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第301話 最大規模の任務

 日向がニューヨークへの急行を要請された、その同日。


 11時ごろに、日向たち『予知夢の五人』は空港から日本を飛び立った。それから16時間もの間、日向たちを乗せた飛行機はフライトを続けた。

 しかし時差があるため、日向たちが現地の空港に到着したのは、日向たちが出発してからおよそ4時間後の午後2時であった。

 当然、戦闘中に時差ボケで眠くなったりしないよう、日向たちは機内でしっかり仮眠を取っている。体調は万全だ。


「ノルウェーに行った時は、時差を忘れて飛行機内で遊び倒してたヤツが一人いたな。なぁ日向?」


「日影このやろ、こっち見んな」


 マモノたちがニューヨークを占拠しているため、市内の空港は使えない。そのため日向たちは、ニューヨークからほど近い街の空港に降り立った。


 空港に到着すると、アメリカ軍のヘリが日向たちを出迎えた。このヘリに乗ってニューヨークまで直行し、さらにユグドマルクトの根元まで向かい、そこで日向たちを降ろす予定である。星の力を譲渡することで次々と新手のマモノを生み出すユグドマルクトだけでも、先に排除しておこうという計画だ。


 日向が窓から外を覗いてみれば、まだ街の中心部からかなりの距離があるにも関わらず、ユグドマルクトをハッキリと目視で確認できた。そして、日向たちが出発してすでに16時間ほど経過しているはずだが、街は相変わらず戦火に包まれている。


「本当にデカいな、ユグドマルクト……。”紅炎奔流ヒートウェイブ”が通じればいいんだけど」


「今までのマモノとはスケールが違うな。俺たち普通の異能組では手が出せそうにない。やはり日向と日影の『太陽の牙』がカギとなるだろうな」


「『普通の異能組』って、日本語的にどうなんだ……」


「ミサイルが効かないんじゃ、私の”氷炎発破フュージョンバスター”もダメだよね……」


「オレだって『太陽の牙』の使い手だが、ちょいと、アレを剣一本で伐採できる気はしないな……。確かに日向の”紅炎奔流ヒートウェイブ”ならまだ分からねぇが」


「そ、それよりまだ到着しないの……? ボクもう吐きそう……」


「た、耐えろシャオラン。狭山さん、あとどれくらいで到着するんですか?」


 日向が、向かいの席に座る狭山に話しかける。

 彼はタブレットを操作しながら、現場のアメリカ軍たちと通信でやり取りをしているようだが、日向が声をかけると目線をこちらへと向けた。しかしその表情は、少し苦い。


「自分たちはこのヘリでユグドマルクトの根元まで直接向かう予定だったが、予定変更だ。街のはずれで降りることにするよ」


「え? なぜです?」


「どうやら敵の『星の牙』に、厄介な能力を持つ者がいるようだ。まだ詳細は不明だが、すでにユグドマルクトに接近した軍のヘリが三機、とされている」


「ま、マジですか……」


 そう言いながら、日向はヘリの外の景色をチラリと見る。


 確かに、自宅のテレビのニュースで見た時は、街の上をヘリコプターが数機ほど飛んでいたが、今では影も形も無い。撃墜を恐れて飛ばせなくなってしまったのだろう。


ちてしまった乗員たちを助けるために、現在『ARMOURED』が前線深くに切り込み、救助活動を行っているところだ。だが、街には”濃霧ディープミスト”の星の牙も潜んでいるのだろう。ニューヨーク全域ではないが、通信が途絶える箇所がある。『ARMOURED』とも連絡が取れない」


「あの四人に限って、滅多なことは無いと思いますけど、心配ですね……」


「そうだね。話を戻すけど、自分たちもとされたらたまらない。能力の範囲外と思われる街の外に着陸し、君たちにはそこから徒歩でユグドマルクトの根元まで向かってもらうしかない」


「まぁ、仕方ないですよね……」


「……というワケで、先ほどの日向くんの質問、『あとどれくらいで到着するのか』という問いに対しては、もうすぐ着陸するよ、と返答することになるね」


「あ、もう着陸するの……? 助かったぁ……」


 狭山の言葉を聞いたシャオランが、横たえていた身体をもたげて口を開く。


「あまり助かってないぞシャオラン。なにせこれから、ユグドマルクトの根元まで歩いて向かわないといけないんだ。道中、マモノや『星の牙』との戦闘はまず避けられない」


「あああぁぁぁぁ…………」


 再びシャオランが寝込んだ。

 大変な状況ではあるが、それでもいつも通りなシャオランを見ると、日向も不思議と心が和らいだ。



◆     ◆     ◆



 ヘリが着陸したその場所は、ニューヨークの街中に設営されたアメリカ軍の最前線基地とでも言うべき様相だった。迷彩服を着込んだ軍人たちが慌ただしく行き交っており、戦車なども停められている。


 さらに見回すと、何やら二階建て住宅ほどの高さがあるロボットのようなマシンを見つけた。それも複数。

 そのロボットの装甲は深い緑。逆関節の脚を持ち、両腕にはガトリング銃が装備されている。肩にはミサイルポッドまで付けられているようだ。


「うわ、カッコイイ。何だあれ」


「日向くん、ああいうの好きそう」


「むしろ、アレが嫌いな男子は存在しないと思う。あれ何ですか狭山さん」


「あれは『タクティカルアーマー』だね。アメリカのマモノ対策室が開発した対マモノ兵器の一つ。戦車並みの火力を持ちながらも高い機動力を実現させた米軍渾身の一品だ」


「もしかしてアレも、この間のハイネさんが開発したとか……?」


「大正解。自分も少し開発に助言をしたけどね。根幹の開発はあの娘が担当したよ」


「ハイネさんすごいな……」


 とにかく、日向たちもタクティカルアーマーに見惚れている場合ではない。こうしている間にも、ニューヨークでは戦いが繰り広げられているのだ。すぐにでも準備に取り掛からねばならない。


 一通りの装備を身に着けると、予知夢の五人はそれぞれ弾薬を渡された。これは五人が使うものではなく、前線にいる『ARMOURED』への支援物資である。

 異能を駆使する日向たちと違い、あくまで人間の武装で戦う彼らは、弾薬が尽きてしまうと戦力も大幅に落ちる。

 彼らが前線に切り込んでから、時間もかなり経っている。そろそろ弾薬の心配もしなければならない頃のはずだ。


 また、日向は軍からハンドガンを支給された。モデルはコルト・ガバメント。

 日向の腕なら取り回しに問題は無いだろうし、彼は”紅炎奔流ヒートウェイブ”を撃った後は攻撃力がいちじるしく落ちる。そこをカバーするためでもある。


「まぁそりゃあ、多少は使えるけど、なんだかなぁ……」


 もはや当然のように手渡される銃を見て、日向は少し複雑そうな表情を浮かべていた。なにせ、コレで自分が異形の怪物と戦うなど、想像したことはあれど現実になるなどとは夢にも思わなかったから。


 狭山を見てみれば、ヘッドセットを装着してタブレットを操作している。オペレートの準備だろう。


「君たちの指揮は自分が担当するよ。よろしくね。君たちにとっても最大規模の任務になるだろうが、まぁいつも通りに行こう」


「そういえば、狭山さんのオペレートを受けるのって、なんかすごい久しぶりな気がするな……」


「確かに最近は別の部隊の指揮だとか、”濃霧”の電波妨害やらで、オレたちはマトモに指揮を受けたことがなかったな。久しぶりに手並みを拝見させていただくとするかね」


「ははは、期待されてるねぇ。こちらも頑張らせてもらうよ。……それと、先ほども少し言ったけど、この街の一部は”濃霧”の電波妨害によって通信が不安定な場所がある。そこへ近づくなとは言わないけど、くれぐれも気を付けてね。自分が手助けするのは難しくなってしまうからね」


「分かりました。それじゃ、行ってきます」


 日向たちは荷物を持って、戦いの音が鳴り響くニューヨークの街中へと向かう。兵士たちが封鎖を解いて、日向たちを街中へと案内する。


 最初の目標は『ARMOURED』との合流。その過程でマモノの討伐、逃げ遅れた市民の避難をこなしつつ、最終的に『星の牙』ユグドマルクトを伐採するのだ。



◆     ◆     ◆



 同時刻。

 街の片隅で身を潜めているのは、『ARMOURED』の四人だ。

 物陰から、大通りを跋扈ばっこするマモノの群れを覗き見ている。


「マモノどもを引きつけて、なんとか墜落した連中を逃がすことはできたが、こりゃ帰るに帰れないな俺たちは」


「そうだな。あの数を突破するのは骨だろう。弾薬の残りも底が見え始めている。通信も不安定。下手に見晴らしのいい場所に飛び出ようものなら、()に狙い撃ちされかねん」


「鏡花に高周波を流すためのバッテリーも限界が近づいています。とにもかくにも物資を補給しないと、これ以上の戦闘継続は困難です。まずはここから移動し、通信ができる場所で支援を要請、もしくは一度街から退却する、というのが行動指針になるでしょうか」


「ああ。その方針で行こう。戦闘は最小限に抑えろ。我々は逃げるために逃げるのではなく、最終的に勝利するために逃げるのだ」


「Yes sir.(了解した)」


 隊長のマードックの指示を受け、彼らは動き出した。極めて厳しい状況下であるにもかかわらず、その表情に絶望の色は一切見えない。まるで、この程度の戦い、何度だって経験してきたとでも言うように。



◆     ◆     ◆



 また同じころ。

 街の一角の銃砲店にて、一組の男女の姿があった。

 女性は非情に小柄で、金のふわふわロング。

 男性は反対に長身で、背中が隠れるほどストレートな銀の長髪。

 瞳の色は互いに金色で、歳はざっと二十代。


「はぁ。せっかく休暇を取って旅行に来たのに、なーんで街にマモノが発生するのよズィーク?」


「…………。」


「はいはい、あなたに言ってもしょうがないわよね。けれど、流石はアメリカね。武器の調達には困らないわ」


 そう言いながら、銃砲店の店主が逃げてしまっているのを良いことに、金髪の女性は棚に陳列されている銃器を手に取って、自身の装備として加えていく。ハンドガン、ショットガン、オートマグナムまで……。


「これくらい貰えば十分でしょ。代金は……私たちは今からこの街の平和のために戦ってあげるんだから、それで十分よね。さ、行きましょズィーク」


「…………。」


「あらあなた、カウンターにお金を置いていったの? 律儀ねぇ……」


 女性の名はオリガ・L・カルロヴァ。

 男性の名はズィークフリド・G・グラズエフ。

 ロシアのマモノ対策室が誇る、最強のエージェント二人組である。



◆     ◆     ◆



 さらに同時刻。

 ニューヨークの高層ビルの屋上に、一羽の鮮やかな赤い鳥の姿があった。

 彼の名はヘヴン。エヴァ・アンダーソンの側近である。


「……来たか、予知夢の五人」


 ここからでは姿も形も見えないが、ヘヴンは日向たちがこの街に来たことを察知したらしい。羽を広げて、街に向かって声を発する。


「巫女に忠義を誓いしマモノたちよ、よく聞け! 俺たちは無益な殺生は行わない! 人間の営みのみを破壊せよ! ただし、歯向かう者にはその限りではない! 攻撃してくる者には情け容赦なく、俺たちの恐ろしさを連中の遺伝子にまで刻みつけろ! 予知夢の五人は最優先排除対象だ! 見つけ次第、始末しろ!」


 ヘヴンの目の前には誰もいない。

 目の前には、屋上からの街景色が広がっている。


 しかし、ヘヴンの声が街中にこだまし、それが鳴り終わると、あちこちからマモノたちの形容しがたい咆哮が聞こえてきた。ヘヴンの言葉に同意を示しているのだ。


 マモノたちの声を聞き終えると、ヘヴンは背後に立っていた二体のマモノに声をかけた。


「お前たちは『幻の大地』からの特使。あの巨木と同じ『霊獣』だ。戦闘力は、そこらのマモノの比ではない。よってお前たちには特命を与える」


 まずヘヴンは、青白い甲殻を持つカマキリのマモノに声をかける。


「お前は日下部日向を優先的に始末しろ。お前の実力と執念深さなら、れるはずだ」


<フフフ、アナタがワタシに頼みごとなんて珍しいわね、ヘヴン。まぁ見てなさいな。あんなボーヤ、すぐにみじん切りにしてきてあげるから。子供たちもいーっぱい連れてきたしねぇ……>


 カマキリのマモノは、ヘヴンの言葉に鳴き声で返事をすると、その場を去っていった。

 続いてヘヴンは、紫色と黄土色の迷彩柄の体皮を持つカメレオンのマモノに声をかける。


「お前は北園良乃を始末しろ。奴が巫女を脅かす予知夢を見た少女なら、奴を消すことで予知夢を阻止できるかもしれん」


<いいよぉー! 好きにやっちゃっていいんだよねー?>


「それでいい。これは戦争だ。手段など選んでいられるか」


<はいはーい!>


 カメレオンのマモノもまた、ヘヴンの言葉に鳴き声で返事をすると、その場を去った。


「……北園良乃の夢によれば、連中は()()()()()『幻の大地』に乗り込んでくるらしい。つまり、一人でも欠ければ予知夢は実現しなくなる。そうなれば、連中がエヴァに勝てる可能性も無くなるかもしれん。奴らにエヴァを殺させるものかよ。返り討ちにして皆殺しだ」


 濃密な怨嗟が宿った瞳で、ヘヴンはそう呟いた。

 


 ヒトと、マモノ。

 ニューヨークのマモノ掃討戦は、様々な思惑と陰謀を孕みつつ幕を上げた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 手ごわかったものの、強敵ラドチャックもなんとか撃破!! それにしても、オリガさんの交渉が明かされていないものの、どうやら私の予想していたのとは違っていたようでさらに謎が深まりました……!!…
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