第315話 必殺のシャコパンチ
”大雨”の星の牙、サテラレインが待ち受けるビルの一階に侵入した日向たちのグループは、そこでさっそく雑魚マモノたちの歓待を受けていた。
『ツノウマ、ソルビテ、そしてブルホーンか。君たちなら、自分が余計な口出しをしなくても問題なく勝てるだろう』
「では、好きにやらせてもらうか」
「さぁて、タイム・トゥー・ワークってやつですかね」
「ム。台詞を取ラレタ」
「…………。」
日向たちもそれぞれの武器を構える。
まずは額にドリルのような一角が生えた馬のマモノ、ツノウマたちがいななきをあげながら突進してきた。
これに対して迎え撃つのは、『ARMOURED』のコーネリアス少尉だ。
担いでいた対物ライフルを右腕のみで構え、引き金を引く。
空気が破裂したかのような発砲音と共に、先頭のツノウマが吹っ飛ばされた。
さらに弾丸はツノウマを貫通し、その後ろにいたツノウマたちまで巻き込んだ。
他のマモノたちも正面から突っ込んでくる。
それをコーネリアスがまとめてぶち抜いていく。
しかし、どんなに強力な銃でも『弾切れ』という隙が存在する。
コーネリアスの対物ライフルも、マガジンの弾が尽きてしまった。
「リロードの時間ダ」
「よし、それじゃあ俺たちの出番です! 突っ込みます!」
「了解した」
「…………!」
日向の号令を受けて、彼と本堂、そしてズィークフリドがマモノたちの群れに攻撃を仕掛ける。
まずは日向が『太陽の牙』に炎を灯し、最後のツノウマを斬り伏せた。
次に、彼の前に大柄な暴れ牛のマモノ、ブルホーンが現れる。
「ブルル……ブモォォォッ!!」
「うっわぁ、こうして目の前にすると、やっぱり怖ぇ……。闘牛の映像とかテレビで見たことあるけど、トラウマになりそうな迫力だよ……」
ブルホーンの猛烈な威嚇に圧倒されながらも、日向は燃え盛る剣を構えてブルホーンを牽制する。こうやって時間を稼いで、他の仲間たちの手が空くのを待つ作戦だ。
一方、本堂は巧みなナイフさばきでカニのマモノ、ソルビテたちを相手取る。
身体能力を向上させる”迅雷”はまだ使用していない。アレは体力を多めに消費してしまう。使いどころは選ばなければならない。
まず本堂は、先頭のソルビテに接近する。
ソルビテはハサミを開いて本堂を迎え撃つ。
勢いよく閉じられたハサミを、本堂はジャンプして避けた。
そして落下の勢いのままに、ソルビテの頭部にナイフを突き立てた。
「グブブ……」
鋼鉄をも切断する高周波ナイフの前には、ソルビテの甲殻も役に立たない。ビクンと一回身体を震わせて、ソルビテは絶命した。
その後も二体目、三体目、四体目、五体目と、次々にソルビテを仕留める本堂。
高周波ナイフ、電撃、素早い動きで撹乱と、本堂は相手の防御を切り崩すことに長けている。ソルビテたちにとって相性は最悪と言っていい。
そしてこちらはズィークフリド。
彼は、ソルビテたちの甲殻の隙間を狙って、その鍛え抜かれた指を突き刺すことで仕留めている。すでに彼の周りには、十体近いソルビテたちの死骸が散乱している。
「グブブ……!」
「…………。」
最後のソルビテがハサミを開き、ズィークフリドの脚を狙う。
しかしズィークフリドはこれをヒラリと躱し、逆にソルビテのハサミの根元を掴んだ。
「ッ!」
「ギギ……」
ズィークフリドは、掴んだハサミの根元を思いっきり引っ張り、ソルビテの左腕を引きちぎってしまった。
そのままズィークフリドは右足を真上に振り上げ、ソルビテに勢いのあるかかと落としを繰り出した。
ハンマーのような一撃を受けたソルビテは、甲殻ごとズィークフリドの右足に粉砕されて息絶えた。
ソルビテを仕留め、次の標的を探すズィークフリド。
すると、日向がブルホーンを牽制している場面を見つけた。
「ッ!」
「ブモォォッ!?」
ズィークフリドは素早くブルホーンに側面から接近すると、その横腹に右の人差し指を突き刺した。それも一回だけでなく、一瞬のうちに何十発とだ。
たちまちのうちにブルホーンの横腹は、マシンガンの集中砲火でも受けたかのように穴だらけになってしまった。ブルホーンもこれには仰天し、痛みで体勢を崩した。
「ズィークさんナイス!」
その隙を突いて、日向がブルホーンの頭部に炎の刀身を叩きつける。
刃はブルホーンの額にめり込み、その命を焼き切った。
「よし、仕留めた! あとは……」
「シューッ!」
満を持して四人に襲い掛かってきたのは、シャコライカーだ。
モンハナシャコから進化したというこのマモノは、人間とさして変わらない大きさの身体に、触覚のように突き出た両目、緑がかった蛇腹状の甲殻、そして丸みを帯びた前脚を持っている。シャカシャカと後ろ足を動かしながら、猛スピードで四人に接近してきた。
「Eat this!」
コーネリアスがシャコライカーに向かって対物ライフルの引き金を引く。
しかしシャコライカーは、コーネリアスが引き金を引くより早く回避を行う。前脚で地面を殴りつつ、後ろ足を巧みに動かして大きなサイドステップを繰り出した。そして着地したのは、よりにもよって日向の目の前。
「え、ちょっと待って、速……」
「シューッ!」
シャコライカーが、自慢のパンチを日向に放った。
内側に折り畳んでいた前脚を、デコピンの要領で力を溜めてから打ち出す。
ボッ、と空気をぶち抜くような音と共に、日向の腹にシャコパンチが叩き込まれた。
シャコライカーの一撃をまともに受けてしまった日向は、床と平行に吹っ飛ばされて商品の陳列棚に激突し、棚ごと倒れてしまった。
『シャコライカーのフットワークは、大型のマモノの中でも随一だ。パンチ力、身のこなし、全てひっくるめてボクサーの完成形と言っても過言ではない』
「オウ……痛そウだったナ」
「バトル漫画さながらの吹っ飛び方をしたな……」
「…………。」
日向には”再生の炎”があるため、しばらく待てば復活するが、ここは残った本堂たち三人で戦うしかないだろう。三人は改めて、シャコライカーに向かって構える。
「狭山さん。シャコライカーについて詳しい情報を」
『分かった。……先ほど見てもらったとおり、シャコライカーは大型のマモノとは思えないほど素早い。また、シャコライカーは目が良い。あの軽いフットワークと併せて、正面からの攻撃はまず避けられると思った方がいいだろう。しかし同時に、目が一番の弱点なんだ。目を潰すことができれば、シャコライカーは戦意を喪失する。ここは元になったモンハナシャコと同じだね』
「目を潰せば……。しかし、正面からの攻撃は避けられる。ここは誰かがシャコライカーの気を引いて、残りの二人が側面からシャコライカーを攻撃するしかないか。……それで問題は、誰が奴の正面に立つか、だが……」
「…………。」
その本堂の言葉に反応するように、ズィークフリドがシャコライカーの前に出た。
本堂とコーネリアスもその意図を察し、それぞれシャコライカーの側面に移動する。
ズィークフリドとシャコライカーが真正面から睨み合う。
本堂とコーネリアスも両者の様子を窺う。
シャコライカーのパンチは、本堂やコーネリアスの眼をもってしても完全には捉えることができないほどの速度だった。
あんな一撃を喰らえば、一瞬で戦闘不能にされてしまう。ゆえに側面から攻撃を仕掛ける二人も、シャコライカーに狙われないように慎重にならざるを得なかった。
「……シューッ!」
「…………!」
先に動いたのは、シャコライカーだ。
素早くズィークフリドに接近し、右前脚のパンチを放った。
しかしズィークフリドはシャコライカーの動きを予測し、パンチが放たれる前に回避行動に移る。放たれたシャコライカーの右拳を右手でいなし、逆にシャコライカーの懐へと潜り込んだ。
「シューッ」
シャコライカーはズィークフリドの接近を嫌い、素早く後ろに下がる。
だが、ズィークフリドがそれより早くシャコライカーとの距離を詰める。
そして、右の二本の指でシャコライカーの目玉を突き刺しにかかった。
「シュッ」
シャコライカーも負けてはいない。
素早く頭を動かして、目玉を狙うズィークフリドの指を避けた。
お返しに左前脚のパンチをお見舞いする。
「ッ!」
ズィークフリドは、この左前脚の一撃も避けてみせた。
左前脚の軌道の外側に沿うように動き、再びシャコライカーとの距離を詰める。
今度はシャコライカーの側頭部を右足でけたぐった。
視覚外からの一撃にシャコライカーも反応できず、ズィークフリドに蹴飛ばされてしまった。蹴られた勢いで身体ごと回転しながら床を滑っていく。
「シュシューッ!」
怒りの鳴き声を上げるシャコライカー。
ズィークフリドに蹴られた側頭部の甲殻にひびが入っている。
そのまま素早く後ろに下がり、柱の後ろに隠れた。
「シューッ!」
そしてシャコライカーは、隠れた柱にシャコパンチを放ち、柱を砕いた。
砕かれた柱の大きな破片が、大砲のようにズィークフリドに飛んでいく。
「ッ!!」
ズィークフリドは右の逆回し蹴りを繰り出す。
遠心力がたっぷり乗った右の踵が、迫る大きな破片を破壊した。
「シュシューッ!!」
その隙にシャコライカーがズィークフリドに襲い掛かる。
ズィークフリドはすでに体勢を整えている。
しかし、なぜかその場から動かない。
なぜなら、もう勝負は決したからだ。
「シュ……ッ!?」
ダゴンッ、と重厚な発砲音が聞こえた。
同時にシャコライカーの横腹に風穴が空いた。
コーネリアスがシャコライカーを横から狙撃したのだ。
「はっ!」
「シュシューッ!?」
さらに本堂がシャコライカーに駆け寄り、高周波ナイフで後ろ足を斬りつけた。
ナイフの刃は、何の抵抗もなくシャコライカーの脚を数本まとめて切断した。これでシャコライカーの脚を奪った。
「ッ!」
「シューッ!?」
ズィークフリドが手刀を横一文字に一閃。
シャコライカーの両の目玉が切り裂かれた。
さらにズィークフリドが、右手の指を五本まとめてシャコライカーの額に突き立てる。
指の一撃が強すぎて、拳ごとシャコライカーの頭部にめり込んでしまった。
そのままズィークフリドは、シャコライカーの頭の中を掴んでシャコライカーを持ち上げ、トドメに床へシャコライカーをグシャリと叩きつけた。
床にうつ伏せに倒れたシャコライカーは、二度と起き上がることはなかった。




