第327話 フラップル
ニューヨーク・セントラルスクエア・ホールの廊下にて、北園、シャオラン、ジャック、マードックの四人は、紫色の迷彩模様の巨大なカメレオンのマモノ、フラップルと対峙している。
フラップルは透明化能力を使い、姿を隠して四人の正面に立っている。四人の出方を窺っているようだ。
「キュロロロ……」
「野郎、そこにいるのは分かってるぜ! これでも食らえッ!」
ジャックがフラップルに向けて、二丁のデザートイーグルの引き金を引いた。
鉄板も容易くぶち抜く大口径の弾丸が放たれる。
しかしフラップルは、ジャックの攻撃の気配に素早く反応し、銃弾が放たれるより早く廊下の角に身を隠した。
「ちっ、外した!」
「キュロロォ!」
角に身を隠したフラップルは、そこからひょっこりと顔を覗かせて、四人に向かって毒霧の塊を吐き出してきた。
毒霧の塊は四人の目の前に着弾すると、紫色の瘴気を周囲にぶちまける。
「奴め、我々を毒で追い立てるつもりか」
「フラップル自身もあの毒のニオイを身体に纏わせているから、嗅覚じゃヤツを追うことができないよぉ!」
「とにかく、ここに留まっていたら毒にやられちまうぜ! いったん退くぞ!」
ジャックの声に他の三人も頷き、フラップルから距離を取る四人。
その際、北園が走りながら、通信機の向こうの狭山に話しかける。
「狭山さん! あのフラップルは毒の霧を使うみたいだし、”濃霧”の星の牙ってことはないですか!?」
『その可能性は低いと思うなぁ……。奴の毒霧はあくまで吐息の一種、つまりヤツ自身のマモノとしての”特性”であり、”異能”と呼ぶには違うと考えている。ヤツの異能は、もっと別にあるんじゃないかな』
「そっかぁ……いい線行ってると思ったんだけどなぁ」
『透明化能力もカメレオンであるフラップル自身の特性だと紐づけた場合、ここまでで一番異能らしい行動と言うと例の体温調節かな。アレにヤツの異能の正体を掴む鍵があるか……?』
と、その時だ。
廊下を走り抜ける四人の前方に、別のマモノの姿が数体ある。
「シーッ」
「アイツは……ヘイタイヤドカリか?」
「殻の砲身をこちらに向けているな。しかしあの体色……通常の個体より妙に毒々しいぞ?」
マードックの言うとおり、通常のヘイタイヤドカリが赤っぽい体色をしているのに対して、前方のヘイタイヤドカリたちの体色は紫色だ。
紫色のヘイタイヤドカリたちは、砲身からキャノン砲を発射する。
放たれた砲弾もまた毒々しい紫色をしており、四人の目の前の床に着弾すると紫色の瘴気を周囲に振りまいた。それこそ、先ほどのフラップルの毒霧の塊のように。
「うわ!? コイツらも毒を使うのかよ!?」
「こっちもダメだな。左に逃げるぞ!」
再び毒の霧に行く手を阻まれた四人は、慌てて進路を変更する。
四人は毒霧を吸い込むことなく、ヘイタイヤドカリたちの挟み撃ちを無事に回避できた。
「初めて見るヤドカリだったな! 名前何にする?」
「『ケミカルヤドカリ』とでも呼んでおけ。しかし、このまま逃げ続けても後手後手だな。何か打開策は無いものか……」
『そんな皆さんに、プレゼントのお知らせですよ』
マードックの言葉に対して、そう言って返事をしたのは狭山だ。
通信機の向こうで、カタカタとキーボードを操作する音が聞こえてくる。
『フラップルが潜んでいると思われる空間のゆがみを解析および補正して、フラップルの居場所を割り出すプログラムを完成させたよ。フラップルの姿カタチも判明したから、ある程度ならフラップルの姿そのものを浮き彫りにすることも可能だ。このプログラムを今から四人のコンタクトカメラに送信、バージョンアップさせる。これでフラップルの透明化にもある程度対抗できるはずだ』
「おお、すげーぜサヤマ! よくそんなもの、この短時間で作ったな!」
『先ほどフラップルが姿を現したのを見れたのが大きいね。それが無ければ、完成にはもう少し手間取っていた』
「フラップルが姿を現したと言えば、あの時は北園の電撃を受けて、透明化を解除したのだったな。電撃を受けたのがトリガーになったのだろうか?」
『可能性はありますね。北園さんの電気がヤツの神経系にショックを与え、透明化を強制的に解除させたとか……』
狭山とやり取りを交わしながら走っている内に、例の透明化対抗プログラムのインストールが完了したようだ。
そして四人の目の前の通路には、さっそく透明化で隠れているフラップルの姿があった。
右前脚に大振りの刃を生やして、大きく振りかぶりながら四人を待ち構えている。このまま進んでいたら、誰かがあの刃で首をはね飛ばされていたかもしれない。
「へっ、馬鹿め、バレてないと思ってのん気してるぜ。キタゾノ、特別強力な電撃を食らわせてやれ!」
「りょーかい! 電撃能力、いっけぇー!」
北園は両手の中心で雷球を作り出すと、そこから雷のビームを発射した。
ビームはまさしく光速の勢いで飛んで行き、透明化しているフラップルの胸に直撃した。
「キュロロォ!?」
フラップルは大きく仰け反ったあと、前のめりに倒れた。
しかしフラップルはまだまだ健在だ。四つん這いの姿勢で四人を見据えている。
透明化は解除され、紫の迷彩模様が姿を現した。
やはりフラップルは電撃を受けると透明化が解除されるようだ。
「姿を見せたな! やっとテメーの面に鉛玉をぶち込めるぜ!」
「ロケットランチャー、発射!」
「発火能力っ!」
「キュロロォッ!?」
ジャック、マードック、そして北園の三人が、この機を逃さずフラップルに集中砲火を浴びせる。
フラップルは両前脚で顔面を守りながら、三人の攻撃をマトモに受けた。
身体に弾痕を刻まれ、ロケット弾が直撃し、火球でその身を焼かれた。
「キュロロロォッ!!」
今度はフラップルが反撃を仕掛けてくる。
口を開き、舌を伸ばす。
その舌の先端が、風船のように膨らんでいく。
そして、舌の頭に付いた小さな穴から、紫色の液体がジェットのように噴き出してきた。
恐らくは毒液。それが高圧の水のレーザーとなって四人に撃ち出された。
「バリアーっ!」
北園が両手を前に掲げると、青いエネルギーの壁が生み出される。
念動力による障壁だ。
バリアーは見事に毒液のレーザーを受け止め、仲間たちを守り切った。
「よっしゃ、またこっちの番だぜ! もっと鉛玉を喰らっとけ!」
「ロケットランチャー、二発目だ!」
「私も、発火能力っ!」
「頑張れー! 頑張れー!」
再び三人が一斉砲火を仕掛ける。
遠距離攻撃の手段が無いので手持ち無沙汰なシャオランは、とりあえず三人を応援しているようだ。
三人の攻撃は、再びフラップルに直撃する。
「……キュロロォ」
ランチャーと火球による黒煙が晴れて、フラップルの姿が現れる。
その身体は、なんとまったくの無傷である。
「……何だと!?」
「うそ!? さっきはよく効いてたのに!?」
「どうなってやがんだ!? とりあえずもう一発喰らっとけ!」
ジャックが再び、デザートイーグルの引き金を引いた。
弾丸は真っ直ぐ、フラップルに向かって飛んでいく。
そしてフラップルの額のど真ん中に命中し、金属音と共に弾かれた。
ジャックの弾丸は、まるで鋼鉄の塊にでも命中したかのように、フラップルの身体を撃ち抜くことはできなかった。
「なんなんだ、コイツは……!? 急に身体が硬質化しやがった!?」
「キュロォッ!!」
フラップルが反撃してくる。
ジャックに向かって、その長い舌を真っ直ぐ伸ばしてきた。
舌の先端は槍のように鋭く、刃が形成されている。
「く……!?」
それこそ銃弾のようなスピードで伸ばされたフラップルの舌。
ジャックはそれを、左の義手で咄嗟にガードした。
頑丈なジャックの義手に、深さ数ミリの切れ込みが入った。
驚くべきはその舌の切れ味……ではなく。
「アイツの舌……さっきと構造が違うじゃねーか!? さっきはあんな刃はついていなかった! 毒液を撃ち出す鉄砲みてーな舌だったぞ!」
フラップルの舌が、変質していたのだ。
「そういう二つの構造を持っていた」という次元の話ではなく、間違いなく舌そのものが全く別のものにすり替わっている。
それに、先ほどのフラップルの、鋼のように硬質化した身体。
これもまた、フラップルの「能力」なのだろうか。
「キュロロロォッ!!」
フラップルが再び毒ガスを吐いてきた。
この毒ガスの威力がどれほどのものかは不明だが、だからと言っておいそれと吸い込むワケにはいかない。ここは、再び距離を取るしかない。
「体勢の立て直しと情報の整理のためにも、ここはいったん退いてヤツを撒くぞ。ジャック、頼んだ!」
「おうよ! オマエら、口を開けて耳を塞ぎ、目を閉じてな!」
そう言うとジャックは、懐から丸い物体を取り出してフラップルに投げつける。
それはフラップルの目の前に落ちると、眩い光を発した。閃光手榴弾だ。
「キュロッ!?」
強烈な光を叩きつけられ、フラップルは目がくらむ。
その隙に四人は、急いでこの場から離脱した。
去り際にジャックがフラップルに銃弾を撃ち込んだが、やはり硬質化した身体に弾丸は通らなかった。
閃光から回復したフラップルは、周囲を見回す。
既に北園たちの姿は無い。
<あちゃ~、逃がしちゃった。能力も随分と見せちゃったし、これは僕ちゃんの能力もバレちゃったかな? けど、それでも問題ないもんね! なぜなら? ここで? とっておきの策を披露するからだよぉ~ん!!>




