第306話 氷の鎌の追跡者
「キシャアアアアアアッ!!」
ニューヨークの大きな交差点にて、日向たちは本日二度目となるコールドサイスとの戦闘に突入していた。
このマモノの能力、『電波妨害』の冷気の発生により、すでに狭山との通信は途絶えてしまっている。
コールドサイスの号令を受けると、配下のアイスリッパーたちが日向たちを取り囲んだ。
「シャーッ!」
「シシーッ」
アイスリッパーの数は多数。
それらが一斉に日向たちを囲み、斬りかかってくる。
日向たちも黙ってやられはしない。反撃を開始する。
日向と日影がアイスリッパーたちを叩き斬り、北園が発火能力で焼き払う。
本堂が高周波ナイフでアイスリッパーの喉元を切り裂き、シャオランがまとめて蹴っ飛ばした。
しかしアイスリッパーたちは、中でもとりわけ日向を集中して狙っているようだ。
日向も次第に対応が追い付かなくなり、とうとう後ろから一体のアイスリッパーにふくらはぎの辺りを斬りつけられてしまった。
「シャーッ」
「うぐっ!?」
突如として脚を襲った激痛に悲鳴を上げる日向。
アイスリッパーの氷の鎌が日向の脚に食い込んでいる。
異物が脚に食い込む違和感、同時に酷い冷たさを感じた。
日向はすぐさまアイスリッパーに剣を突き刺し、返り討ちにした。
「く……そ……!」
斬られた脚が震える。
それでも日向は歯を食いしばって、倒れまいと堪える。
だが、そんな日向にコールドサイスの大鎌が迫っていた。
「シャアアアアッ!!」
「こ、コイツ……!」
「させないよっ!」
日向を襲おうとするコールドサイスの横から、北園が発火能力を仕掛ける。
北園はお世辞にも素早いとは言えないのだが、今の彼女はネコが混じっているからか普段と比べて物凄い俊敏性だ。あっという間にコールドサイスに肉薄して火炎放射を放ってみせた。
コールドサイスはすんでのところで立ち止まり、後ろに下がって火炎を避けた。
「ふんっ!」
次いで、本堂がコールドサイスに追撃を仕掛ける。
”迅雷”を発動し、人を超えたスピードでコールドサイスに迫る。
まずは正面から高周波ナイフで斬りかかる。
コールドサイスが氷の大鎌でそれを防ぐ。
本堂はすぐさまコールドサイスの横に回り込み、さらに斬りつける。
今度はコールドサイスの防御が遅れた。
甲殻が切り裂かれ、血飛沫が飛ぶ。
コールドサイスが真横の本堂に向かって鎌を振り抜く。
本堂はスライディングでコールドサイスの身体の下を抜ける。
反対側に出ると、再び本堂はナイフで斬りかかる。
「そしてトドメのロバキックだ……!」
そう言って、本堂が右足で鋭いソバットを繰り出した。
コールドサイスの胴体に本堂の足が食い込む。
本堂もロバが混じったことにより脚力が向上しているのだろう。
本堂の蹴りでコールドサイスが怯み、後退した。
その間に日向は、北園の治癒能力も併用して、すでに傷の再生を終えていた。回復した脚で立ち上がり、周りのアイスリッパーたちを仕留めていっている。
「キシャアアアアアアッ!!」
「おっと、次はオレが相手だぜ!」
今度は日影がコールドサイスに斬りかかる。
日影が退くと、今度はシャオランが。
シャオランが退いたら、今度は本堂が。
入れ替わり立ち替わりコールドサイスに攻撃を加え、日向を狙わせない。
この場所に移動するまでに、日向たちは狭山からコールドサイスの対処法を聞いていた。
とはいえ、一気にコールドサイスの息の根を止めるような奇策を聞いたワケではない。あくまで立ち回り、対処法を中心とした助言だ。
シンプルに手強いコールドサイスは、対処が面倒な能力などは持ってないぶん、対抗策というのも限られてくる。地道に攻撃を当てていって、弱らせ、最終的に討伐に持っていくしかない。
狭山が言うには、コールドサイスは日向を頻繁に狙っているとのことだった。一回目に戦った時も、コールドサイスは北園やシャオランや日影を相手取りながら、日向の方をチラチラ見ていたのだという。三人が隙を見せた瞬間、すぐにでも日向に攻撃を再開していただろうと狭山は言っていた。
そして狭山の予想は的中している。
コールドサイスはヘヴンから『日下部日向抹殺』の特命を受けているのだから。
だから、仲間たちは日向を守りながら戦闘している。
”再生の炎”の回復エネルギーは有限だ。しばらく待てば回復はするものの、あまりにコールドサイスにやられ続けていたら、肝心な時にガス欠になる恐れもある。
それに何より、再生するとはいえ仲間がやられるのを黙って見ているのは気分が良いものではない。日向を守らない理由が無い。
「随分とあのカマキリに好かれちまったみてぇだな、日向!」
「勘弁してくれ! 虫は嫌いなんだってホント!」
「キシャアアアアアアッ!!」
コールドサイスは、なおもしつこく日向を狙う。
まず残ったアイスリッパーたちを総動員して、本堂とシャオランに向かわせる。二人の行動を制限してしまおうというのだろう。
「ちっ、こっちに来たか」
「イヤぁぁぁぁこっちに来るなぁぁぁ!?」
二人を撒いたコールドサイスは、日向、北園、日影の三人と対峙する。
コールドサイスが両腕の氷の鎌を道路に突き立てた。すると、コールドサイスを中心として、地面がみるみるうちに凍っていく。
この周辺は、理由は不明だがあちこちが濡れて水浸しになっている。そのため、道路の氷結速度も相当に早い。
「うおっとぉ!?」
「ひゃあ!?」
このままでは、迫る氷に脚を取られて地面に縫い付けられてしまう。
日向たちは、足元へ迫る氷をジャンプして避けた。
「シルルルルルル……ッ!」
続いてコールドサイスは、自身の両腕の鎌に、さらに冷気を纏わせる。
すると、シャープでいかにも鋭そうな印象だった氷の鎌は、さらに大きく、分厚く、刺々しく変化した。新しい巨大な鎌は、見るからに強靭で破壊力がありそうだ。
「シャアアアアッ!!」
「くうっ!?」
そして、その巨大化した氷の鎌で日向に斬りかかった。
日向の足元を刈り取るように、右の鎌を大きく横に振るう。
日向はジャンプしてなんとかそれを避ける。
凍った地面が、大鎌によってスライスされる。
しかし日向は着地の瞬間、凍り付いた地面に足を取られて滑ってしまった。
「おわぁ!? しまった……!」
「シャアアアアッ!!」
転んだ日向を仕留めるべく、コールドサイスが左の鎌を振り上げる。
「させないっ!」
その横から、コールドサイスに向かってなんと自動車が飛んできた。
北園が念動力で持ち上げて、コールドサイスに投げつけたのだ。
「シャアッ!!」
しかしコールドサイスは、振り上げた鎌を自動車に向かって振り下ろす。
巨大な鎌は、自動車をバターか何かのようにあっさり真っ二つにしてしまった。
「な、なんて切れ味……!?」
「シャアアアアアッ!!」
ここでコールドサイスは、急に標的を変更して、北園に襲い掛かった。
しかし、オーバードライヴを発動した日影が割り込んで北園を守る。彼女に向かって振り下ろされた鎌を、横から剣で受け止めた。
「やらせるかよっ!」
「シャアアアアッ!!」
全身から炎を噴き出す日影が、物凄い勢いでコールドサイスを攻め立てる。攻めて攻めて攻めまくる。
一方のコールドサイスは、四本の脚をせわしなく動かし、素早く後退する。
日影が距離を詰めれば、またさらに後退する。
後退しながら、巨大な鎌のリーチを活かして日影を斬りつけている。
日影は鎌をガードしながら、コールドサイスを追いかける。
一瞬とて気が抜けない、激しい斬り合いが繰り広げられている。
氷の鎌は、オーバードライヴ状態の日影の剣と互角に打ち合っている。
一戦目はあっさりと破壊されたというのに。
やはり鎌を巨大化させたことで、より頑丈になっているのだろうか。
一見すると、攻めている日影が優勢に見える。しかしコールドサイスは、日影の剣が届かない間合いから鎌で斬りつけてくる。
よって、よりダメージを受けているのは日影の方だ。やはりこのマモノ、一戦目の日影のオーバードライヴを見て、彼との戦い方を学習している。
「んの野郎ッ!!」
距離を取り続けるコールドサイスにしびれを切らした日影が、一気にコールドサイスに斬りかかった。
「シャアアアアッ!!」
コールドサイスは、それを待っていたとばかりに動き出し、同じく日影との距離を一気に詰める。大鎌の横振りによる一撃で日影を真っ二つにするつもりだ。
「ちぃっ!?」
ここで攻めに転じると思わず、完全に意表を突かれた日影。
だが彼は、天性の戦闘の感性によってギリギリその鎌の一撃を避けた。
前方に滑り込むようにして、振り抜かれる鎌の下をくぐる。
コールドサイスは日影に追撃を仕掛けるかと思いきや、再び日向に襲い掛かった。
日向とは距離が開いていたにもかかわらず、力強い跳躍によって一瞬で距離を詰めてくる。巨大化した鎌の重量などどこ吹く風とでも言うかのようだ。
「ま、マジか……!?」
「シャアアアアッ!!」
あっという間に大鎌の射程圏内に捉えられた日向。
コールドサイスが、×字に両腕の鎌を振り下ろしてくる。
圧倒的な攻撃範囲だ。とても避けられそうにない。
日向はやむなく剣でのガードを試みる。
だがその強烈な一撃は、とても並の人間の腕力で防御しきれるものではない。日向のガードを崩しながら、鎌は日向の身を切り裂いた。
オマケに氷の鎌は湾曲しており、それが日向のガードを掻い潜ってくる。結果として受けたダメージの大きさは、もはやガードしてもしなくても同じだったかもしれない。
「あっぐ……!」
氷の鎌を受け、日向が地面に倒れる。
酷い出血だ。このままでは間違いなく命を落とす。
だが日向には”再生の炎”がある。
命を落としても、蘇ることができる。
「シャアアアアッ!!」
しかしそんな暇があるなら、このマモノはさらに日向を殺す。
コールドサイスは、倒れた日向にトドメを刺すべく、鎌を振り上げた。
「やばい、喰らってしまう……!」
その時、重厚な発砲音が一つ聞こえた。
次いで、コールドサイスの身体が吹っ飛ばされた。
「ギャアアアッ!?」
「え、な、何だ? 助かった?」
何が起こったのかと辺りを見回す日向。
だが周囲は、コールドサイスが発生させた白い冷気に包み込まれており、遠くが見えない。
再び重厚な発砲音。
コールドサイスは腕の鎌でガードする。
弾丸は鎌の根元に命中したようで、氷の大鎌が砕け散った。
「シュウウウウウウ……ッ!!」
形勢不利と見たのか、コールドサイスは踵を返して、白い冷気の向こうへと逃げていってしまった。取り巻きのアイスリッパーたちもコールドサイスと共に姿を消した。
コールドサイスが消えたことで、白い冷気も晴れていく。
だが、日向を助けてくれたであろう何者かの姿はどこにもない。
日向は、先ほどの重厚な発砲音に聞き覚えがあった。
つい最近も聞いた、恐ろしくも頼もしい銃声。
あれは確か、エクスキャリバーの甲板の上で耳にしたはずだ。
「つまりさっきのは、コーネリアスさんの対物ライフルの音……! けれど、どうやってこの見通しの悪い冷気の中、狙撃を成功させたんだ……?」
新たな疑問が湧くが、それは『ARMOURED』と合流すれば分かる話だ。
彼らは間違いなく、この近くにいる。
日向の傷も再生が完了し、消えて無くなった。
仲間たちも日向に合流する。
と、その時、近くの大きなビルの中から、誰かが手を振っているのを発見した。
目を凝らして見てみれば、それは『ARMOURED』のジャックだった。
「あ、見て! ジャックくんだよ! おーい!」
「ジャック! 無事だったんだな!」
「オマエら、早くそこから逃げろ! 狙われてるぞ!!」
「えっ!?」
狙われている。
だが周辺には、マモノの気配は無い。
誰が、どこから、どうやって、日向たちを狙っているのか。
ジャックが、向かいのひときわ高いビルの上を指差している。
その方向を見ると、ビルの屋上から巨大なカニのマモノが日向たちを見下ろしていた。




