第272話 金の瞳の援軍
日影たち三人の前に姿を現したのは、ロシアのマモノ対策室のエージェント、オリガ・L・カルロヴァだった。彼女が狭山の言っていた『強力な助っ人』なのだろう。
彼女は今、『星の牙』であるモーシーサーペントを、従者のように隣に従えている。恐らくは彼女の能力、精神支配で操っているのだろう。
「その能力、『星の牙』でもお構いなしに操ることができるのか……」
「そうよ。私の瞳にかかれば、化け物だろうと大統領だろうと関係ないわ。あらゆる生き物は私の僕になる」
「へっ、本当に悪役の能力だな。ゾッとするぜ」
「あら、お褒めいただき光栄ね」
相変わらず、日影とオリガの仲はよろしくない。互いに不敵な笑みを浮かべているものの、その口調は間違いなく攻撃の意思を持っている。
だが今は、このまま仲違いしている場合ではない。話題を切り替えるべく、本堂とシャオランがオリガに話しかける。
「オリガさん、ロシアのエージェントである貴女が、一体なぜこのノルウェーに?」
「詳しい話は後にしましょう。今はマモノの討伐が先でしょ」
「と、ところでオリガ! あなたが来ているってことは、もしかしてズィークもここに?」
「ええそうよ。彼はあの子たち……日下部日向と北園良乃の援護に行っていると思うわ」
「なるほど、あの人が二人についていてくれるなら心強い。では、我々は我々の戦いに集中するとしましょう」
「そうね。私はあのモーシーサーペントを空中でもうひと暴れさせて、魚どもを一掃してくるわ。あなた達は地上をお願い」
「了解しました」
会話を終えると、オリガはモーシーサーペントの背に乗って、空中へと飛び立っていった。それを見送った三人も、再び行動を開始した。
◆ ◆ ◆
一方、こちらは日向と北園。
対するは氷を操るサメ、ゾルフィレオス。
「グオォォォォッ!!」
氷の翼を展開し、高機動戦闘を仕掛けてくるゾルフィレオスに、苦戦を強いられていた。ゾルフィレオスはヒットアンドアウェーを繰り返して、ジワジワと二人の体力を削ってくる。そして疲れてきたところを、その自慢の大顎で噛み砕くつもりなのだ。
「グオォォォォーッ!!」
「ひゃあ!? 危なかった……!」
「あんな牙に噛まれたら無事じゃ済まない! 気を付けて北園さん!」
だがしかし、日向たちも黙ってやられてはいない。
ゾルフィレオスがヒットアンドアウェーという消極的な戦法を取ってきたことで、日向の剣の冷却時間も終わった。さらに日向は、ゾルフィレオスの動きをしっかり観察したことで、既に相手の動きを見切っている。
ゾルフィレオスが日向に迫ってくる。
ブレード状の氷の胸びれで切り裂こうというのだろう。
左の胸びれを傾けて、日向の首に照準を合わせてきた。
「グオォォォォッ!!」
「うりゃあっ!!」
日向は、自身の身体ごと回転させて『太陽の牙』を横一文字に斬り払った。ゾルフィレオスの氷の胸びれと激突する。
打ち負けたのは、ゾルフィレオスの方だ。左の胸びれが破壊され、残ったのは右翼のみ。ゾルフィレオスはバランスを崩して地面に転倒した。
「隙ありっ! それー!」
転倒したゾルフィレオスに向かって、北園が火炎放射をお見舞いした。超高熱の炎が、ゾルフィレオスの身体に容赦なく吹きつけられる。その拍子に、残った右翼も溶けて剥がれた。
「グアアァァァーッ!?」
「効いているみたいだ! よし、俺もこの隙に……!」
ゾルフィレオスが悲鳴を上げたのを見て、日向も追撃を仕掛けるべく走り出す。熱を取り戻した『太陽の牙』を構え、ゾルフィレオスに接近する。
「グオォォォォッ!!」
だがゾルフィレオスも、まだ力尽きてはいない。
身体を起こすと、今度は尾ひれに冷気を纏わせる。
尾ひれがみるみるうちに凍り付き、出来上がったのは氷の斧だ。
斧のような形をした、氷の尾ひれだった。
「グアァァァァーッ!!」
「おわぁ!?」
ゾルフィレオスは身を翻して、正面の日向に尾ひれを叩きつけた。
日向は間一髪で回避するも、叩きつけられた斧状の尾ひれは、町の石畳をいとも容易く粉砕してしまった。あんなので殴られたら、真っ二つどころではない。一撃でミンチにされるだろう。
「生身の人間相手に、ホント容赦の無い……!」
とはいえ、対抗策はある。
ゾルフィレオスの攻撃は、近接に偏っている。今までの攻撃にせよ、あの尾ひれの攻撃にせよだ。つまり、遠距離からなら比較的安全に攻撃できるはずである。
そこで北園の超能力が光る。氷の翼が剥がれた以上、ゾルフィレオスは北園へ一気に距離を縮める手段も持たない。
「俺がなんとかヤツを引きつけるから、北園さんは発火能力で攻撃を!」
「りょーかい!」
氷の異能力を使い、魚のマモノであるゾルフィレオスは、間違いなく炎に弱い。北園の発火能力で弱らせた後、日向の剣でトドメを刺す作戦だ。
日向がゾルフィレオスに斬りかかり、注意を引く。
その隙に北園が横から火球をぶつける。
三発、四発、面白いように命中する。
火球が一発命中するごとに、目に見えてゾルフィレオスが弱っていく。
『星の牙』に弱点の属性をぶつけるのは、やはり効果的だ。
ゾルフィレオスも負けじと斧状の尾ひれを叩きつけ、薙ぎ払うが、日向は次々とゾルフィレオスの攻撃を避ける。相手の動きを先読みし、反射神経も鍛えられた彼にとって、ゾルフィレオスの大振りな攻撃は止まって見えるも同然だ。
「よし、そろそろ仕留めにかかるか……!」
日向がそう決断した、その時だった。
ゾルフィレオスは尾ひれをスイングし、鋭利な角度で石畳を打ち据えた。すると、砕けた石畳が弾丸となって飛んできたのだ。
さらに運が悪いことに、今この瞬間、ちょうど日向と北園の位置が重なっていた。二人目掛けて、瓦礫が猛烈な速度で飛んでくる。
「痛っつ!?」
「きゃ……!?」
瓦礫は日向を巻き込み、彼のこめかみに大きなつぶてが一つ命中した。日向の頭からドロリと血が流れ出る。
さらに北園が放っていた火球にもぶつかり、誘爆させた。火球の爆風が煙幕となって二人を包み込む。
後方に立っていた北園からは、煙幕の先が見えない。日向の安否も分からない。北園は日向の名を叫び、無事を確かめようとする。
「ひ、日向くん、大丈夫!?」
「き、北園さん! 離れて――」
「グアァァァァーッ!!」
「あ……!?」
だがその時、煙幕の向こうからゾルフィレオスが突っ込んできた。
ノコギリ状の牙が並んだ大口を開いて。
日向を突破して、北園に襲い掛かってきた。
不意を突かれ、火球による反撃も念動力のバリアーも間に合わない。
日向が”紅炎奔流”を放とうにも、あれには”点火”という準備が必要だ。到底間に合わない。
もはや、絶体絶命。
二人がそう思ったその時、黒い影がゾルフィレオスの横から突っ込んできた。
「ッ!!」
「グアアァッ!?」
黒い影は恐るべきスピードでゾルフィレオスに接近すると、横腹に飛び蹴りを叩き込んだ。そしてあろうことか、人間の数倍の体躯を誇るこの氷のサメを蹴り飛ばしてしまったのだ。ゾルフィレオスは、近くの建物の外壁に激突した。
二人を助けたのは、銀髪ロングの偉丈夫の男性だ。
端正な顔立ちで、先の長髪と合わさり、後ろ姿は女性にさえ見える。
瞳の色は、オリガと同じ金色。
真っ黒なロングコートを着込み、ほとんど素肌が見えないが、そのコートの下には人間の限界を超えた量の筋肉が隠されている。
「あなたは……ズィークさん!?」
「ズィークさん! ズィークさんだ!」
「…………。」
その男は、オリガの相棒たるロシアのマモノ対策室エージェント。
そして、ロシアが誇る最強のエージェント。
名はズィークフリド・G・グラズエフ。
二人にその名を呼ばれると、彼は無言のまま頷いた。




