第292話 エクスキャリバー、抜刀
宇宙船とも見紛うような米軍の黒い戦艦、エクスキャリバーの船首にて、日向、ジャック、コーネリアス少尉、マードック大尉の四名は残った三体目のモーシーサーペントと対峙する。
しかし、そこからはもはや完全に消化試合だった。
日向、ジャックの両名が機銃の感電徹甲弾を集中させ、モーシーサーペントの岩の鎧をどんどん剥がしていく。
その鎧が剥がれた生身の部分に、コーネリアスが的確に対物ライフルの弾丸を叩き込む。彼の弾丸もまた、着弾と同時に電撃を発する特別製である。
ダメ押しにマードックが重火器を乱射する。右腕にぶら下げたガトリングで牽制し、モーシーサーペントが接近して来たら左肩に担いだロケットランチャーを叩き込む。
「グアオオオオオオオ……」
何度もその身に弱点属性である電気の弾丸を受け、さしもの『星の牙』たるモーシーサーペントも、何の抵抗もできずに力尽きた。断末魔の叫びを上げて、暗い海へと沈んでいった。
「……対象の沈黙を確認。皆、よく頑張ってくれた。おかげでエクスキャリバーは最高のコンディションでクラーケンに挑むことができる」
「な……なんとかなったかぁ……」
マードックの声を受けて、日向は一先ずの戦闘終了を知る。
そのまま手すりに寄りかかるように息をつくが、その傍らでジャックやコーネリアスは、自身の銃や機銃のマガジンを入れ替えている。
アカネや北園、日影たちのグループは、マモノの生き残りがいないか甲板を回って確認をしているようだ。
ここまでの戦いは、まだ第一波に過ぎない。
皆は油断なく、次のクラーケンとの戦いに備えている。
「お、俺もゆっくりしてる場合じゃないや。何か手伝わないと……」
「大丈夫だって! オマエはさっきの戦いの功労者だ! 今はとりあえず休んどけよ!」
「えっと、じゃあ、そういうことなら……」
ジャックに促され、日向はその場に留まることにする。
ジャックは機銃の点検をしながら、日向に話しかけてきた。
「今更だけどよ、こうやってオマエらとちゃんと肩を並べて戦うのは、今回が初めてなんだよな。最初の合同演習の時は、お互い離れて戦っていたしな」
「そういえば、そうだったっけ。俺たちもあれから色々な戦闘を潜り抜けてきたけど、ジャックたちから見て、俺たちも少しは強くなったかな?」
「ああ。特に、オマエのあの……”紅炎奔流”だっけか? アレすげえな。『星の牙』を一撃で黙らせるなんて、そんな装備、こっちにだってなかなかねーぞ」
「そっか。『ARMOURED』から見ても、俺たちは強くなってるんだな。良かった」
「……ああ。ホントーに、悔しいくらい強くなってるぜ……」
風はいまだ強く、雨音が耳に響く。
そのため、最後の、掃き捨てるように呟いたジャックの一言を、日向は聞き取ることができなかった。
と、その時だ。
目の前の海から突如、大きな水しぶきが跳ね上がった。
次いでその中から姿を現したのは、藍色の体色をした巨大なマモノ。
十本の極太の触手、矢印が上を向いたような頭部。
目玉は金色に光り、口の中には円状に牙が並んでいる。
「キュアオォォォォン……!!!」
つまるところ、エクスキャリバーの前に姿を現したのは、イカのマモノだ。
イカと呼ぶには、あまりにも規格外な大きさをしているが。
「で、出た! クラーケンだっ! 向こうから来やがった!」
そのマモノの姿を見たジャックが叫ぶ。
他の者たちも、先ほどのクラーケンの叫びを聞いて船首に集まってきた。
「あ、あの子がクラーケン……!? なんて大きさ……! この間のネプチューンにも負けてないよ……!?」
「む……これは……もはや生身でどうにかできる相手ではないぞ……」
「で、で、で、どぅえたあぁあぁぁああぁぁあ!?」
「落ち着けってのシャオラン! ……けどまぁ、マジでデカいな……」
まだクラーケンとエクスキャリバーはかなりの距離があるが、それでもクラーケンがどれほどの巨躯を有しているかは十分に分かる。予知夢の五人は驚きを隠せない。
一方で、『ARMOURED』の面々はいたって冷静だ。
それもそのはず、彼らは既に二回、これと同種のマモノを討伐した経験がある。
「ジャック! エクスキャリバー、抜刀用意だ!」
「アイ、サー!」
マードックの指示を受け、ジャックが駆け出す。
ジャックが向かった先は、このエクスキャリバーの甲板の真ん中あたりに設置された、黒い四角のオブジェクトの前。ジャックはその四角に設置された端末にタッチして、何らかの操作を施した。すると、四角のオブジェクトが近未来的な音を立てて展開を始める。
そしてオブジェクトの中から現れたのは台座のような装置と、それに納められた一丁の長大かつサイバーチックなデザインの、真っ黒な銃。銃身には青白く発光するラインが奔っている。
ジャックはその台座のような装置から、おもむろに銃を引き抜いた。
引き抜かれたことで改めて分かるが、その銃は相当な大きさだ。
ジャックは肩と両腕を使ってその銃を抱える。
『エクスキャリバー、抜刀確認。御武運を』
「はいはい、ありがとさんっ!」
艦のシステムメッセージに返事をしたジャックは、そのまま日向たちが集まっている船首へと戻ってきた。そして日向に、持ってきた漆黒の長銃を見せつける。
「コイツが、この艦の主砲。この艦と同じ銘を持つ次世代型プラズマレーザーカノン『エクスキャリバー』だぜ」
「それが……主砲!? え、だって、個人携行の武器じゃん!? デカいけど!?」
「まぁ見てろよ。……マードック! さっそく使うぜ!」
「許可する! ヤツの弱点は眉間だ! よく狙えよ!」
「アイアイ!」
マードックの返事を聞くや否や、ジャックは船首の端に立ち、肩に担ぐその銃……エクスキャリバーの主砲を下ろして腰だめに構える。
まだクラーケンとの距離があるにもかかわらず、銃身は真っ直ぐ、クラーケンの眉間へと向いている。正確な狙いだ。
「エクスキャリバー、発射五秒前!」
ジャックが叫ぶと、エクスキャリバーの銃身から電気が奔った。
「フォー……」
次いで、銃口からプラズマが発生し始める。
「スリー……」
銃口のプラズマは巨大な光球となり、解き放たれるのを今か今かと待っているかのようだ。
「……もう待てねぇゼロだぁっ!!」
そして、ジャックが構えるエクスキャリバーの銃口から、柱のような青白い光線が放たれた。クラーケンに向かって、真っ直ぐと、恐ろしいほどの速さで。
これを見たクラーケンは、左に身をよじって回避を試みる。
しかし完全には避けきれず、頭部の左部分に光線が直撃した。
「キャアアアアアアオオオオンン……!?」
光線が命中した部分に風穴が空いている。
クラーケンは、極太の触手をバタつかせて、悶え苦しんでいるようだ。
「命中! だがあの野郎、急所は外しやがったな……!」
「構わん! この距離で当てただけ儲けものだ! すぐに充電に取りかかれ!」
「あいよ!」
エクスキャリバーを撃ち終わったジャックは、再びその銃を肩に担いで、先ほどの台座のところへ。そこへエクスキャリバーを元のように差し込むと、四角のオブジェクトは元の形に戻って、銃もその中へと仕舞われた。……と同時に、先ほどのシステムメッセージの音声が艦中に響き渡る。
『エクスキャリバー、充電モードに移行します。充電完了の予測時間は、およそ五分です』
「これが……エクスキャリバー……?」
「ええ。驚いてくれましたか?」
誰にでもなく呟いた日向に、レイカが声をかけてきた。
アカネの意識は引っ込んだようで、すでに髪も黒に、瞳も青に戻っている。
「日下部さんは戦闘開始前に『この艦はどうやって電力の問題をクリアしたのか?』と質問してくれましたね? これがその答えです。武装は主砲一本に絞り、その主砲そのもののサイズも個人携行火器程度に留めて、艦のスペースに余裕を持たせる。その上で、この船そのものを主砲のための巨大な充電装置にする。この艦それ自体が、巨大な発電機のようなものなのです」
「なるほど……! レイカさんがこの艦を『一つの巨大な装置』と称した理由、マードックさんが『あの四角のオブジェクトを重点的に守ってほしい』って言ってた理由は、こういうことか!」
「はい。あの主砲がエクスキャリバーの『剣』ならば、この艦はエクスキャリバーの『鞘』にあたります。どちらかがダメになっても、エクスキャリバーは威力を発揮できない」
「個人携行できる程度の大きさに抑えたことで、威力そのものは次世代型戦艦としては低めなのだがな。しかしそこは『海のマモノの大半が電気を弱点としている』という性質でカバーできる。さらに個人携行できる性質上、射角も本来の戦艦の主砲以上に自由に取れる。艦の近くで潜水するマモノも、覗き込んで狙い撃ちだ」
「悪いガお喋りハそこマデダ。クラーケンガ来ルぞ……!」
日向とレイカとマードックに、コーネリアスがたどたどしい日本語で呼びかける。クラーケンが触手を振り上げ、こちらに接近してきているのだ。
「さて……ここからが正念場だ。クラーケンの攻撃を耐え凌ぎ、トドメの一撃をお見舞いする。今までは、主砲の充電完了まで耐えるのが常だったが、今回は日向の”紅炎奔流”もある。選択肢が多いのは良いことだな」
「キュアオォォォォン……!!!」
マードックの声と共に、総員身構える。
沈めるか、沈められるか、戦いの幕が切って落とされた。




