第289話 その艦の名はエクスキャリバー
「エクスキャリバー……。この艦なら、クラーケンを倒せるんですか?」
目の前の巨大な黒い戦艦、エクスキャリバーに圧倒されながらも、疑問の声を発する日向。
先ほどマードックは「並の戦艦ならクラーケンに沈められてしまう」と言ったのに、出てきたのは結局、戦艦である。他の日本組の面子も何人かは怪訝そうな表情をしている。田中はめちゃくちゃ目を輝かせている。
そんな日向の問いに、マードックが解答する。
「この艦には最新型のプラズマレーザーカノン砲が搭載されている。目標初速は秒速7000メートル。これなら海の上からでも、海中に潜むクラーケンをぶち抜くことが可能だ。純粋なエネルギー照射による攻撃だから、環境にも優しい」
「またとんでもない兵器を作ったなぁアメリカは……」
「もともとこの艦はイギリスとの共同制作でな。一号艦はイギリスにある。目の前のこれは二号艦だ。エクスキャリバーの名も、イギリスのあの聖剣から取ったワケだ」
「よーう大将! やっと来てくれたねー!」
と、ここで日向たちにとっては聞き慣れない、威勢の良い少女の声が聞こえた。
マードックに話しかけたらしいその声の主は、作業着に作業帽といういかにもメカニック然とした出で立ちで、上の作業着は腰に巻き付け、薄手の紺のタンクトップと健康的な肌が露わになっている。
「……ふむ。これはなかなか……」
「お兄ちゃんは後でお説教ね」
「殺生な」
髪はワインレッドのショートヘア。年齢は日向とそう変わらないくらいか。そして目元はくっきり、自信に満ち溢れた表情と、全体的にボーイッシュな印象を受ける少女である。
「エクスキャリバーの整備は完璧だよー! もういつでも出航可能! 早くアレがズドンと射出される瞬間が見たいよー! ……ところで大将、この人たち誰?」
「彼らは日本のマモノ討伐チームと、その友人たちだ。このハワイに旅行に来ていたのだが、例のマモノの出現のせいで旅行を台無しにされたらしい。我々の仕事を手伝ってくれるとのことだ」
「わお! それは頼もしいね!」
「えっと、マードックさん、この元気な女の子は……?」
「彼女はハイネ・パーカー。アメリカのマモノ対策室に所属する天才メカニックだ。歳はジャックの一つ下だから……君とも一歳下か」
「大将ー、女性の年齢をバラすなんてデリカシーに欠けるんじゃなーい?」
マードック曰く。
ハイネ・パーカーは飛び級で大学に入学後、『ここじゃ満足のいくモノづくりができない』などという理由で大学を中退。それから軍の研究者であった母親のコネを使って米軍の研究室に潜り込み、そのまま働き始めた。
マモノ対策室の設置にあたってこちらに移籍してもらい、装備の製作や『ARMOURED』の義体の簡単なメンテナンスを担当してくれているらしい。
「義体のメンテナンスに関しては、本当に簡単止まりなんだけどねー。アレには神経系とかの高度な医療知識も必要だからさー。本職のレイカのお父さんには負けちゃうよ。けれど兵器の製作なら任せといてよ!」
「彼女はこのエクスキャリバーの設計にも深く携わっている。クラーケンが出現した時、ちょうどこの艦のメンテナンス係としてこのハワイにやって来ていたというワケだ」
「大学を飛び級で合格して軍に所属とか、本当にいるんですねそういう人……」
ハイネ・パーカーの紹介も終わり、改めてエクスキャリバーを眺める日向。
この艦は次世代型プラズマレーザーカノンを搭載しているとのことだったが、それらしい砲塔は……いや、そもそもこの艦、砲塔らしきものが全く見当たらない。
「あの……レーザーカノンはどちらに?」
「そこは見てのお楽しみということで!」
「では準備ができ次第、さっそく艦に乗り込むぞ。それと、ここから先は流石に一般人は連れていけん。友人たちにはここで待ってもらっておけ」
「まぁ、そうなりますよね」
「俺もあの艦に乗ってみたかったぜ……!」
「許せ田中。俺は今からめっちゃ堪能してくるから」
「こんにゃろう!」
艦には『ARMOURED』のメンバーと予知夢の五人に加えて、航行中のメンテナンスやダメージコントロールを務めるハイネと、とりあえず乗せておけばどんな役割でも果たしてくれる狭山を乗せることになった。
「とりあえず乗せておけば……かぁ。まぁ頼りにされている以上、期待には応えるけども」
「気を付けてくださいね、狭山さん。クラーケンはデータが確認できるマモノの中でも極めて強力な存在ですから」
「分かっているとも的井さん。あなたは、ここに残る人たちをホテルまで連れて行ってあげてくれ」
「分かりました」
的井が狭山に見送りの言葉をかけている。
日向が周りを見れば、他の面子もそれぞれ見送りの挨拶をしているようだ。
「北園さーん! どうか無事に帰ってきてくださいねー!」
「よしのん、くれぐれも気を付けるですよ」
「田中くん、ぴーちゃん、心配してくれてありがと!」
「お兄ちゃん、他の人に迷惑をかけないようにね!」
「迷惑はかけん。面倒はかけるかもしれんがな」
「面倒もダメー!」
「えっと……日影さん、気を付けてくださいね……」
「おう。行ってくるぜ」
「し、死ぬんじゃねぇぞ日影。ましろが悲しむからな」
「安心しろって。オレは死んでも死なねぇからよ」
「チィ」
(意訳:お前らのその能力、本当に反則だよな)
「なんとなーく、世界大戦に出立する兵士の見送りを彷彿とさせる……」
皆の様子を眺めながら呟く日向。
その日向の隣では、なぜかシャオランが日向に向かって敬礼のポーズを取っていた。
「……シャオラン? いったいどうしたの……?」
「いや、えっと、戦いに赴くクサカベ一等兵に敬礼を……」
「なに見送る側にまわってるんだキミも来るの!」
「イヤだぁぁぁぁぁ!! イカの大怪獣怖いぃぃぃぃぃ!!」
「リンファさん、シャオランの脚を持って! こうなったら二人がかりで艦に放り込むぞ!」
「よし任せて! さぁシャオシャオ、観念して英雄になってきなさい!」
「やだぁぁぁぁぁ放せぇぇぇぇぇ!!」
「というか俺の階級、一等兵って低すぎない……? 下から数えて二番目くらいでしょたしか……」
こうして無事にシャオランも艦に乗り、エクスキャリバーは出航した。
格納庫内の船着き場から、皆が手を振って見送ってくれている。
「さっさとマモノ倒してこいよ、日向―っ! じゃないと北園さんの水着が見れないからなーっ!」
「もっとまともな声援を送れないのかお前はーっ! 行ってくるー!」
艦の航行速度はかなりのものだ。あっという間にハワイの湾内を抜け出て、大海原へと乗り出した。吹きつけてくる潮風は、今は湿度が高いせいか少し気持ち悪く感じる。
エクスキャリバーの甲板のど真ん中には、なにやらこの艦と同じ色をした黒い四角のオブジェクトがある。意味ありげに設置されたそれの真ん中には操作デバイスのようなものも確認できるが、下手に触らない方がいいだろう。
マモノと遭遇するまで甲板の上で思い思いに過ごす日向たち。
ふと見ると、シャオランが黄昏ているのを見つけた。
「バカンスって聞いたから喜んでついて来たのに、どうしてこうなったぁ……」
「諦めろシャオラン。リンファさんのために強くなるんでしょ」
「それはそうなんだけども……うーん、そうなんだけども、やっぱり怖いものは怖いし……」
「……まぁ、気持ちはわかるよ、うん」
緊張しがちな性格の日向もまた、今でもマモノとの戦いは緊張する。だからシャオランが怯える気持ちも理解しているつもりだ。マモノとの戦いに引っ張り出すことすれど、彼のその欠点とも言える性質を、日向は否定はしない。
「そもそも純粋に疑問なんだけど、ボクたちってこの艦に乗る意味があるの? クラーケンってやつも、レーザービームでやっつけちゃうんでしょ?」
「ええ、クラーケンはレーザーカノンで倒します。しかし、襲ってくるマモノはクラーケンだけではないのです」
と、横からシャオランの疑問に答える者が。
声の主は『ARMOURED』の紅一点、レイカだ。
「この艦をクラーケンの元に行かせまいと、海の中から雑魚のマモノたちが次々と攻め込んでくるのです。私たちの仕事は、その乗り込んでくるマモノたちを掃討し、この艦を守ることです」
「この艦を守るって言っても、ヤワな攻撃じゃ傷一つ付きそうにもない見た目だけど……」
「この艦は『戦艦』というより、エクスキャリバーという『一つの巨大な装置』なんです。つまり、どこか一部分でも壊れてショートすると、一気に動作不良を起こす可能性があります。だから、雑魚マモノの掃討はとても大事な仕事なんですよ。頑張ってこの艦をクラーケンの元まで護衛しなければ」
「ざ、雑魚マモノたちもレーザーで蹴散らすとか……」
「レーザーカノンは何度も撃てる代物ではありません。大量の電気を消費しますから。無駄撃ちはできないんです」
「は、八方手詰まりだぁ……。やっぱりもう諦めて戦うしかないのか……」
「あ、相変わらずですねシャオランさんは。日下部さんも苦労しているのでは?」
「なんというか、もう慣れました。それよりレイカさん。俺からも一つ質問が」
「いいですよ、私に答えられることなら」
「えっと、以前、インターネットでレールガンを搭載した戦艦の話とかを読んだことがあるんです。でもそれには一つの問題があって、実現は叶わなかったそうです。その問題というのが『レールガンを放てるほどの電力が、戦艦では供給できない』ということ。その点、このエクスキャリバーはどうやって電力の問題をクリアしているんでしょうか?」
「ああ、それはですね……」
「おいオマエら! 戦闘準備をしろ! 向こうの空が曇ってきたぞ!」
と、レイカが日向の質問に答えようとしたところで、ジャックが声をかけてきた。
艦が向かう先の空が、少しずつ黒くなっていっている。雨雲だ。
次いで風が吹き始め、波は荒れ、雨まで降り出してきた。
クラーケンは”嵐”の星の牙。
少しずつ標的に近づいているのだろう。
一方そのころ、エクスキャリバーの内部、操縦室では、艦長を務める壮年の男性が艦の操舵を担当し、その艦長を取り囲むように他の乗組員がコックピットに向かい合っている。宇宙戦艦などでよく見る内部構造だ。
そんな操縦室の様子を眺めるように、入り口の近くに狭山とマードック、そしてハイネが立っている。
「うひゃー! 前方、マモノが接近中だよ! 大将、戦闘準備しないと!」
「そうだな。……ここだけの話なのだがな、狭山。お前たちの同行を許可したのは、少し懸念事項があったからだ。例の星の巫女とやらがマモノへの星の力の供給量を増やしたという話。それが本当なら、今のマモノたちはこれまでのマモノと比べてワンランク強くなっているということだ」
「ええ、その通りです。マモノたちは間違いなく強くなっている」
「我々は今まで、このエクスキャリバーで二体のクラーケンを屠ってきたが、ワンランク強くなったクラーケンと戦うのは初めてだ。奴は強い。万全を期すべきだと思ったのだ」
「なるほど、流石はマードック大尉。素晴らしい判断です」
「狭山、現場の指揮は私に任せてくれ。お前は艦の状況と戦況、二つを同時に確認しつつ、戦いの流れをコントロールしてほしい。……我ながら難しい注文をしてしまったが、いけるか?」
「まぁ、やってみましょう。その代わり、こちらの五人は任せましたよ。皆、以前の合同演習とは比べ物にならないほど成長している。期待してもらっていいですよ」
「了解した。……ふふ、しかし、こうしてお前を指揮下に置くことができるとはな。これはなかなかどうして、心が躍る」
「自分も現場におけるあなたの指揮には興味があった。勉強させてもらいますよ」
「任せておけ。では行ってくる」
そう言ってマードックは操縦室を後にし、甲板へと向かった。
やがてエクスキャリバーは嵐の中に突入し、いよいよマモノとの接敵である。




