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太陽の勇者は沈まない ~マモノ災害と星の牙~  作者: 翔という者
第9章 予知夢の五人の夏休み
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第275話 スピカの手助け

 空に広がるは黒雲。

 吹き抜けるは暴風。

 目の前の海は荒れ狂っている。


 海に浮かぶ蒼色のクジラ、ネプチューンが町を破壊するため、口元に海の水を集中させて力を溜めている。あれが町に直撃したらタダでは済まない。無数の家々が破壊され、オーレスンは壊滅的な大打撃を受けることになる。


 そのネプチューンを迎え撃つのは予知夢の少女、北園良乃と、謎に包まれた女性、スピカだ。二人は波止場と海の境目にて、ネプチューンの攻撃を待ち構える。


「いいかい、北園ちゃん。キミのバリアーにワタシのバリアーを合わせる。二人でバリアーを一点集中させて、アイツの攻撃を受け止めるんだ」


「わ、分かりました!」


「うんうん。合わせるのはワタシが勝手にやるから、キミはいつも通り、落ち着いて、バリアーを張るだけでいいからね」


「……りょーかいです!」


 これから北園は、かつてない強烈な一撃に立ち向かう。当然、その緊張はこれまでの人生で体感したことがないほどだ。

 だが、スピカの砕けた口調が、その緊張を和らげてくれた。どうにも北園は彼女に、他人とは思えない情のようなものを感じる。


「ウオォォォォォォォォォン……!!!」


 そして、ネプチューンの水流攻撃が放たれた。

 町に向かって、その前に立つ北園たちに向かって、真っ直ぐと。


 北園は、その水流に向かって両手を構える。

 スピカもまた、北園の腕に手を添える。

 その表情は、普段おちゃらけている彼女からは想像もつかないほど、真剣なものだった。


「よーし……バリアーっ!!」

念障壁バリアエフェクト三重展開トリプルウォール


 北園の叫び声と、スピカの呟きが重なった。

 そして生み出されたのは、四重に重なった念動力サイコキネシスのバリアーだ。

 北園が生み出した一枚と、スピカが生み出した三枚。

 それらの蒼いエネルギーが壁となって、ネプチューンの水流を受け止めた。


「くぅぅぅぅぅぅ……!!」


「っと……思った以上に強烈だねぇこれは……!」


「ウオォォォォ……!!!」


 ネプチューンの水流はなおも止まらない。

 二人が生み出した障壁を突破しようと、容赦なく吹きつけられる。

 やがて、先頭のバリアーが一枚、破壊された。


「あ……バリアーが……!」


「落ち着いて。まだたったの一枚だ。精神の動揺は超能力も弱くする。ワタシを信じて、気をしっかり持つんだ」


「り、りょーかいです!」


 スピカの励ましを受けて、北園も持ち直した。先ほどよりも気合の入った表情でバリアーの展開に集中する。それをチラリと見たスピカも微笑んで、再びバリアーに意識を向ける。


 しばらく耐え続けると、とうとうネプチューンの水流は止まった。

 二人のバリアーは結局、一枚のみ破壊されるに留まった。


「す……すごい……本当に止めちゃった……」


「頑張ったねー北園ちゃん。えらいよー」


「た、助かった……」


 肩で息をしながら、北園は安堵のため息をつく。

 その北園の肩に手を置いて、スピカは優しく微笑んでいる。

 事の顛末を傍で見ていた日向は、思わずその場で腰を下ろしてしまった。


 海の中のネプチューンもまた、だいぶ疲れているように見える。あの水流攻撃は、ネプチューンにとっても切り札となる大技なのだろう。それを、開幕からいきなり切ってきたというワケだ。


「……けど、ここからどうしようか……? 俺の”紅炎奔流ヒートウェイブ”は相変わらず撃てないし、ネプチューンはあの巨体だから肉弾戦もメチャクチャ強そうだし……」


「あ、じゃあちょっとワタシに任せてくれる? あのマモノ、さっきから心を読んでるんだけど、もしかしたら話し合う余地があるかも」


「え? 本当に……?」


「まぁ見ててよ。ちょっと話を聞いてくるねー」


 そう言ってスピカは、波止場から海に向かってジャンプした。

 一瞬焦った日向と北園だったが、スピカは海面の上に浮いて、さらに海面を歩いている。恐らくは念動力サイコキネシスによる空中浮遊だ。


 スピカはネプチューンの元まで歩くと、ネプチューンと何やら二言三言話し始める。そして、ネプチューンを引き連れて日向たちが待つ波止場まで戻ってきた。


「なんかねー、彼女、『娘を返せ』って言ってるよー?」


「はい? 娘?」


「人間にさらわれたんだってー。日影くんは心当たり無いのかな?」


「全く無いです……。そして俺は日向です……」


 ともかく、詳しい話を聞かなければならない。

 日向はスピカの通訳のもと、ネプチューンとの対話を始めた。


「えー。えっと、ネプチューン? なんでお前は町を襲うんだ?」


『あなたたち人間が、私の娘をさらったからです』


「この町に、娘さんをさらった犯人がいると?」


『分かりません。しかし、私の娘はこの付近でさらわれました。少し私が目を離してしまった隙に、銃とやらを持った人間たちが娘を船に引き上げてしまったのです。そして、娘がさらわれた場所から最も近いこの港町に、私の娘をさらった不届き物がいるのではないかと思いました。そこで私は他のマモノに協力を仰ぎ、この町に襲撃を仕掛けて娘を探しに来たのです』


「この大規模な襲撃は、それが理由か……。というか、アンタメスだったのか……。ネプチューンはイタリアの男神だから、この名前は失敗だったかな……」


 ともかく、これで分かったことがある。


 ネプチューンの目的は、町の破壊ではなく娘の奪還。

 ネプチューンは、その気になればこの町を壊滅させられるほどの力がある。


 そしてネプチューンは、娘をさらわれた怒りに支配されつつも、対話に応じてくれる器量を持っている。これらの要素を鑑みて、日向が取るべき選択肢は、ただ一つ。交渉だ。


「ネプチューン。俺たちが、お前の娘を見つける。だからどうか、この襲撃を止めてほしい。町の人たちは無関係だ。町をむやみに破壊したら、お前の娘にも被害が及ぶかもしれない」


『……いいでしょう。私もあなたの炎を受け、痛手を負いました。戦わずに済むならばそれが良い』


「よかった、話を分かってくれるマモノで……」


『しかし、いつまで経っても娘が戻らなかったら、あなた達は約束を反故にしたと見て、この町を大津波で破壊します』


「う……分かった。ここで襲撃を止めてくれるなら、とりあえず儲けものだ」


『では、どうか娘を頼みます。私も引き続き、海岸付近をまわって娘を探します』



 話を終えると、ネプチューンは大音量で一声鳴いた。

 すると、オーレスンの町から魚のマモノたちが次々と飛んできて、海の中へと帰っていく。約束通り、ネプチューンはマモノの軍勢を退かせてくれたのだ。


 やがてすべての魚のマモノたちが町から出ていくと、ネプチューンも海へと潜っていった。空を覆っていた黒雲も晴れ、風も止まり、荒巻く海も静けさを取り戻した。とりあえずは、戦闘終了である。


「な……なんとかやり過ごしたか……」


「お疲れ様、日向くん……」


 日向と北園も、大変疲れ切った様子である。今回の戦いは町の命運がかかっていた。その重責から解放され、ひとまず安堵している。


 しかし同時に、大変な約束もしてしまった。ネプチューンの娘を見つけ、彼女に返してあげなければ、改めてオーレスンは海に沈められてしまう。


「ど、どうするの日向くん? 娘さんの居場所なんて、心当たりは全く無いよ? 私の予知夢でも、そんな光景は見覚えが無いし……」


「けど、ネプチューンを退かせるにはああ言うしかなかった……。とにかく、狭山さんに報告しよう。何か知恵を出してくれるかも……」


「いやぁ、大変そうだねぇ若者たち。……それじゃ、ワタシはこの辺で」


「え!?」


 ここまで来て、いきなり立ち去ろうとするスピカ。

 日向と北園は、思わず声を上げて彼女を見つめる。


「ど、どうして!? これはもう、事件解決まで付き合ってくれる流れでしょう!?」


「いやぁー、ワタシがここで手を貸したのは、あくまで気まぐれだしー……」


「スピカさんの読心能力マインドリーダーとか、あのすごい念動力サイコキネシスとか、とても頼りになりそうなのになー……」


「ごめんねー北園ちゃん。けどワタシにもワタシの目的があるからさ。この町に王子様はいなかったみたいだし、次の場所に向かわないと」


「……だったらスピカさん。一つだけ教えてください。あなたは一体、何者なんですか?」


 そう言って、日向がスピカの前に立ちはだかる。

 その表情は真剣そのもの。


 しかしスピカは、相変わらず緩い表情で日向を見つめている。その表情の緩さは、やんちゃな弟を見守る姉のようにも見える、優しいものである。


「何者って言われてもなぁ、ワタシはワタシだよ。謎の世捨て人、スピカさんだよ」


「スピカさんのことは信頼しています。町を守ってくれましたし。けど、あまりに正体不明すぎて、不安が拭えないんです。さっきはバリアーを三枚も同時に展開しましたし、只者じゃないのは間違いないでしょ? あなたを放置していたらこの先、大変なことになるんじゃないかって思っちゃうんですよ。何かの拍子で俺たちの敵として出てきたりしたら……」


「なるほどねー。まぁ、無理もないかぁ。けどゴメン、ワタシの正体については、やっぱりちょっと秘密にしないと」


「そうですか……」


「……でも、ワタシがキミたちへの協力を拒むのは、ワタシの個人的な理由なんだ。そっちなら話しても良いかな」


 そう言って、スピカは話を続けた。



 曰く。


 彼女の能力の一つである読心能力マインドリーダーは、動物だろうと人間だろうとマモノだろうと関係なく、その心中を暴き立てる、極めて強力な能力だ。


 そしてスピカのこの能力は、強力すぎて彼女自身にもうまく制御ができていないという。彼女が「相手の心を読みたくない」と思っても、四六時中発動して心を読んでしまうのだ。


 少し余談だが、世の動物会話能力者たちのほとんどがマモノと会話できないのは、マモノの心は動物よりも遥かに複雑な形をしており、動物と会話するのとは勝手が違うらしい。その形の複雑さは、人間のソレに近いのだとか。

 動物会話能力者は人間の心を覗けないが、スピカは人間の心を覗くことができる。だからスピカは、人間並みの複雑な心を持つマモノの心を読み解くことができる。


 この能力のせいで、スピカは今まで苦労を強いられてきた。

 言葉の裏に本音を隠す、人間の醜い本性に悩まされた。

 心の中で、自分を『心を読む化け物』呼ばわりする人間を何度も見てきた。

 その能力を利用しようと企んでいた輩に狙われたこともある。

 

 この能力によってもたらされる災難が、彼女を一種の人間不信にしてしまった。この人間不信こそが、彼女が世捨て人となって人間との関わりを断ち、日向たちへの協力を拒む理由だった。



「失望……しちゃったよねぇ。理由は、ただのワタシの自分勝手。ワタシはワタシの我儘わがままのために、キミたちに協力したくない。さっき、広場から逃げた時だって、日向くんの心を読んでたから、キミがワタシに協力を仰いでくるって分かってた。分かってた上で、ワタシは逃げたんだ」


 そう呟くスピカの表情は、相変わらず砕けた感じではあるものの、日向と北園からは目線を逸らし、どこか気まずそうであった。


 だが、話を聞いた日向と北園は、スピカに笑いかけた。


「ありがとうございます、スピカさん。とりあえず、その話が聞けただけでも安心できました。きっとあなたは悪い人じゃない、と。人と関わり合うのに怖さを感じる気持ちは、俺も分かりますし」


「……本心から言ってくれてるんだね。嬉しいよ」


「でもスピカさん! やっぱりスピカさんの能力って、すごく頼りになると思うんです! いつかまた、一緒に戦ってくれないかな、なんて……」


「そうだねぇ……北園ちゃんに頼まれると弱っちゃうんだよなぁワタシも。じゃあ、ワタシが無事に王子様を見つけることができたら、改めて前向きに善処するよ」


「ホントですか!? 約束ですよ!」


「うん。約束だよー」


 そう言い終えると、スピカは置いてあった旅行カバンを手に取って、二人に向かって振り返った。



「それじゃあ、ワタシは一足先に退散するよ。少年少女たち、達者でねー」


「せめて、報告くらいには立ち会ってほしかったんですけどねー!」


「いやーゴメンね、これ以上はワタシの対人メンタルがもたないや。キミたちの司令官とやらには、テキトーに上手く言っといてー」


 そしてスピカは手をヒラヒラと振りながら、二人に背を向けて歩き去った。





「……ゴメンね、二人とも。でも、ワタシは王子様を見つけなきゃ。

 あの方は、この災害を利用して、何か企んでいるかもしれないから……」

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