第299話 常夏の小話集
これは日下部日向とその仲間たち、友人たちが織り成す、常夏の楽園ハワイでの一幕。それを寄せ集めた小話集。
●最強の砂の城
日向と別れたましろ、サキ、そしてジャックの三人は、あれから無事に砂の城を完成させることができた。三人の膝くらいの高さまである、オーソドックスな西洋風の外観をした、かなり大きめの砂の城である。
「で、できた……!」
「け、結構な大きさになったな……。アタシたち、よくこんなの作ったよホント」
「よっしゃ、さっそくスマホで撮っとくか」
「チィ」
(意訳:少しインパクトに欠ける気がする)
「無事に完成したら、少し疲れちゃいました……。私、少し陰で休んできますね」
「アタシも一緒に休んでくるよ。えーと、ジャックさんだっけ? アタシたちも後で写真撮りたいから、崩したりしないでよ!」
「おう。分かってるって」
その場を去るましろとサキ、そしていなずまちゃんに義体の右手を振りながら、ジャックは砂の城の元に一人残る。そして、城を眺めながら低い声で唸り始めた。
「んー……無事に完成したは良いんだが、何か物足りないような気がするんだよなー……。一体、この城に何が足りないのか……」
しばし考えこむジャック。
やがて一つの解を得たようで、ハッとした表情をする。
「そうだ! この城には防御力が不足している! 侵入者を迎撃するための武装がよぉー! さっそくバリスタとガトリング砲を増設だ!」
どうしてそうなった。
シンデレラ城の如き見目麗しい城は、ジャックの魔の手によってあっという間に武装城塞に成り果ててしまった。なまじ彼は手先が器用だから性質が悪い。
「よっしゃ、これで完璧。カッコよくなったじゃねーか!」
「およ。なんか面白そうなことしてるね、ジャック」
満足げに頷いているジャックに声をかけてきたのは、アメリカのマモノ対策室のメカニックであるハイネだ。ジャックが要らない改造を施した砂の城を覗き込んでいる。
「おうハイネ! 見てくれよコレ! イカすだろ?」
「イイねーイイねー、カッコイイじゃん。せっかくだからキャタピラも増設して、重機動城塞にしちゃおうよ」
「重機動城塞……イイなソレ! 採用!」
なんでじゃ。
SF映画さながらの武装を設計するハイネにとって、砂の城にキャタピラを増設するなどお茶の子さいさい。あっという間に砂の城にキャタピラが生えてしまった。
「完成~! どう? カッコいいでしょ?」
「おお、イカすぜコイツは! ……けどよ、こうなると何か、足りない気がしてくるんだよなー……」
「あー、それあたしも思ってた。何が足りないんだろ……」
「それはきっと、アームが足りないんだぜ、ご両人」
そう言って声をかけてきたのは、日向の友人の田中である。
瞳を閉じて、キザっぽい表情を浮かべて格好をつけている。
「オマエはたしか、ヒュウガのダチだったな。それにしても、アームが足りねーだと……?」
「そうとも。キャタピラがついたら、アームもついてくるもんだ。ガ〇タンクみたいにな!」
「な、なるほど……言われてみればそうかも……! さっそくゴツくてぶっといアームを増設するよー!」
余計なことを……。
砂の城の両側に、見るからに頑強そうなロボットアームが追加された。両腕は曲げられ、マッスルポーズを取っている。
「おお……これはしっくりくるぜ……!」
「だろだろ!? 言った通りだべ!」
「やるなーポテトヘッド! オマエ、デザイナーになれるぜ!」
「俺がポテトヘッドなら、お前はフライドポテトヘッドだな!」
「ハッハー、言えてるぜ! ツンツン金髪だからな俺!」
すっかり意気投合するジャックと田中。
一方、ハイネは変わり果てた砂の城を見て、また何か唸っている。
「んー……アームもすごい似合うけど……まだ何かが足りない気がする……」
「えーマジかよ。……けど、言われてみれば、確かにまだ何か物足りないな……」
「それはきっと翼だよ、お三方!」
そう言って声をかけてきたのは、本堂舞だ。
兄と違いオタク趣味な彼女は、ロボットものにも造詣が深いというのか。
「翼……確かにそうだ! 武装、キャタピラ、アームときたら、後はウィングをつけるべきだ! 盲点だったぜ……。やるな舞!」
「でしょー! さっそくカッコいいウィングをつけちゃってください、ハイネさん!」
「任せといて―! ……けど、ただジェットパックみたいなウィングを付けるっていうのも芸がないよねー。だから、ここは元の西洋風の城のディティールを活かして、天使の羽を付けてみようか……!」
「イイなそれ! 絶対面白いことになるぜ!」
やめろっちゅーに。
こうして最初はシンプルかつ豪華だった砂の城は、土台がキャタピラと化し、ロボットアームを振り上げ、城壁の至る所に砲台が設置され、後ろ側には巨大な天使の羽が生えた、もう字面に起こすのも馬鹿馬鹿しくなるほどふざけた外見に成り果ててしまった。
最初の外観なら、小さな女の子などは歓声を上げて喜んだだろうが、これでは間違いなく悲鳴を上げる。
道行く他の観光客たちも、この城の近くを通るたびにギョッとした表情を見せては、見なかったフリを決め込んでいる。
「完成ー! これは……我ながらすごいものを作ってしまった……!」
「も、もはや神々しささえ感じるぜ……!」
「この威容……まさしくハワイに降り立った絶対神……!」
「浪漫だわ……ロマンを感じる……!」
自分たちが作り出した御神体を見て、興奮に打ちひしがれる四人。
何なんだアンタら。
……と、そこへましろとサキが戻ってきた。
戻ってきてしまった。
「戻りましたー……って、えぇぇぇ!? な、何なんですかコレ!?」
「ぶっはぁ!? ははは、な、何だコレ! いやホントに何だコレ! ひーひー、腹がよじれる……!」
「おう、マシロ! それからサキ! 見てくれよコレ! 最高にイカす見た目になっただろ!」
「イカしませんっ! 最初の方がよかったですーっ!」
「ええ……マジかよ……」
「もうっ! こんなことするなら、自分たちでお城作ってからやってくださーい!」
「チィ」
(素晴らしい偉観だ。気に入った)
その後、ジャックをはじめとした犯行グループは、勝手に城を魔改造したお詫びに、もう一度ましろのために、ましろ好みの砂の城を作った。
天才メカニックのハイネまで交えて建造された二つ目の城は、一つ目が霞んで見えるほどの立派な巨城となった。
●聖戦
「はー……はー……どうにか撒いたか……」
そう言って、本堂はパラソルの下の日陰へとやって来た。
そこでは、狭山が折り畳み式の椅子に座ってタブレットを操作している。
「おや本堂くん。アカネさんと追いかけっこをしていたみたいだね。お疲れ様。それにしても、波打ち際で男女が追いかけっこなんて、ロマンチックだねぇ」
「現実はロマンチックというより、血みどろの抗争劇だったワケですが」
「これに懲りたら、君も貧乳の素晴らしさに目覚めるべきだね。華奢で可愛らしい女性の身体を、よりシャープに引き立たせる。これぞ美。これぞ芸術」
「何を。女性の象徴たる乳房をより強く主張する巨乳こそ正義。大体、巨きな乳に魅力を見出さないなど、雄という生物としてどうなのかと」
「性的魅力より芸術的魅力こそ自分は重視したいね」
本堂は相も変わらずの無表情。狭山は普段の穏やかな表情を崩さない。
しかし互いに、譲る気は一歩も無い。壮絶な舌戦が繰り広げられている。
……だがそこへ、乱入者が現れた。
「フッ、まだソンナ戯言を吐いていタのか、ホンドウ」
「む、あなたはコーネリアス少尉」
やって来たのは、『ARMOURED』のコーネリアスだ。
彼もまた、狭山と同じく貧乳派を公言している。
「貧乳ヲ好むノハ雄とシテどうか、と言っていタナ。ナラばお前は、自身ノ胸の小ささヲ恥ずカシがる貧乳女子を見テ何も感ジナイというノか。そこニ庇護欲を見出シ、守ってアゲタくナる。これガ雄ノ本能でナケレば何と言ウ」
「貴方が言うように、それはただの庇護欲だ。性欲ではない。貧乳で満たせる欲など、限界があるでしょう」
「それは君が勝手に限界を決めているだけだよ本堂くん。貧乳をより愛らしく見せるランジェリーという物も存在し、これが極めて高い人気を誇っている。女性、男性、双方からね。需要があるということは人気もあるということ。そして人間は、可能性を夢見て限界を超える生き物だ。そんな人間たちから愛される貧乳は、いずれ人間の手によって限界を取り払われるだろう。はいQED、証明完了」
「く……二対一では不利だ。こちらも仲間を増やさねば……」
本堂が周囲を見渡すと、近くにシャオランがいるのを見つけた。
さっそくシャオランを捕まえてきて、自分たちの輪に加える。
「さてシャオラン。お前は巨乳と貧乳どっちが好みだ?」
「えぇぇぇ!? いきなり何の質問!?」
「そういえば、シャオランくんの好みは聞いたことがなかったね。どっちなのかな?」
「え、えーとボク、そういうのはよく分かんないかなーって……」
「おいお前こういう時だけ子供ぶるんじゃない」
「とニカく拷問ダ 拷問にカケろ!」
「イヤぁぁぁ拷問はやめてぇぇぇ!?」
このままでは己の身が危ない。
観念して、シャオランは白状することにした。
「えっと、あの、巨乳が好きです、はい……」
「よし、シャオランはこっち側だな。どういうところが好きか言ってやれ」
「あのー、その、シンプルに柔らかいところが好きです……。師匠がボクを褒める時に抱き着いてきて、陥落させられました……」
「どうだ聞いたか二人とも。これだ。これこそが原初より男性が女性の胸に抱きし理想の出発点にして到達点。シンプルイズベスト。最適解。これ以上の答えが要るか?」
「Shit...これガ単純の暴力……。強烈な右ストレートを叩キつけラれた気分ダ」
「なぜだいシャオランくん……。君のガールフレンドのリンファさんは、どちらかと言えば貧乳側だろう……? リンファさんを敵に回す気かい……?」
「いやリンファは言うほど貧さくないし……。それにリンファの魅力は胸の大きさじゃないし……。ボクはリンファが巨きかろうと貧さかろうとリンファが好きだし……」
「これはいけない。直情的な愛を語られて、こちらが蒸発してしまいそうだ。ここは一つ、仕切り直しを……」
「何やってるんですかアンタら……」
と、心底過ぎて心の底を突き破るかと思うほどに呆れた声をあげたのは、日向だ。休憩のために此方へ立ち寄ったら、耳を塞ぎたくなるような会話が聞こえてきたのだ。
「何って、ただの乳論争だが」
「ただの……そこに一抹のおかしさも感じないんですかアンタは」
「止めないでくれ日向くん。これは、そう、自分たちにとっては聖戦なんだ」
「聖戦というか性戦でしょーが」
「チナみに、ヒュウガはどちらナンだ?」
「ああ、こいつは普乳が好きとか抜かす中途半端な奴です。気にしないでもらって構いません」
「むむむ……」
「なにガむむむダ!」
「その引き出しの広さ……アンタ本当にアメリカ人なんです……?」
とにかく、本堂の物言いにムッと来た日向は、思わず熱くなってしまう。
「いや、俺が普乳好きだと言った覚えはないんですけどね。それでも皆さん極端すぎると思うんですよ。一番バランスが良いのって普乳だと思いません? 胸単体で見ても、女性の身体に合わせても。ほら、ミロのヴィーナスとか、ロダンの接吻とか見たことあります? あの女性たちも普通くらいの大きさでしょ? 普通くらいが一番美しく、芸術的だって、歴史的なアーティストたちも証明してるんですよ。それにあんまり大きすぎても、年取ったら悲惨なことになるって聞いてますよ。よって大きすぎず、小さすぎず、普通くらいが丁度良いんですよ。いや、俺の好みがそうだって言ってるわけじゃないんですけどね」
「そこマデ言ってオイてまダ否定するノカ……」
「普通くらいって、キタゾノくらい……?」
「そうそう。それこそ北園さんくらいが一番……って、ハッ!?」
「いやぁ、若いねぇ日向くん」
「いやちがっ、別に北園さんをそういう目で見てるワケでは……!」
「そうか。じゃあ、北園の水着姿は大して魅力的ではなかったと本人に伝えておこう」
「それ言ったら紅炎奔流ぶちかましますからねっ!」
パラソルの下で盛り上がる男子五人。
……その向こうで、何やら動きを見せる女子たちがいた。
「ほい、マトイさん。バズーカ砲と特殊弾頭、準備できたよー」
「ありがと、ハイネちゃん。さぁて、ビーチの風紀を乱す男どもを、まとめて消し飛ばしてやるわ……!」
「やっちゃってください的井さん! お兄ちゃんにはわからせが必要なんです!」
「あたしとしては、好みの大きさくらい、好きに語らせておけば良いって思うけどねー。ま、男子諸君は、ご愁傷様ー」
●超人ビーチバレー
「舞ちゃん、上げるよ!」
「オーライ、リンファ先輩! それーっ!」
ワイキキビーチにて、女子六人がビーチバレーを楽しんでいる。
十点先取、三対三のチーム戦をしており、メンバーはリンファ、舞、北園とレイカ、ましろ、サキという割り振りである。ましろ、サキの中学生組を、最年長のレイカがカバーする形だ。
レイカはあまりバレーボールをやったことがないとのことだったが、やはり普段からマモノと戦っている分、運動には自信があるのだろう。本職バレー部の舞のスパイクを、難なくレシーブで受け止める。
レイカがレシーブで受け止めたボールは、ゆっくりとましろの方に飛んだ。
「ましろっ、ボール上げて!」
「う、うんっ。……それっ」
「でりゃああああっ!!」
試合中もオドオドしているましろだが、いざボールが自分の方に来ると、意外と上手くトスを上げてくれる。思わぬ才能である。
そしてましろが上げたボールを、サキが相手のコートに叩き込む。空手をやっているという彼女は、そこいらの女子よりよっぽど機敏に動いてみせる。
サキが打ち込んだボールの先には、北園が立っている。
北園も表情を引き締め、レシーブの構えを取る。
「えいっ」
握った両こぶしでボールを受ける北園。
……しかし、ボールはあらぬ方向へと飛んでいってしまった。
そのままボールは、コートの外へ。アウトである。
「ゲームセットですよー。8対10で、レイカさんチームの勝利ですー」
審判を務めていたカナリアが、レイカたちの勝利を宣言した。
勝利したレイカたちは喜びの声を上げ、敗北した北園たちは身を寄せあって悔しがる。
「二人とも、お疲れ様です! 意外としっかり動いてくれるから、とても助かりました」
「へへっ、アタシたちもやるだろー? ましろも、最後は良いトスだったよ!」
「う、うん。ありがとう……!」
「ごめん~二人とも。失敗しちゃったぁ……。私ももうちょっと運動神経が良ければなぁ……」
「ドンマイ、北園。アタシたちもカバーが足りなかったわ」
「く……バレー部員たる私が、なんてザマ……。北園先輩に勝利を献上できなかった……これはもう腹を切って償う他に無し……!」
「ま、舞ちゃん? そこまでしなくていいんだよ?」
「いやー、仲良いねーみんな。美しい友情だねー」
カナリアと共に試合を見ていたハイネが、カナリアに聞こえるようにそう呟いた。カナリアもハイネの呟きに頷きつつ、返事をする
「ですです。仲良きことは美しきかな。なのです。……それにしても、女子たちはあんなに仲睦まじいのに、あっちの男子たちときたら……」
「あははは……あれはまぁ、闘争本能が刺激されちゃったんじゃない?」
そう言って、カナリアとハイネがもう一つのビーチバレーコートの方を見やる。
そこでは、予知夢の五人の前衛組と『ARMOURED』の男性陣が三人ずつのチームに分かれて、同じくビーチバレーで戦っていた。
「”陽炎鉄槌”ッ!!」
叫びながら、日影が燃え盛る手の平をボールに叩きつける。
爆炎と共に、ミサイルもかくやという勢いでスパイクが放たれた。
「ぬぅんっ!!」
それを受け止めるのは、マードックだ。
全身が戦闘用の義体である彼は、日影の爆炎スパイクも難なく受け止めることができる。
これがカナリアたちが呆れていた理由。
男性陣は、それぞれの異能をフル活用してビーチバレーをプレイしているのだ。さながら超人ビーチバレーとでも言うべき、空前絶後の試合が繰り広げられている。
「なんだかんだ言って、アンタも楽しんでるんじゃねーかハゲ大将!」
「やかましい! お前たちが誘ったりしなければ、のんびり眺めているだけだった! それより少尉、ボールを上げろ!」
「Yes sir.(了解した)」
「そんでもって俺がスパイクだぜーっ!!」
コーネリアスがトスをしたボールを、ジャックがスマッシュする。
義手による怪力から放たれるジャックのスパイクは、オリンピック選手顔負けの威力がある。
「はい残念」
「あっ!?」
……しかしジャックがスマッシュしたボールは、本堂が悠々とブロックしてしまった。
彼の180センチの長身から繰り出すハイジャンプは、ビーチバレーのネットの高さを軽々と越えて鉄壁のブロックを実現してみせる。
ジャックがボールを防がれた瞬間。
本堂がボールを防いだ瞬間。
空中を舞う二人の目線が、一瞬だけ合った。
(こ、コイツ、なんつージャンプ力してんだ……!)
(バスケ部なめんな)
互いにコートに着地する間に、視線で短いやり取りが交わされる。
そうこうしているうちにボールがARMOURED陣営に落ちそうになるが、ジャックはもうどうしようもできない。
「フンッ!」
しかしその危機を、コーネリアスが救った。
上手くボールの下に滑り込んで、砂浜に落下する前にボールを上に弾いた。
現在、この試合の点数は9対9。デュースは無し。
あと一点で勝者が決まる。ゆえにコーネリアスも意地でボールを生かしてみせた。
「ナイス、コーディ! ……そらっ!」
「ぬぅんっ!!」
続いてジャックがトスを上げ、マードックが遠距離からスパイクを放つ。
ボールは緩やかな弧を描くように、予知夢陣営のコートへと飛んでいく。
三人の間、防御が手薄になっている場所へ、吸い込まれるように。上手い一撃だ。
「うおぉ!?」
日影が滑り込むようにしてボールを受けた。
しかしコントロールがままならず、ボールはあらぬ方向へ。
「おっと」
だが本堂が”迅雷”を発動して、素早くボールの元へ回り込んだ。
そしてトスを上げつつ、予知夢陣営の最後のメンバー、もう一人の主砲に声をかけた。
「行け、シャオラン」
「わ、分かった!」
シャオランは返事をすると、ネットの真上、予知夢陣営とARMOURED陣営の境界線を飛ぶボールに向かって跳躍した。
身長150センチのシャオランだが、その身体能力はまさしく超人的。彼にとっては見上げるほどに高いネットだが、上半身が超えるくらいには飛び上がってみせた。
「はぁぁぁぁ……ッ!!!」
飛び上がりつつ、シャオランが息を吐く。『火の練気法』だ。
マモノも一撃で黙らせる強打で、スパイクを叩き込むつもりなのだ。
ちなみにボールの方もハイネが作った特別製なので、日影の陽炎鉄槌を受けてもシャオランの『火の練気法』を受けても破裂したりしない。無駄に凄まじい技術である。
シャオランがスパイクを放つ。
まさにその瞬間。
「ワッ」
「ぴゃあああああ!?」
突然、シャオランの目の前にコーネリアスが飛び上がってきて、短い叫び声でシャオランを驚かせた。
そのままシャオランはスパイクを忘れ、ボールは予知夢陣営のコートに落下。
点数は9対10となり、ARMOURED陣営の勝利である。
「オイなんだ今の! ずりぃだろ!」
「そ、そーだそーだ! 明確な妨害行為だー!」
「今ノハただノ掛け声だっタ。ソレニ勝手に驚かレタだけダ」
「ケチつけてんじゃねーぜヒカゲ! この勝負は俺たちの勝ちだぜ!」
「勝手に決めんな! オイ審判、今のはナシだろ!?」
日影は、審判を務める日向の方を見る。
しかし日向は腕を組み、難しそうな表情をしている。
「いや……”陽炎鉄槌”とか”迅雷”とか『火の練気法』とか使ってるのに、今さら驚かされたくらいで文句言うなよ。よって『ARMOURED』の勝ちー」
「ざけんな! 審判この野郎、いくら貰ってんだ!」
「いや一円だって貰ってないんだけど」
「俺たちは買収なんてセコイ真似してねーぜ。これは実力の勝利だ」
「んの野郎! もう一回だ! 次は絶対負けねぇ!」
「はーい、じゃあ第二セット始めまーす。全員、位置についてー」
やる気なさげな日向の号令と共に、次のゲームが始まった。
日向は、隣の田中と共に超人たちのビーチバレーを眺める。
「……なぁ日向。この人たち、本当に人間なんだよな?」
「まぁ……一応」
「お前は参加しないのか?」
「俺はほら、再生能力がある以外はノーマルの人間と変わらないから……」
「あの中に放り込まれても、この先生き残れない、か」
「そゆこと」
●ねっちゅうしょう
ビーチバレー大会も終わり、皆がゆっくり休息を取っている時。
田中が日向に声をかけてきた。
「よう日向。ちょっと、ゆっくり『熱中症』って言ってみてくれ」
「ねっ、ちゅー、しょー」
「ああそうじゃなくてだな。もっとこう……スローモーションな感じで」
「ええと、じゃあ、ねっ……ちゅう……しょう…………ん?」
自分で言って、日向は首を傾げた。
今のはなんとなくだが、「ねぇ、チュウ、しよう」と言っているように聞こえたからだ。
田中を見てみれば、勝ち誇ったようにニヤニヤと笑っている。どうやらあちらも、これを言わせるのが目的だったらしい。
「オイオイ、俺はそんな趣味はねーぜ?」
「俺だってそんな趣味は無いわアホ」
「ははは、しかしまぁ、何の疑いも無く言ってくれたな。ゆっくり『熱中症』って言うと『ねぇ、チュウ、しよう?』って聞こえるっていうネタだったんだけど、知らなかったのか?」
「正直、知らなかったな……。お前はまたどこでそんな下らないネタを拾ってくるんだ……」
「下らないとはとんでもない。今からお前も、そんなこと言えなくなるぜ? このネタを、大変素晴らしいものだと絶賛するハズだ」
「と、言いますと?」
「今から北園さんにこのネタを振り、お前に向かって『熱中症』と言ってもらう」
「は?」
「……というワケで、ちょっとそこの道行く北園さん!」
そう言って田中が、近くを通っていた北園を呼び止めた。
北園も、やんわりとした微笑みを浮かべて二人の元へやって来る。
「なぁに? 田中くん」
「ちょっと日向に向かって、ゆっくり『熱中症』って言ってみてくれ」
「いや北園さん。これは田中の罠なんだ。言わない方がいいよ」
「……あぁー」
と、北園はなにか納得がいった様子で頷いた。
そして、日向の方に振り向くと、口を開いた。
「日向くん」
「はい」
「ちゅーしよ?」
「……はい?」
ド直球な言葉に、日向は一瞬、自分が何を言われているのか分からなくなった。
「……いやあの北園さん。ゆっくり『熱中症』と言うのであって、そんなストレートに言うものでは……」
「ちゅーしよ?」
「……もしかしてコレ、北園さんはこのネタを知っているのでは……」
「その可能性が高いな。その上でお前をからかっている」
「……俺ちょっと、なんか熱くなってきた。日差しのせいかな。ちょっとひと泳ぎしてくる……!」
「あ、おい、日向?」
田中の声も聞かず、日向はわき目も振らずに海へと走り出し、そのままダイブした。いかんせん飛び込みの方法がなっていなかったので、思いっきり水に腹を打ち付けていたが。見てみれば、”再生の炎”で腹を治療されているのだろう、海の中で悶絶している。
「何やってるんだアイツ……」
「ちょっとからかい過ぎちゃったかな?」
「日向はこういうところ、結構ヘタレだからなー。ちょっと刺激が強すぎたんだろうな。……ところで北園さん。俺にもゆっくり『熱中症』って言ってみて?」
「ねっ、ちゅー、しょー」
「あ、ハイ……」
ほとんど普通通りに言われた『熱中症』を聞いて、田中は少し寂しそうだった。
●ましろと日影
時間は経ち、空はすっかり夕焼け模様に。
この真夏日に夕焼け模様の空になるのだから、実際は結構な時刻になっているはずだ。他の皆も、もうそろそろ荷物を片付けてホテルに戻ろうという話をし出している。
今日はホテルで一泊した後、明日は軽く観光と、お土産を買ってから日本に帰る予定だ。つまり、ハワイの海で泳ぐのは、今が最後のチャンス。
ましろはハワイの海の泳ぎ納めに、一人で波打ち際までやって来ていた。
そんな時、一人の青年が海の上で背泳ぎしながら浮かんでいるのを見つけた。
ボサボサとした黒い髪。
たくましい体つき。
顔は日下部日向とそっくり……というか、ほぼ同じ。
浮かんでいるのは、日向の影である日影だった。
ましろは海の中にばしゃばしゃと入っていき、日影に声をかけた。
「あ……日影さん……」
「ん? おう、ましろか。なんか用か?」
「あの……いや、別に……」
「ん、そうか」
ましろから声をかけられた日影は、背泳ぎを止めて立ち上がった。
しかしましろとしては、本当にちょっと声をかけただけだったので、そこから先の会話が続かない。
それどころか、今の日影には多少の気まずささえ感じていた。今までは、そんなことはほとんどなかったのに。
ましろは、この旅行であまり日影とは絡まなかったように感じていた。だから、今の日影に気まずさを感じているのだろう。
他の人と関わることが多かったため、結果的にあまり関わることができなかったという具合だが、それでもこの旅行に参加する前は、もっと日影と一緒に長い時間を過ごすものだと思っていた。
(……ううん、それは嘘……)
ましろは、いま浮かんだ自分の所感を否定する。
気まずさを感じているのは、きっと目の前の日影が普通の人間ではないと知ってしまったから。彼は日下部日向の影。自分と同じ人間ではない。
だが彼は、自分を助けてくれた。
自分に優しくしてくれた。
この旅行に誘ってくれた。
多少生まれが特殊なだけで、自分たちと何ら変わらない、普通の人間だ。
……そう思っているはずなのに、どこか心の中に気まずさが生まれてしまう。そんな自分が嫌になった。
「なぁ、ましろ」
「は、ひゃいっ」
「落ち着け落ち着け」
ましろが考え事をしていると、日影から話しかけてきた。
不意なタイミングだったため、思わず変な声で返事をしてしまった。
そんなましろに日影は苦笑いしつつ声をかけ、話を続ける。
「なぁましろ。お前、オレが普通の人間じゃないって知った時、どう思った?」
「え……えっと、驚いちゃいました……」
「そうか。そうだよな。それが普通だ。世の中にマモノとかいう異物が現れても、オレの存在はソレより異質だよな」
自嘲気味に笑いながら、日影は語り続ける。
「オレはよ、自分が『普通の人間』だと思って生きているつもりだ。だから、お前やサキ、田中たちにオレの正体を知られても、オレらしく普通通りに接するつもりだった。……けどよ、いざ知られると、オレ自身もなぜか気まずくなっちまってな。落ち着かなかった。この旅行の間、なるべく一般人枠の皆を避けちまってた」
その言葉を聞いて、ましろはハッとした。
自分は、日影が声をかけてきてくれればいつでも、親しく接するつもりでいた。だが、日影はこの旅行中、あまり自分に話しかけてきてくれなかった。
日影がこのビーチにいた時も、始めは波打ち際で一人で過ごし、皆が海から上がると入れ替わるように海で泳ぎ始めていた。
日影もまた、『自分が異質である』という気まずさから、ましろたちを避けていたのだ。
「なぁましろ。お前から見て、オレは人間か? それとも化け物か?」
「日影さん……」
日影の問いを聞いたましろは一瞬、返答に詰まった。
正直に言って、ましろ自身も日影のことを『異質である』と感じていた。だから気まずさを覚えていた。
だがそれでも、彼のことを『化け物』とまで思っていたのかと言われると、そうではなく。
それよりも、彼は『普通の人間』になりきれない自分自身に悩んでいる。
自分を助けてくれた男性が、自分に相談をしてくれている。
だからましろは、まず日影を元気づけてあげたかった。
「普通の人は……自分が『人間かどうか』なんて悩んだりはしません……。だから、その意味で言えば、日影さんはやっぱり普通の人間じゃないと思うんです」
元気づけてあげたかったが、それは「嘘で誤魔化す」ということではなく。だからまず、ましろは自分の考えを正直に伝えた。
「で、でも、日影さんは私を助けてくれた。人々のためにマモノと戦ってくれている。だから、私は日影さんのことを『良い人』だと思うんです。優しい人なんだって……。それにほら、私はいなずまちゃんを飼ってますし、今さら日影さんが化け物でも大丈夫ですよ……!」
伝えたいことを言い切ったましろは、ふぅふぅと肩で息をしている。
一方の日影は、ましろの話を聞いて、憑き物が落ちたような表情をしていた。
「……なるほどな。そう言ってくれるのか。分かりきった嘘で励ましてくれるより、よっぽど効いた気がするぜ。ありがとな、ましろ」
「い、いえ、お役に立てたなら何よりです……!」
「しかしまぁ、オレが化け物でも大丈夫……か。前から思ってたけどよ、お前って結構芯が強くて、タフな奴だよな。見た目以上に」
「そ、そんなことないですよ……。私なんてまだまだ……」
「……ま、そんな謙虚なところが、お前の良いところでもあるのかもなぁ。……さて、オレはそろそろ上がるぜ。ましろは泳ぎ納めに来たんだろ? 邪魔しちまって悪かったな」
「あ、あの、日影さん。良かったら、もう少し一緒に泳ぎませんか……?」
「オレと?」
「は、はい。その、今日はあまり一緒に過ごせませんでしたから……」
「……まぁ、良いぜ。オレでよければ、付き合うぜ」
「や、やったっ。よろしくお願いしますね……!」
「おう」
それからましろは、日影と一緒に泳ぎ始めた。
日影は大してガタイが良いワケではないが、ましろが小柄であるため、相対的に日影が大きく見える。そんな二人が並んで泳ぐ様は、まるで小さな魚が大きな魚に守られて泳いでいるようだ。
ましろの表情は、とても楽しそうだった。
――オレだって、日向ほど鈍感なワケじゃねぇ。
ましろがオレのことを妙に気にかけてくれてることは、気付いてる。
……けどよ、悪ぃ、ましろ。
オレは、お前の想いには応えられそうにない。
応えちゃ、いけねぇんだ。きっと。




