第33話 マモノ災害と星の牙
テレビをつける。
チャンネルを変え、ニュース番組を流す。
いつもと変わらない、何の他愛もないニュースが流れる。
ニュースの内容は芸能人のゴシップだとか、交通事故発生だとか、今年はキャベツが豊作だとか。あとはまあ、今日は正月なので、正月に関するニュースが流れている。
いつもと変わらないニュース。それはある意味、日常の象徴のような。
だからこそ、本堂仁は疑問だった。
「なぜ、昨日のマモノの件が全く報道されていない……?」
昨日の夜。
いや、日を跨いだ直後の出来事だったので、正確には昨日ではないのだが。
本堂は日向たちと共に、神社に現れたマモノの群れと戦った。
マモノは無事に退治されたが、問題はその後。
あれだけ多くの人々がマモノという異形の存在を目撃し、大きな騒ぎになったにも関わらず、昨晩のマモノの件は全く報道されていない。
世間を揺るがす大事件だったはずだ。
それなのにニュースになっていない。
これは、隠されているのだろうか。
権力者か、あるいは国家に。
「……そこのところも、今日はしっかり聞かせてもらおうか」
今日は、昨晩一緒にマモノと戦った倉間という男と会う予定だ。
日向と北園も来る。
彼は何者なのか。マモノとは何なのか。
彼が知る限りのことを教えてもらうつもりだ。
本堂は予備校に通っているが、もともと今日の予備校は年始で休みの予定だった。しかし、そこからさらに数日、予備校は臨時休校するらしい。
なんでも、昨日のマモノ襲撃の際に、本堂が通う予備校の講師も何人か居合わせており、マモノから逃げる際に怪我をしてしまったり、突然の出来事に今も放心状態になっているのだとか。
何にせよ、予備校を休む口実を考えなくて済むのは都合がいい。このマモノに対する疑問を解消しないことには、勉強にも身が入らなさそうだ。
「……それはそれとして、朝ごはんは食べていくでしょ? お兄ちゃん」
妹の舞が声をかけてきた。
「ああ、そうだな。鯖のぬかだきを頼む」
◆ ◆ ◆
「やべぇ寝過ごした」
倉間は、慌ててホテルのベッドから飛び起きる。
「そりゃそうだよな。昨日、深夜0時過ぎにあれだけ運動したんだぜ? そんでホテルに戻ったのが1時過ぎ。ベッドにダイブしたら、目覚ましをかける間もなく寝ちまった。だから、10時近くまで寝てても仕方ないよな? な?」
自分に言い訳するように、倉間は虚空に言葉を投げかける。
「とりあえず、準備するか。狭山への報告は……もう後でいいや」
そう考えると、倉間は急いで身支度を始めた。
◆ ◆ ◆
日向と、北園と、本堂の三人が、街のハンバーガーショップの隅の席に座っていると、倉間がやって来た。
「お、来てたか若者たち。いやぁ、すまんね。大の大人が遅刻しちゃって」
「お気になさらず。それより、早速本題に入りましょう」
本堂が倉間に、席に座るよう促す。
「ああ、そうだな。そうすっか」
倉間も席につき、対話が始まった。
「さぁて、誰が何から話したもんかな……」
「良ければ、こちらから質問を始めてもよろしいでしょうか?」
頭をかく倉間に、本堂が声をかける。
「そうだな。そうしよう。何が聞きたい?」
「ではまず、あなたが何者かについて」
本堂は迷わず質問する。
(これは、本堂さんに任せていれば何とかなりそうだね?)
北園が精神感応でこっそり日向に話しかけてきた。
(そうだね。俺たちは隣で、本堂さんの質問を補足するくらいにしとこうか。あと、突然の精神感応はビビるからやめてね。心臓に悪い)
……と、日向は視線で北園に訴えた。
「あー、まず改めて、俺の名前は倉間慎吾。防衛省情報部、マモノ対策室所属だ。この街に来た目的は、この街で次々と『星の牙』が倒されている原因について、だ。あ、これは他の人にはナイショな。マモノ対策室は今のところ、存在自体が機密事項なんでな」
「存在自体が機密……。それはやはり、マモノという存在そのものについても、ですか?」
「その通りだ。今朝のニュースを見たやつなら分かるだろうが、あれだけの大騒ぎにも関わらず、昨日のマモノのニュースは報道されていない。国が裏で根回ししたんだろうさ」
倉間が話を続ける。
曰く、マモノが最初に出現したのは一年ほど前のこと。オーストラリアにて出現した巨大なカンガルーのようなマモノが、最初に確認されたマモノだった。
当時の地元の人々は、これを珍獣だと思い、国の新たなシンボルに祀り上げようとした。
しかし、その計画はすぐに頓挫する。
巨大カンガルーは人々を襲い、何人もの死傷者を出したのだ。
それを聞いて、日向は一つ、質問が浮かんだ。
「巨大なカンガルーのマモノ……。もしかして、強烈なアッパーとか、ブーメランフックとか使ってきましたか?」
「え? いや、そんな話は聞かないが……。何か思い当たることが?」
「あ、いや何でもないです。続けてください」
「そ、そうか……?」
倉間が話を再開する。
その後、すぐにオーストラリア国軍が動いた。
これにより、巨大カンガルーは無事に討伐された。
その巨大カンガルーは、大地を殴りつけることで地震を起こし、岩盤を隆起させる能力を持っていた。生命力も凄まじく高く、当時投入された軍隊の総力を以てしても倒すのは一苦労だったという。
その日を皮切りに、世界中で異形の生物の存在が確認されるようになった。それらは共通して、自然には寛容で、人間に対して凶暴だった。
むやみに既存の動植物を攻撃するようなことはなく、他の動物と何ら変わらない食物連鎖の関係を築いており、地球の自然との共存を達成している。一方で人間に対しては、どんなマモノであれ攻撃性を隠そうとしない。
まるでこの地球上から、人間だけを排するために生み出されたような異形の生物。それがマモノだった。
国連は、このマモノという存在を、世間には隠すことを決めた。このような凶悪な存在が突然現れたことを知れば、世界中で大きな混乱が起こる。そう予測しての決断だった。
最初のマモノの出現から一年。
このマモノの出現は『マモノ災害』と呼ばれ、現在も主要先進国が主体となってマモノと戦い続けている。専門の対策チームを結成し、情報を操作し、人々の見えないところで軍隊を動員し、マモノを討伐し続けてきた。
しかしマモノの数と種類は減るどころか、日に日に増えるばかり。終わりの見えないこの災害に、各国は疲弊してきていた。
本堂が倉間に続けて質問。
「……マモノの概要については分かりました。次に、貴方が『星の牙』と呼ぶ存在について聞きたいのですが」
「ああ。『星の牙』は、言うなればマモノのボスだな。なんでも、最初のマモノを討伐した直後のオーストラリア国軍の前に、一人の少女が現れて、その子が呟いた『星の牙』という単語がそのまま当て嵌められているんだとか」
「少女が……?」
「事実関係は今のところ不明だがな。こんな非現実的な出来事だ。事実かもしれないし、集団で幻覚を見たのかもしれないし、そういう幻覚を見せるマモノでもいたのかもしれない。……で、この『星の牙』がマモノ災害の最大の問題点なんだよ」
倉間が話を続ける。
『星の牙』。
通常のマモノとは一線を画す存在。
並のマモノであれば、生命力はある程度の差があれど、生物の常識の範疇内に留まっている、というのが有識者の見解である。しかし『星の牙』の生命力は、明らかに生物として常軌を逸している。
個体にもよるが、銃火器や爆発物はおろか、機銃、砲撃、ミサイルの直撃にさえ耐えてみせるほどの生命力を誇る。
それらの攻撃は、決して効いていないワケではない。
当たれば血を流すし、苦悶の声をあげる。
しかし『星の牙』は、驚異的な生命力を以て、それらの攻撃に耐え切るのだ。
また、詳細不明の謎の力を持っているのも『星の牙』の特徴である。存在するだけで吹雪を起こし、嵐を呼び寄せるマモノや、出現と共に地震や水害を引き起こすマモノ、休火山を一夜で活火山に変えたというマモノさえ存在する。そういった特異な能力を持つのも『星の牙』の特徴であり、強さの一つだった。
「……ですが、昨日のマモノはそれほどの生命力を持っているとは感じませんでした。砲撃やミサイルに匹敵するほどの火力を、昨日の自分たちは出していない」
本堂が倉間に言葉を返す。
その言葉を受け、倉間は話を続ける。
「一応、『星の牙』にも弱点はある。それは特定の部位であったり、火とか冷気とかの属性であったりな。そこを突けば、『星の牙』といえどかなり楽に倒すことができるそうだ。現に、今の対マモノ戦闘部隊は、そういった弱点を突くことでマモノを倒すのが主流らしい」
「弱点……。昨日のマモノとの戦いも、弱点を突いたことによる勝利であると?」
「んー、それなんだがなぁ……そんな感じには見えねぇよなぁ……。弱点突いたにしちゃあ、ロックワームが死ぬのが早すぎる」
本堂の考えを否定した倉間に、今度は日向が補足する。
「俺たちも過去に何度か、『星の牙』と思われるマモノを倒してきました。冷気を操る白熊のマモノと、雷を呼び起こす巨大な獣のマモノです。白熊の方は北園さんの発火能力が弱点だったのかもしれませんが、獣の方は、それらしい弱点を突いた覚えが無いんです」
それを聞くと、倉間が口を開いた。
「昨日、お前たちの戦いを見て思ったんだがな。それは恐らく、お前の剣が原因だ」
「俺の……? あの剣が?」
「ああ。俺の銃弾を弾いたロックワームの甲殻を、お前の剣は難なく切り裂いてみせた。それどころか、戦車の集中砲火に耐え切るロックワームが、お前の剣に一回斬られただけで苦しんでいた。思うに、あの剣はマモノに対して特別な力を発揮する、というのが俺の見解だ」
「あの剣に、そんな力が……」
あの剣は、マモノを倒すために送り込まれた武器なのだろうか。
しかし、誰が送り込んだのか。
どうして空から降ってきたのか。
そしてなぜ、日向の手元にやって来たのか。
疑問は深まるばかりだった。
「……さて、俺が教えられるのはこれくらいか。そろそろお前たちの話を聞かせてくれよ。なぜお前たちはマモノと戦っているのか。日向が持つ剣は一体何なのか。できる限り、詳しくな」
「……わかりました」
本堂に代わって日向が、これまで自分たちが辿ってきた経緯を説明し始めた。




