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第328話 卑劣という言葉さえ生温い

 フラップルとの戦いから一時撤退した北園たち四人は、セントラルスクエア・ホール内一階の多目的室に逃げ込んでいた。

 ここは建物の内側に造られた部屋であるため、窓は無い。

 木目が綺麗な床に、コンクリート製の灰色の壁で囲われている。

 部屋はそれなりに広く、仮にここで戦闘が行われても、動くのに不自由はしなさそうである。



「……そんで、結局フラップルの能力は一体何なんだ?」


 ジャックが口を開いた。

 ケルビンを殺害し、四人に襲撃を仕掛けてきた紫迷彩のカメレオン、フラップル。

 あのマモノがここまでに見せてきた能力は透明化、毒霧、体温調節、衛星カメラの眼から逃れる、腕から刃を生やす、舌を鉄砲状にして毒液を噴射、全身の硬質化、舌を槍状にして敵を貫く、その際に舌の形状を鉄砲型から槍型へ、全くの別物に変えるなど多岐にわたる。

 どれも『星の牙としての異能』というよりは『マモノとしての特性』に近いか。どれが異能でどれが特性なのか、区別がつきにくい。



『……いや、ヤツの能力は、もう既にハッキリとしたよ』


 そう告げたのは、通信機の向こうでオペレーターを務める狭山だ。

 静かに、しかし自信を持った口調でジャックの言葉に応えた。


『体温調節や硬質化、舌の形状を変えるところを見て気付いた。いくらマモノと言えど、生物としてこれほどの機構を持っているのは間違いなく異常だ。特に体温調節なんか、変温動物であるカメレオンが有するのは明らかにおかしい。つまるところ、ここまでヤツが見せてきた能力の数々は、確かにマモノとしての特性だけど、その特性自体が異能だとしたら? 星の牙の能力によって、特性そのものを後付けしたのだとしたら?』


「『特性の後付け』……それがヤツの能力ってことか」


『恐らくは。カメレオンとしては本来持ち得ない特性を、異能によって新しく付加する。対応する星の牙は”生命ライフメイカー”。肉体改造がヤツの能力の正体だ』


「確かにそれなら、ヤツが持つ異常な量かつ種別としてまとまりが無い特性にも説明がつくな」


「舌の形状が変わっていたのも、フラップル自身が別物に作り替えていたってことなの?」


「体温調節に関しても、熱気とか冷気とかじゃなくて、アイツの体内機構でコントロールしていたってワケだね」


『時おり腕から生やす刃も、肉体改造によるものと見ていいだろうね。あの細腕にどうやってあんな大振りな刃を仕舞っていたのか疑問だったけど、その都度腕の骨格を改造して変形させているのだろう』


「今さら思うんだけど、これってボクたち、三つのグループの中で一番手強い相手と当たってしまったんじゃ……」


『そうかもね……。あの狡猾さと、それを活かす異能力……。厄介さで言えば今までのマモノたちと一線を画すと見ていい。すでに日向くんたちに連絡を入れて、自分は君たちの補佐に専念させてもらうことにしたよ。透明化対抗プログラムを素早く完成させることができたのも、他のグループの指揮を放棄させてもらったからこそだよ』


「そいつぁ助かるぜ。いっちょ、あっと驚くような作戦を考えてくれよ」


「……む、待て。部屋の外から足音が聞こえる。何かがこっちに接近してくるぞ」


『自分も確認しました。マップにも反応がある。しかしこの反応は……人間?』


 四人の瞳に装着されているコンタクトカメラ、それが映し出すマップの中では、確かに人間を示す水色のマーカーが四人に向かってゆっくりと近づいてきている。

 やがて水色のマーカーが、四人がいる多目的室の前に止まった。

 多目的室の扉が、ガラリと開かれる。


「ウ……ウウ……」


「アイツ……まさか……!?」


 ジャックが幽霊でも見たかのような声を上げた。

 表情も驚愕の色に染まっている。

 だが、ジャックだけではない。

 北園も、シャオランも、冷静沈着なマードックさえも、目を丸くしている。

 きっと狭山でさえ、モニターの向こうで衝撃を受けていることだろう。


 やって来たのは、一人の男性。

 褐色の肌に、髪形は坊主頭。

 厚手の黒い服の上に防弾チョッキを着込む姿は、まさしく特殊部隊の装備。

 その手には、対マモノ用アサルトライフルを持っている。


 四人の前に現れたのは、死んだはずのケルビン・トリシュマンだ。

 しかしどこか様子がおかしい。

 死んだときと同じく血まみれで、脚はふらつき、目には生気が無い。


「ケルビン!? 生きてたのかよ!?」


「ひ、ひどい怪我してるよぉ!? はやく治療してあげないと!」


「北園! ケルビンに治癒能力ヒーリングを頼む!」


「りょーかいです! 大丈夫ですかケルビンさん!?」


 北園がケルビンに声をかけながら駆け寄るが、ケルビンは答えない。

 白く濁った眼で、じっと北園を見つめるだけだ。


「……アイツ、様子がおかしくねーか……?」


 ジャックが呟く。

 だが、北園は既にケルビンに接近してしまっている。


「ケルビンさん! 無事でよかった……! とにかく治癒能力ヒーリングをかけますから怪我しているところを見せてください!」


「グ……ウウ……」


「ケルビンさん……?」


「……グオォォッ!!」


 突如として、ケルビンが北園にアサルトライフルの銃口を向けた。

 次いで、引き金に指をかける。

 北園は、あまりにも唐突過ぎて反応できていない。

 そしてケルビンが、引き金を引いた。



「――――おるぁ!」


 だが、ジャックが素早く二人のもとに駆け付けて、横からケルビンのアサルトライフルを足で蹴り上げた。

 銃口が大きく跳ね上がり、北園から弾丸が逸れる。

 多目的室の天井に、五つほどの弾痕が出来上がった。


「動くな!」


 そう言って、ジャックがケルビンに銃口を向ける。

 しかしケルビンは、蹴り上げられたアサルトライフルを振り下ろすカタチで、拳銃を持つジャックの腕を叩き落とす。

 そしてそのまま、ジャックの顔面目掛けて引き金を引いた。


「グォォッ!!」

「ちぃっ!?」


 ジャックは素早く上体を逸らして射線から逃れ、弾丸を避ける。

 上体を逸らした勢いを利用して、ジャックはバク転を繰り出す。

 その際に再びケルビンのアサルトライフルを蹴り上げて、射線をずらす。


 ジャックが立ち上がると同時に、二丁のデザートイーグルを同時に射撃。

 ケルビンは、ジャックが弾丸を放つより早く、左に向かってローリングを繰り出して銃弾を回避。

 着地すると、しゃがんだ体勢のまま再びジャックに射撃。

 ジャックはスライディングで床を滑りながらこれをかわしつつ、同時にケルビンに向かって射撃。

 ケルビンは右に転がりながらうつ伏せの体勢になり、ジャックの足を狙って射撃。

 ジャックはケルビンの銃弾を大きなバク宙で回避しつつ、着地するより前にケルビンに射撃。

 しかしその時にはケルビンもすでに起き上がっており、後ろにローリングしてジャックの銃弾を回避。背中から床に飛び込みながら、ジャックに向かって銃弾を放つ。

 バク宙の着地の隙を狙われたジャックは、回避が間に合わない。

 やむを得ず、義体化している両腕で銃弾をガード。

 甲高い金属音が、多目的室に響き渡った。


「フー……フー……!」


 ケルビンは、荒い息を吐きながらジャックを睨みつけている。

 アサルトライフルのマガジンを抜き捨て、新しいマガジンを装着している。

 戦いを止める気は毛頭無いらしい。


「ケルビンさん、どうしちゃったんですか!? なんで私たちを撃つんですか!」


 北園がケルビンに向かって叫ぶ。

 が、それをジャックが制止した。


「待てキタゾノ。さっきアイツが後ろにローリングした時、アイツの背中にデカい蜘蛛みたいなマモノが張り付いているのが見えた」


「え!?」


「ボクも見えたよ! ケルビンの背中に何かいる!」


 二人の言うとおり、ケルビンの背中には黄ばんだ鈍色のような体色をした、大きな蜘蛛のような生き物が張り付いている。ちょうど、ケルビンの背中の後ろにすっぽりと隠れきるほどの大きさだ。


「よ、よく気づいたね……全然わからなかった……」


「動体視力には自信があるからな。しかし、何だあのマモノは? 初めて見るぜ。サヤマ、アイツが何なのか分かるか?」


『いや、自分も初めて見る。新種だ。しかし、先ほどの戦闘映像を静止画として分析すると、あのマモノはケルビン隊員の神経系と一体化しているように見えるね』


「つまりケルビンは、あのマモノに操られているってことか?」


『とりあえずは、そういう事だね。……しかし、あのケルビン隊員はまだ生きていて、意識を抑えられている状態で操られているのか、それともケルビン隊員はすでに死んでいて、あのマモノは死体を操っているに過ぎないのか、判別がつかないのが困りものだ』


 狭山の言うとおり、ケルビンが生きているならば彼を助けなければならない。

 だがケルビンがすでに死んでいるなら、助けるために動くのは無意味だ。

 殺すために戦うより、助けるために戦う方がより厳しい戦闘を強いられる。

 先ほどのジャックとの攻防を見るに、ケルビンは手を抜いて戦えるような相手ではない。倒すならば、全力でかかりたいところだが……。


「私から見ても、先ほどの動きは間違いなくケルビン本人の技量だった。背中のマモノが百パーセントの割合で彼を操っているのなら、あのような動きはできないはず。ケルビンは生きていると考えられるか……?」


「どっちにせよ、ふざけたマネしやがって……! あの背中のクモを撃ち殺せば、ケルビンも解放されるか!?」


『そう思っていいだろうね。これよりあの蜘蛛のマモノをパラサイトと命名する。とにかく、ケルビン隊員を放置するワケにはいかない。仲間としても、敵戦力としてもだ。四人全員で挑みかかれば、なんとかいけるか……?』



 と、その時だ。

 四人の背後の壁が、音を立ててぶち破られた。

 砕かれた瓦礫が飛散し、土煙が舞い上がる。


「……キュロロォ」


『フラップル……! この局面でやって来たか……!』


 現れたのは、フラップルだ。

 北園たち四人は、ケルビンとフラップルに挟まれる形となってしまった。


『あるいは、ヤツ自身がこうなるように仕向けたのか? ケルビン隊員と自身で挟み撃ちにするのが、フラップルの策だったということか?』


「What a je(ド畜生が)rk……! どこまでもふざけきった野郎だ……!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 遂に現れましたね、カメレオン('ω')ノ 体を保護色にするというのは、よくテレビでやっていますがこれがマモノとしてなるとキツイですね。北園さん狙いのカメレオン。ケビンさんは亡くなっている…
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