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太陽の勇者は沈まない ~マモノ災害と星の牙~  作者: 翔という者
第9章 予知夢の五人の夏休み
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第274話 ネプチューン

「いやぁ、一大事だねぇ……」


 荒れ果てた町の中を歩きながらそう呟くのは、オーバーコートに旅行カバンの女性、スピカである。その声色には驚嘆の感情が素直に込められているが、その顔色には恐怖や絶望といったモノは一切見受けられない。いつも通りの表情である。


「ウオォォォォン……!!」


「おや? 今の音は?」


 と、ここでスピカが異様な音を聞き取った。音の発生源は町の北側から。『音』というよりは、何者かの鳴き声にも聞こえる。スピカはまだ知らないが、これは日向たちが遭遇したクジラのマモノの鳴き声である。


「なーんか、またヤバいのが出てきちゃったみたいだねー……。ちょっと様子を見に行きますか」


 そう言ってスピカは、日向たちもいる波止場を目指して歩き始めた。



 そのスピカの背後には、まるでねじ切られたように惨殺されたシーバイトたちの死骸が散乱していた。



◆     ◆     ◆



「ウオォォォォォォォォン……!!!」


「く……クジラのマモノ……!」


「すごい……なんて大きさ……!」


 オーレスンの町の波止場にて、日向と北園が相対しているのは、蒼きクジラのマモノ。しかもそのクジラは、ここまでの魚のマモノたちと同じく薄緑のオーラを纏いながら、海面から浮いている。

 そして、そのクジラのマモノの鳴き声に呼応するかのように、空の黒雲はますます広がり、海は荒れ、風が強く吹き始める。嵐がやって来ている。


「じゃあ、あのマモノは”テンペスト”の星の牙……! 日向くん、あの子は対策室のデータにあるマモノなの!?」


「いいや、俺も初めて見る」


「じゃあ、名前が必要だよね。なんて呼ぶ?」


「そうだなぁ……あれだけの魚のマモノたちを宙に押し上げるあたり、相当強力なマモノなんだろうな。これはもう、相応に大物な名前を付けないと」


 会話をしつつも、二人は目の前のクジラのマモノから注意を放さない。いつ、どんな攻撃が来ても対応できるように身構える。


 対するクジラのマモノも、その巨体に釣り合わない小さな青い瞳で二人を見据えている。威厳あるその視線は、まさしく絶対者の迫力を感じさせる。


「……決めた。アイツの名前は『ネプチューン』にしよう」


「ネプチューン……私も知ってるよ。海の神様の名前だよね」


「うん。きっとアイツは、その名前に負けないくらいの大物だ……!」


「ウオォォォォォォォォン……!!!」


 ネプチューンと名付けられたクジラのマモノが、再び大きく鳴いた。クジラはこの星で最も大きな鳴き声を発する生き物だと言われている。二人に叩きつけられる声量もまた、これ以上無いほどの大音量だ。


 そして、ネプチューンのその鳴き声に反応して、目の前の海が渦を巻く。次いで現れたのは、二人が見上げるほどに高く、ネプチューン自身の巨体まで覆い隠してしまうほどの、大きな高波だった。


「ちょ……!? あ、あんな高波、町のこの一区画が流されるぞ……!?」


「ひ、日向くん、どうしよう!? 私のバリアーじゃ、もろとも飲み込まれちゃうよ!?」


「いや、ここは”氷炎発破フュージョンバスター”だ北園さん。あれの爆風を利用して、あの高波を消し飛ばして!」


「り、りょーかい、やってみる……!」


 日向の指示を受け、北園は右手に火球を、左手に冷気を集中し始める。そして一呼吸置くと、両手のそれらを同時に、迫りくる高波目掛けて放った。


 ”氷炎発破フュージョンバスター”を上手く発動させるには、火球と冷気を空中でしっかり混ぜ合わせる必要がある。炎と氷が融合し、水蒸気爆発を引き起こす瞬間。それを、押し寄せる高波の目の前で発生させなければならない。高波がやってくる速度まで計算に入れなければ、火球も冷気も波に飲まれる。タイミングが極めて重要になる。


 放たれた火球と冷気は、高波の目前で融合を果たし、紅蒼入り混じった大爆発を巻き起こした。それに巻き込まれ、高波は見事に破壊された。水しぶきが雨のように空から降ってくる。


「や、やった! 成功した!」


「グッジョブ北園さん! 助かった!」


「うん! もっと褒めてくれても――――」


 二人が喜んでいるその向こうで、ネプチューンは次なる動きを見せていた。口を大きく開き、その中心に水を集めている。「水を口ですくって溜め込んでいる」というワケではなく、真下の海から海水が螺旋を描いて、ネプチューンの口元に集まっているのだ。傍から見れば、明らかな超常現象である。


「も、もしかしてアイツ、”テンペスト”と”水害ウォーターハザード”の二重牙ダブルタスクなのか……!?」


 そして日向は、ネプチューンのあの動作に見覚えがあった。ゲームやアニメなどでの見聞だが、ああやって水を集中させた後は、ソレを一気に撃ち出すと相場が決まっている。


「今度はさっきの高波とは違う、一点集中の水の奔流が飛んでくる……! 北園さんの”氷炎発破フュージョンバスター”じゃ、爆風をぶち抜かれて突破される!」


 ならば、一点集中には一点集中の大火力で対抗するしかない。

 日向は『太陽の牙』を構えて、意識を刀身に集中させる。


「太陽の牙 ”点火イグニッション”!!」


 日向の声と共に『太陽の牙』に凄まじい熱量の炎が灯る。

 隣に立つ北園でさえ、あまりの熱気に思わず後ずさるほどだ。


「太陽の牙 ”紅炎奔流ヒートウェイブ”ッ!!」


 そして燃え盛る『太陽の牙』を振りかぶり、思いっきり振り下ろした。同時に、紅蓮の炎がネプチューンに向かって射出される。


「ウオォォォォォォォォン……!!!」


 ネプチューンもまた、集中させた大量の水を、日向に向かって射出した。恐ろしいほどの勢いで、水流が真っ直ぐ飛んでいく。あんなものが直撃したら、日向の背後の家々はたちどころに吹き飛ばされる。


 日向の炎と、ネプチューンの水。

 相反する二つの奔流が、空中で激突した。

 膨大な量の水が炎に焼かれ、激突地点で蒸気を発する。


「うおおぉぉぉぉぉぉッ!!」

「オォォォォォォォォオオン……!!!」


 日向の炎より、ネプチューンの水流の方が、規模が大きい。

 だが両者の攻撃は、押しも引きもされない。拮抗している。

 少しでも力を抜けば、一気に押し切られてしまいそうだ。


「頑張って、日向くん!」

「うおりゃあああああああああッ!!」


 いや、日向の炎が若干押しているか。

 水流に比べれば圧倒的に小さい日向の炎が、水流を押し返している。

 やはり『太陽の牙』が持つ「星の力への特効」は、見た目の力関係をも逆転するほどの力を誇っている。


「どりゃあああああああッ!!」

「ウオォォォォ……!?」


 やがてネプチューンは、撃ち合いを諦めて海の中へと飛び込んだ。

 ひるがえされるネプチューンの身を、日向の炎が少し焼いた。

 並の『星の牙』なら一撃で焼き尽くされる日向の炎、かすり傷程度でも相当なダメージになったはず。


 しかし、ネプチューンは健在だ。海の中から日向たちを睨んでいる。


「な、なんとか凌いだか……。でも、ここから五分間、俺は”紅炎奔流ヒートウェイブ”を使えない……」


「ひ、日向くんっ! あれ見て……!?」


 北園が指差すその先で、ネプチューンは再びその大きな口を開いている。そして先ほどと同じように、海から水を集めている。水流発射の動作だ。


「だ、第二波ぁ!? もう”紅炎奔流ヒートウェイブ”は打ち止めだぞ!?」


「ど、どうしよう!? あんな大質量、私のバリアーだって防ぎきれないよ!?」


「も、もう諦めて逃げるしか……!」


「やぁやぁ、大変なことになってるね」


「はい!?」


 緊迫した状況の中、気の抜けた声が二人に向かってかけられた。

 二人が振り向くと、そこにはスピカが立っていた。


「ちょ、スピカさん!? なんでここに!? いやそれよりも、ここから逃げてください! あのクジラのマモノが、ハイドロポンプ撃ち出してきますので!」


「けど、ここで逃げたら、町が大変なことになっちゃうんじゃ?」


「それはそうですけど、もうこっちには対抗手段が無いんです! ここはもう諦めるしか!」


「なぁに、まだまだ。諦めるには早いよ若者たち。ワタシも手伝うからさ、もう少し頑張ってみよう?」


「え?」


 スピカはそう言うと、続けて北園に話しかける。


「北園ちゃん、君は念動力サイコキネシスのバリアーを使えるね?」


「え、えと、はい」


「じゃあ大丈夫だ。ワタシも協力してバリアーを張る。それでアイツの攻撃を受け止めちゃおう」


「そっか、スピカさんも念動力サイコキネシスが使えるから……。で、でも、できるんですか? たった二人で……」


「だいじょーぶ、だいじょーぶ。ワタシを信じて、ね?」


「……はい!」


 こうして、意志は固まった。

 北園とスピカは、波止場にてネプチューンの攻撃を待ち構える。

 ネプチューンもまた、水流放出のために力を溜めている。

 先ほどビーム合戦をした時とは打って代わって、今度は日向が傍で見ていることしかできない。



 オーレスンの町の命運を決める、最後の一勝負が始まろうとしていた。

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