第325話 見えない敵
アメリカのマモノ討伐チームのメンバー、ケルビン・トリシュマンの救援に向かう北園、シャオラン、ジャック、そしてマードックの四人。
北園は、駆け足で進みながらジャックに話しかけた。
「ジャックくん、ケルビンさんってどんな人なの?」
「良い奴だぜ。俺がマモノ討伐チームに配属されて、右も左も分からないときによく世話してくれた。銃の腕も良いし体力もある。だからこそ、アイツがやられたのが信じられねーんだよな……」
「必ず、助けないとね」
「ああ、そーだな」
やがて彼らは、目的地であるニューヨーク・セントラルスクエア・ホールの目前まで到着した。現場のマードックと、オペレーターを務める狭山の二人がしっかり導いてくれたおかげで、速やかにここまで来ることができた。
今すぐセントラルスクエア・ホールに突撃したいところだが、そういうワケにもいかないらしい。
ホールの入り口の前にヤドカリ型のマモノ、ヘイタイヤドカリが群れを成してたむろしている。
背負っている殻の砲塔から爆裂する砲弾を射出するこのマモノが、ひとかたまりになって集まっている。まるでホールを防衛しているかのように。無策に真正面から突っ込めば、木っ端微塵にされるのは想像に難くない。
「ったく、厄介な連中がいるなー。奴らの殻の硬さは尋常じゃねー。マトモにやり合うのは骨が折れるぜ」
「前に私たちがあのマモノと戦った時は、私の凍結能力の吹雪で砲塔を凍らせたんだっけ。今回もそれで行こうかな?」
「……いや、向こうに良いものが落ちているな。アレを使うとしよう」
そう言うマードックの視線の先には、マモノに薙ぎ倒されて横転している市営バスが一台。
あれに乗り込んでヘイタイヤドカリを蹴散らそうとでも言うのだろうか。それにはまず、あのバスを起こさなければならないが……。
「大きいバス……。私の念動力とシャオランくんのパワーでギリギリ起こせるかどうかかなぁ……?」
「起こす必要はない。このまま使わせてもらう」
「へ?」
北園が素っ頓狂な声を上げて首を傾げるのも気に留めず、マードックはヘイタイヤドカリに気付かれないように転がっているバスの後ろへ移動する。そしてバスの背面をガッシリと掴み、そこから三人に声をかける。
「お前たちは、私が倒し損ねたヘイタイヤドカリを仕留めてくれ。では……突っ込むぞ!」
するとマードックは、バスの背面を力強く押し始めた。
バスは氷の上でも滑るかのように、軽々とマードックに押されていく。
その先には、陣形を組むヘイタイヤドカリの群れ。
ヘイタイヤドカリたちはバスの接近に気付き、一斉射撃を開始した。
しかし巨大な鉄の塊であるバスは、ヘイタイヤドカリの砲撃などものともしない。
そのまま砲撃を突っ切って、バスがヘイタイヤドカリの群れを蹴散らしてしまった。
「うっひゃあ……すごいパワー……」
「ぼ、ボクの立つ瀬がなくなっちゃう……。全身機械ってズルい……」
「それより、まだ生き残ってるヤドカリがいるぜ。さっさとトドメを刺しちまおう」
「り、りょーかい!」
その後、後から来た北園とシャオラン、そしてジャックがヘイタイヤドカリを全滅させた。
ほとんどのヘイタイヤドカリはマードックのバス突撃を受け、弱っていた。トドメを刺すのは楽な仕事であった。
「排除。狭山、ホール内はどんな状況だ?」
『マモノの反応はほとんど無いようですね。小さな反応がちらほら……おや?』
「どうした?」
『反応が一つ、そっちに向かっています。ただ、これはマモノではなく……』
その狭山の言葉の直後に、ホールの正面玄関のドアが勢いよく開いた。
出てきたのは、中年の男性である。
「あ、アンタたちは!? なんか……ネコ人間とオオカミ人間とトカゲ人間と……ロボット?」
「我々はマモノ討伐チーム『ARMOURED』だ。貴方は生存者だな? 我々が来たからにはもう大丈夫だ」
「あ、アンタらが『ARMOURED』か……! なぁアンタ、助けてくれ。私はここの職員だ。他の同僚たちと一緒にここに籠って隠れていたんだが、デカいマモノがここを襲撃してきて、同僚たちをさらってしまったんだ。私は上手く隠れて、なんとかここまで逃げてこれたんだが……」
「マモノが、人間をさらったのか?」
『ふむ……今回のマモノのほとんどは、巫女派のマモノのはずだ。滅多なことをしなければ人間には手出ししないと思っていたが……嫌な予感がするな……』
「とにかく、安心してくれ。貴方の同僚は私たちが必ず助けよう」
「頼む! それで、私はどこに逃げれば……」
「向こうの方に真っ直ぐ行けば、軍が展開しているはずだ。そこで保護してもらうといい。我々はここで救援を待っている仲間を助けに行かなければならないから、悪いが同行することはできない。それと、マモノたちには手を出すな。今回のマモノは、手出ししなければ積極的に襲い掛かってくることはないはずだ」
「わ、分かった。なんとか逃げてみよう……!」
男は礼を言うと、マードックが指した方向に向かって走り去っていった。
さて、改めて四人の目の前には、セントラルスクエア・ホールの入り口がドアを開けて広がっている。
「時間が惜しい。一気に突入するぞ。狭山、ケルビンがいる場所までオペレートを頼む」
『分かりました。それとシャオランくん』
「ん? なぁに?」
『オオカミが混じっている今の君は、匂いで敵の気配に気づくことができる。物陰にマモノが潜んでいる可能性もあるし、君に先行してほしいのだけれど……』
「うぇぇぇ……怖いからヤダなぁ……。それに、マモノの反応はほとんど無いんじゃなかったのぉ……?」
『そうなんだけどね。以前の虫マンションにおけるブラッドシザーのように、ここに潜むマモノ自身が衛星カメラの眼から逃れる性質を持っている可能性もある。それに、巫女派のマモノが人間をさらったという先ほどの情報……。ここのマモノたちは、何か特別な考えのもと動いている予感が拭えない。この中からマモノの反応がほとんど拾えないのも、向こうが狙ってそれをやっているのかも……』
「絶対ヤバいヤツじゃん……。本当にボクじゃないとダメ……? ジャックやマードックでも良いんじゃないかなぁ……」
「私からも頼む、シャオラン。狭山がこう言う以上、そこには何か意味があると私は思っている。奴は何の根拠も直感も無しにこのような提案をする男ではない」
「わ、分かったよぉ……そこまで言うなら……」
渋々ではあるがシャオランは了承し、ホールの中へと侵入した。他の三人もそれに続く。
先ほどまでは怯えていたシャオランだが、今はキリっとした表情で油断なく周囲を警戒している。どことなく張りつめている室内の空気が、根は武人である彼の精神を引き締めたのだろうか。
「……火薬っぽいニオイがする……。これって、ケルビンって人のニオイかな?」
『可能性はあるね。彼が使う銃の硝煙のニオイが、服にこびりついているのかもしれない。ニオイの方向にも、人間らしい反応が一つある』
「じゃあ、このニオイを辿っていけばいいんだね。皆、ボクについてきて」
そう言って、シャオランが正面の廊下に侵入する。
普段は臆病な彼が、今は自ら皆を率いて先行している。
極めて珍しい光景だ。表情も力強く、引き締まっている。
「おー……シャオランくんがいつになく頼もしく見えるよ!」
「今のボクはオオカミだからね。オオカミは強い生き物だから、ボクもそれに合わせてちょっとは強く……あ、ちょっと待って!?」
と、シャオランがなぜかいきなり足を止めた。
「どうしたんだよシャオラン? 敵でもいるのか?」
「うん……今、確かにマモノっぽいニオイがしたんだ」
「どこからだ?」
「それが……そこの天井から」
そう言ってシャオランが真上の天井を指差す。
しかし、そこには特別な何かは無い。普通の天井である。
マップにもマモノらしい反応は無い。
……だがその時だ。
ジャックは、その天井がぼんやりと歪んで見えたのをハッキリと確認した。
次いで、そのぼんやりと歪んだ何かがこっちに向かって飛んできたのも。
「シシーッ!!」
「シャオラン、あぶねぇ!」
「ぎゃああああああ!?」
見えない何かがシャオランに襲い掛かってきた。
シャオランの反応が遅れたが、ジャックが素早くシャオランの頭を下げさせたことでダメージは受けずに済んだ。
「ぬぅんっ!」
床に降りてきた何かを、すかさずマードックが踏み潰す。
踏みつけは見事に頭部を捉えたようで、見えない何かは絶命した。
すると、その見えない何かが正体を現した。
灰色の甲殻を持つ、巨大な大アゴを持ったクワガタのマモノだ。
「こいつは……ブラッドシザーか?」
『姿カタチは酷似してますが、この甲殻の色、そして透明化能力。ブラッドシザーとは別物と考えた方が良いでしょう。これよりこのマモノをステルスシザーと命名します』
マードックと狭山が通信機でやり取りを交わす一方で、間一髪で不意打ちを回避したシャオランはステルスシザーの死骸に向かって涙目で吠え立てている。
「キャン! キャンキャン!」
「シャオランくん、もう終わったよ……?」
「し、ししし心臓が止まるかと思ったよぉ! マップに反応しない上に透明になるとか反則も良いところじゃないかぁぁ!」
「この怯えっぷり……これじゃオオカミというよりチワワだなー」
『しかしやはり、レーダーを欺くマモノが潜んでいたか。これは、同じような特性を持つマモノが他にも潜んでいると見るべきだろうね』
「つ、つまり、この建物にはマップの反応以上にマモノが潜んでるってことぉ!?」
「そう考えるべきだな。よしシャオラン、選手交代だ。今度は私が先行しよう。私の目にはサーモグラフィー機能が備わっている。敵が透明になっていようと、体温で見抜くことができる」
「よ、喜んで!」
「あぁ……いつものシャオランくんになっちゃった」
その後、狭山のオペレートのもと、マードックを先頭にしてセントラルスクエア・ホール内を進む四人。
やがて辿り着いたのは、この建物内に内包された図書館だ。
少なくともマップ上には、この先の図書館にマモノの反応は無い。
マードックがドアを開き、一気に突入する。
図書館内は、うっすらと紫色の瘴気のようなものが漂っている。
部屋の中央に、褐色の肌に坊主頭の男性がうつ伏せに倒れている。
彼がケルビン・トリシュマンだ。意識はあるようで、四人が来たのに気づくと、苦しそうに体を起こした。
「ケルビン! 大丈夫か!?」
「じ……ジャック……ごほっ!?」
ケルビンが、口から大量の血を吐いた。
脚を怪我して、動けないでいるようだ。
怪我しているのは脚だけのようだが、周囲に吐き散らされている血の量はかなり多い。ただの怪我ではないのかもしれない。
「このニオイは……毒ガス? あのケルビンって人、毒を受けてるかも!」
「ケルビンのあの酷い吐血はそれが原因か! シャオラン、この室内にマモノのニオイはあるか!?」
「それが……毒ガスのニオイが邪魔でよく分からないんだ……」
「私の目にも、透明になって潜んでいるマモノはいないように見えるな。とにかく、このままではケルビンが危険だ。ジャック、ケルビンを助けてやってくれ」
「分かったぜ! 待ってろケルビン、すぐに治療を……」
「ご……ほ……」
ケルビンに走り寄ろうとするジャックに、ケルビンは何かを訴えたいような様子を見せている。
しかし、口の中の血が邪魔して、上手く喋れないようだ。
「…………あ」
その時、北園が小さく声を上げた。
この光景は、ニューヨークに来る前に、夢で見たのと同じ。
であれば、次に来るのは、きっと……。
「ジャックくん、ダメっ!!」
「うおっ!?」
北園が、ケルビンに駆け寄ろうとするジャックの腕を引き留めた。
北園に引っ張られたジャックは、不意を突かれて大きく仰け反る。
「キュロロロロロ……!」
突如、奇妙な鳴き声が図書館内に響いたかと思うと。
倒れていたケルビンは、見えない何かに押し潰された。




