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第326話 無色透明が襲い来る

「け……ケルビン……ッ!!」


 ニューヨーク・セントラルスクエア・ホールに併設された大きな図書館、その中心部にて。

 北園たち四人が助けに来たアメリカのマモノ討伐チームの隊員のケルビン・トリシュマンは、突如天井から降ってきた見えない何かに踏み潰されて死亡した。


 見えない何かは、ケルビンを踏み潰したままジッとしている。

 その「何か」がいる場所だけ、空間が少し歪んで見える。光学迷彩を使うプレデターのように。

 北園たち四人を見据えているのだろうか。


「……んの野郎オォォッ!!」


 怒りの叫び声を上げながら、ジャックが腰の二丁の対マモノ用デザートイーグルを抜いた。

 抜くが速いか、目の前の透明な敵に向かって乱射し始める。


「キュロオッ!」


 透明な敵は一声鳴くと、素早く右に跳んだ。

 空間のゆがみが右に大きく移動したように見えた。


「おおおおああああッ!!」


 ジャックも敵を逃がさない。

 透明な敵が逃げた方向に向かってトリガーを引きまくる。

 しかし弾丸は透明な敵に当たらず、その先の本棚に風穴を空けるのみ。

 ほんの一瞬、視界の外に逃げられただけで透明な敵を見失ってしまった。

 敵のステルス能力は、それほどまでに完璧なのだ。


「クソッ! クソォッ!!」


「ジャック! 落ち着けっ!」


 それでもかまわず銃を乱射し続けるジャックを、マードックがいさめた。

 ジャックもマードックの声を受けると、ピタリと銃撃を止めた。

 未だに気分は落ち着かないようで、肩で息をしているが。


「……それでいい、ジャック。ここで怒りに身を任せれば、敵の思うつぼだ。お前も戦闘のプロならば、常に冷静でいろ」


「ああ、分かってる……分かってるが……チクショウッ!」


「とにかく、この広い場所は我々にとって不利だ。透明な敵がどこから攻めてくるか予測できん。それにシャオランが言うには、この部屋は毒ガスが満ちている可能性がある。そのせいでシャオランもニオイで敵を追うことができないようだしな」


「で、でも、マードックのサーモグラフィー機能がついてる眼なら、透明な敵の居場所もあぶり出せるんじゃないの!?」


 シャオランが問いかけるが、マードックは無念そうに首を横に振る。


「先ほどから私もサーモグラフィー機能で敵を捕捉しようとしているのだが、奴の体温はこの室内の空間と全く同じらしい。これでは、色で判別できん」


『なら、いい方法があります。北園さん、凍結能力フリージングで室内をひんやりさせるんだ。そうすれば室温と敵の体温で差が生まれ、サーモグラフィー機能を誤魔化すこともできなくなるはずだ。発火能力パイロキネシスで火を放つのは……図書館の蔵書が犠牲になるからやめておこう』


「なるほど、りょーかいです! ……凍結能力フリージング!」


 狭山の指示を受け、北園が吹雪を発射する。

 ついでに透明な敵にも当たればと、部屋全体に満遍なく。


 やがて周囲を見回していたマードックが声を上げた。


「む、いたぞ! そこの壁に張り付いている! これでも食らえ!」


 マードックが見えない敵に向かって、右手に提げるガトリング砲を発射した。

 しかし見えない敵はマードックの攻撃を察知したようで、左に跳んでこれを避ける。

 何者もいなくなった壁にガトリング砲の弾丸がばら撒かれ、壁がボロボロに崩れ落ちた。


「避けられたが、見えるぞ。敵の位置が見える。下がった室温と敵の体温に温度差が生まれ、敵の位置が……いや待て、これは……!?」


 突然、マードックが焦り声を上げた。

 普段冷静な彼がこのような声を上げるのは大変珍しいようで、すぐに通信機の向こうの狭山がマードックに声をかけた。


『どうしたんです、マードック大尉? 一体なにが?』


「見えない敵の体温が、みるみるうちに下がっていっている! ついに現在の室内の温度と同じになって、また見失ってしまった!」


『体温を下げた……? ここまでに判明している敵の能力は、毒ガスと透明化と体温調節。この能力はいったい……? 体温を下げただけなら、あるいは”吹雪ブリザード”の星の牙の可能性もあるが……』


「だが、この敵は『氷の能力者』とは思えんな。あくまで直感だが。奴の能力は、もっと別な性質を持っていると思うぞ」


『自分もそう思います。とにかく、やはりこの場所では不利です。いったん、敵が身動きしにくそうな廊下に逃げ込んでください。北園さんとシャオランくんなら、音で敵の位置がある程度分かるんじゃないかな』


「り、りょーかいです! 案内しますね!」


「今なら、出入り口に敵はいないよ! 今のうちに逃げちゃおう!」


「分かった。ジャック、行くぞ」


「クソッ、了解だ!」


 北園とシャオランが先導しながら、ジャックとマードックが図書館の出入り口へと逃げ込む。

 その時、二人の耳が物音を聞き取った。

 天井で、何かが壁を蹴ったような音だった。


「……マードック! 上から来てる!」

「キュロオッ!!」

「くっ!?」


 シャオランの声を受け、反射的にマードックは右手に持つガトリング砲を盾にした。

 瞬間、透明な敵が天井から急降下してきて、腕らしき箇所を振り下ろした。

 すると、マードックのガトリング砲の砲身が綺麗に切断されてしまった。


「なんだと……!?」


「マードックさんを助けないと! 電撃能力ボルテージっ!」


「キュロロロッ!?」


 北園が放った電撃が、透明な敵に直撃した。

 ダメージは与えたようで、透明な敵が慌てて後ろに下がった。

 そしてぼんやりと、ゆっくりと、透明な敵の姿が浮かび上がってくる。


 その体色は、言うなれば紫色の迷彩。

 紫色と黄土色が複雑に混じり合っている。

 四つん這いの姿勢で、足先は見るからに吸着力がありそうな構造をしている。

 長い尻尾は、先端がくるりと丸まり、渦模様を描いている。

 三百六十度にギョロギョロと動く、ピラミッド型の眼を持っている。

 前脚には、マードックのガトリング砲を切断したと思われる大振りの刃が生えており、それが吸い込まれるように脚の中に仕舞われていった。


「キュロロロロロ……!」


『こいつは……カメレオンのマモノか……!』


 四人の前に姿を現したのは、紫色のカメレオンのマモノ。

 そして四人は知る由も無いが、このマモノはエヴァ・アンダーソンの側近たるマモノ、ヘヴンから『北園良乃抹殺』の特命を受けた霊獣だ。


「キュロォッ!!」


 カメレオンのマモノが、口から毒ガスを吐き散らした。

 紫色の煙が周囲にぶちまけられ、北園たち四人にも迫ってくる。


「ど、毒ガスが来てるよぉ!?」


「とにかく逃げるぞ! 敵の姿が分かっただけでも儲けものだ!」


 マードックの声を受けた北園たちは、急いで図書館から脱出して出入り口の扉を閉めた。


「キュロロロ……」


 北園たちを逃がしたカメレオンのマモノは、呟くように一声鳴いた。


<んー、逃げられちゃった。上手くいけば最初の不意打ちで、一人は仕留めることができると思ったんだけどなー。……彼らは温度差の他に、音で僕ちゃんの位置を察知してるみたいだ。あの大樹クンの動物化能力が、逆に僕ちゃんを不利にしちゃってるのかなー。でもでも、まだまだここからだよぉ! この建物は既に、君たちを仕留めるための狩場になってるんだからね! 策はまだまだ二重三重に用意しているもん! 巫女ちゃんを狙う人間どもは、一人残らずぶっ殺しちゃうよー!>




◆     ◆     ◆



 北園たちは図書館を脱出すると、先ほどのカメレオンのマモノが追ってこないか警戒していた。

 しかし、カメレオンのマモノがやってくる気配は無い。どうやら、無事に撒いたようだ。


「なんとか……逃げ切れたかな?」


『マップに先ほどのマモノの反応は無い。もっとも、アレも間違いなく衛星カメラを避ける性質を有しているだろうから、もはやマップはアテにならないだろうけどね』


「しかし、ガトリング砲が破壊され、残る武装はこのロケットランチャーのみになってしまったか」


「透明になるし、毒は吐くし、鉄を切断する刃を持ってるし……何なんだよあのカメレオンはぁ……! このままどっかに行ってくれないかなぁ……」


「ソイツは困るぜ。あの野郎は俺がしっかりぶち殺さねーと気が済まねぇ。

 ……それよりも、だ」


 ジャックはそう言って、北園の方を見た。

 その表情は、いやに険しい。


「ど、どうしたの、ジャックくん……」


「キタゾノ。さっきはどうして俺を止めやがった?」


「そ、それは……」


「オマエのせいで、ケルビンを助け損ねちまったぞ!? オマエが止めなければ、俺が助けるのが間に合ってたかもしれなかったのに!」


「ご……ごめんなさい……」


「ジャック」


 不意にマードックがジャックに声をかける。

 そして、その鋼鉄のげんこつをジャックの頭頂部に叩きつけた。


「痛ってぇ!? なにしやがんだアイアンゴリラが!」


「そこまでにしろ。冷静に考えて、あの状況ではもはやケルビンを助けられなかったのは、お前もよく分かるだろう」


「く……それは……」


「ケルビンは、我々をおびき出す餌として利用されていたのだ。そして我々があの場所に来た瞬間、ケルビンの役目は終わった。終わってしまった」


「……ああ、分かってるさ……。キタゾノが止めてくれなきゃ、俺も一緒にヤツにぺしゃんこにされていただろうってこともな……。けど、キタゾノが止めなかったら、もしかしたらって……そう思っちまうんだ……」


 いつになく、力無く呟いたジャックは、改めて北園に向き直る。


「悪かった、キタゾノ。冷静さを欠いて酷いこと言っちまった」


「ううん……私こそ、ごめんね……。本当に、ごめん……」


「謝らないでくれ、オマエは悪くねーんだ。……それと、このことはヒュウガには内緒で頼むぜ。アイツに知られたら、俺はいよいよ殺されかねん」


「……ふふ、分かった。ナイショにするね」


 張り詰めた空気が緩んでいく。

 マードックが腕を組んで頷いている。

 どうなることかと固まっていたシャオランも、肩を降ろして息を吐いた。



 ……だが、そんな空気を再び引き裂くように、先ほどの奇妙な鳴き声が廊下に響き渡る。

 カメレオンのマモノが透明化して追って来たのだ。


「キュロロロォッ!!」


「休憩タイムは終わりだな。総員、構えろ」


「りょーかいです!」


「こ、怖いけど、ケルビンさんの仇も取らないと……!」


『ジャックくん。あの仇敵の命名権を君に譲ろう。何が良い?』


「どうせなら『アホンダラカメレオン野郎』みたいなダッサイ名前にしてやりてーけど、呼びにくいから止めとくか」


 ニヤリと笑いながら、ジャックは二丁のデザートイーグルをホルスターから抜いた。

 トリガーに指をかけ、クルクルと回して弄んでみせる。

 言いたいことを言い切って、すっかり元の調子を取り戻したようだ。

 そして、その二つの銃口をカメレオンのマモノに突きつけた。



「……決めたぜ。『フラップル』だ。

 カモフラージュ・オブ・パープルで、フラップル。

 テメーの墓標に刻んどいてやるぜ!」


「キュロロォッ!!」

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