第282話 ラドチャック
ついに辿り着いた、廃貨物船の最下層、自動車積載エリア。
そこに潜むは、巨大なイソギンチャクのマモノ『ラドチャック』。
このマモノは”濃霧”と”生命”の能力を持つ『星の牙』である。
「コイツが……ラドチャック!」
「ヴォォォォォッ!!」
ラドチャックは、増加した自身の体重で押し潰されたトラックの荷台の上にいる。そしてそこから、日向たちに向かって赤紫色の触手を伸ばしてきた。日向たちとはまだ距離があるにもかかわらず、触手はグングンと伸びて日向たちに迫ってくる。
「船内のどこにいても届く触手、どれほどの長さかと思ったけど、伸縮自在なワケか!」
日向たち六人はすぐさま散開し、触手を避ける。
誰もいなくなった床に触手が叩きつけられ、金属の床が大きくへこんだ。
「北園さん、本堂さん、ラドチャックに電撃を食らわせてください! 電撃を浴びせられた触手の反応を見るに、ラドチャックはきっと電気に弱い!」
「りょーかい!」
「承知した」
日向の指示を受け、北園が電撃能力を、本堂が”指電”を放った。高圧電流がラドチャックのゴツゴツとした胴体に叩きつけられる……が。
「ヴオォォォォ」
「あ、あれ? 効いてない?」
電撃を受けたラドチャックは、大して堪えた様子が無い。
二人の電撃を意に介さず、触手を伸ばして反撃してきた。
触手を真っ直ぐ伸ばし、二人を貫くつもりだ。
「わ、ば、バリアーっ!」
「くっ……!」
北園は急いでバリアーを展開し、触手の槍を受け止めた。
本堂はすぐさまその場から跳躍し、触手を回避した。
本堂は跳躍しつつ、攻撃してきた触手に再び”指電”を放つ。
電撃を受けた触手は、痙攣しながら引き下がっていった。
「やはり触手に電撃は効くが、本体には効果が薄いのか。あのゴツゴツとした身体が装甲の役割を果たしているのか?」
「部位ごとに耐性が違うの? 今までありそうで無かったタイプだね……!」
「と、とにかく、電撃で弱らせる作戦は中止です! 次はシャオランとズィークさん、ラドチャックに接近してヤツを殴ってください!」
「…………。」(頷くズィークフリド)
「…………!!」(涙目になりながら黙って首を横にブンブンと振るシャオラン)
「…………。」(シャオランを引きずっていくズィークフリド)
「助けてぇぇぇぇ!!」
シャオランの必死の懇願も虚しく、ズィークフリドによって前線へと引きずり出された。ラドチャックは二人に向かって触手を伸ばす。
「…………!」
「うわぁぁぁもうやけっぱちだぁぁぁ!!」
ラドチャックに向かって駆け出す二人。
ズィークフリドは鋭い身のこなしで触手を避けていく。
シャオランは『地の練気法』で身体を強化し、襲ってくる触手を素手ではたき飛ばしていく。
やがて二人はラドチャックとの距離を詰め切った。
ズィークフリドは空中で縦回転しながら踵を斧のように振り下ろす。
シャオランは”地の気質”を纏わせた肘をラドチャックに叩きつけた。
「ッ!!」
「せやぁッ!!」
「ヴォォォォォッ!」
強烈な打撃音が、広い空間に響き渡る。
岩のようなラドチャックの身体が、少し欠けた。
「ダメ押しだぁぁッ!!」
そして彼らの後ろから日影が飛びかかってきて、欠けた部分に”陽炎鉄槌”を叩きつけた。大爆炎がラドチャックを包み込む。
「ヴォォォォォッ!?」
ラドチャックが悲鳴を上げる。
日影の一撃はかなり効いたようだ。
さすがは『星の牙』に特効を持つ『太陽の牙』の炎の一撃といったところか。
「ヴオォォォォッ!!」
しかしラドチャックはまだまだ健在だ。
すぐさま三人に向かって一斉に触手を伸ばしてきた。
「……っ!」
「うお、危ねぇ!?」
「ぎゃあああああ助けてぇぇぇ!?」
急いで後退し、触手から逃れる三人。あれほど大量の触手に襲われれば、さすがのズィークフリドといえど避けるのは困難を極めるし、シャオランや日影はガードの上から触手に掴まれてしまうだろう。そうなれば、行き先はラドチャックの口の中だ。
日向の元まで戻った三人は、結果を日向に報告する。
「全然ダメだよぉ! 素手じゃアイツを倒すのに一生かかるよぉ!!」
「ヤツがくたばるまで陽炎鉄槌を食らわせようと思っても、先にこっちが燃料切れしちまうぞ。もういいじゃねぇか、お前がさっさと紅炎奔流食らわせろよ」
「まぁ、もうそれしかないよなぁ。けど、ラドチャックはまだ大したダメージを受けていない。俺が紅炎奔流を撃とうとしたら、間違いなく全力で阻止してくるはずだ。だからみんな、俺が発射態勢を整えるまでしっかり守ってほしい」
「仕方ねぇな、外すなよ!」
「分かってる!」
そして今度は、日向がラドチャックに向かって『太陽の牙』を構えた。他の仲間たちは、日向を守るように円陣を組む。
ラドチャックの触手は伸縮自在。その気になれば、触手を伸ばして全方位から日向を攻撃することもできるだろう。それを防ぐための円陣である。
「太陽の牙 ”点火”ッ!」
日向の掛け声と共に、『太陽の牙』に業火が宿る。
それと同時に、ラドチャックが全ての触手を伸ばして攻撃を仕掛けてきた。
「電撃能力!」
「”指電”」
「せいやぁッ!」
「おるぁッ!」
「…………!」
北園と本堂が電撃を放って触手を迎撃する。
シャオランは回し蹴りを放って、日向を貫こうとする触手を弾き飛ばした。
日影は剣を一薙ぎし、迫る触手を斬りつける。
ズィークフリドは銃を取り出し、的確に触手を撃ち抜いていく。
紅炎奔流のチャージは、五秒もあれば完了する。
仲間たちの協力によって、日向は無事に紅炎奔流を放つ体勢を整えた。
「ぶちかまします! 皆、下がって!」
日向の指示を受け、仲間たちは日向の射線から退く。
前方を空けて、引き続き日向の左右と後方を守る。
日向が紅炎奔流を放つその瞬間まで、油断はできない。
そして今、日向が燃え盛る剣を振り下ろす。
「太陽の牙 ”紅炎……ッ!?」
だがその時、日向の足元の床から一本の触手が飛び出してきて、その先の日向までも貫いてしまった。日向の腹にラドチャックの触手が深々と突き刺さっている。
「ぐ……しまった……足元から……!」
「ひ、ヒューガ!?」
ラドチャックは触手を一本、床の下に忍ばせて、日向に向かって伸ばしていたのだ。それも、今までよりも深く、静かに。ゆえに床が盛り上がることもなく、完全に円陣の死角を突かれてしまった。
日向の身体が、グラリと倒れる。
このままでは、紅炎奔流が不発に終わる。
たとえ不発に終わろうと、紅炎奔流には冷却時間が必要になる。すぐに再使用とはいかないのだ。
「く……駄目でもともと……!」
そう言って日向は、倒れながら剣を縦に振り抜いた。
炎が日向の剣から放たれたが、その勢いはいつもより弱い。
狙いも逸れてしまい、炎はラドチャックの身体をかすめるだけに終わった。
「ヴオァァァァァァッ!?」
しかし炎がかすめただけでも、ラドチャックは今日一番の悲鳴を上げた。無事に直撃させていれば勝負を決められたかもしれないだけに、惜しい結果である。
ともかくラドチャックはダメージ耐え兼ね、体勢を崩した。
その隙に仲間たちは日向を助け起こし、日向も自身を焼く”再生の炎”に耐える。
「ぐ……ゴメンみんな、外してしまった……熱つつ……!」
「日向くん、大丈夫!? 私も治癒能力を使って、怪我の回復を早めるよ!」
「あ、ありがとう、北園さん……」
北園の治癒能力の効果もあって、すぐに日向は自力で起き上がれるまでに回復した。細かい発見だが、”再生の炎”と北園の治癒能力は効果が重複するようだ。
「けど、いやな予感はしたんだ……。ラドチャックとしては、俺をガッツリ警戒して紅炎奔流を阻止できれば、戦局を一気に有利にできる。だから俺もそれを警戒して、皆に守りを固めてもらったのに、本当に面目ない……」
「気にしないで! そういう時もあるよ!」
「しかしどうする? 紅炎奔流の冷却時間が完了するまで、また逃げ回るか?」
「いえ、どうせこの船のどこにいても、奴は触手を伸ばしてくるんです。ここは攻めを継続しましょう。それに一応、策はまだ用意してます。どれほど効果があるかは、まだ分からないんですけどね……」
「ふ、流石だ。なら、俺としても戦闘続行に異存は無い」
「それと本堂さん。いざとなったら”轟雷砲”を使ってもらうことになるかもしれませんが、大丈夫ですか?」
「……ああ、良いだろう。異存は無いと言った。二言は無い」
「もちろん、紅炎奔流でトドメを刺す線も捨てません。再使用できるようになったら、また挑戦しようと思いますので!」
話がまとまると同時に、ラドチャックも体勢を立て直した。
ここからは日向たちとラドチャックの、正面からの殴り合いになる。
激闘を制するのは、果たしてどちらか。




