランの右拳に、燃えるような赤いオーラが立ち昇る。
一撃必殺の『火の練気法』だ。
シャオランが走り出す。
フラップルの横から、素早く顎下へと潜り込む。
そして震脚を踏み、燃えるような拳を下から上へ振り上げた。
「せいやぁぁぁぁッ!!!」
「ギュッ……!?」
シャオランの得意技の一つ、通天炮だ。
小さくとも大きく見える拳が、フラップルの顎下を捉えた。
シャオランより何倍も大きいフラップルの身体が浮き上がり、頭から床に落下した。
押さえつけられていたジャックも、フラップルの腕から解放された。
「く……助かったぜシャオラン。とんでもねぇパワーだな……」
「ジャック、無事でよかった……ぐ……ごほっ!?」
「シャオラン!? やっぱりまだ毒が回ってるのか……!」
「ジャック! ここはいったん退くぞ! シャオランの解毒を優先する!」
「イエッサー! ほれ、背中に乗れシャオラン!」
「う……うん……ごほっごほっ!」
血を吐きながらせき込むシャオランを、ジャックが背負う。
マードックと北園が先行しながら、多目的室を後にした。
「……キュロロロ……」
四人がいなくなった多目的室にて、フラップルがゆっくりと起き上がる。
シャオランの拳は相当効いたようで、いまだに身体を震わせている。
<うぎゃぁぁぁ痛かったぁぁぁぁ!! アレ本当に人間!? 僕ちゃんたちよりよっぽど化け物じゃん! ま、無事に毒を食らわせてやったから良いんだけどね! クモちゃんは……良かった、生きてるね。しばらく休んでおけば回復するかな。……さぁて、ここからはいわゆる追い込み漁だよぉ~! 彼らを上手く誘導して、まとめてあの世に行ってもらっちゃおうねぇ~!>




