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太陽の勇者は沈まない ~マモノ災害と星の牙~  作者: 翔という者
第9章 予知夢の五人の夏休み
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第276話 ネプチューンの娘の行方

 ネプチューン率いる魚のマモノの群れを撤退させた日向たち。


 オーレスンの町は荒らされ、けが人も大勢出てしまったが、日向たちの健闘と、狭山が地元警察や軍を指揮した甲斐もあって、考え得る限り最小限の被害で食い止めることができた。


 地元警察や軍が戦闘の事後処理、町の被害確認をしている中、日向たちは滞在していたホテルの前に集まって、事の顛末を狭山に報告していた。現在は日向が狭山に、ネプチューンが町を襲撃した理由について語っている。


「クジラの『星の牙』、ネプチューンの娘がさらわれて、その娘さんを探すために町を襲撃。そして、自分たちが娘さんを見つけてあげないと、再びネプチューンは町を襲撃しに来る、か……」


「勝手な約束をしてしまってスミマセン……。けどあの場面じゃ、ああ言うしかなかったかなって……」


「構わないよ。むしろ好都合だ」


「好都合……?」


「うん。その娘さんの居場所については、アテがあるんだ。そのあたりは、ロシアから来たエージェント二人に語ってもらおうかな」


 そう言って狭山は、ロシアからやって来たマモノ対策室のエージェント、オリガとズィークフリドに会話の主導権を譲る。

 考えてみれば日向たちは、なぜロシアのエージェントである二人がこのノルウェーのオーレスンにいるのか、まだ理由を聞いていない。


「あなたたちは『赤い稲妻』を覚えているかしら? 私たちとあなたたちが初めて会った時、一緒に叩きのめしたテロ組織よ。ソイツらがこのノルウェーに潜伏していると聞いて、調査にやって来たの。連中はテロ活動、あるいはその資金調達のために、積極的にマモノを利用しようとしているわ」


「あ、じゃあ、ネプチューンの娘をさらった人間たちっていうのは……」


「察しが良いわね、日下部日向。私たちは一昨日おとといからこの町で聞き込み調査をしていたのだけれど、なんか怪しい団体がこの町の港に出入りしていたらしいわ。娘さんとやらをさらったのも、恐らくこの時でしょうね」


「マモノのテロ利用、あるいは身柄の売買を目的としている組織なら、すぐにでもネプチューンの娘さんを始末する可能性は、限りなく低い……。もう既に娘さんがクジラの刺身とかにされていたらどうしよう、とか考えていたけど、これならまだ間に合うかもしれない……!」


「そういうこと。ただ、連中の潜伏場所については、まだ不明のままなの。けれど、狭山がいるなら解決しそうね。彼なら軍や警察に協力を要請して、一気にノルウェー中を調査できる。彼自身の諜報能力も馬鹿に出来ないしね」


「お褒めに与り光栄だね。だけど、さすがにある程度の時間は必要だ。最低でも一日は待ってほしいかな」


「逆に、一日あれば見つけられるんですか……?」


「オリガさんの話を聞くに、相手はかなりの大人数で行動しているようだ。そこにネプチューンの娘さんの運搬まで加えると、かなり目立つはずだ。高速艇等を用いた国外逃亡も大人数では難しいだろう。間違いなく、連中はこの町の近くにいる」


 とりあえず、話はまとまった。


 狭山たちが『赤い稲妻』の捜索をしている間、日向たちはこの町で待機することになった。今日の戦いの疲れもあるし、明日には『赤い稲妻』に襲撃をかけるかもしれないのだ。日向たちにも休息が必要だろう。



◆     ◆     ◆



 その日の午後。日が傾いて夕暮れに差し掛かるころ。

 オーレスンのホテルの自室にて、日向は窓からの景色を眺める。


 今朝見た時は綺麗な町並みだったが、今はマモノの襲撃を受けてあちこちがボロボロになっており、見ていて痛々しい。


 やれるだけのことはやったし、あのままネプチューンが暴れていたら、町はいよいよ再起不能な痛手を受けていた。日向たちは良く町を守った。


 だがやはり、もう少し自分に力があれば、もっとしっかり町を守れたのではないかと、どうしてもそう考えてしまう。


 その時、日向の部屋をノックする音が聞こえた。

 日向がドアを開けてみると、そこには北園が立っていた。


「北園さん? どうしたの?」


「えっとね。いま、町ではマモノ襲撃の復旧作業が行われてるんだって。それでさ、せっかくだから私たちも手伝ってあげない?」


「なるほど。分かった。ちょうど俺も、町の力になってあげたいと思ってたところだった」


「そうなんだ。じゃあグッドタイミングだったね」


「本当にね。それにしても、自分から復旧を手伝おうと思い立つなんて、北園さんは優しいなあ」


「えへへー、もっと褒めて」


「良い子! 超良い子! 慈母の女神!」


「えへへー、えへへへへー」


 日向の誉め言葉を受け、北園が満面の笑みになる。

 そんな北園を見ていると、日向も沈みかけていた心が和んだ。


 町に出てみると、あちこちで住人たちが復旧作業を行っている。

 瓦礫の撤去に道や建物の修繕、怪我人の治療に行方不明者や迷子の捜索など、人々が忙しなく道を行き交っていた。


 日向と北園も住人の一人に話しかけ、瓦礫の撤去作業に加えてもらった。建物の崩れた外壁などを拾って、一か所に集めていく簡単なお仕事である。

 と、その途中で見知った顔を見つけた。銀のロングヘアーに黒のオーバーコート姿の男性、ズィークフリドだ。彼は今、道端でひっくり返っている自動車の前に立っている。


「ズィークさんだ。何する気なんだろ……?」


 興味津々にズィークフリドを眺める日向と北園。


 ズィークフリドは、ひっくり返っている自動車に手をかけると、倒れている自動車の下にその身をねじ込ませる。


「…………ッ」


 するとズィークフリドは、驚異的な怪力で自動車を押し上げる。

 そしてひっくり返っていた自動車を、タイヤが地についた元の姿勢に戻してしまった。見ていた周囲の人々も目を丸くしている。


「うっひゃあ、すごい……」


「服着て歩く重機か何かかあの人は……」


 北園は感心の眼差しを、日向は感心を通り越してもはや呆れた眼差しをズィークフリドに向ける。


 すると、ズィークフリドも日向たちに気付いて、歩み寄ってきた。車一台ひっくり返した後にも関わらず、その顔は涼しげな無表情である。


「あ、ズィークさん。こんばんわ……」


「ズィークさん、お疲れさまー!」


「…………。」


 日向と北園の声を受けたズィークフリドは、ニコリともせずにただ頷いた。そして懐からメモとペンを取り出すと、物凄いスピードで何かを書き始める。喋ることができない彼は、伝えたいことがある時には筆談でものを伝える。


 そしてズィークフリドは、出来上がったメモの内容を二人に見せた。


『二人とも、久しぶり! 今日は大活躍だったね! 最初に会った時よりすごく強くなってたからビックリしたよ! それと日向くんはあの時、いきなり銃を向けてごめんね! 僕がちゃんと喋ることができたら、声をかけて危険を知らせていたんだけど……。不甲斐無い大人でホントごめん!』


「相変わらず、フレンドリー極まる筆談ですね……」


 ズィークフリドは、醸し出している雰囲気は完全に殺し屋のそれだが、筆談の内容はこのとおり、物凄く親しみやすい文体である。曰く、日向や北園など年下の子供たちには、それに合わせて柔らかい文章にするらしいが、それにしたって柔らかすぎである。


「ズィークさんも復旧作業を手伝っていたんですね! えらい!」


「…………。」(コクリと頷く)


「そういえばズィークさん。オリガさんは一緒じゃないんですか? あの人も復旧作業に参加を?」


「…………。」


 日向の質問を受けたズィークフリドは、再びメモにペンを奔らせる。


『オリガさんは、こんなのか弱い女の子がやる仕事じゃないから、って言ってホテルに引きこもったよ! まったく、よく言うよね! あの人もロシアのエージェントだし凄く鍛えてるから、メチャクチャ力が強いんだよ!』


「そ、そうなんですか……。あんな、小学生みたいな体つきなのに……」


『そこがあの人の強みなんだけどね。オリガさんと対峙した者は、あの人の少女のような見た目に騙されて間違いなく油断する。そこを仕留めるのがあの人のやり方なんだ! えげつないよね! 花で例えるなら食虫植物だよ!』


「……ズィークさんって、もしかしてオリガさんのこと嫌い……?」


『とんでもない! ただ、ちょっと呆れてるだけだよ! あの人、性格に難しかないからね!』


「ははは……心中お察しします」


 日向の言葉に対して、和やかな筆談で応答するズィークフリド。繰り返すが、これらの和やかな筆談をしている間も、彼は終始無表情である。


 と、ここで町の住人たちがズィークフリドを呼んだ。どうやら、彼に撤去してもらいたい大きな瓦礫や、ひっくり返った車などがあるようだ。先ほどズィークフリドが車を転がしたのを見た人たちが、彼に助けを求めているのだろう。


 ズィークフリドは呼び声に頷いて、そちらに向かおうとする。

 だがその前に、日向がいったんズィークフリドを呼び止めた。


「ズィークさん。一つだけいいですか? 気になってたことがあったんです」


「…………。」(コクリと頷く)


「ズィークさんは、どうしてあんなに強くなったんですか? 車をひっくり返したり、ゾルフィレオスの突進を正面から受け止めたり、あまつさえ素手でゾルフィレオスを瀕死に追い込んだり……。その強さの秘訣は、いったい……?」


「…………。」


 日向の言葉を受けたズィークフリドは、再びサラサラとメモに文字をつづっていく。そして出来上がったそれを日向に手渡すと、自身を呼ぶ住人たちの元へと歩き去っていった。


 日向は、受け取ったメモをさっそく読んでみる。


『よく聞かれるけど、僕は何も特別なことはしてないんだよ。ただ、強くならないと会えない人がいたんだ。その人は僕にとって、とても大切な人だった。だから僕はその人に会うために、死に物狂いで自分を鍛えたんだよ。僕が他人よりちょっと強いのは、それだけの話さ』


「絶対それだけじゃないでしょ……」


『それだけの話』で片づけるには、ズィークフリドの強さは常軌を逸している。思わずその場でツッコんでしまう日向だったが、当のズィークフリドは既にこの場を去っている。

 恐らくは『それだけの話』にもっと深い理由が隠されているのだろうが、ズィークフリドはそこまで教えてくれる気は無いようだ。


「ズィークさんの強さの秘訣を知ることができたら、俺も少しは強くなれるんじゃないかと思ったんだけどなぁ」


「それにしてもズィークさん、相変わらずだったねー。見た目は『陰がある美形』って感じでカッコイイし、そこから繰り出される筆談のギャップがなんか可愛いし、私、ズィークさんはけっこう好きだなー」


「む、思わぬライバル出現……」


「ライバル? ズィークさんが? 何の?」


「あ、いや、北園さんは気にしないで」


「???」


 日向の言葉に、北園は首を傾げる。

 その北園のキョトンとした表情を見て、日向は気恥しそうに目線を逸らした。



◆     ◆     ◆



 そして、その日の夜。


 オーレスンの町から十数キロ離れたところに、打ち棄てられた貨物船が座礁している。船体は朽ち果てボロボロで、上下に綺麗に分かれている黒と赤の模様は、今では錆色に染まっている。


 その内部。

 がらんどうとした積み荷の搬入口。


 そこには大きなトラックが一台と、これまた大きなコンテナが数個、そして大勢の男たちがたむろしていた。その男たちの中で、リーダー格の男が部下から報告を受けているようだ。


「リーダー、大変だ! オーレスンで、あのロシアのエージェント二人を見た! 俺たちのことを嗅ぎまわってやがった! ここに来るのも時間の問題かもしれねぇ!」


「マジかよ、クソ、鼻の良い奴らめ! せっかく新商品も手に入って、軌道に乗ってきたっていうところによぉ!」


「どうするんだよ!? ヤクーツクでは連中に大勢やられた! これ以上ボロクソにされたら、立て直しは困難だぞ!?」


「こうなったら手段は選ばねぇぞ! 万が一連中がここに来たら、破壊活動用に取っておいたあの最終兵器を使うぞ!」


「あ、アレを使うのか!? たった二人を相手に!?」


「ああそうだ! ここでアイツらに壊滅させられたら、もう先は無いからな! ここを耐え凌げば、まだチャンスはある! アレの代わりも用意できるさ! というワケで、アレの調整を急いどけよ!」


「り、了解!」


 リーダーの指示を受け、部下は急いでその場を去った。

 リーダーはふぅ、と息を一つ吐くと、近くに止めてあったトラックを見る。


「へっへっへ、生意気なチビ女に死神ヤローめ、目にモノ見せてやるぜ……」



 リーダーの視線の先のトラック、そのコンテナ型の荷台からは、ガタゴトと音がしている。おぞましい何かが中にいるようだ……。

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