第291話 モーシーサーペント
嵐の中を進む戦艦エクスキャリバー。
それに追走する『岩ウツボ』こと二体のモーシーサーペント。
このマモノは海底の岩盤を鎧として身に纏う”地震”の星の牙である。
日向が目を凝らしてよく見てみれば、モーシーサーペントの身体にはシオマネキのマモノであるソルビテが多数くっついている。
そしてモーシーサーペントがエクスキャリバーに身を寄せると、ソルビテたちが一斉に大ジャンプして、こちらの甲板上に飛び乗ってきた。
「あの二体のモーシーサーペントが、ソルビテたちをこの艦に送り込んでいた犯人かっ!」
飛んでくるソルビテを『太陽の牙』で打ち返しながら日向が叫ぶ。
このモーシーサーペントをさっさと排除しないと、このままクラーケンとの戦いに突入するのは極めて危険かつ面倒だ。
日向の通信機から、マードック大尉の声が聞こえる。
『エクスキャリバーの主砲は、クラーケンまで温存しておきたいところだ。……日下部日向! あのモーシーサーペントのうち一体は、お前の”紅炎奔流”とやらで始末しろ! 乗り込んでくる雑魚たちは、私たちと左舷の三人に任せておけ!』
「アイアイサー!」
『よし! いい返事だ!』
マードックの指示に返事をした日向。
ちょうどモーシーサーペントは二体とも、艦を追い抜く形で前方へと泳いでいった。
日向もそれを追いかけるために、船首へと移動する。
そこではジャックとレイカがソルビテを相手に戦っている最中だった。
ジャックがソルビテに向かってデザートイーグルを連射する。
しかしソルビテは、大きなハサミを盾にしてジャックの銃弾を防御する。ハサミが銃弾を弾き、金属音がこだまする。
「シット! コイツら、元はこんなに硬くなかっただろーが!?」
「きっと報告にあった、マモノが強化された結果なのでしょう! せやっ!」
ジャックに返事をしながら、レイカもまたソルビテに斬りかかる。
ソルビテは防御の姿勢を取っていたが、レイカはそのソルビテのハサミの付け根を狙って刀を振るう。
するとハサミはあっさり斬り落とされ、その隙にレイカは刀の切っ先でソルビテ本体を貫きトドメを刺した。
「その点、私としては、このカニは御しやすくていいですね」
「ずりーぜ、そのサムライブレード!」
「それよりジャックくん、賭けの件、お忘れなく!」
「てめ、まさか、今回のマモノは自分に有利なヤツばかりだと踏んだ上で勝負を受けやがったな!?」
「勝負は勝てる時に挑む。定石でしょう?」
「ほんっとーにケチくせーなオマエは!」
「おーい、二人ともー!」
日向と北園は、ジャックとレイカがやり取りを交わしている最中に二人の元へ合流した。ジャックたちもピタリと言い合いを止めて、日向たちの接近に反応する。
「おうヒュウガ! あのモーシーサーペントを倒すって聞いたが、どうにかできるのか?」
「一匹だけなら! けどもう一匹は……」
「安心しろ、ちゃんとヤツを倒せるだけの装備がある! オマエは遠慮なくぶっ放せ!」
「わ、分かった!」
返事をすると、日向がエクスキャリバーの船首に立つ。
うねるように海を泳ぐモーシーサーペントのうち、一体が身を翻して、大口を開けながら艦に向かって飛びかかってきた。あの岩のような身体をぶつけられたら、艦が大きなダメージを受ける。日向もまた、身体ごと噛みつかれて海に引きずり込まれるだろう。
「太陽の牙、”点火”!!」
向かってくるモーシーサーペントに対して、構える日向。
手に持つ剣の刀身に、吹きつける雨を蒸発させるほどの炎を灯す。
「太陽の牙、”紅炎奔流”!!」
そして、モーシーサーペントに向かって思いっきり剣を振り下ろす。
燃え盛る刀身から炎の奔流が撃ち出され、迫って来ていたモーシーサーペントに直撃した。
「ギャアアアアアアアッ!?」
大きく開いていた口の中に炎を撃ち込まれ、悲鳴を上げるモーシーサーペント。
そのまま大きく仰け反り、海に沈み、二度と浮上することはなかった。
「わお……やるじゃねーか……」
「よし、当たった! あと一体……!」
「いや、そう上手くもいかねーらしい……」
「え……!?」
ジャックが左舷の方の海を指差した。
日向が見てみれば、モーシーサーペントが艦を追い越すところだった。
先ほど仕留めた個体ではない。これは三体目だ。
モーシーサーペントの数は、二体に戻ってしまった。
「三体目ぇ……!? いくらなんでも、最近は一度に襲撃してくる『星の牙』の数が多すぎないか……!?」
「向こうもそれだけ本気ってことだろ! それよりヒュウガ! 船首の脇に固定機銃があるだろ!」
ジャックの声を受けて見てみると、確かに三脚のようなパーツで固定された機銃がある。ブローニングM1だろうか。日向が立っていた船首の真ん中から逸れるように、左右に一つずつ、計二丁設置されている。
「ソイツには対海のマモノ用に感電徹甲弾が装填されている! ハイネたちが開発した傑作だぜ! モーシーサーペントに撃ち込んでやれば、ヤツの岩の鎧を砕いて引き剥がすことができる! そうして露出した地肌の部分には、電撃がよく効くんだ! オマエ、射撃は得意なんだろ!? やれるな!」
「ま、マジか……!」
いきなり固定機銃を扱えと言われて戸惑う日向。とはいえ、迷っている暇は無い。
日向はすぐに右の固定機銃に駆け寄ると、その銃口を二体のモーシーサーペントのうち一体に向けて、トリガーを引いた。
「シャーッ!!」
ドドドドドド、と重々しい発砲音が鳴り響く。
放たれる感電徹甲弾はモーシーサーペントに次々と命中し、岩の鎧がみるみるうちに剥がれていく。
固定機銃の威力というものは相当なもので、普通自動車に十数秒間弾丸を撃ち込み続けるだけで大破炎上させてしまうほどだ。あの程度の岩の破壊など造作もない。
モーシーサーペントが艦に接近してくると、その身体に張り付いていたソルビテたちが、艦に乗り込もうと飛びかかってくる。日向は機銃を使って、それらも全て撃ち落とした。
「ハッハー! やっぱ良い腕してるぜオマエ!」
言いながら、ジャックも左の固定機銃の前に立ち、構える。
そしておもむろにトリガーを引いた。
艦に向かって体当たりを仕掛けてきていたモーシーサーペントに弾丸の雨を浴びせる。
弾丸は、モーシーサーペントの開いていた口の中に次々と命中する。
きっと口の中が弱点なのだろう。モーシーサーペントは大きく怯んで体当たりを中断した。
日向とジャックが機銃を使ってモーシーサーペントを迎え撃つ。
その間、背中がガラ空きになってしまうが、そこは二人のパートナーが埋め合わせる。
「北園さん! 後ろは頼んだ!」
「りょーかい! ガンガン撃ってね!」
日向を狙うソルビテやディーバイトを、北園が電撃能力で仕留めていく。
うち一体のディーバイトが、北園の電撃を突っ切って噛みつきにかかる。
しかし北園は、念動力のエネルギー弾を生み出してディーバイトに叩きつけ、返り討ちにした。
「ジャックくん! 私はアカネに切り替わります! この数が相手なら、突進力のある彼女の方がより多くのマモノを倒せる! 結果的にあなたを守れる!」
「いいけどよ!? 俺があのモーシーサーペントを仕留めたら、マモノの討伐カウント百体分にしてくれねーかな!? これじゃ俺、絶対オマエに勝てねーよ!」
「知るかっ! テメーが仕掛けた勝負だぜぇ!!」
レイカの長い黒髪が、瞬時に赤色へと変化した。
青い瞳も赤色へと変わり、顔つきも凶暴なものになる。
レイカの超能力、二重人格だ。
彼女のもう一つの人格『アカネ・サラシナ』が表面へと出てきたのだ。
「オラオラオラーッ!!」
アカネは、刀を振り回しながらマモノの群れへと切り込んでいく。
ディーバイトたちの素っ首が斬り飛ばされ、ソルビテがハサミごと切り刻まれていく。
レイカが待ちを得意とした『静の剣士』なら、アカネは攻めを得意とする『動の剣士』。弾丸のように敵陣に突っ込み、瞬く間に壊滅させる。
「た、頼りになるなぁ……」
モーシーサーペントに銃弾を撃ち込みながら、日向が呟いた。
アカネがマモノたちを蹴散らし、彼女が仕留め損ねた分は北園がトドメを刺す。おかげで日向とジャックは何の心配もなく射撃に専念することができる。
「やるだろ、ウチの前衛は。そっちのパートナーの活躍を潰しちまってるみたいで、ちょっと悪かったかな?」
「き、北園さんだって負けてないし」
「おっと、嫁自慢か? お熱いねー」
「よ、嫁とかそんなんじゃないし! 北園さんに失礼だし!」
「ハイハイ、そういうことにしといてやるよっ!」
声をかけあいつつも、日向とジャックの攻撃は実に息が合っている。接近してきたモーシーサーペントに向かって、同時に同箇所へ徹甲弾を撃ち込んだ。
銃を得意とする者同士、このタイミングではどの部分を狙うべきか、互いに分かっているのだろう。
「ギャーッ!?」
岩の鎧もほとんどが剥がされ、遂に二体目のモーシーサーペントの身体に直接、感電徹甲弾が撃ち込まれた。モーシーサーペントは悲鳴を上げて身をよじる。攻撃は効いているようだ。
「よっしゃ! このまま集中砲火を浴びせて、一気にアイツを仕留めるぜー!」
「待て、ジャック! 右だ!」
日向の言うとおり、右からモーシーサーペントが来ている。
まだ岩の鎧が健在な、三体目のモーシーサーペントだ。
首をもたげて甲板を見下ろし、牙を剥き出しにして今にも日向たちに噛みつこうとしている。
「させるかっ!」
「口がくせーんだよっ!」
「ギャーッ!!」
日向とジャックは素早く銃身を右に回し、三体目のモーシーサーペントに集中砲火を浴びせる。
開いていたモーシーサーペントの口の中に感電徹甲弾が撃ち込まれ、バチバチと火花が撒き散らされる。モーシーサーペントはたまらず、海の中へと首を引っ込めた。
なんとか不意打ちを防いだが、正面から間髪入れず二体目のモーシーサーペントが突っ込んでくる。もはや集中砲火を受けることを顧みない、捨て身の一撃だ。
「や、やばいっ!? 止められるか……!?」
「ちぃっ、野郎ぉぉぉぉ!!」
「ギャオーッ!!」
モーシーサーペントの突進を阻止するべく、日向とジャックはフルオートで機銃をぶっ放す。銃身が赤く焼けてきたが、お構いなしに撃ち続ける。
モーシーサーペントは海に潜って、浮上してを繰り返し、上下に蛇行しながら艦へと向かってくる。
そして艦の目の前まで来ると、一気に海から飛び出して、船首の二人目掛けて噛みつきにかかった。
「グオオオオオオオオッ!!」
「や、やっぱり厳しかったか……!?」
モーシーサーペントの大口が目の前まで迫り、息を飲む日向。
やがてモーシーサーペントの影が日向に覆いかぶさり……。
ダゴンッ、という重い発砲音が聞こえた。
次いで、モーシーサーペントが大きく仰け反った。
「ギャオアアアアアア……」
「え……」
モーシーサーペントは、何かに口を撃ち抜かれて絶命したようだ。
絶命したモーシーサーペントは、泳ぎの足を止め、そのまま前進する艦に跳ね飛ばされて海へと沈んだ。
先ほど聞こえた発砲音は、対物ライフルのものだった。つまり……。
「危ナカったな」
「コーネリアス少尉!」
日向の背後には、対物ライフルを片手で構えるコーネリアス少尉が立っていた。右腕が強靭な義手となっている彼は、対物ライフルを右腕のみで取り扱うという離れ技をやってのける。
そんなコーネリアス少尉の後ろからは、マードック大尉もやって来ている。右手にガトリング砲、左肩に四連装のロケットランチャーを担いで。
「よく持ちこたえた。雑魚はあらかた片付いた。ここからは我々も加勢する。クラーケンの居場所までもうすぐだ。一気にケリを付けるぞ」
「ハッ、こりゃ負ける気しねーな。サクッとやっちまおうぜ!」
「分かった……!」
「Yes sir.(了解だ)」
雨が吹き荒ぶ中、四人は最後のモーシーサーペントに向かって、各々の重火器を構えた。最後のモーシーサーペントからしたら、もはや悪夢以外の何物でもないだろう。
「ウツボの皮って、ヘビみたいに財布やバッグにできるのかねぇ……?」
「アカネ……オマエら、揃いもそろってなぁ……」




