第303話 コールドサイス
「キー……ッ」
「コイツが電波妨害の冷気を生み出している『星の牙』か……!」
ニューヨークの街中にて。
日向たちの前に姿を現したのは、青白い甲殻を持った巨大なカマキリのマモノだ。両腕の鎌は氷で形作られており、これまた青く透き通っている。
周囲にはこのマモノを十分の一くらいまでに縮小したようなカマキリのマモノ、アイスリッパーが多数集まってきており、日向たちを包囲している。
「アイスリッパーも初めてなら、このマモノも初めて見る相手だな。データにも無いヤツだぜ。名前は何にする?」
「『コールドサイス』にしとこう。アイスリッパーと同じ『リッパー』にしたらごちゃ混ぜになってしまいそうだ」
「そうかい。それで、ここからどうするんだ日向?」
「まずはこの包囲を突破しよう。俺たちの左後ろが手薄そうに感じる。そこを突くぞ」
日向の指示に頷き、皆が一斉に駆け出した。
駆けながら、アイスリッパーたちを蹴散らしていく。
現在、ここら一帯を包んでいる白い冷気は、どうやら『電波妨害』の能力を持っているらしく、狭山との通信が繋がらない。こうなった場合、日向が頼りとなる。持ち前の眼力と狭山から訓練を受けた思考力で、一息の間に状況を把握し、的確な指示を出してくれる。
「囲まれて袋叩きにされたら、一気に壊滅させられる。ましてやコールドサイスの、コンクリートを抉るあの鎌の威力……! アレはまともには受けられないぞ……」
目の前のアイスリッパーを斬り伏せながら、日向は思考する。
マモノたちも黙って日向たちを逃がしはしない。コールドサイスが指示を出すと、他のアイスリッパーたちが一斉に日向目掛けて襲い掛かってきた。
「キシャーッ」
「うわ、くそ、俺狙いかよ!」
虫が苦手な日向は、アイスリッパーの接近に驚きつつも、剣を振るって迎撃する。
日向が振るった剣をアイスリッパーはひょいと避けるが、とりあえず足を止めることはできた。
「よし、今のうちに……」
「キシャアアアアアアッ!!」
日向がアイスリッパーに気を取られていた、わずかな隙。
そのわずかな隙を縫って、コールドサイスが日向に斬りかかった。
日向に向かって一直線に跳躍し、恐るべき速度で鎌を振り下ろす。
「は、速……!?」
慌てて剣を構えて防御の姿勢を取る日向だったが、鎌は剣を叩き落とし、日向の身体を肩から腰にかけてバッサリと切り裂いてしまった。
「うぐぁぁぁぁ!?」
「ひ、日向くんっ!?」
悲鳴を上げる日向。
北園の叫びが、水の中で聞いているようにぼんやりする。
そのまま、背中から地面に倒れ込んでしまった。
「う……ぐ……あ……」
”再生の炎”が日向の治療を開始する。
傷口を直接焼かれる痛みに、日向はひどく顔をゆがめる。
だが、ゆっくりしてもいられない。
倒れたまま見上げれば、コールドサイスが再び鎌を振り上げているからだ。
「やば……!?」
このままでは再び攻撃を受ける。
あの巨大な氷の鎌が、自分の身体に食い込むだろう。
倒れながら後ずさりして逃れようとする日向。
だがその逃げ足は、まるで鳥から逃げる芋虫のように、あまりに鈍い。
「さ、させないっ!」
当然、そんな状態の日向を、仲間たちは見捨てない。
北園がコールドサイスに向けて、両手から火球を発射した。
「キシャアアッ!」
上体目掛けて放たれた火球を、コールドサイスは屈んで回避する。
その隙を狙って、シャオランがコールドサイスの懐に潜り、震脚を踏む。
「ふッ!!」
ズシン、と振動が響き渡る。
そして、コールドサイスの胴体に右肘で殴りかかった。
「せやぁッ!!」
「キシャアアアッ!!」
シャオランが肘を振り上げたと同時に、コールドサイスはバックステップを繰り出した。
シャオランの肘はコールドサイスに命中したものの、かすっただけだ。大きなダメージにはなっていない。
それどころか、コールドサイスは後ろに跳びながら鎌を振り抜き、シャオランの腕を切り裂いてきた。幸い傷は浅いが、腕から血がしたたり落ちている。
「ぎゃあああああ腕が千切れたぁぁぁぁ!?」
「落ち着けシャオラン! バッチリくっついてるぞ!」
「そ、それにしてもこの子、強い……!」
「しゃあねぇ、次はオレが!」
今度は日影が躍り出て、コールドサイスに斬りかかる。オーバードライヴは温存し、自前の身体能力による攻撃だ。剣を両手で振り抜いている。
オーバードライヴ無しとはいえ、その攻撃は十分に速く、そして強烈だ。並のマモノがこれを喰らえば、『太陽の牙』の特効もあって、ひとたまりもないだろう。
「キシャアアッ!!」
だがコールドサイスは、素早く鎌を振るって反撃してきた。
炎の剣と氷の鎌が激突し、打ち払われ、防ぎ、相殺する。
両者一歩も譲らず、互角に斬り結んでいる。
「ちっ……やるじゃねぇかこの野郎」
「で、でも見て! コールドサイスの鎌、ボロボロだよ!」
北園がコールドサイスの鎌を指差す。
確かに氷の鎌は、日影の『太陽の牙』と打ち合ったことでひび割れ、今にも崩れ落ちそうだ。
『太陽の牙』は、星の力が生み出すエネルギーを破壊できる。星の力で生み出されたのであろうコールドサイスの氷の鎌は、『太陽の牙』の威力に耐え切れていないのだ。このままいけば、あの鎌を破壊できるかもしれない。
「キシャアアアアアアッ!!」
……だが、コールドサイスは驚くべき行動に出る。
なんと自身の両腕の鎌を地面に叩きつけ、自ら氷の鎌を破壊してしまったのだ。
間髪入れず、コールドサイスの両腕を冷気が包む。
パキパキと、両腕に三日月状の氷塊が形成されていく。
あっという間に、新しい氷の鎌が形成されてしまった。
「キシャアアアアアアッ!!」
「なるほど、刃の交換が出来るワケか。厄介だなっ!」
これはかなりの強敵と見た日影は、ここでオーバードライヴを発動した。彼の身体が、紅蓮の炎を纏う。『太陽の牙』も、それに呼応するように激しく燃える。
そして、一気にコールドサイスに突撃した。
「おるぁぁぁぁッ!!」
「シャアアアアッ!!」
再び剣戟を鳴らす日影とコールドサイス。
だが、今度はさっきのようにはいかない。
先ほど以上に強く、そして速くなった日影の斬撃は、あっという間にコールドサイスの鎌を砕いてしまう。
そしてコールドサイスの防御が崩れたところで、強烈な右の回し蹴りを放った。
コールドサイスの脇腹に日影の燃え盛る脚が叩き込まれ、コールドサイスが吹っ飛ばされた。
「グ……キキ……!」
「野郎、まだまだこれからって感じだな……!」
コールドサイスは転倒したものの、体力には余裕がありそうだ。日影を見据えながら、ゆっくりと立ち上がる。
……が。
「キシャアアアアアアッ!!」
「ん!?」
コールドサイスは、踵を返して逃げ出した。
背後の壁に脚をかけ、瞬く間に垂直に登っていく。
残ったアイスリッパーたちもコールドサイスに追従する。
後には、五人がぽつねんと取り残された。
「……は? 逃げたのかアイツ……?」
「そうらしいな」
日影の呟きに返事をしたのは、本堂だ。
コールドサイスとの戦いに参加しなかった彼は、取り巻きのアイスリッパーをまとめて相手取っていた。周囲には本堂が倒したアイスリッパーたちの死骸が散乱している。
「オーバードライヴ状態のお前と打ち合い、コールドサイスは旗色の悪さを感じ取って逃げを選んだ。つまり奴は、引き際をわきまえているんだ。次に戦う時は、お前のオーバードライヴの威力もしっかり頭に叩き込んで立ち回ってくるだろう」
「つまり、さっき逃がしちまったのはマズかったってことか。クソ、やっぱり手強いな、あのマモノ……」
日影は悔しそうに、コールドサイスが逃げていった建物を見やる。
一方で、コールドサイスに斬られた日向も回復したようだ。
北園の治癒能力も併せてもらったようで、熱さを軽減できたためか顔色も良い。
「おう日向。回復したか?」
「なんとか。それよりみんな、ありがとう。助かったよ」
「どーいたしまして! 日向くんが無事でよかった!」
「それよりキタゾノぉ……ボクの腕も治してぇ……」
「あ、ご、ゴメンねシャオランくん! すぐに回復させるから!」
北園がシャオランに治癒能力を使う。
その間に、周囲を包んでいた冷気も晴れて、狭山との通信も回復した。
『――――もしもーし! 聞こえるかーい!?』
「あ、狭山さん。聞こえますよー」
『おっと、無事に通信が回復したようだね。良かった。早速だけど、状況を報告してくれるかい?』
「わ、分かりました。えっと……」
日向が代表して、先ほど何が起こったのかを伝える。
『電波妨害』の冷気が発生したこと。
コールドサイスと名付けた『星の牙』が現れたこと。
そのコールドサイスが逃げてしまったこと。
『……なるほど、また厄介なマモノが現れたみたいだね。きっとそのマモノは、再び君たちの前に姿を現して、襲い掛かってくるだろう。そしてそのマモノの能力の関係上、自分は君たちの戦闘指揮を執ることができない。あのマモノが再び現れる前に、なんとか対抗策を考えて、それを君たちに伝えるくらいしかないか……』
「のっけから、大変な奴に目をつけられちゃいましたね……」
『本当にね。だがそれでも、君たちなら勝てる。君たちだって、ここまで様々な戦闘を経験してきた、まぎれもないマモノ討伐のプロだ。どんなにキツイ状況でも、それを忘れないでくれ』
「……了解!」
『いい返事をありがとう。それじゃ、体勢も立て直したみたいだし、先に進んでもらおうかな。ここから一気にARMOUREDとの連絡が途絶えた第一チェックポイントに向かってもらうよ』
「ARMOUREDの皆……無事だと良いんですけどね……」
『彼らならきっと大丈夫さ。焦らず、しかし急ぎ足で行ってあげよう』
こうして日向たちは、再び歩き始めた。
……その一方で、近くのビルの屋上にて、五人とコールドサイスの戦いを見ていた異形の影が一つ。ヘヴンから北園良乃抹殺の命を受けた、紫迷彩の巨大なカメレオンのマモノだ。
<うひゃ~。彼女、最初っから派手にやるねぇ~。ぼくちゃんはもうちょっと、入念に準備してから取りかかろうかな! まずは協力してくれるマモノたちを見つけないとね!>
カメレオンのマモノは、感情変化に乏しい顔を二、三度傾けつつ、その場を去っていった。




